境界融和世界の幻門ゲート

第30話 02
*前しおり次#

「……彰吾さんは、神崎≠ェおれの名を奪った時気づいていたんだ。神崎≠ェゲート化してるって。その神崎≠ェ、彰吾さんを半ゲート化させるほどに追い込んだんだ」
神崎≠ヘ彰吾を追い込み、思考を支配し操って……味方同士で殺し合わせた。彼にとって奏の兄彰吾は、邪魔者でしかなかったのだろう。
 彰吾が本来の感情を取り戻せたのは、彰吾が放った槍を、介ではなく仲間が受けた時。
 仲間が介を庇って、彼の代わりに槍を受けたその時だったそうだ。
「――あれで、彰吾さんは自分がやったことに追い込まれたんだと思う。そして……神崎≠フ好きにさせるわけにいかないからって、おれを外に逃がしたんだ」
 残りの魔力を全て注ぎ込んで、神崎≠ヨと単身突っ込んでいったのだという。
 介が、転送される直前に見た景色は、そうして終わったのだそうだ。
 悠里は苦い顔でうつむいていた。御影は口を覆って、悲しそうに目を伏せている。
「なるほど……そういうことか」
「あのまま、悠里が錯乱させられて、おれがとどめを刺す事態になってたら……やれたとしても、気が狂ってたと思うよ」
 昨日の遺跡で、介が悠里を止めなければと叫んだのも、仲間同士が殺し合っていた過去がフラッシュバックしていたのだろう。
 ――もしかすると、遺跡に細工を仕掛けたのだろう神崎≠フ狙いはそれだったのか? 自分たちが初めて会った時、奏を操ったのも?
 悠里がそっと顔をしかめていた。視線を辿って、鏡は閉口する。
 奏の手の平に、爪がきつく、きつく食い込んでいた。
「来栖さん。黙っていて申し訳なかった。一番知るべきは君だったのに、勝手に蓋をしていたのはおれのほうだよ」
「……本当、ですよ……なんで早く……教えてくれなかったんですか……!」
 指が、手が、悲鳴を上げているはずだろうに。
 震える声で怒る奏は、見ている側もつらくなるほどに、感情を殺そうとして、殺しきれていなかった。
「爪。また食い込んでる。……今回に関しちゃ、二人の気持ちは痛いほどわかるから強くは言えねえけど」
「……許されたいとか、そういう意味で言ってるわけじゃ」
「知ってます! だから余計腹立ってるんです、そうやって抱えたら介さんだって怒ったじゃないですか! あの時の私本当に考えなしだったし向こう見ずだったし、言えなかったのわかるけど……だからって黙られてるの一番嫌い!!」
 パンと、平手を与えるような鋭い声が、涙を流す女性から発せられていた。
「兄貴だってそんなふうに抱えてほしくて介さんを助けたわけじゃない! 喧嘩しかしてこなかったけどこれだけはわかるわよ、あのお人よしが助けたのは……介さんに謝らせるためじゃない! 私だって介さんにそんな顔されたくない!!」
 言葉に詰まって目を見開く介を睨み上げる奏に、悠里が苦笑いしている。
「落ち着け。結果的に介も奏も抱え込みすぎだったんだよ。半ゲート化するまで追い詰められた俺が言えた義理じゃないけどな」
「彰吾さんは、介さんが仲間だから助けたんじゃないですか?」
 きっと、どちらも気づいている気がするけれど。鏡はそっと目を伏せた。
「このことを介さんが言えなかったのは奏さんだから、っていうのもあると思いますけど、自分だけ助かったかもしれないという罪悪感から……じゃないかな、って思うんです」
「ま、このこと黙ってたのは俺らも同罪だけどな。共犯だし」
「……だね」
「そうだとしても――罪悪感なんてあんなバカ兄気が望んでるわけないの、あんなどうしようもない兄貴だけど、バカ中のバカだけど、ぶっちゃけうざかったけど!!」
 御影が硬直して、介はあんぐりと口を開けていた。鏡も顔が引きつる。
 まさかこのタイミングで、兄の悪口が羅列されるとは思わなかった。
 悠里だけは仕方なさそうに苦笑いを溢していたけれど。
「でもあいつは最後まで自分貫いただけなの、ふざけんなってぐらい最後まで、お人よしでバカでお節介を貫いたの!! だからもう罪悪感とか捨てて、じゃないと……」
 ぱたっ
 フローリングの床に、雫が落ちた。
「兄貴が必死になって……介さんを助けたから、私たち……助かってきたんだよ……これまで……! もう、十分だよ……!」
 雫が、いくつもいくつも、とめどなく落ちていく。
 悠里がそっと奏の頭を撫でていた。
 涙は止まらない。介が曖昧あいまいに笑む様子が、感情を必死に隠しているように、鏡には見えた。
「弱ったな……予想外の答え過ぎて……」
「だから、胸張って生きてくれてれば別によかったんです!!」
「……は?」
 乱暴に目を擦る奏に、悠里が苦い顔になっている。呆気にとられた介へと、奏は俯いたまま口を開いていた。
「兄貴に申し訳ないって思うなら、それでいいから……! 絶対今の介さん見たら兄貴のお節介直行ですよ!!」
「それは絶対に嫌だ」
「でしょ!?」
「嫌なのかよ! つーか共通の見解なのか!」
 ついに悠里が叫んで、奏が「嫌ですよあんなお節介!!」と吠え返した。唖然とする鏡と御影は、言葉をかけるにかけられない。
「兄貴が介さんを助けたことは間違いじゃなかったんです……兄貴のお節介で助けられた介さんがいなかったら、ここにいる全員、生きてなかったから……胸張って生きててくれればそれでいいんです……」
 介の口が閉じられる。
 小さく頷く彼は静かに笑んでいて、鏡は微笑む。悠里の苦笑いが、奏に頷いていた。
「そうだな。介とあの時会ってなかったら一瞬でお陀仏だぶつだっただろうし」
「介さんがいなければ、僕は今ここにいなかったですし、中途半端な覚悟もできたかどうかもわからないですよ。だからもう、助かったことに罪悪感なんて持たないでください」
「……ひとりよがりだったか」
 御影がそっと、介を見上げていた。
「それだけ、彰吾さんのことも、仲間の人たちも、大切だったんですよね。大切で、守りたくて、守れなかったこと、悔しかったんです、よね」
「……だから……」
 くしゃりと、介の顔が歪んだ。少しだけ苛立ちを堪えるように目を閉じた彼は、観念したように肩の力を抜いている。
「……あー……そうだよ、悔しかったよ。……これだけはやり場がなかったんだ」
 半ば自棄やけを起こしたような。
 それでも、鏡は目を伏せることなく聞いた。
 ずっと心の奥底にしまっていた本音を逸らして聞くなんて、どうしてできるだろう。
「仲間が裏切って、仲間を操って、仲間を殺していく姿なんて……止める手立てを持たなかったことが……力がないことが、悔しかったよ」
「守られて、逃げるしかできなかったことも……だろ? けど今のお前はそうじゃないと俺は思うけどな」
 介は、苦笑いを溢していた。
「……ああ。何もできないまま悲観にくれる気はなかったからね。じゃなきゃ、それこそ彰吾さんがお節介焼きに来るよ」
「そうですよ……それに兄貴は、自分がやったことで誰かをめたり、後悔する奴じゃないです。昔からそういうバカだから……だからもう、いいんですよ」
「……ありがとう」
 介の笑みがほっとしているように見えた。けれどそれが、なんとなく虚勢な気がして、鏡は口を開きかけて――悠里にこっそり背中を叩かれ、口を閉じる。
 従兄が、にやりと介に笑っていた。
「肩の荷、降りたか?」
「降りてなかったら、それこそ彰吾さんに世話焼かれるだろうなあ。それだけは勘弁だよ」
 はっと、奏が顔を強張らせている。悠里が手を離した途端に、彼女は廊下へと目を向けていた。
「今日こそお風呂入らなきゃ……! 沸かしてきますっ」
「えっ、か、奏さんまだ体――!」
「行かせてやれ」
 御影の制止も聞かずに、奏はまだ引きずり気味の足で廊下へと出ていった。閉められた扉を確認した悠里は、御影の不安そうな顔に肩を竦めている。
「……あいつ、割と強がってたからな」
「で、でも……」
「じゃあ、そろそろお茶片付けて夕飯準備だね。手伝うよ、悠里」
「さんきゅ。んじゃ買い出し頼む。三人で」
「えっ」
 目を丸くする鏡へと、悠里は手近な紙に材料を書くと渡してきた。呆然と受け取るも、介が苦笑いして頷いて、渋々行くことになる。
 ただ、出る直前に悠里から声をかけられて目を丸くした。
「介も今はお前らの純粋っぷりに当ててたほうがいい気がするからな、任せたぜ」
「えっ、はあっ?」
 さすがに大声を出すのもはばかられて、鏡は目を白黒させつつ聞き返す。それも、介に呼ばれて、慌てて外へと出た。
 家を出てからというもの、のんびりと歩く介はどう考えてもおかしい。仕事人間の権化ごんげのように、用事がある時の行動は、奏以上に素早く行っていたのだ。
 御影が不安そうに家の方面へと振り返った。
「大丈夫、かな……」
「今は悠里に任せたほうがいいと思うよ。彼女強がりだからねえ。……強がらせたおれが言えたことじゃないけどな」
 ――気遣い、だったんだ。
 悠里が買い物に行かせたのも。彼と介が奏の風呂掃除を止めなかったのも。
 強がって、心の底から泣くことをしなかった奏が、泣けるように。
 けれどそれは、介がいるとできないことだと、彼自身が気づいていたのだろう。
「介さんこそ大丈夫ですか? まだ、ちゃんと気持ちの整理ついてなさそうに見えますけど……」
「……本当に、聡すぎるのも考えものだなあ」
 苦笑いを浮かべられ、鏡もぎこちなく笑んだ。
「悠里、介さんのことも気にかけてましたから」
「そうみたいだなあ。じゃなきゃ三人でとは言わなかっただろうしね。――おれが独りで出ることも見抜いてたな、あれは」
「介さん、一人にさせたら堂々巡りしそうですし」
「しない……とは、言い切れないな。今回は」
 笑みが、介から消えていた。いつものからかうような表情も、余裕も見えない彼は、どことなく憔悴しょうすいしているようにも見える。
 もう一度顔に穏やかな笑みを乗せる頃には、ほんの少し暗い気持ちを脇に置けたようだった。
「まあ、今回は素直に甘えるよ。とりあえず買い物から済ませようか」
 ただ、頼まれた買い物の中身を伝えるはずのメモが、余りにも雑に書かれていて、買い物が難航したのは言うまでもなかった。
 それもきっと、悠里なりに奏と介それぞれに時間を作らせようと考えた結果なのだろうと思うと、なんとも言えなかったけれど。
 
 
 
「入るぞー?」
 ――返事はない、か。
 風呂掃除に行くと言いながら、自室に戻っていた奏の状態は、手に取るようにわかった。だからこそ、家で人の目になるべく触れない時間を作らせてやろうとしたのだ。
 ただ、彼女が感情の器をひっくり返して泣くなんて、するはずもないとも知っている。
 ――だからこそ、だ。
 扉を開けて入る。
 手の平に爪を立てて、くちびるを噛みしめている女性の目から、涙は流れていなかった。悠里が黙って頭を撫でてやって初めて、その目がうるんで、頬に雫を落とし始めるほどに。
 相変わらず、放っておくと全部溜め込む奴だ。
「よく堪えたな。思う存分泣いとけ。泣きたい時に泣けねえと、後がつらい」
「……介さんは悪くないって、わかってるんです……」
 ぽつりと零れた言葉に、少しだけ手が止まる。
「兄貴がもう、死んでるんじゃないか、って……本当は……わかってたん、です……」
 黙って、頷いた。
 奏の震えた声は、今までの虚勢全部が剥がれ落ちていた。
「怒れないですよ……介さん悪くないのに、怒ったら、二人のやってくれたことまで……否定しちゃう……!」
「……ああ、今の間に全部吐き出しとけ。……出さなきゃつらい」
 膝を抱え込んで、顔を埋める女性の隣に腰かけて、背中を優しく撫でた。
 小さく頷く彼女は、せき切ったように泣いていた。
 言葉にならない声を押し殺して。唇を噛みしめて、手の平はきつく固められたまま。
 それでも、泣かないように押し殺すより、よかった。
「俺は昔泣けなくてさ。強くならないとまた失うって思い込んで、泣いたら弱くなるって思って泣くのやめて。……今の今まで溜め込んだ結果があのざまだ」
 頭を優しく叩く。
「だからお前はそうなるな」
 声が、溢れた。
 言葉にならない声の中に、片言だけわかるものの中に、悠里は目を細めた。
 いるとわかっていた身内から、ずっと来ない連絡。それが何を意味するのかわかっていても、彼女は探していたのだろう。
 外に飛び出した理由を、こいつは最後まで答えなかった。ゲートとなった母をうしなった男の子への贖罪だけではなかったのだ。
 光にすがりたかったから。
 脇を見ることもできなくなるほどに自分を追い込んででも。光を探して、諦めないように踏ん張り続けて、まっすぐであろうとし続けていたのだろうか。
「私……昔、から、野球やってたし、力強かったし……男の子と一緒に遊ぶこと、多くて、女の子からは遠巻きにされて……でも泣いたら、男子からは気持ち悪いって言われて……」
 きっと、気が動転して何を口走っているのか、彼女はわかっていないに違いない。それでも彼女の境遇には、顔をしかめざるを得なかった。
「そういう時だけ、女ぶるな、って……泣くの、やめてて……笑ってなきゃいけないって……ロシアンも、私がはずれ引いたらみんな笑ってて……それで……」
「あー、うん、その元凶の奴らは帰ったら一発ずつ蹴り入れるとして……お前はちゃんと女だよ。自信持て。誰が気持ち悪いなんか言うかよ」
『嫌われたくない』が、原因か。
 背中を叩いてやると、小さな声が「ありがとう」と呟いて、また涙を落としていた。
「でも、蹴らなくて、いい……もう、気にしてない」
「いーや、俺が気にくわないからぶっ飛ばす」
「ううん、いいの……泣いていいん、だよね……」
 悠里は、言いかけた言葉を一つだけ飲み込んだ。
 これは、自分が決意すればいいだけの話だ。
「泣いていいよ。つーか、泣かなきゃキツい」
「……うん……」
 抑え込む感情が、減った気がした。


掲載日 2021/06/06


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