境界融和世界の幻門ゲート

第31話「灯台下の闇」01
*前しおり次#

「はあっ!!」
 鏡の拳が、獣の顔を重たく殴りつけた。倒れた獣の額からにじみ出るように魔石が零れる。
 魔獣の息絶えた証を確認し、鏡はほっと息をついた。介が構えていたボウガンを下ろして、エルデは満足そうな顔。
 悠里はというと、絶賛物足りないと言いたげに、足をほぐして苛々していた。
「前回よりナックルの馴染みが早いですね」
「うん、お陰様で――あれ、エルデさ」
 振り向いた先にエルデがいなくて、慌てて周囲を見渡した鏡は脱力した。
 もう魔石に飛びついて、ランクを吟味ぎんみしているようだ。光っていた目が、無表情ながらに落ち込んだように見えた。
「Cランクですね……現状の装備よりいいものにはならないかと。商品の資材としていただいてもいいでしょうか」
「ああ、どうぞ。その前にギルドに持っていかせてくれ。おれたちももうじき予算がかつかつでね」
「そうでしたね。ではまた後ほどいただきに行きます。今日のお菓子はなんですか?」
「御影がスイートポテトを作るって言ってたよ」
「ほう」
 一週間ほど経った今も、奏の具合はいいとは言い切れず、御影に頼んで二人で留守番をしてもらっていた。失血量が多く、傷を塞いだだけでは体力が完全に戻らなかったのだ。とてもではないがまだ戦わせるわけにはいかない。
 御影がやる気をみなぎらせて引き受けてくれたものの、奏がじっとしているかどうか心配だ。
 現に悠里も――
「……悠里?」
「ん? ああ、わり。先に街に戻る。夕飯の材料も買ってくるから、鏡は家に戻ってろ」
 いつになく上の空だ。暴れ足りない様子とも違う。じっと従兄を見上げたも、悠里の目は街に向いたままだ。
 鏡は先に切り出すことにした。
「……何か一人で動くことがあったの?」
「ああ、じゃあ鏡くん、ギルドについてくるかい?」
 えっ。
 介へと戸惑いを隠せず振り返る。その間に悠里はさっさと行ってしまうし、何がどうなっているのかさっぱりだ。
「あ、もう……二人とも、何か隠してませんか?」
「はは、まさか。さて、シャッフェンさんも店があるだろう? そろそろ戻ろうか」
 に落ちない。
 介のはぐらかし方に、エルデも何か引っかかっているのか、眉根をきゅっと寄せている。
「神崎さん」
「うん?」
「はぐらかし方、下手になりましたね」
 一撃必殺。
 ざっくりと斬る一言に、介が苦い顔で目を閉じている。溜息をついた彼は、開けた目を冷たく細めていた。
「大人にも事情があるんだよ」
「それは例の本ですか」
「違うし興味もないっ!! どこから聞いたんだそれ!!」
「楯山さんからです。それと私は成人済みですが」
「あいつ――!!」
「……すみません」
 エルデがこの世界の成人年齢である十五歳を越えているという主張は、介の耳に入らなかったようだ。なんとなく、悠里の代わりに謝らねばという気持ちに駆られた鏡だった。
 絶対本人が謝らないのは目に見えていたから。
 ギルドに行き、討伐の証である魔石を見せると、いつも通り報酬が渡された。魔石そのものは今回エルデに渡すことになっていたので、ギルドに売却せず、そのまま彼女の手元に残ることになる。
 その時に、介が知人の冒険者から、何やらメモを受け取っていた。中身を見て深刻そうな顔をしていたし、気がかりが増える一方だ。
 矢の補充をエルデに頼んだ介は、ギルドを出るとそのまま一人で出ていってしまうし、何がなんだかわからない。
 悠里とは違う意味で強い介だけれど、まだ単独で動くのは危ないはず。なのにどうして。
 仕方なしに家に戻ると、微かに喧噪じみた声が聞こえてきて、鏡は目を丸くした。
 廊下を急いで歩くと、階段の傍で御影が不安そうに立っているではないか。彼女が目を丸くして、弱ったように見上げてくる。
「鏡くん、お帰りなさい……な、なんだか悠里さん、奏さんと話してたんだけど、喧嘩してるみたい、で……」
「はあっ!? 悠里何やってるの!?」
 まさか奏がまた動いたのだろうか……いや、それはないようだ。もしそうなら御影が先に怒っているだろうし、悠里が喧嘩腰に奏に怒るなんてことはほぼないはず。
 慌てて階段を駆け上がると、悠里が声を低くして何かを言っているように感じた。内容までは、さすがに壁を挟んでいる以上よく聞こえない。
 扉に近づいて、鏡は首を傾げた。
 喧嘩……には、聞こえづらい声音に変わっている。二人とも。どういうことだろう?
「あそこのことは、教えないようにって言われてるんです……小さい子たちもたくさんいるし、戦えない人たちの集まりだから……」
 あそこ? あそこって……どこのことだろう。
 戦えない人たちが集まっている場所は、いつか介から聞いたことがある気がするけれど、思い出せない。
「……そうかよ……」
「本当に何があったんですか? あそこで何が――」
「いいから、もう寝てろ。無理やり聞き出して悪かった」
「楯山さん! あそこが関わってるなら私だって――」
 慌てて籠り部屋へと入る。
 悠里がやや乱暴に扉を開けて、閉めた音が響いた。足早に階下に降りていく音と、御影と少し話した声が聞こえる。鏡はそっと扉を開けて、目を見開いた。
 玄関の扉が閉まる音。
 慌てて廊下の窓から外を見下ろすと、悠里が歩いてどこかに向かっていく様子が見えた。
 どうなっているのだろう。奏に聞こうにも、今は声をかけづらい。御影が何か聞いていないだろうか。
 階段下に降りていくと、やはり御影は不安そうに鏡を見上げていた。
「あ、あのね、材料は買ってきてるから、鏡くんに作ってもらえ、って……」
「はあっ!?」
 目を白黒させる。御影も戸惑っているのか、階段へと目を向けた。
「奏さん、大丈夫、かな……」
「……今は声かけないほうがよさそうだけど……でも、悠里が夕飯作らずに出ていくなんて……」
 栄養バランスまで口うるさくなっていた従兄がするはずがない。忙しい時だって、必ず出来合いのものを用意していたのだ。
 悠里の行動が気になる。けれど、日は思った以上に傾いていて、このまま誰かが夕飯を作らないわけにもいかない。奏に任せるなど言語道断だし、作れるのは鏡しかいない。
 調理を始めるうち、段々と手伝いに慣れてきた御影がサポートしてくれ、思ったより早く出来上がった。エルデもスイートポテトを食べに来てくれたけれど、悠里の分のそれは残されたまま。
 介も帰ってきて、夕飯の時間になっても、悠里は帰ってこなかった。仕方なしに先に食べようと、奏を起こしに行った御影がバタバタと降りてきてぽかんとする。
「きょ、鏡くん、介さん!」
「どうし――」
「奏さんがいないの!!」
 ぎょっとして立ち上がる鏡。介がまさかと顔を引きつらせている。
 御影が顔を真っ青にしていて、急いで降りてきたせいか息が切れている。
「自分で出て行っちゃったみたい……!」
「……まさか、悠里が彼女に何か聞いてなかったかい?」
「え、なんでそのこと……介さん、悠里が何しに行ったか知ってるんですか!?」
 頷いた介は、溜息を溢して着席した。
「説明するよ。こうなった以上黙ってるわけにはいかない……ただ、行動するにしたって胃に物を入れてからにしよう。食べながら説明する」
「で、でも、奏さんと、悠里さんが……!」
「二人とも子供じゃないんだ。自分たちの状態を把握してちゃんと動いているはずだよ。おれたちが取り乱していいことはないって、この間の遺跡で十分わかっただろう」
 それを言われると、鏡も御影も言葉に詰まった。
 やがて鏡は渋々頷いて、落ち着かない御影の頭を撫でてなだめる。
「介さんの言う通りだよ。……もうすぐ戻ってくるかもしれないし、誰かが家にいないといけない、よね」
「う、うん……」
「そういうことだよ。……この時間に出たらおれたちも危険だ。暗闇でばらばらに探しても、それこそ互いに何かあっても気づけないだろう」
「……はい」
 冷静にならなければ。
 そう思えば思うほど、気が急いていく心を静められなかった。


「何やってるんだあいつは……! GPSまで探れないようにしてるなんてバカか!」
 早朝一番、介の怒りの一声が衝撃的で、鏡の目が一気に覚めた。同時に悠里が上のベッドにいないことも、朝食を作っていないことにも気づいて、鏡は苦い顔で起き上がる。
「おはようございます……探しに行きますか?」
「ああ、そのほうがよさそうだね。来栖さんのGPSも見ないと――なっ!?」
 どうしたのだろう。介の机側へと回り込むと、彼が絶句したままスマホを見ている。覗き込んだ鏡は目を疑った。
「奏さんのですよね、これ……ポイントがない!?」
 万一に備えて、仲間同士でGPSが通じるようにしあっていたのだ。その所在がわからなくなるなんて、魔術を使わない限りありえない。
 二人揃って所在をわからなくする意味なんてない。悠里一人だけならまだしも、奏がそこまでする必要性が見えなかった。
 考えられる可能性に、介が苦い顔になった。
「あの二人に限ってないと思ってたけど……」
「昨日介さんが言ってた、行方不明事件の核心に近づいたのかな……」
「だろうね。それで拉致されたんだろうな……」
 まだ悠里と介、三人だけで活動していた頃に助けた男の子や、奏が元々住んでいた、異界の民だけのコミュニティ。
 介の話では、最近そのコミュニティで、人知れず失踪者が相次いでいるそうなのだ。
 それも小さな子供を中心として。大人も失踪していないわけではなかったが、その数が両手を超えたらしい。その噂を聞きつけた介は、独自に調べていたそうだ。
 そしてその情報を知らないかと悠里に聞かれた介は、彼も自分と同様に単独で調べ回っていると確信した。
 ただ、介は悠里へはしらばっくれて、情報を渡さなかったという。
 介がスマホの画面に連絡先を呼び出した。じっと考えた後、鏡へと目を留めている。
「手早く作れるものでいいから、朝食を頼めるかい? 後でおれも手伝う。海理さんたちに連絡を取ってみるよ。おれたちだけじゃ危ないからね」
「はい……あ、御影も起こしてきます」
「ありがとう。頼んだよ」
 頷いて、いつでも外に出られるように着替える。部屋出て女子部屋へと急ぎ、ノックをして口をいつもより大きく開けた。
「御影、起きてる? 悠里と奏さん探しに行く準備しておいて!」
 ……。
 返事がない。
 数分葛藤かっとうするか否かから迷って、鏡は意を決してドアノブに手をかけた。


掲載日 2021/07/04


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