「御影、起きてる……?」
そっと開ける。返事も何もない。
ベッドへと近づくと、案の定子守唄が聞こえてきそうなほど熟睡する御影に生暖かい笑みが浮かんだ。そっと肩を揺すると、彼女は眠そうな目で見上げてくる。
「おはよう、僕朝食作ってくるから、出る準備しておいてね」
ぼんやりとした目が、見上げてくるだけ。
不安に駆られて、鏡はベッドの脇に座って御影の前で手をゆっくり振る。
「み、御影……? ちょっ!?」
手をぎゅっと抱きしめられて顔が真っ赤になる。慌てて引っこ抜き、御影の肩を揺すった。
「み、御影ちゃんと起きて!! いくらなんでも寝ぼけすぎだよ!!」
「ふえ……お、はよ……?」
「今起きたの!?」
欠伸をする御影に呆気にとられる。とろけそうな目に不思議そうに見上げられ、鏡は呼吸が止まりそうだった。
「鏡くん……顔、真っ赤……」
「な、なんでもない……起きてくれてよかった……」
……御影のせいだと言えたらよかったのに。のそのそと体を起こす彼女は、首を小さく傾げている。
「うん……? どうしたの?」
「奏さんも悠里も、まだ帰ってきてないみたいなんだ。ご飯食べたらすぐ探しに行こうってことになったから、準備しておいてね」
「あ……うん、わかったの」
うつらうつらと揺れていた頭が、しっかりと起きたようだ。ほっとして、鏡は頷くと部屋を出て――急いで朝食を準備しに行く。
既に連絡を済ませていた介が、サラダなど簡単なものを準備してくれていたおかげで、すぐに調理は終わった。
「――なるほどな。異界の民だけのコミュニティを狙って、かつ、その対象の多くが身寄りのない子供ってか……」
詳しく話を聞いた海理の眉間にしわが寄っている。御影は相変わらず、海理相手となると鏡の後ろに逃げているけれど、今日は怯えていない。
おずおずと頷く彼女は、大和へも目を向けている。
「そこ、奏さんもいたところ、らしいんです……あと、鏡くんたちが助けた、小さい子たちも……」
「ってことは、てめーらはそのコミュニティには詳しいんじゃねーのか?」
「いえ、おれたちはあくまで仲介者に依頼するだけです。コミュニティそのものの位置も何も知りません。時々、街中でコミュニティに住む人を見かける程度ですね」
海理が目を丸くしている。大和が「ふうん」と相槌を打った。
「助けた後は介入してないんだ?」
「ああ。悠里が特に、孤児となった子供たちに対して執着しかねなかったからね……」
それを言われると、鏡は苦い顔で頷かざるを得なかった。介なりに、悠里が子供たちへと向ける目が、多くの大人とは違うと気づいていたのだろう。
悠里は孤児を放っておけない。孤児院にいた時から、施設で共に育った弟や妹の面倒を見ていただけではない。自分を重ねてしまうところが少なからずあったはずだ。
海理が大和へと目を向けている。大和は頷き、海理へと目を向けた。
「黒を洗い出したほうが早いけど、目星をつける間に時間が過ぎていくのは惜しいね」
「だな。敵の拠点を探し出したほうが手っ取り早い。
「気がかりなことですか?」
聞き返すと、大和が「輝石を奪う連中だよ」と声をかけてきた。
「半年以上前から続いてる強盗集団だよ。主に戦闘が不得意な一般人や、こっちに来たばかりの人が襲われてる。輝石を奪われた人たちは、ほとんどの人がゲート化して正気を失っていたり、魔物化してるんだ」
「え、でも、輝石を奪った人は確か、魔物に殺されたはずじゃ……」
海理が苦い顔をしている。
「それがいつ頃の話かは知らねーが、現に今も後を絶たずに輝石を奪われてる奴らがいるんだよ。あの訳わからねー『他人の輝石を手に入れればゲート化した奴でも助かる』っていうガセは沈静化したがな」
「そうなんですか……」
「東響周辺で起こってる以上、この東響と郊外に捜索範囲を広げないと。ただ、この人数じゃとても手が回る範囲じゃないよ」
問題はそこだ。GPSも、悠里と奏が通った道筋を履歴として残してはくれない。二人がどこに行っていたかなんてわからないのだ。
介が苦い顔で誰かにメールを打っていたも、眉をひそめている。
「……そういえば……鏡くん。半年前、御影さんが
はっとした。
「あいつらも輝石狩りだったんじゃないか? そいつらがどこかに向かおうとしていたかは、覚えがないかい?」
「いえ、二人じゃないです」
介が目を見開いている。御影が思い出したように目を丸くし、海理たちが目を細めている。
「もう一人以上いて、魔術を撃たれましたから……でも、御者台にいた人は、魔物に襲われた時どこにもいませんでした」
「残党の可能性が出てきやがったな……ただ、攫われた人数を考えると集団の犯行だ。逃げた一人ってのは、運搬役の可能性があるが……顔は見てねーのか?」
「はい、御者台から魔術を撃たれて……その時油断してて、見れませんでした。詠唱の声も聞こえなくて……」
「広畑さんも?」
「は、はい……急に追いかけられて、捕まって、馬車に押し込め、られたから……馬車を動かしてた人は、見てない、です」
「発見場所と馬車の向かってた方角は覚えてるか?」
「僕たちがアンデッドを倒した、東響郊外の森です。西に向かう街道沿いの」
大和が思案を纏め終えて、微かにしかめた顔が海理へと向けられた。
「……もしそいつらが今回の失踪事件に関わってるなら、当時広畑さんが連れて行かれかけた場所って、敵の拠点じゃない?」
「可能性あるだろうな」
介が頷いている。メールの返信が来ないのか、焦りを滲ませて俯いていた顔を上げている。
「だとしたら、拠点の位置は恐らく結界か何かに守られていると思います。襲った相手を馬車でわざわざ運ぶ連中です」
「だろうね。夜人目の少ない時間と森の中の犯行だったとはいえ、それだけ大胆な行動をしておいて、今まで見つかっていないんだから」
「だな。郊外に急ぐぞ」
「はい……!」
焦るな。焦っても何も生まれない。
遺跡で御影が罠にかかって落ちた時と同じようになりたくなければ。
悠里が一人で残り、罠にかけられたあの時と同じように、なりたくなければ。
東響郊外の森と一口に言っても、街道沿いだけで範囲はかなり広い。
一日歩いた先の隣町まで繋がる規模だ。朝方ゆえに行き交う人もまばらだ。穏やかに声をかけてくる人も中にはいて、皆異界の民のコミュニティで相次ぐ行方不明事件のことを知らないのではと危機感すら覚えた。
海理たちもコミュニティのことを伏せ、最近この辺で子供を見なかったかと往来の人々に声をかけている。収穫は
大きな馬車もなかったか確かめるが、おおよそ隣町まできちんと行く馬車しかないという。
太陽が真上に差し掛かる頃に、介が苦い顔で水筒の中のコーヒーで喉を
「参ったな……
「轍が残らないようにしてんだろーが……そうなるとポイントは限られてくるな。連中の馬車を待ちてーとこだが、悠里と奏が捕まったんなら、今日明日は警戒されてるだろ。通ることを祈るぐらいならポイントを当たるか」
「そうですね……」
「んでもって、てめーらは歩きながらでも
渡された包みに、鏡は目を丸くした。海苔を巻かれ、綺麗な三角形に仕上がったおにぎりやゆで卵、さらに葉物野菜のベーコン巻き。店で売られていそうな
どれも
「ありがとうございます。これ海理さんが作ったんですか?」
「ああ。作り置きの詰め合わせで悪いが、ねーよりマシだろ」
「こ、これで作り置き……卵もこれ、出汁染み込ませてありますよね……」
「そうしねーと腐るの早いからな。保存料がない分調味料で保存可能な期間もたせてる」
呆気にとられていると、大和がくすくすと笑って近づいてきた。
「レーデンさんって実家が弁当屋なんだって」
「そ、そうだったんだ……」
悠里の人生経験がおかしい? いったい誰の口から聞いた言葉だっただろう。
祓い屋の血筋で、体術剣術喧嘩殺法を得意として、異世界で十年生きていて、挙句海賊頭。そして弁当屋の息子。
……一言で言うなら、濃い。
大和や介も弁当をもらっていた。介に至っては気にしないと決めていたのだろう。
海理はおにぎりを既に頬張っていた。細々としたものは後から食べる気なのだろうか。一区切りつくと周囲に目を向け、細めている。
「――人の出入りがありそうな地点は頭に入れた。後はダミーを探すだけだが……」
「えっ、ダミーですか?」
ダミーどころか本命を探したほうが、すぐに行けるはずなのに。先を歩く海理の目の鋭さに
「ダミーがあるなら、その傍に拠点があるのは定石ですからね……」
なるほど。確かに、拠点の入口一つを血眼に探すより、いくつもあるダミーを探したほうが早いのかもしれない。
鏡はおかずを食べ上げ、落ち着いてきた思考でふと思い至る。
「……結界って、人目につかなくするだけしか効力がないんですか?」
「相手の属性にもよるな。光や闇なら視覚を狂わせる。風なら音を漏らさねーな。水は霧で、火は蜃気楼で方向を迷わせて近づかせねー。地は確か、植物を操って、道をその都度ごまかすんだったか」
「ど、どれもいやらしいけど、地属性ってそんなに凄かったんだ……」
「す、凄いんです、ね……」
「って御影一番得意でしょ!?」
今のパーティの中でも一番地属性と相性がいいのに。御影は困ったように笑っていて、口があんぐりと開く。
「結界は、よくわからなくて……使ったこと、ないの」
「維持するにも疲れるからな。味方を
海理は地面を見下ろし、微かに目を細めた。
「――ここか?」
「へっ?」
「何、もう見つけたの?」
「ああ。この
慌てて傍へと見に行き、不自然さに気づいた鏡は顔を引きつらせた。
轍の跡は沢山ある。あるけれど、自分たちが引き返してきた方面へは、ある地点を境に不自然に数が減っているように見えた。
「か、海理さん、森を見てたんじゃなかったんですか……!?」
「あ? 全体に目を配ってたぜ」
無茶苦茶だ。大和は隣に来て肩を竦めている。
「一応僕も見るように言われてたから、後ろから確かめてたよ。レーデンさんの言う通り、この辺りで不自然に途切れてる」
「海理さんって……」
「ただのチート」
「だからチートじゃねえ、刺されりゃさすがに死ぬっつってるだろ」
この人に限って、刺される姿を見るなんてことは絶対ないだろう。轍の跡をなぞるように、東響郊外から見て左へと目を向けていく。真っ黒な目が思慮深げに細められた。
「……こっちか。てめーら、光魔術の視野拡大系使える奴いるか?」
「あ、それなら僕がやります」
すぐさま詠唱を唱えて、鏡は急激に広がる遠くの視界に思わず呻いた。
奏はずっと、こんなのを続けていたのか? 目から入る情報量が多くて気持ち悪くなりそうだ。
そっと吐き気を耐える。御影が不安そうに声をかけてきたも、大丈夫だと手を上げた。近くを見ることができない代わりに、微かに目を動かして森の中を探る。
「結界があるなら、遠くから見るとそこだけ視界の情報が妙に途切れてる場所があるはずだ。ぼやけたり滲んだりな。そういうのを探せ」
「は、はい……」
違和感……木々が生い茂って、下草も生えていて……違和感なんて特に見当たらない。
視界を巡らせても、それらしいものが見当たらない不安に焦りがせり上がってくる。
近くを見てもだめだからこそ、遠くを……遠く?