境界融和世界の幻門ゲート

第31話 03
*前しおり次#

 遠くを見続けていた視界を、そっと手前の地点に戻して、凝らしていた目の力を抜いた。ゆっくり目を配ってはっとする。
 同じ景色を繰り返したような場所が、ある。張り合わせたように不自然な、妙な風景が。
「ありました……!」
「方角を指でさせ」
「あっちです!」
 海理がにやりと笑った気がした。刀を抜く音が少し響いて、大和が待ったをかけた。
「術を破るなら僕がやるよ。レーデンさんどうせ暴れるでしょ」
「わかった、序盤は頼んだ」
「うん、後でメインもいただくから」
「あ? てめー言いやがったな」
 ……味方同士、だよね。
 大和が歩いていく。ついて行こうとして、大きくぶれた視界に鏡は吐きそうになった。海理から肩を叩かれはっとすると、彼が背中を擦ってくれる。
「もう術解いていいぞ。方角わかったら、後はポイントで魔術を破るだけだからな。てめーこの術使うの初めてか」
「あ、はい……いつもは奏さんがやってくれてたので……」
「そか。よく見つけたな、助かった。落ち着いたらついてこい」
 目を丸くした。
 きょとんとして海理を見やる頃には、彼はさっさと歩き出していく。
 術の集中なんてすっかり解けていたようだ。大きく息をつき、心配そうに寄ってきた御影の頭を撫でた。
「大丈夫……?」
「うん、なんとか」
 海理の背中が、自分が知るそれより少し大きく感じた。
 大和がどうして彼と共に行動するのか、なんとなく垣間見えたような気がする。
 一つ深呼吸をして、ぎゅっと閉じた目をゆっくり開けた。吐き気の度合いを確かめた鏡は一つ頷く。
「――もう動けるよ。僕たちも追いかけよう」
「う、うん」
 歩きながら、鏡は改めて舌を巻いた。
 音を聞き取る魔術を使った時、ここまで疲れなかった。光は使えると知っていたが、生命ほど得意というわけではないらしい。
 介も先に行って――離れた木立から、こちらを見てきていた。海理たちの方向を確かめているから、彼らと鏡たちの中間を維持してくれているのだろう。
 木立を進み続けて気づく。思ったより道を歩きやすいと感じるのだ。下草は生えているし、木々も生い茂っているのに、見た目ほど邪魔をしてこない。
 手近な葉に触ろうとして、掠めもしない手に目を見開く。
 こんなところから幻影を使ってごまかしていたんだ。
「――うん、この辺だ」
 立ち止まった大和が、袖口から自身の輝石であるセレスタイトを取り出している。中心に向けて青から暗い青のグラデーションを持つ半透明の石が、淡く輝き始めた。
「開け幻門、我が門は生命。セレスタイトの輝石を以て力をここに具現する。親和せよ光。意志の剣を以て、惑わしの世界を打ち破らん」
 景色が歪む。捻じれていく。
 途端に、大和の目の前にいた男三人に、鏡は一瞬固まった。
「……えっ」
「だろうなと思った。レーデンさん、もらっていい?」
「はっ」
 にやりと笑った海理に、介が苦い顔で溜息をこぼした。
「誰がやるって言った? てめーら、拠点の位置と間取り吐け。じゃねーと……」
「てっ、敵しゅ――」
「こうしてやらあ!」
 振り上げた刀から水の刃が飛び出、男たちに当たって木に叩きつけた。ずるずると倒れ込む男たちは昏倒している。
 鏡は顔が引きつったし、御影が怯えて鏡の後ろに逃げ込んだ。
 ……詠唱、唱えてなかったよね。それどころか……
 刀に魔術の効力乗せて撃ち放った……!?
「レーデンさん、僕が前にいること忘れてない?」
 ジト目で睨む大和に、海理はけろりとした顔で「避けるってわかってたからな」と悪びれもしない。介は沈黙しきった顔で男たちを見下ろし、いつも重たそうに見えるバックパックから縄を取り出して男たちを縛り上げた。
 手際てぎわがいい。悠里と二人だけで動いていた時期にどうやって乗り切っていたのか、よくわかった。
「どうせ拠点の位置がわかれば、好き勝手動く気でしょう……」
「当たり前だろターコ。オレと大和で陽動するぞ。てめーらはその間に悠里と奏救出してこい」
「え、あの、二人だけで、大丈夫、ですか?」
「大丈夫、これでもアレンくんやゆうさんが入るまでは、僕たち二人で戦ってたからね。最近は調査ばっかりで退屈してたし、血が湧いても文句は言わないと思うよ、あの人」
 仲良くなる人集まる人、どうしてこうも血の気が盛んなのだろう。彼らのことを嫌いには思わないし、むしろ友達としての意味で好きだ。仲間としても信頼できる。
 ただ……なんというか、こういう姿を見ると……。
 なんとも言えない感情を覚えるのは自分だけだろうか。
 介が海理と大和の案に乗ることにしたようだ。先に突入するのはどちらからやるか、海理と大和が簡単なやりとりをして話を終わらせたらしい。
 海理の背中が楽しそうだ。理由さえ知らなければほのぼのと笑えたけれど今は怖い。
 介が男たちの口に猿轡さるぐつわを噛ませて、やっと移動ができるようになった。
「介さん慣れてるんですね……」
「悠里のおかげでね……あいつどこでもかしこでも突っ走っていたからね……」
 否定する気力がなかった。
 周囲をくまなく見渡すと、程なくしてひっそりと建つ廃屋はいおくを見つけた。昔は旅の人の気を休めるための宿泊所だったに違いない。鏡たちが住む家を平屋にしたような小屋は、なんとなく中に入る気をなくすおどろおどろしさに包まれている。
 海理が何かに目をつけ、周囲を確認しつつ近づいていく。
 開け放たれたままの入口から床を見ると、遠目からでもわかるほど不自然にほこりや落ち葉がない。海理は入口から距離を開けたまま、周囲を見やって溜息をこぼしている。
「当たりだな。全員準備しろよ。このボロ小屋、見た目以上にでけーはずだ」
「え、どういうことですか?」
「集団で人をさらってた割に小屋が小さすぎる。恐らくだが、一時的に閉じ込める場所か、地下なんかで入口を繋いでるダミーの小屋だ。一時的ならそもそも隠す必要はねー。ってことはだ」
「本拠地までのエントランス、ということですか」
「不確定要素もあるがな。あいつらが仲間呼ぼうとしてた以上、周囲にひそんでておかしくねーんだ。気抜くなよ」
「はい」
 小屋に入ってすぐ、剥き出しの土間に違和感を覚えた。
 薄暗い板張りの床には埃がない。今でも人が使っているとよくわかる。大和が土足で床の上に上がると、一面を触って目つきを変えた。
「あったよ。レーデンさんの読み大当たり」
「さっさと降りるか。開け方わかるか?」
「こういうのはだいたいね戸って相場が決まってるけどね――あ、ほら」
 きしんだ床から手を離した途端、板のぎ目から下り階段が口を開けた。鏡はだんだん無表情になってきた。
 経験が違うと、こうも行動が違うのだろうか。……海理だけでなく大和までチートに見えてきた。
 階段を下る際灯りが必要かと考えたが、奥に小さな灯りを認めた海理が不要だと判断した。全員に暗闇を見ることができる魔術を短時間だけかけてくれたおかげで、階段は難なく降りられた。
 さて、問題はここからだ。
 通路が横に広がる。天井までもそこそこ距離がある地下通路は、上り坂を一つ大きくもうけている。坂の先には、洞穴だったのかと錯覚するような出口がぽっかり開いていた。
 海理は不自然に開け放たれたそこへは目もくれず、近くに下り坂を見つけて目を細めている。獣のような臭いが微かに漂ってきて、鏡は周辺を警戒したも、それらしい陰はない。
 こんな時悠里や奏さんがいてくれたら……違う。彼らを助けに来たのに、しっかりしなければ。
 さらに進んで、細くなった通路の奥に扉を一つ確認するなり踵を返して、鏡たちを見やった。
「てめーら、さっきの下り坂に行ってこい。好き好んで地下に留まるタコ共はいねーだろ」
「え、あの、もしかして地下って……」
「もしかしなくとも、地下牢の可能性があるな……ですが、上に行くにも扉の先に待ち構えられているのでは?」
「構えちゃいねーだろ。結界に見張りに、ダミーの小屋と偽装した轍。これだけ守り固めてりゃ、四六時中気を張る連中はそういねー。それに構えてようが構えてなかろうが、連中をのすのはオレらの仕事だ。早いとこ悠里たちを保護しろ、いいな」
「は、はいっ!」
「おーもう交代の時間か? 外は毎度疲れるよなあー……」
 扉の内鍵が外れたようだった。
 酔っぱらったように笑っている男が、暢気に扉を開けて固まっている。海理が、大和が笑みを浮かべていた。
 片や不遜に。片や……穏やかに。
「よお、邪魔してるぜ」
「……は」
 うんと、鏡は生暖かく笑む。介がそっと肩を叩いてきて、頷くと同時に男の声がとどろいた。
「し、侵入者ああああああああああ!!」
「おーおーご苦労なこった。その調子でどんどん呼べ、こちとら久々でうずうずしてんだ」
「て、てめえふざけた口抜かしてんじゃねえ!! 開け光の門、魔石の内の力をここ――」
「おせえおせえ!!」
 男の声が途切れ、悲鳴に変わった。
 ちらりと振り返った鏡は顔を引きつらせる。通路から降りてくる敵へと、海理がにいっと笑っているのだ。
「手え抜いてみろ。念仏唱える時間が減るだけだ。てめーらの六文銭ごと粉々に砕いてやらあ!」
 あっちが悪役だ。
 二人並べていいほうだろう通路を、海理は豪快に突き進んでいく。奥の階段を駆け上がる。矢が振ってきても気にも留めず斬り払う。
 後ろから見ていてよかったとさえ思う。たった一人なのにまるで戦車が駆け上がっていくようだ。
 大和が冷めた目で肩を竦め、のんびり歩いているではないか。
「あーあー……僕の取り分残しておいてよ、レーデンさん」
「あ? 知らねーよ、早いもん勝ちだ!!」
「だから――それならさあ……最初からそう言ってくれないと困るんだよねっ」
 あっという間に海理に追いついた少年が、メスやナイフを投げて敵の頸動脈けいどうみゃくを切り裂いていく。
 ぞっとしたのは鏡だけではなかったらしい。介が隣で呻いている。
「……海賊頭……だけじゃないな、無双チートは……」
 血にえた猛獣よりも暴れる二人を見ていると、なんだか立つ瀬がない。
「僕たち、ここに来た意味あったのかな……」
「で、でも、早く、奏さんと悠里さん、探そうっ」
 ただ、御影の言うことも尤もで、鏡はなんとか頭を切り替えてもと来た道を引き返したのだった。


掲載日 2021/07/04


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