「……まだ、こっちにお兄様たちの輝石があること忘れてるみたい? あっは、バカじゃないの!」
「あ? ダミーの石っころに動じてどうするってんだ」
ガレナの表情が凍りついたではないか。鏡の目が鋭さを保ったまま、怪訝に海理を見上げる。
「どういうこと?」
「簡単なこった。本物なら、どうしてさっきてめーらに見せなかった?」
あっと目を見開く。
そうだ、ガレナは無類の石好きだったはずだ。無造作にポケットに入れて、石同士をぶつけ合わせて、あからさまな音を立てるなんて変だ。
「そんだけ頭回すんだ。一人で突っ込んで人質奪われたら、てめーの保険は悠里と奏の輝石しかねーな」
ガレナの歯が食いしばられ、海理を見上げている。
「さっき輝石の保管場所を覗いてきたが、悠里と奏の分はなかった。誰が輝石の保管庫に辿りついても、てめーが石を持っているように思わせるには十分だ。大方奪った輝石はてめーの部屋だろ。大和、介、行ってこい」
人使いが荒いと、大和が溜息を溢して肩を竦めている。
「まったく……ここは任せるよ、きっちりお
「ああ――お願いします」
二人の足音が走って遠のいていく。ガレナが立ち上がろうとしても、彼女の手にあった短剣は海理が握って、元の持ち主へと向けられていた。
「運の尽きだな。
「開け闇の門、魔石の内の力をここに具現する!」
海理が目を見開く。青ざめた顔に鏡は素早く反応して、ガレナに拳を何度も叩き込んで昏倒させた。
ほっと息をつく海理は、鏡へと生暖かい顔で見下ろしている。鏡は肩を竦めて、
「……これぐらいでいい?」
「助かった……って言いてーが、てめーキレると容赦ねえな」
「仲間にここまでされて……それでなくても関係ない、力のない人にこんなことされて怒らないほど、善人じゃないですよ」
「……否定はしねーよ。オレも冷静欠けばそうしてる」
「今は至って冷静ですよ。冷静に落としに行きましたから。だいたい、落としはするけど殺すほどの技量はありませんし」
肩を竦めて返すと、海理は何か言いたそうにしていたが、やがて溜息をついていた。
「そーかよ。とりあえず輝石が来次第、あいつらに輝石返すぞ。ただ奪われただけじゃねーなら尚のこと急がねーとな……」
「わかりました、それまではこの人が起きても抑えにかかりますよ、関節技は得意なんで」
「だな。縄持ってきてるが、まずは……あー、気引けるが……」
「輝石あったよ!」
介と大和が戻ってきた。ほっとする鏡と御影は、海理がガレナの隣にしゃがむ様子に首を傾げる。
彼女の袖を捲り上げて、魔石を大量に埋め込んだリストバンドを外していく。大和が顔をしかめて見下ろしていたし、海理も渋面で眉間のシワがいつも以上に
「なんつー奴だ……本当は異界の民が使ったら毒だってのに」
「そう、なんですか……?」
「輝石はオレら異界の民に加護をくれるだろ。けど魔石は加護なんてねーんだ。一発で魔力暴走が起きてゲートになっちまう。オレたちが魔物みたく異形の存在にならずに済んでるのは、ひとえに輝石のおかげだ」
だから、輝石を他人に渡してはいけないのか。
輝石は人に貸すことも、人に使われてもいけない。そして輝石の持ち主が魔石を使うと拒絶反応が出る。理由は様々あるけれど、その最たるものはこれだったのだろう。
大和が魔石を見て信じられない顔をしていたも、平静を取り戻したのか溜息をついた。
「輝石はああして
「ポリシー……?」
「うん。聞いた感じ、結構に石好きみたいだったし……商売道具でもあったようだしね」
……商売道具、か。
そうやって人の命と同等のものを売り買いするなんて……いや、冷静になろう。
「とにかくだ、こいつ縛るのはオレがやっとく。てめーらさっさとあいつらに輝石渡してやれ」
海理に礼を言い、大和へと目を向けると頷かれ、大量の輝石が入った袋を渡された。御影と介を急かそうとした時、御影が海理へと恐る恐る近づく。
「あ、あの……あ、ありがとう、ございます……」
「いーからさっさと行ってこい」
手をひらひらと振る彼に、鏡も頭を下げた。走るとすぐに御影も介も追いかけてきてくれる。
「他の捕まってる人たちも助けられればいいんだけど……!」
「まずは悠里たちだ。二人とも、これで目が覚めればいいけどな……」
地下牢に到着した次の瞬間、沢山の人の視線を感じた。
鏡たちが出ていった時、話を聞いていた人たちがいたのだろうか。檻の手前までやってきた人々がすがるように見てきていて、介が鏡へと、悠里と奏の輝石を渡してきた。
「おれが対応するよ。悠里と来栖さんを頼んだよ」
「はい!」
急いで牢の扉を開け、御影に奏の輝石を渡して、鏡は悠里のブラックスターを彼のブレスレットに
「悠里!!」
「――あー……」
呻きながら起きた彼に、鏡はほっと安堵を溢した。ゆっくりと起き上がる悠里の緩慢そうな動きは初めて見て、拳が震えた。
「大丈夫?」
「……なんとか」
「奏さん、奏さん! ……やっぱりまだ、起きれない、のかな……」
奏さんは、まだ起きれそうにないんだ……。
状況を飲み込んだらしい悠里が、悔しそうに顔をしかめている。
「ガレナが怪しいと思って張ってたんだよ……同じ闇同士、バレちまってたみたいでこのザマだけどな。後、助け方はわりぃがわからねえ。誘導尋問する前に輝石離されてな。結局こうなっちまった……」
「生命の術なら大和くんに聞けばわかるかな……? 専門だし……僕聞いてくるよ」
御影が不安そうに頷いている。がやがやと人の声に溢れ始めた地下牢から、怒る声と、泣きじゃくる声が入り混じるようになっていた。奏を悠里と御影に任せて、鏡は介の傍へと駆け寄った。石を一人一人順番に返していく介は、少し顔がやつれたように見える。
「悠里は目を覚ましたんですけど、奏さんがまだ……僕、大和くんに聞いてきます」
「そうだね、彼なら知っている可能性が高いな……他人に無茶な使われ方されてなければ、もう目を覚ましてもおかしくないんだけどな……」
嫌な予感ばかりが頭を巡る。御影に大きな声で呼ばれて、鏡も介も振り返った。
介に促され、鏡は急いで駆け寄る。奏がうっすら目を開けていて、悠里も随分と安堵しているように見えた。
「……起きたか?」
「……う……ん……ここ、どこ……」
「俺のせいで人質にされてたんだよ……気がついてくれてよかったぜ」
「人質……?」
ぼんやりとしか開いていなかった目が、徐々にはっきりと見開かれていく。体を起こそうとする彼女に、御影が驚いて支えていた。
「あ、ありがと……悠里さん大丈夫、だったんですか……?」
「俺は輝石に無理無茶されてねえからなんとでもなるよ。……お前は自分の心配してろ」
「よかった……ちゃんと、相談してくださいよ……ああいうのは……」
悠里の言う通り、自分の心配をすべきなのに。
彼女の口から出たのは、自分よりも人を優先する言葉だった。悠里が微かに顔をしかめているのは、そのことと別の理由だろうけど。
「……確証が欲しかったんだよ、確証のない案件には仲間といえど巻き込みたくない」
「確証なく、ても、危ないことだってあります……今日みたいに……!」
御影が頬を膨らませる。悠里が肩を竦めて、少し表情を殺したように彼女を見下ろしている。
「職業柄、あんま一般人巻き込みたくなくてな。介はいち早く気づいてたし、別方面から確証探るってことで暗黙の了解してたんだよ。確証得られたとこでばれちまったけどな」
「次はこんな無茶、しないでくださいね……」
「お前が言うなよ、それ……」
奏へと苦笑して、むっとされた彼を、鏡はなんとも言えず笑うしかできなかった。
「両成敗だよ、二人とも? 結局心配かけたんだから」
素知らぬ顔で視線を逸らす二人に、鏡はぷっと吹き出した。なんとなく元気は戻ってきたらしい二人だけれど、悠里が奏の前にしゃがみ直している。
「しんどいんだろ、寝てろ。背負ってやるから」
「だ、大丈夫……って、言いたいんです、けど……すみません、頭がくらくらして……」
「いいよ。背負ってやるから、大人しくしてろ」
細々とした礼が彼女の口から零れていた。背負われた彼女は顔色がまだ悪い。口にしていた症状を考えても、体が思うように動かないのだろう。
輝石を無事取り戻した人々は、皆気力を取り戻し、安堵を浮かべていた。
ただ、輝石がそこになかった人々は、目を覚ますこともないまま力なく眠り続けていて、知り合いだという人々の泣く声も後を絶たなかった。
ガレナは、やはり海理たちが官憲に突き出してくれた。後に見つかった彼女の輝石は、海理が管理すると言ってくれた。
話が終わり、家路についているにもかかわらず、介の表情は曇ったまま。
鏡は少しだけ逡巡したも、彼を見上げた。
「介さん。リトシトさんのところに行きましょう」
目を丸くした介よりも、鏡は御影を振り返る。彼女が胸の前で小さくガッツポーズをする様に、鏡は笑んだ。
「奏さんの、具合は、私が見るねっ」
「――俺も行く。御影たちのことは佑に頼むわ。御影なら電話番号知ってるだろ?」
少し迷ったような顔の介に、奏が心配そうに目を向けていた。
「リトシトさんのこと、皆さんお願いします……」
「――ありがとう……確認してくるよ」
「ああ。先に行っててくれ。佑が来るまではせめて守るから」
「悠里さんも、ちょっとは、休んでください!」
途端にげんなり顔の悠里には、鏡は介と共に仕方なさそうに笑っていた。
パステルカラーの店構えは、一見どこにでもありそうな女性受けのする喫茶店だ。そのドアを男三人で潜った初回は、少し勇気のいる思いだった。それは今も変わらない。
閉店を告げる看板がかかったままの店内に、介が苦い顔になる。鏡はいてもたってもいられずに口を開いた。
「こんにちは――リトシトさん、いますか?」