境界融和世界の幻門ゲート

第32話 02
*前しおり次#

「……まだ、こっちにお兄様たちの輝石があること忘れてるみたい? あっは、バカじゃないの!」
「あ? ダミーの石っころに動じてどうするってんだ」
 ガレナの表情が凍りついたではないか。鏡の目が鋭さを保ったまま、怪訝に海理を見上げる。
「どういうこと?」
「簡単なこった。本物なら、どうしてさっきてめーらに見せなかった?」
 あっと目を見開く。
 そうだ、ガレナは無類の石好きだったはずだ。無造作にポケットに入れて、石同士をぶつけ合わせて、あからさまな音を立てるなんて変だ。
「そんだけ頭回すんだ。一人で突っ込んで人質奪われたら、てめーの保険は悠里と奏の輝石しかねーな」
 ガレナの歯が食いしばられ、海理を見上げている。
「さっき輝石の保管場所を覗いてきたが、悠里と奏の分はなかった。誰が輝石の保管庫に辿りついても、てめーが石を持っているように思わせるには十分だ。大方奪った輝石はてめーの部屋だろ。大和、介、行ってこい」
 人使いが荒いと、大和が溜息を溢して肩を竦めている。
「まったく……ここは任せるよ、きっちりおきゅう据えといてよね。行こうか、神田さん」
「ああ――お願いします」
 二人の足音が走って遠のいていく。ガレナが立ち上がろうとしても、彼女の手にあった短剣は海理が握って、元の持ち主へと向けられていた。
「運の尽きだな。ひねった考えしてなけりゃまだ道あったかもしれねーが」
「開け闇の門、魔石の内の力をここに具現する!」
 海理が目を見開く。青ざめた顔に鏡は素早く反応して、ガレナに拳を何度も叩き込んで昏倒させた。
 ほっと息をつく海理は、鏡へと生暖かい顔で見下ろしている。鏡は肩を竦めて、剣呑けんのんな目つきを隠さず海理へと見上げた。
「……これぐらいでいい?」
「助かった……って言いてーが、てめーキレると容赦ねえな」
「仲間にここまでされて……それでなくても関係ない、力のない人にこんなことされて怒らないほど、善人じゃないですよ」
「……否定はしねーよ。オレも冷静欠けばそうしてる」
「今は至って冷静ですよ。冷静に落としに行きましたから。だいたい、落としはするけど殺すほどの技量はありませんし」
 肩を竦めて返すと、海理は何か言いたそうにしていたが、やがて溜息をついていた。
「そーかよ。とりあえず輝石が来次第、あいつらに輝石返すぞ。ただ奪われただけじゃねーなら尚のこと急がねーとな……」
「わかりました、それまではこの人が起きても抑えにかかりますよ、関節技は得意なんで」
「だな。縄持ってきてるが、まずは……あー、気引けるが……」
「輝石あったよ!」
 介と大和が戻ってきた。ほっとする鏡と御影は、海理がガレナの隣にしゃがむ様子に首を傾げる。
 彼女の袖を捲り上げて、魔石を大量に埋め込んだリストバンドを外していく。大和が顔をしかめて見下ろしていたし、海理も渋面で眉間のシワがいつも以上に際立きわだっている。
「なんつー奴だ……本当は異界の民が使ったら毒だってのに」
「そう、なんですか……?」
「輝石はオレら異界の民に加護をくれるだろ。けど魔石は加護なんてねーんだ。一発で魔力暴走が起きてゲートになっちまう。オレたちが魔物みたく異形の存在にならずに済んでるのは、ひとえに輝石のおかげだ」
 だから、輝石を他人に渡してはいけないのか。
 輝石は人に貸すことも、人に使われてもいけない。そして輝石の持ち主が魔石を使うと拒絶反応が出る。理由は様々あるけれど、その最たるものはこれだったのだろう。
 大和が魔石を見て信じられない顔をしていたも、平静を取り戻したのか溜息をついた。
「輝石はああしておどす時以外、使わないっていうポリシーでもあったのかもね」
「ポリシー……?」
「うん。聞いた感じ、結構に石好きみたいだったし……商売道具でもあったようだしね」
 ……商売道具、か。
 そうやって人の命と同等のものを売り買いするなんて……いや、冷静になろう。
「とにかくだ、こいつ縛るのはオレがやっとく。てめーらさっさとあいつらに輝石渡してやれ」
 海理に礼を言い、大和へと目を向けると頷かれ、大量の輝石が入った袋を渡された。御影と介を急かそうとした時、御影が海理へと恐る恐る近づく。
「あ、あの……あ、ありがとう、ございます……」
「いーからさっさと行ってこい」
 手をひらひらと振る彼に、鏡も頭を下げた。走るとすぐに御影も介も追いかけてきてくれる。
「他の捕まってる人たちも助けられればいいんだけど……!」
「まずは悠里たちだ。二人とも、これで目が覚めればいいけどな……」
 地下牢に到着した次の瞬間、沢山の人の視線を感じた。
 鏡たちが出ていった時、話を聞いていた人たちがいたのだろうか。檻の手前までやってきた人々がすがるように見てきていて、介が鏡へと、悠里と奏の輝石を渡してきた。
「おれが対応するよ。悠里と来栖さんを頼んだよ」
「はい!」
 急いで牢の扉を開け、御影に奏の輝石を渡して、鏡は悠里のブラックスターを彼のブレスレットにめた。かすかに動いた手に、はっとして従兄いとこを揺する。
「悠里!!」
「――あー……」
 呻きながら起きた彼に、鏡はほっと安堵を溢した。ゆっくりと起き上がる悠里の緩慢そうな動きは初めて見て、拳が震えた。
「大丈夫?」
「……なんとか」
「奏さん、奏さん! ……やっぱりまだ、起きれない、のかな……」
 奏さんは、まだ起きれそうにないんだ……。
 状況を飲み込んだらしい悠里が、悔しそうに顔をしかめている。
「ガレナが怪しいと思って張ってたんだよ……同じ闇同士、バレちまってたみたいでこのザマだけどな。後、助け方はわりぃがわからねえ。誘導尋問する前に輝石離されてな。結局こうなっちまった……」
「生命の術なら大和くんに聞けばわかるかな……? 専門だし……僕聞いてくるよ」
 御影が不安そうに頷いている。がやがやと人の声に溢れ始めた地下牢から、怒る声と、泣きじゃくる声が入り混じるようになっていた。奏を悠里と御影に任せて、鏡は介の傍へと駆け寄った。石を一人一人順番に返していく介は、少し顔がやつれたように見える。
「悠里は目を覚ましたんですけど、奏さんがまだ……僕、大和くんに聞いてきます」
「そうだね、彼なら知っている可能性が高いな……他人に無茶な使われ方されてなければ、もう目を覚ましてもおかしくないんだけどな……」
 嫌な予感ばかりが頭を巡る。御影に大きな声で呼ばれて、鏡も介も振り返った。
 介に促され、鏡は急いで駆け寄る。奏がうっすら目を開けていて、悠里も随分と安堵しているように見えた。
「……起きたか?」
「……う……ん……ここ、どこ……」
「俺のせいで人質にされてたんだよ……気がついてくれてよかったぜ」
「人質……?」
 ぼんやりとしか開いていなかった目が、徐々にはっきりと見開かれていく。体を起こそうとする彼女に、御影が驚いて支えていた。
「あ、ありがと……悠里さん大丈夫、だったんですか……?」
「俺は輝石に無理無茶されてねえからなんとでもなるよ。……お前は自分の心配してろ」
「よかった……ちゃんと、相談してくださいよ……ああいうのは……」
 悠里の言う通り、自分の心配をすべきなのに。
 彼女の口から出たのは、自分よりも人を優先する言葉だった。悠里が微かに顔をしかめているのは、そのことと別の理由だろうけど。
「……確証が欲しかったんだよ、確証のない案件には仲間といえど巻き込みたくない」
「確証なく、ても、危ないことだってあります……今日みたいに……!」
 御影が頬を膨らませる。悠里が肩を竦めて、少し表情を殺したように彼女を見下ろしている。
「職業柄、あんま一般人巻き込みたくなくてな。介はいち早く気づいてたし、別方面から確証探るってことで暗黙の了解してたんだよ。確証得られたとこでばれちまったけどな」
「次はこんな無茶、しないでくださいね……」
「お前が言うなよ、それ……」
 奏へと苦笑して、むっとされた彼を、鏡はなんとも言えず笑うしかできなかった。
「両成敗だよ、二人とも? 結局心配かけたんだから」
 素知らぬ顔で視線を逸らす二人に、鏡はぷっと吹き出した。なんとなく元気は戻ってきたらしい二人だけれど、悠里が奏の前にしゃがみ直している。
「しんどいんだろ、寝てろ。背負ってやるから」
「だ、大丈夫……って、言いたいんです、けど……すみません、頭がくらくらして……」
「いいよ。背負ってやるから、大人しくしてろ」
 細々とした礼が彼女の口から零れていた。背負われた彼女は顔色がまだ悪い。口にしていた症状を考えても、体が思うように動かないのだろう。
 輝石を無事取り戻した人々は、皆気力を取り戻し、安堵を浮かべていた。
 ただ、輝石がそこになかった人々は、目を覚ますこともないまま力なく眠り続けていて、知り合いだという人々の泣く声も後を絶たなかった。
 いまだ数多く手元に残った輝石については、海理たちが人脈を使って持ち主に返還できるよう動いてくれるそうだ。この世界で十年以上過ごしている海理のほうが向いていることは明らかで、鏡たちは海理たちの申し出に素直に甘えることにした。
 ガレナは、やはり海理たちが官憲に突き出してくれた。後に見つかった彼女の輝石は、海理が管理すると言ってくれた。
 話が終わり、家路についているにもかかわらず、介の表情は曇ったまま。
 鏡は少しだけ逡巡したも、彼を見上げた。
「介さん。リトシトさんのところに行きましょう」
 目を丸くした介よりも、鏡は御影を振り返る。彼女が胸の前で小さくガッツポーズをする様に、鏡は笑んだ。
「奏さんの、具合は、私が見るねっ」
「――俺も行く。御影たちのことは佑に頼むわ。御影なら電話番号知ってるだろ?」
 少し迷ったような顔の介に、奏が心配そうに目を向けていた。
「リトシトさんのこと、皆さんお願いします……」
「――ありがとう……確認してくるよ」
「ああ。先に行っててくれ。佑が来るまではせめて守るから」
「悠里さんも、ちょっとは、休んでください!」
 途端にげんなり顔の悠里には、鏡は介と共に仕方なさそうに笑っていた。


 パステルカラーの店構えは、一見どこにでもありそうな女性受けのする喫茶店だ。そのドアを男三人で潜った初回は、少し勇気のいる思いだった。それは今も変わらない。
 閉店を告げる看板がかかったままの店内に、介が苦い顔になる。鏡はいてもたってもいられずに口を開いた。
「こんにちは――リトシトさん、いますか?」


掲載日 2021/07/04


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