魔石の台座は神を信仰する上でのスポット、つまり
その魔石で作られた神との対話のスポットを、神の独善から逃れるという、妙な言いがかりをつけていた連中から守るために、遺跡は大量の罠に守られることとなった。
魔石の台座は奪われてはいけないもの。あれは神と、神が住む界との繋がり。人が神と対話するためのコネクションだったからだ。
しかし、遺跡の仕掛けを作ったのが人間なら、反徒たちだって同じ人間。
当然いつかは攻略できてしまう。
神は人間と、「遺跡を攻略した者に相応の力を与える」契約を交わしていた。攻略した者であるならば、反徒であっても渡さざるを得ない。
力を受け取った反徒は、信仰者たちの中に潜伏し、次々に他の反徒に遺跡を攻略させて、ついに魔法戦争を起こした。
起こった魔法戦争は世界を
神は、力の流れを
けれど魔力を溢れ返させる大本の戦争は止まらない。何年、何十年経っても。戦争が鎮火した頃には、残されたのは遺跡と、誰となんのために戦っていたかもわからなくなった人々だけだった。
恐らく誰も、力を堰き止めることなど覚えていないだろう。
しかし一人だけ、あの戦争のことを覚えている人がいました。彼はかつての反徒たちに染め抜かれた、『反徒の種』でした。
『反徒の種』は魔術に関する知識も人一倍でした。勉強熱心でした。遺跡への探求心も何もかもが、人のそれを上回っていました。だからこそ、反徒の意見に従うほど退屈していたのです。
神というものがいるのなら、どうしてこんなにつまらない世界を作り上げたのだろうと。
当然力が流れる先も知っています。その世界に自分が紛れ込むことができれば、この世界と繋げることができれば、それはどれだけ面白いことになったでしょうか。
そうして彼は行動を始めます。人柱をいくつも立て、神に捧げ続けました。
神は当然そんな供物など受け取りません。必死に抵抗し続けます。しかし人柱となった者たちの怒りや悲しみや苦しみは、神に拒まれてもなお神の世界に留まり続けます。
やがて、怒りや悲しみや苦しみが凝縮された、異形の存在が完成しました。その異形の存在は何度も遺跡に潜る『反徒の種』にコンタクトを取り、神の界を開かせ、ついには神が人々と対話するための力、声≠奪い去っていきました。
そして『反徒の種』は、魔力の流れの先にあるもう一つの世界に干渉を始めます。その世界の人々をイドラ・オルムに迷い込ませ、世界と世界を衝突させるための、綱の役割を与えたのです。
その為に、その世界に流れ込んでいた魔力を石に宿し、輝石とすることで、自分の意識の影響を受けやすくさせました。輝石を使ってイドラ・オルムに意識を飛ばし、魔力に浸りきったゲートという存在に仕立て上げ、どちらの世界も壊し、二つの世界が持つ異なる要素を混じり合わせていきます。
最後にはそれが衝突し合い、新しい何かができるのではないか。そんな、世界を使った実験を行っているのです。
それで世界が壊れようが、自分が死のうが、彼には別にどうでもいいのです。
なぜそれがわかるかというと、これは――
その『反徒の種』である私自身が、書き記したものだからですよ。
「……な、何、これ……」
海理たちを手伝い、輝石を取られた人々に、石を返還するようになってから一週間が過ぎた。悠里と奏が行方不明になる直前に、海理たちが纏めて完成させてくれた、古文書の続きを見た鏡たちは絶句した。
とてもバカげていて、
悠里が歯を
海理が苦々しい表情を隠さず、資料を見下ろしていた目を一同へと向けている。
「これが、オレの手元にあった資料で補った範囲だ。これ以上の続きも詳細も、手元の古文書じゃ見当たらなかったぜ」
「……僕たちは意識をこの世界に飛ばされた存在……しかも、僕たちが住んでる世界と、イドラ・オルムを衝突させるための磁石みたいな役割をさせられてるってこと、だよね……?」
「ああ」
首肯する海理は、声を平静に戻していた。
「恐らくだが、本当の自分の意識ってのを、現実世界の体が取り戻そうとして、その意識を引っ張る力を利用してるんだろうな」
「こんなの、ふざけてるなんてものじゃないじゃない……!」
「ここで怒っても話は進まないだろう。落ち着くんだ」
落ち着けるわけがない。完全に手の平で踊らされているような恐怖と怒りが頭を過ぎり、冷静になんてとてもではないがなれなかった。
介はじっと、報告書じみたその紙を見下ろしている。
「……声≠ヘ、『反徒の種』と自ら呼んでいるこの人物に奪われた、神の能力とみていいのなら……遺跡でおれたちの前に姿を現した子供が神と見て間違いないかもしれませんね。あの子は自ら、『本当の声を奪われた』と言っていましたから」
「ああ、確定だな。そんでもって、声≠使ってオレらを
「でも待ってくださいよ、『反徒の種』って人、人間なんじゃないんですか? もしそうなら古文書として書かれてる本がこれだけ古いのに、生きてるわけ……」
「そいつが、自らをゲートに仕立て上げたとしたら可能性は残るぞ」
信じられないと、奏の目が見開かれる。悠里が苛立たしげに呻いた。
「突飛な話だけど、ありえるのかもな。ゲートの仕組みを作り上げたのが本当にそいつなら話は早いしな……」
「ああ。それにこいつがわざわざ自分が書いたものだってアピールするってことは、だ。こいつはオレたちみたいに古文書を集めてる連中に、自分の存在を認知させることで、やりてーことは一つだな」
「――異界の民のゲート化、ですか」
「そりゃこの先の話だな……異界の民に生きることに執着させるってこった」
耳を疑う介。鏡は鋭くなる表情を隠さなかった。
「どういうこと……」
先日に引き続き、敬語をなくしかけている鏡にはもう慣れたのだろうか。海理は何も言及せず、紙面を叩いた。
『その『反徒の種』である私自身が、書き記したものだからですよ』。
何度見ても狂気を誘い込むような言葉が、最後に踊っている。
「例えば、『反徒の種』の存在をイドラ・オルムの民が知ったら。そいつに連れてこられて、下手したら『反徒の種』の側や本人宿した存在になりかねねー異界の民を、イドラ・オルムの民はどう思う?」
鏡は目を見開いた。奏が目を逸らしながら、動揺を隠せないまま口を開いている。
「――脅威、ですよね……魔物と変わらない……」
「ただの脅威じゃねー。自分からその手先になりに行くかもしれねー、得体の知れない化けもんもいいとこだ。じゃあ逆に、異界の民はそうやってこの世界の住民から狙われるかもしれねーと思ったら」
「異界の民は生きるために、魔術を振るわざるを得なくなる……」
「ああ。そして生きることを諦めて、声≠フ言葉に耳を傾けたら」
「ゲート化……!」
こんなのって
こんなのって、ない
許せなかった。悔しかった。
元の世界に帰る方法を探して、死にもの狂いで生きている人たちがどれだけいるか、考えただけでもつらいのに。
「神崎≠ェこれに共感したのは間違いないな……バカげた内容だけど、神崎≠ヘ面白ければそれでいい奴だ。こういうのに乗らないはずがない」
「だろうな。おかげでいい迷惑だっての……どいつもこいつもふざけやがって」
「悠里、てめーまで頭に血昇らせてんじゃねーぞ」
途端に苦い顔を浮かべる彼は、投げやり気味に肩を竦めた。
「俺、海理サンほど感情の切り替え得意じゃねえから」
「そうかよ。――結局、古文書だけじゃ帰る方法は載ってなかった。だがな、一つ確実なことはあるぜ」
「この『反徒の種』を倒すってことでしょ」