「今の影……っ!」
「ああ、鳥にしちゃでかい。だが羽ばたく音はきっちり聞こえたぜ。上だな」
鏡は悠里へと頷いて、周囲を警戒すべく上空へと目を向けた。
海理が教えてくれた通り、東響から
今回対空戦を想定した
もう一度羽ばたきを聞き逃すまいと、周囲に目を向けていると、御影がじっと崖の上を見上げている。
「崖の向こうに行ったみたい、です……」
「こっちが崖を上る道を見つけるより、向こうのお出ましのほうが早そうだねえ」
介がボウガンを準備している。矢を
大和もナイフを取り出し、いつでも投げられるよう構えている。
「出てきたとしても空中だ、叩き落とさない限り僕たちは不利だよ。後衛は叩き落すことを考えて」
御影が、奏が頷いている。介はわかっていると言いたげに肩を竦めてみせていた。
「結局ちゃんと叩き込めなかったしな、空中戦」
「うぐっ」
悠里の一言に、随分と耳が痛い。奏がチョーカーにつけられた輝石、スフェーンにそっと手を当てている。
「久々に魔術で迎撃かあ……頑張ります!」
「落とすだけならおれの得意分野だよ。姿見つけたら教えてくれ」
「りょーかい。……試してねえけどまぁ、いけんだろ」
試してないって、何を?
悠里に目で問おうとすると、エルデが無表情に頷いていて、鏡は首を傾げる。
「私の製作は完璧ですから、後は楯山さん自身の技量ですよ」
新しい武器の話のようだ。けれどどこをどう見ても、悠里のレガースは変わっていない。何か新しく作ってもらったのだろうか。
大和が介へと呆れた目を向けている。
「神田さん、前のパーティでどうやってグリフォン倒したのさ……」
「……聞きたいかい? イドラ・オルムの弓の名手が一撃で翼を射抜いて、あとは袋叩きだったよ」
「まるで那須与一だね、それ」
うわあ、グリフォンがかわいそう。
相手にそんな感情を持つのも違うとわかってはいるのだ。けれどそんなにあっさり言われると、射落とされたグリフォンがスズメのように扱われている気がして同情する。
羽音が微かに聞こえた。
それこそスズメやヒバリのようなかわいらしい羽音なんかではない。カラスや
奏がはっと顔を上げて、崖の上にかかった影を見つけて目を丸くした。
「来ました――って突っ込んできます!」
「あーはいはい」
って凄いのんびり!?
介の詠唱を聞きながら、鏡はグリフォンの全容を確かに捉えて目を疑った。
鷲を思わせるのに、それよりもはるかに大きな一対の翼。頭も前足もその名残を留めていながら、胴から延びる後ろ足と尻尾は力強い獅子のそれだ。
嘴から甲高く響く鳥獣の鳴き声に、鏡は圧倒される。
今までの魔物に感じてきた恐ろしさとは違った。
ただ、綺麗だったのだ。
初めて出会ったけれど、きっとこれが神聖と言うのだろう。雄々しく
「あれがグリフォン……?」
「――顕現せよ水。守護の水泡、身の内の牙を封じる檻とならん」
グリフォンの周りを、巨大な一つの水泡が覆い、白く凍りつく。
一気に落下する水泡が、破片を飛び散らせながらグリフォンを大地に叩きつけた。羽ばたこうと翼を広げた幻獣の目が鏡たちを睨んだその時、すかさず大和がナイフを投げる。
一本、二本――
三、四、五、六。
全部命中させた大和の技量の高さに、鏡は舌を巻く。突き刺さったものはそれこそ半数もないが、刺さったナイフを凍らせてさらに動きを鈍くする大和の判断力に、悠里が顔を若干引きつらせた。
「この水属性どもチートすぎんだろ!」
「あっはは、この間の遺跡で知った魔術を応用しただけだよ」
「えっぐ……全くもう!」
同感だ。ただえぐいと言いながら、光の槍でグリフォンの翼を射抜く奏も相当容赦がないと思う。
「フィールド限定します――!」
この間、御影が遺跡で覚えたという魔術のことだろう。鏡は頷き、後ろにいる仲間に被害が行かないよう、悠里やエルデと共に前へと飛び出す。
「鏡、エルデ、俺らは翼の付け根狙うぞ!」
「わかった!」
「開け幻門、我が門は地。グリーンアンバーの輝石を以て、力をここに具現する。顕現せよ地。大地の社ここに開かれん。出入りを禁ずる。守護の領域よ、ここに!」
黄色の光がドーム状に広がる。ある場所まで広がり、膜のように留まった光を見て、グリフォンが鋭く睨んでくる。
グリフォンが翼を勢いよく打ち下ろし、氷の破片を振り飛ばしてきて避ける。エルデと悠里が同じ場所に固まって構えた。
「作ったばかりのそれに、あまり無理させないでくださいよ?」
「……肝に
メンテナンス回数最多の悠里の苦い声ったらない。彼が
鏡もグリフォンの隙を窺うが、拳を翼に見舞うにもリスキーだ。適格に付け根の関節を外しにかからなければ戦いづらい。
人間相手と同じ要領でできればいいけど――!
近づこうと踏み込んだ途端、グリフォンの目が輝いた気がしてぎょっとした。途端に放たれる風の刃に切り裂かれ、鏡は呻いて瞬間的に風の防壁を張る。
介も氷で防壁を張ったようだが、彼より離れた位置にいた奏や御影は完全に餌食となったようだ。奏はまだ踏ん張れているが、御影の足がおぼつかないまま、結界を維持しているではないか。
「御影大丈夫!?」
微かに頷く御影を見て焦る。生命の魔術を唱えようとして、突進してきたグリフォンを慌てて避けた。
風の防壁が粉砕される。悠里が怪我を負った体でも気にせず蹴りを叩き込むも、胴体だけで人一人が両腕を広げきったほどに大きなグリフォンが止まるはずもない。悠里の舌打ちが入った。
「翼さえ潰せば御影が動けんだが……!」
「なかなかに攻めづらいですね、これは……心なしか、怒り心頭に見えますし」
近づかれてわかった巨体に危機感を覚えるも、すぐに拳を構える。
負けられない。
大和が御影と介の怪我を魔術で治してくれた。さらにグリフォンの足元を凍らせ、ナイフを投げて
大和は目を細めた。
「生半可な氷じゃ意味がないか――さて、君は
「何言ってるんだい? 指示なんて出さなくても、もう彼らは互いに連携できるよ」
鏡の目が、見開かれる。
嬉しさを隠せずに
グリフォンの目が、大和を射抜いている。楽しそうに笑っている彼へと。
「ははっ、随分と信頼してるんだね! ……心配する必要なさそうだ。そろそろ本気出していこうかな」
嬉しい。
最初の頃なんて信用の字なんてどこにもなかった。教育者の目で見ていた彼は、いずれ自分たちの傍から離れる気でいたと、随分前に教えてくれたほどだったのだ。
上辺だけの付き合いばかりをしてきた介に、信頼してくれなんて言うのは、違うだろうと思って言えなかったけれど。
「爆発起こして翼封じます! 前衛は気をつけて!」
「わかりました! 少し下がります!」
下がった途端、グリフォンの目が鏡を射抜いた。負けじと睨み返し、詠唱を唱える振りをして注意を逸らす。
案の定グリフォンはこちらへと目を向けて走ってくる。悠里がにやりと笑った。
「顕現せよ闇――意志を砕く暗闇となりて、彼の光を奪い去れっ!」
グリフォンの頭に黒い影が降り立ち、視界を奪う。けれどすぐにグリフォンの嘴から光が放たれ、闇が相殺された。
同時に締め括られる、奏の詠唱。
「――顕現せよ光。親和せよ、火。創世の片鱗、具現せよ。始まりたる終わりの輝き、ここに開け!」
光が一粒降って――
爆発。
爆風から顔を庇って踏ん張る中、グリフォンの翼が片方、完全に引きずっている状態を見咎めた鏡は御影へと目を向ける。
「御影、いいよ!」
「うん! 回復します!」
光の幕が消え去った。大和がナイフを一投、さらに腰の刀を抜き放って構えている。
やっぱり戦闘狂――!
傷が一気に癒える。大和がへえと感心していた。
「広畑さんも生命の術が得意なんだ――道理で、ね」
「攻撃術はおれと来栖さんで
「一言余計だ、ってか毒刺さってんだけど!」
爪を振り上げるグリフォンの死角を
暴れる巨体の隙を
「あんまり打撃効いてないよね!?」
「ああ、装甲ってか皮膚固すぎ。ただ……」
悠里が詠唱を短縮させ、火球を作り出すと大和が放って突き刺さっていたナイフ目がけてぶつけたではないか。傷口に当たる熱にグリフォンが
「やっぱりな。後地上戦は
「まぁね」
どれだけ暴れる獣でも横からの攻撃は弱い。嘴を避けて腹部へと蹴りを見舞う鏡に、グリフォンの目が鋭く睨みつけてきた。
はっとした途端、風の刃が周囲を乱れ飛んで呻くも、御影の声が響く。
「――治癒の加護を与えよ!」
短縮された詠唱であっても、一気に癒える傷に鏡は笑んだ。けれどそれも、突如走り出す獣を慌てて避け、しまったと顔を引きつらせた。
後ろにいたのが誰か気づけていなかった。自分を狙ったものと思い込んでいた。
大和が斬りつけても突進を止めないグリフォンの目に、御影が体を
「御影っ!?」
「あー、うん、俺は元陸部で……」
従兄が多節棍を手に助走していく。
「高跳びやってんだよなっ!」
地面に棍を突き刺すと、そのまま棒高跳びの要領で棍を置き去りに、グリフォンの背に飛び乗った。
……。
グリフォンが気にせず走っていく。その背にはしっかり跨がる悠里の姿。
大和は呆然、鏡は唖然。
「えっ」
「はぁぁ!?」
あんぐりと口を開けた介まで固まっている。奏がいち早くはっとして、介の肩を揺すったではないか。
「ちょ、固まってる場合じゃないですよ、追いかけなきゃ!!」
「あっ、ああ、そうだった!」
いやでも、あの
悠里何やってるの!?