境界融和世界の幻門ゲート

第34話 02
*前しおり次#

 慌てて走り出すも、悠里がグリフォンの背中に魔術で炎を浴びせた途端振り落とされ、軽やかに着地したではないか。なおも走るグリフォンは、そのまま鏡たちが目指していた崖へと一直線に進んでいく。棍を拾い上げた悠里が舌打ちしていた。
「あれでも止まらねえか。こっちは魔力相当ぎ込んだのにな」
「何やってるの!? というか影で縛る術使ってよ!」
「無理、影薄すぎて威力出ねえもん」
「出ないもんじゃないからね!?」
 しれっと返され思わず怒鳴った。大和の目が据わっているではないか。
「うちでもここまでとんでもないことする人いないよ……一人除いてチートだけど」
「ほんっとう無茶苦茶すぎ!」
 ああ、奏も怒っている。怒りたくなるのも当然だけれど、鏡は段々説教する気がえてきた。
 そう言えば、もう随分と悠里に説教しなくなってきた気がする。当の本人は肩を竦めてけろりとしたものだけど。
 奏はらちが明かないと思ったのだろう。グリフォンを睨んで、躊躇ためらいを顔に出している。
「だめ、今魔術打っても御影ちゃん巻き込んじゃう……」
「地道に追いかけるしかないな。鏡くん、速度倍加を頼むよ」
「あ、はい! わかりました!!」
 悠里がグリフォンが走っていった方角を指した。
「あっちで間違いないな。確か海理サンが言ってた崖の上に出られる道ってのがあるほうだ」
「なおさら無茶せずに追いかけるほうがいいな……御影さんには前回の件以降、こういった場合に備えてちゃんと指示してある。少しなら持ち堪えられるはずだ」
「――顕現せよ風。我らに疾風の加護を与えよ」
 全員に足を速くする風を纏わせる。大和が崖の上を睨んだ。
「そうだね。火傷負ってたし、多少はダメージ与えられてるから弱体はしてるはずだけど。急ごうか」
「御影ちゃん無事だといいけど……!」
 風の加護を確かめた奏が踏み込んで一息に走っていく。ぎょっとした介が慌てて口を開いた。
「待った、来栖さんは今回前に出られないだろう!」
「保護したらちゃんと下がります!」
 大きな声が返ってきて、介の頭を痛めた顔と、大和の冷めた目。鏡はがっくり傾ぎかけた頭をなんとか持ち直して前を見据えた。
「僕も先に行ってくるね!」
「あー……俺も行く。介は」
「先に行っててくれ、そのほうが早い。というかおれの足が遅い」
「私は神崎さんに合わせましょう」
「僕も後ろから追いかける。そのほうがよさそうだ」
「了解っと」
 悠里と頷き合い、先行して走る。すぐに見えてきた上り坂を進んだ先は、草木が生い茂っている森がさらに続いていた。奏が進んだ方角を探す必要もなく、草木が踏み倒され押しのけられた跡を見つけ、粗野そやな道を辿たどる。
 やがて開けた空間が見えてきた。剥き出しの地面の空間で、奏が立ち止まっている姿にまさかと目を見開いた。
「奏さ――」
「あ、よかった。風見さん先に行ってください、あの――見たらわかると思うので」
「は……え?」
 見たらわかる? なんだか言い方が変だ。しかも奏の目がほとほと疲れたように明後日の方角へ投げ出されている。悠里も怪訝けげんそうに顔をしかめているではないか。
「いったいどうなってんだ?」
「えっと……とりあえず風見さん、行ってらっしゃい」
「へ? え? い、行ってきます? もしかして御影、グリフォンをもふってるんじゃ……」
 彼女は無類のぬいぐるみ好きだし、延長線上で動物も好きそうだ。あり得なくはない。
 奏が示してくれた先、枯れたつたに覆われた土山を見つけて目を丸くした。土山の一部に空洞が空いており、覗き込んだ鏡はぽかんとした。
 羽毛と、毛皮。両方をそろえた寝心地のよさそうなグリフォンの腹が、覗いている。
 そこに背中を預けて気持ちよさそうに寝ている幼馴染の姿。さらに彼女の腕の中で健やかに眠る、子供だろう小さなグリフォンがぴすぴすと鼻を鳴らしている。
 鏡は生暖かい顔で頷いた。
 やっぱり、御影は御影だった。ただ、この様子を見て背景を察した鏡は、御影とグリフォン親子へとゆっくり近づく。
 御影と子供を寝かせていたグリフォンが鷹のような目で睨んでくるも、敵意を示さないよう立ち止まって、ナックルを地面に置いた。
「大丈夫、もう何もしないよ。子供を守ろうとしていただけなのに、傷つけてごめんね。あと――御影に怪我をさせないでいてくれてありがとう」
 遠目からでもわかるほど、彼女は安心しきっている。輝石の色が少しにごり気味なのは、きっと鏡たちが与えた親グリフォンの傷まで治したからだろう。
 じっと合った目が、優しく閉じられた。ほっとした鏡が少しずつ近づいていくと、グリフォンは身動ぎせず穏やかに呼吸している。
 悠里と奏も刺激しないだろう範囲まで近づいてきたらしい。大和も到着したのか、交えて三人の声が聞こえてきた。
 鏡の手が、そっとグリフォンの横顔に触れても、グリフォンは嫌がる素振りを見せなくなっている。
 怪我はどこにもなかった。相手の皮膚が強靭だったといっても、御影が使う治癒術は普段よりも多く魔力を消費したはずだ。大和に頼んで、御影の輝石の濁りを少しだけでも取り払ってもらったほうがいいかもしれない。
 足音が恐る恐るといった風に近づいてきて、鏡は顔を上げて振り返った。
「やっぱり無事だったみたいですね」
「はい。グリフォン手懐てなづけるなんて凄いなぁ」
 苦笑いをして奏を見上げると、悠里が参ったと言いたげに笑って肩を竦めている。
「はは、それも御影の美徳だろ。一番攻撃意思がなかったのと、生命の術を見て選んだのかもな」
「かもしれないですね。御影ちゃんに怪我をさせなかったのも、治してほしい子がいたからかなあ。無事でよかった……」
 介がやっと追いついたようで、息を切らしていた彼は目を丸くしている。同じく到着したエルデは息切れなんて起こしていないのに。
「ど、どうなってるんだ、これ」
「ご覧の通りってところだな。グリフォンも親だったってとこだ。子供狙われてると思ったら気性も荒くなんだろ?」
「それは、そうかもな……だとしたらあの噂はなんだったんだ……?」
「ん? あー……さてな。とりあえず、今武器見せるのはよくねえだろな」
 怪訝そうな声を上げた悠里が棍の節を外し、しまい込む。攻撃する意志を全員から感じなくなったからか、グリフォンは悠里たちに警戒はしつつも、傍に来ることを許したようだ。鏡はグリフォンの背中を撫でて落ち着かせ、御影の肩を揺する。
「御影、大丈夫?」
「んー……もうちょっと、寝る……」
「って本気で寝る気!? ちょ、ちょっとみか」
「……ツマラナイな」
 ――え?
 目を見開いた。聞き覚えのない声に顔を上げた途端、空気を震わせる鋭い音に耳を疑った。
 バンッ
 撃ち込まれた音が、親グリフォンの肩から赤い飛沫を上げさせる。暴れ出した幻獣に、御影が驚いて起き上がっている。グリフォンの子供が怯えたように鳴き始めた。大和が、悠里が視線を鋭くしている。
「銃声!?」
「えっ――!? ど、どうしたの!?」
「御影、離れて! 誰かいる!」
「で、でも、グリフォンが――!」
 御影の気持ちはわかるが、親グリフォンが我を忘れていたら危険だ。急いで彼女の手を引っ張ってグリフォンから離れさせ、鏡は自らのブレスレットを見下ろした。
 グリフォンが風の刃を奥の木立へ向けて何本も放った。人影が揺れ、走っていく姿に奏が目を丸くする。
「あの人お墓の時の――! よくも、待ちなさい!!」
「待て、無理に追うとまずい……って少しは聞け!」
 介の制止も聞かず走っていく奏を、悠里が、エルデが後を追っていった。思考を切り替えた鏡はグリフォンの怒りに染まり上がった目を見つめる。
 マラカイトの色はまだ鮮やかだ。魔術は十分放てる。今はグリフォンを落ち着かせるのが先だ。
「御影、グリフォンを回復させられる!?」
「うん、まだまだ大丈夫!」
 二度目の銃声。はっとした鏡は焦りを隠せず悠里たちが走っていった方角を見やった。
 大和もまずいと判断したのか、鏡に「ここお願い」と告げると走っていった。介が苦い顔で鏡を見上げる。
「鏡くんも行ってくれ。グリフォンは正気を失ったわけじゃない、万が一を考えると君も行ったほうがいい」
「けどそうしたら、二人が」
「すぐに追いかける。恐らくは、シャッフェンさんの兄が来たってことだろう」
 それはわかっている。だからこそ、エルデの兄が本当に神崎≠ニ繋がっていたらと気が急く。
「でも神崎≠ェ近くにいたら……!」
「そうならとっくに、あいつは魔術を放っているよ。他人に任せたりしない」
 あっと、鏡は目を見開いた。
 そうだ。神崎≠ヘあれだけ仲間意識や連携を嫌い、かつひとりで遊びたがる。
 だから介の中で来ていないという確信があったのか。まっすぐ見てくる目に、鏡は唾を呑んで頷いた。
「わかりました、御影とグリフォンをお願いします」
 御影も頷いている。木立へと走っていくと、程なく、悠里たちの先に見えた男の姿に目を丸くする。
 奏がネルクという男の子と話していた墓場で見かけた男ではないか。腰のガンベルトと拳銃を見て、御影が言っていた風体ふうていを思い出し苦い顔になる。
 とっくに目をつけられていたんだ。墓場で奏が見かけたのも偶然ではなかったのか。
 エルデとは全く似ても似つかない、たくましい筋肉と高い上背うわぜい。髪と目の色がなんとなく似ているように見える男は、奏に冷静な目を向けている。
「――しかし、折角種をいたのに全て台無しだったし……」
「種を蒔いた……? それって、どういうこと……?」
 鏡の口から漏れた疑問に、男は素っ気なく肩を竦めた。
「なんだ、気づかなかったのか。あのグリフォンが人を殺したように見えるか?」
 ぞっとした。
 この人……デマを流したんだ……!
 デマにどこまで尾鰭おひれがついたかはわからないが、鏡たちはさっきまで彼の狙い通り動いていたのだろう。だから、予定が狂ったから、「ツマラナイ」と言ったのか?
 なんてことを……!
 鏡が、奏が目を見開く中、男は一人退屈そうに一同を見渡す。
 エルデを見る時だけ、ほんの少し目つきが変わっていた。彼女の目つきの鋭さだって、見たことのないものだ。
「さて、だいたい情報はそろえたし、帰りたいんだが……帰してくれなさそうだな」
「情報を揃えたってことは、やっぱりあの覗き魔と手組んでるのね……」
「の、覗き魔……随分な言われようだな……」
 それは、鏡たちも一度は思ったことだけれど。
「人の記憶覗いといてスケベ以外のなんなのよ!」
 呆気にとられたような顔をしつつも、男の銃口はぶれない。悠里が苦い顔で奏の前に立つ機会をうかがっているようだが、危険だとわかっているのか動くに動けないようだ。
 なのに奏はというと、この喧嘩の売りっぷりだ。推定エルデの兄、ファルチェ・シャッフェンは溜息を溢している。
「記憶を覗くというよりも……まぁいいか。そろそろ帰っていいか?」
「帰らせると思ってる? さっきの銃弾のお返し、まだなんだけど?」
「嫌だな、風穴開けたわけでもないのに……なら、力ずくで帰らせてもらうよ」
 仕込まれていた銃弾が一度外され、再装填される。奏が眼光鋭く叫んだ。
「させないから!」
 光球がファルチェの周囲を旋回し、視界にちらつきながら照準を狂わせようとする。けれど左手に構えられたもう一つの拳銃が発砲され、光が打ち消されて奏が目を丸くする。
「あいにく、君たちが苦戦した光の幻術の仕掛け、作ったのはオレなんだ」
 君たちが苦戦した光の幻術の仕掛け
 まさかと目を見張った時には、右手の拳銃の引き金が引かれ、銃弾から煙がまき散らされて視界を奪われた。
「精々遊んでくれ。あの時のトラウマと」
 やっぱり悠里が半ゲート化した、遺跡の奇妙なトラップに、この男と神崎≠ェ関わっていたんだ――!
 煙がすぐに晴れ、鏡は目を疑った。
 見慣れた自室。体を起こせるよう、背もたれのために置かれたクッションと自分のかたわらには、何度も読みつくして今でも内容を覚えている絵本の山。
 外から聞こえるクラスメイトたちの笑い声。
「今日は何して遊ぶー!?」
 ……僕も……
 言いかけた言葉を飲み込んだ。目を伏せて、目の前の景色が教室に変わり体を強張らせる。
 肩を力任せに叩かれて、鏡はうっと呻いた。肺に走る痛みに顔をしかめる。
「きょーおー! 外で遊ぼうよ!!」
「ご、ごめん、今日は……」
「えー。お前いっつもそればっかりだよなあ。つまんねえの」
「ほっとけよ。そいつ弱っちいし、すぐに休むしさ。早く行こうぜー」
 微かに刺さった言葉に、鏡はただ机を見続けた。
 勉強道具だけ置かれた机で、ぽつんと転がる鉛筆を、そっと筆箱にしまう。
「本当に……強くならなきゃ、だめなのかな」
 ――いや、違う
 強くなりたいんだ。そうしなければ、守れないから
 守る? 何を?
 でも確かにある。守りたいものがあるのに、それから逃げるようなことを今′セってどうする?
 辺りを見回して、鏡は目を見開いた。
 教室がなくなっている。辺りが煙に包まれている。
 鈍く耳に届く、バン、バンという聞き慣れない音。
 守らなきゃ
 何を?
 大切な――
「許し、ません……!」


掲載日 2021/08/10


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