境界融和世界の幻門ゲート

第34話 03
*前しおり次#

 目を見開いた。
 はっきりと聞こえた声に振り返る。御影が迫力なんてない丸っこい目で誰かを睨んでいる。
 煙が晴れてきた。男が余裕を残した顔で笑んでいる。
 ここがどこだか、はっきりと思い出した。
 悠里が顔を真っ青に立ち竦んでいる。奏が震えて、自らを抱きしめて膝を突いている。介は――
 彼まで顔を青ざめさせて、呼吸が浅くなっている。エルデの目も閉じられていて、鏡は歯を食いしばった。
 全員幻に捕えられていたんだ――!
「はは、存分に憎んでくれればいいさ。強い憎悪は強い力を生む……君たちが言うゲートのように。その証拠に、石は濁りやすくなる」
「憎悪なんて、作りません」
 ぴしゃりと言い返す声に、ファルチェの青い目が細められる。
「そんな悲しいものに頼らなくたって、生きていけるって、みんなを守れるって、知ってるから――開け幻門、我が門に応えよ。輝石の真価を顕現する」
 目を見開いた。
 詠唱の型に聞き覚えがある。介が使っていた、その輝石の持ち主しか使えない魔術――。
 ファルチェが溜息を溢した。大和が苦い顔で呻いている。
「ここであまり本気を出したくないんだが……そちらがそう出る以上仕方がない、か」
 まずい
 ファルチェが魔石を取り出している。だいだい色の光を見て、鏡はとっさに御影の前に立った。
「真に目覚めよ、魔石の力。我が名を以て力をここに示す」
「その真価、浄化。上位の門よ顕現せよ。我、全ての傷を癒す大地の実りとならん」
「名はfalce。幻影の光よ、全てを包み斬り裂け」
 後ろに庇った御影の輝石から柔らかな光が放たれる。
 光の膜が一同を包み広がる。悠里が、エルデが、介がはっと辺りを見回している。ファルチェの面白くなさそうな目が、御影から悠里たちへと向けられた。
「よかったな、夢が覚めたみたいで。それじゃあ、また遊びに来るよ――あいつが」
 光の刃が鎌のように振るわれ、崖を切り刻んでいく。
 崩れ落ちていく岩の破片を見て、鏡も御影も息を呑んだ。
「が、崖が……」
「術をこっちに向けられなくてよかった……御影、無茶しすぎだよ」
「ご、ごめんなさい……」
 まったくだと言いたげな大和の溜息に、鏡は苦笑いした。
「ああいうタイプは、放っておけば飽きて帰ると思ってたから傍観してたのに、悪化させてくれたよ……まったく」
「あ……そ、そうだったん、だ……」
 怯えとも違うけれど、御影の申し訳なさそうな表情に、鏡は目を細めて彼女の頭を撫でた。
 大和の言うことは正論だ。けれど、御影の気持ちもわからなくはなかった。
 介たちが呻いていて、未だ青い顔をゆるゆると振っている。
「くそ、嫌なものばかり見せられるな、最近は……」
「まったくだ……っておいおい、まじかよ……」
 崖の様子を見た悠里が顔を引きつらせている。未だ崩れかける気配を見せる崖に、大和は自らの輝石を取り出した。
「まじだよ。巻き込まれないように気をつけて。開け幻門、我が門は生命。セレスタイトの輝石を以て水よ具現せよ――時に凪ぎ、時に荒々しい波、戦渦となりて全てを破壊せよ」
 ほんの少し短縮された詠唱で、崖を切り刻む光の鎌が水によって打ち消されていく。海理が使っていた荒波と略された術にも似た水の魔術は、そのまま崖の崩落を抑えたようだ。
 御影がむっと、崖を睨んでいて、鏡は目を丸くする。
「御影……?」
「次会ったら、あの人にはピコハン、する……」
 ピコハンって、おもちゃのハンマーの、あれ?
 エルデが無表情に「いえ」と御影に返している。
「ピコハンなんて生温いです。殺します、確実に」
「殺しちゃだめです、そんなこと、したら……あの男の人の思う通りに、なっちゃうと、思います……」
「いえ。あそこまで狂ってしまった以上、戻すことはできないでしょう……引導を渡すのは妹の役目です」
 御影が目を伏せていく。介が苦い顔で、木立の向こうへと目を向けていた。
「なんにせよ……まさか、こんなに後味の悪い結果になるなんてな」
 介の視線の先を見て、鏡は口を閉ざした。
 グリフォンが、殺されていた。無事だった子供のグリフォンが親であるのだろうその体躯へとすり寄って鳴いている。
 何度も、何度も。起きてと声をかけるように。
「本当に……でも、最初僕たちも同じこと、しようとしてたんだなって思うと……やるせないです」
「こいつも、独りになっちまったのか……」
 悠里の声がいつもと違っていて、鏡は目を伏せる。
 御影がまだ幼いグリフォンへと駆け寄っていき、そっと拾い上げて抱きしめていた。不思議そうに見上げる幼獣は、御影の頬にすり寄っている。
 介の目も、黙祷もくとうするように閉じられ、開けられていく。
「元々魔物で、退治しなきゃいけない存在だったとはいえ、こんな終わり方はないな……」
「危害を加えるつもりがなくても魔物は魔物……か」
 本当に、そうだろうか。
 子供を守りたいと戦っていたグリフォンは、倒されるべきだったのだろうか。
 確かに積み荷を襲われた行商人の話も聞いた。行方不明者だって出ている。ファルチェのデマがどの範囲までかはわからないけれど……少なからず、あの親子が関係しているのは事実だろう。
 それでも……あのグリフォンは、御影を傷つけなかった。
 人間全てに危害を加える気はなかったあの親は、倒されて然るべきだったのだろうか。
「なぁ、こいつ俺らで面倒見れねえかな? テイムしたって言えばRPGに通じた異界の民からなら納得されるだろうし」
「い、犬猫じゃあるまいし……」
 言いたい気持ちはわからなくはない。けれど、事情を知らない人たちから見れば、街中に持ち込まれる猛獣にしか映らないだろう。
 御影も悠里に賛同しているのか、苦い顔をする介を窺っている。
「って、言ってもなあ……グリフォンは成長速度が早いって噂だし、飼い慣らしたとしてもあの家じゃ、数ヶ月としないうちに収まらなくなるよ」
「あ、そっか……でも……」
「飼うとしても、さっきみたいにミスリル狙ったやからに狙われると思うけど……だからああして人間不信になってたんじゃない? あのグリフォンも」
「……でも……」
 俯いていく御影の目が、グリフォンを見下ろしている。何を感じ取ったのか、御影の腕の中でグリフォンはじっと御影を見上げていた。
 大和は肩を竦めている。
「反対はしてないよ。やるならもっと徹底的に隠すなり、なんなりしろってこと。郊外野放しなんてしたら冒険者からしたらかもが鍋ごとネギ背負ってきたようなもんだよ」
「――同感だ。猛獣使いの人に預けたほうが安全だろうな。彼らなら飼い方も知っているし、共存の仕方だってわかってるからね……」
「成長ペースとか、個体差とかで小さいままなら、何とかなったんだけどね」
 御影があっと、小さく口を開いて、閉じた。本人なりに納得する部分もあったのだろうか。悠里がなんとも言えなさそうに苦笑いを溢している。
「ま、実際俺も本職のテイマーに頼むのが正解だと思うよ。とはいえ、それで納得しなさそうだろ?」
「だ、だって……この子、お家の傍で、過ごしたいと思う、から……」
 介が小さく溜息をついた。御影を見下ろす目に、普段にはない静かな物腰が見える。
「気持ちはわかるけどね……命を預かるって、そう簡単じゃないんだよ。食事の世話、病気の熟知、少しでも異変があれば気づかなければいけない。人の子と違って彼らはしゃべれないんだ」
 病気を訴えることはできない。空腹だって、不調だって。介の言いたいことを察して、鏡は苦い顔で俯いた。
 親戚の牧場を知っている介の言葉は、程よく重く、短く刺さる。
「ましてやおれたちの世界にいないグリフォンだ。確実に病気を見落とすだろう。配慮すべき範囲も犬猫を飼うようにはいかない。この子をグリフォンとして生かすなら、本職に任せたほうがいいという気持ちは変わらないな」
 御影の肩が、力なく下がっていく。介は一瞬躊躇ためらうように口を閉じて、平静を装って口を開いていた。
「この子の一生を面倒見れるかもわからないおれたちのせいで、この子が生きていけなくなってしまう可能性が高いんだよ」
 後半は、まるで悠里にも向けられたような。
 そのせいだろうか。悠里が微かにしかめた顔をいつも通りに戻していたのを、鏡は見逃さなかった。
「ま、俺はこうなると思って先に提案しただけなんだけど」
「……何気に御影の次に感情移入してたのに?」
「……とにかく、無理があるってなら飼育専門家テイマーに頼んでたまに会いに行かせてもらうか……誰かが飼い慣らし方自体を習うか、だな」
「……は、はい……」
 この様子だと、従兄は割り切るために考えを切り替えたのだろう。どんなに感情移入したってどうにもならないことがあるのだと、彼は知っているから。
「……時々、会いに来ることも、ダメですか?」
 御影の頼むような声音に、ついに介ががっくりと肩を落とした。
「だから……わかった、それで留められるならね。ただし不必要にあれこれ食事を与えるのは控えること。自分で狩りを覚えさせる必要がある。あげるものもおやつじゃなく、身になるものにしてやることだよ」
 しっかり頷く御影は、グリフォンの頭に自分の頬をすりよせている。じっと母親の遺体に目を向けていたグリフォンが、彼女に甘えるように頭をすり返していた。
 二人の気持ちがわかるからこそ。どうしようもならないことへの悔しさは、鏡も感じていた。
 けれど――介や大和の言うこともわかる。
 現実でグリフォンにとってどちらがいいのかを考えたら、もう答えは出ているようなものだった。
「さて……現実突きつけるようで悪いけど、グリフォンの巣、さっき覗いた時に奥に道があったんだ。恐らく遺跡だろうな。グリフォンが消えないってことを考えると、ただの魔物じゃなかったみたいだよ」
 道があるだなんて気づかなかった。御影が淋しそうに戻ってきて、そっと彼女の頭を撫でた。
「あ、やっぱり? 怪しいとは思ってたんだよね。僕あんまりこういう荒事出ないから初めてなんだけど」
 死んでも消えないグリフォン。遺跡の穴。介がただの魔物じゃないと考える理由は……そうか。


掲載日 2021/08/10


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