短編集

 -思創しそう-

冒険者の心得
*前しおり次#

 疾走しっそう
 獣道けものみちをひた走り、両脇の緑が次々と流れていく。
 後ろから響き渡る迫撃はくげきの音。ウィルは焦りを微塵みじんも心に置かず、暗いあい色の目に力強い意志をともして、木の根をり進む。眼前の景色の中に人影を見つけ、彼は声を張り上げた。
「フィリップ、アーエ!」
「万物の根源、純力じゅんりょくの矢となりて我が敵を穿うがて=v
「大地のしもべたちよ 今ここにつどいてち果たせ=v
 少年の声と女性の声、ウィルの後ろから響く獣の絶叫。身をひるがえし、立ち上がれば大人の一.五倍はあるだろう大くまへと、得物の長剣を構えた。隣に走り寄り、同じく長剣を構える焦げ茶色の髪の青年と目が合い、にっと笑う。
「効いたろ? オレの純力の矢弾エナジーアロー)」
「さあ? 俺はらってないんだ。熊に聞いてくれないか?」
 おどければ、相手は面白くなさそうだ。後ろから「気を抜くな」と水を差され、互いに肩をすくめて熊へと構え直す。
 蜂蜜狂いの大熊ハニー・ベアーは血走った目でこちらをにらんできている。注意を飛ばしてきた大斧おおおの使いの男が、神官を示す聖印を揺らしつつ、暗灰色の髪の青年の隣に並んできた。板金鎧プレートアーマーをがちゃがちゃとうるさく鳴らしながら姿を見せた、薄らでかい背でできた影に、ウィルは心の中で溜息をつく。
「わかっています。注意引くの頼みます、司教」
「ああ。くれぐれも手はず通りに行くぞ」
 熊の突進を大斧で受け止める司教。よろいで爪の侵入をふせぐその姿は圧巻の一言だ。革鎧かわよろい程度の青年では、あの腕で締めつけられてしまえば、簡単に骨折してしまっただろう。
 すぐさま木々の間に隠れる。熊の左右へと回り込む青年らの代わりに、男は熊と対峙。再び彼へと振り下ろされる爪の光を、ウィルは確かに見た。
「我らが正義、お見届けくだされ! 騎士神の御名みなもとに!」
 爪を再び受け止める巨漢の男性。見計らったように、ウィルの反対側から飛び出した影が熊をりつける。仲間が熊の注意を引く中、青年も飛び出す。
 振り返った獲物が避けに転じるのを、どうぎで追い討ちをしかけた。
 広がる音。
 これだけ傷を負ってもまだ動けるらしい。毛皮を纏った大きな体がおおかぶさってきた。直後呪術の声を聞きつつ、抱き締めで骨を折られまいと体を逃がしにかかる。
純力の矢弾エナジーアローッ!」
 少女の声が響いた。
 射抜かれた衝撃を殺せず、熊は仰向あおむけに倒れていく。暗灰色の髪の青年は顔をほころばせかけ、慌てたように引き締めて――少年じみた声の青年に肩を叩かれて笑みを隠せなくなる。
「ひゃっほー! 美味しいところ持ってかれたな、ウィル!」
「別にお――僕がやる必要ないだろ。いたっ、痛いっ、浮かれすぎだフィリップ!」
「お前たちどちらもだ!」
 ズガン
 いきおいよく振り下ろされた拳のおかげで、背中の痛みなど完膚かんぷなきまでに吹っ飛んだ。若者二人は暗灰色の髪と、焦げ茶色の髪それぞれを押さえてうめく。
 司教である男性が褐色かっしょくの肌に強面こわもての顔で、憤然ふんぜんと見下ろしてきているのなんて、拳のおかげで手に取らなくともわかった。
「ウィル。確かに、ここまでの誘導はお前に任せた。だが合図は私が担当だったはずだぞ」
「だ……ですが……いっつぅ……」
「フィリップ、前線に出るタイミングは私の指示のはずだ。さらに言えば左右に散った後の行動も身勝手、連携と呼ぶなど見苦しいものにあたいする!」
「だ、だけどよ……いってぇ!?」
 相変わらず口のき方をわきまえない幼馴染を横目で見やる。ウィルはさらに自分へととばっちりが来ないよう、ほんの少し足を動かしながら逃げた。
 女性と少女が近づいてきて、片方は盛大に呆れ、片方は困ったような笑みだ。
「あなたたち、十八でしょ。いい加減大人の落ち着きぐらい持ちなさいよ」
「倒したんだからいいだろ! ご長寿オバサンの小言なんて聞きたかねえよ――いだぁっ!? そりゃねえよオッサン――わ、わかった悪かったよ! なんでオレばっかり……」
 言う必要もない。口の利き方以外ないだろう。守護と正義をつかさどる騎士神の信者は、上下の規律にも厳しいのだから。フィリップのような口の利き方では、敬虔けいけんな騎士神信者の男性から拳骨をいくら喰らっても当然というものだろう。
 現に大地に宿る意思、精霊達に語りかけ、最初に援護してくれていたエルフ族の女性は拳を震わせている。
「あたしはまだ二十五……っ。あんたと十も違わないでしょう!」
「アーエ」
「司教、こればっかりは許せないわ。女性の歳をかろんじるなんて!」
 重い溜息だった。上から降ってくるどんよりとした空気に、ウィルは暗灰色の髪の上から頭を押さえるのをやめ、見上げた。その間にもフィリップとアーエは言いたい放題の大喧嘩けんかだ。黒髪の少女は困り顔で止めに入ろうとしているも、まるで相手にされていない。
「森中の動物がおびえてしまうな……まったくこの二人は」
「いっそ、怯えたほうが人里に下りてこなくて、好都合なのでは。カヤネ、放っておこう」
「で、でも……と、止まってください、二人ともぉ……」
 それで止まるようなら、この強面司教も溜息をついたりしないのに。
 ウィルは心の中で静かに突っ込み、カヤネのフォローのため、不毛な喧嘩に首を突っ込まざるを得なかった。
 たまに、いやいつもわからなくなる。
 これが冒険者だっただろうかと。


 ゲイル・ヴェレイジス国。大きな五つの島と小さな群島が集う島国だ。
 ウィルたちは、十字に見立てた島の並びのうち、南側のノムルスにきょを構えて活動している。それぞれ違う島々からやってきて、いつの間にか仲間として依頼をこなすようになったのだ。
 ただ、いまだに司教の小言には耳が痛いし、フィリップとアーエの口喧嘩は見慣れすぎて止める気も失せかける。
 蜂蜜狂いの大熊ハニー・ベアーの被害に困っていた行商人の依頼を終え、自宅同然に世話になっている宿屋へと戻ってきたウィルは、同室で幼馴染のフィリップが未だに機嫌が悪い。面倒くさいなと、ウィルは露骨ろこつに顔に出す。
「おばさんたちに手紙書けないだろ。お前も返事ぐらいそろそろ返せよ」
「母さんたちは遅れたってなんにも言わねぇよ。どうせもうすぐ帰るだろー」
 確かに、毎年どちらかの誕生日には村に帰り、互いの両親と会っている。もうすぐ自分の番とはいえ、ウィル自身はできれば、今回だけは帰りたいとは思っていなかった。
 簡素なベッドに腰かけ、テーブルを引き寄せて羊皮紙にペンを滑らせていたウィルは、フィリップの親に宛てた手紙を書きつつ眉をひそめた。
「今年は――」
「あーあーそーだったなーお前らお熱いもんなー。連れて行けばいいだろ、カヤネだけ」
「なんでそこでカヤ――ま、まさか父さんたちに会わせるなんて言う気じゃないよな?」
 暗灰色の髪の青年は顔が強張こわばる。フィリップはベッドで魔術に関するレポートをまとめつつ、にやりと笑いながらこちらを見てきた。
「付き合ってもう二、三年か。なげぇよな。いい加減いいだろ。おじさんたちも喜ぶぜ、きっと」
 普通の親ならそうかもしれない。けれどウィルたちの親は、元々国から秘密裏に追われていた側だ。
 現にカヤネも元々はその追手の一人。敵であったのに任務を失敗し、殺されそうになっていたところを、ウィルが彼女を見捨てられずに庇ったことで、自分たち冒険者一行に招いたのだ。
 確かにその時から好きだった。一目れに近かった。けれどまだ、付き合っているわけではないのに。
 大体、あの司教がいる限りこい沙汰ざたなんて無理だろう。……そういうことを隠れてしなかったわけではないけれど。ばれているのも百も承知だけれど。
「次の依頼まで余裕あるだろ。お前が警戒してたらカヤネだって不安になっちまうぜ」
「……別に警戒している気はないさ、俺だって――はい」
 ノックに応え、扉へと向かう。フィリップが焦げ茶色の目でやや気をつかっているような顔をしてきていたが、司教がやってきたとわかると途端にげんなり顔だ。見慣れたウィルは笑い、開けてすぐ仁王におうちの男性に思わず威圧される。
 どうしたのだろう、腕まで組んで。
「次の依頼の話が来た。早々に食堂まで降りてくるように」
「げぇっ、さっき終わっただろ!? また行くのかよ!」
 上半身を起こし、思いっきり嫌そうな顔をするフィリップに、鳶色とびいろの鋭い視線が向けられているではないか。
「フィリップ。以前の損壊はきちんと覚えているだろうな。銀貨三百枚の大皿と大理石の階段」
「はーい頑張って働かせていただきまーっす!」
 ウィルはうろんげな顔を幼馴染の魔法剣士に向けた。渋々しぶしぶ階下に降りるべく準備をしつつ、溜息まで出る。
 本当に、フィリップが神殿の大皿と階段を依頼の際に破壊しなければ、こんなに頭が低くなることもなかった気がするのに。


「つまり、だ。オレが魔術の塔がくいんの学院長の親戚ってのを、知ってての依頼ってわけか?」
 食堂に下りたのは泣けなしの時間で食事を済ませるためであって、話を聞きに行くわけではなかった。
 早速街道へと向かいながら、話の序盤を聞いたフィリップは苦い顔だ。ウィルも気まずくなる。
 司教は筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの腕を組んだまま、頷いてくる。
「確かに最初は断ることを考えはした。だが相手はお前たちのことを知りすぎている。いささか不安になってな。単なる薬草探しらしいし、いくら言葉の悪い依頼人とは言え相手は少女。見逃すなどできん」
 どれだけ礼儀作法や上下関係に厳しくとも、人の安否を第一に考えるこの司教にはいくら尊敬を示しても足りないものだ。彼のようになりたいとは思えないけれど。
 げんなりするフィリップを見やり、ウィルは頷く。
「司教の言う通りだと僕も思う。僕たちのことにくわしいっていうのも、気にならなくはない。受けていいんじゃないか? 個人的に相手を探ったって、司教は気にしないでしょう?」
「私なんぞより、心配する相手をたがえるな、ウィル」
 言われ、ぽかんとして。やがて赤面した彼は、盛大に言いたいことを口に広げそうになって、えた。
「で、いつになったら移動してくれるんだよ。しきょーさんよ」
 見えた街道の入り口から、剣呑けんのんな下町なまりの声がかけられた。ウィルもフィリップも固まってまじまじと相手を凝視ぎょうしした。
 青い髪、青い目の少女だ。エルフ以上に長寿な種族の特徴である、人間でもエルフでもドワーフでもない特異な色の目と髪。ややせた服にボロボロのえりいつけた粗末な服。
 動きやすそうなその格好と、顔のするどさがちぐはぐな彼女を見て、ウィルは言葉を失う。
「ティファ!? じゃあ依頼人って」
 ウィルたちの親の冒険者仲間の少女――いな、女性はにやりと笑ってみせた。
「毒消しの薬草、ヴェルドーテ十かぶしびれ毒の解毒草ファンステスは八株。馴染みでも手抜いたら承知しねえぞ」
「よく言うぜ、師匠気取っといて一年放置しやがって! いってぇ! 殴らなくてもいいだろオッサン!」
 途端に、笑いがはじけた。


「へえ、その一年の間に賠償額銀貨三百枚なんて大目玉食らってたわけか。お前いったいどんなバカ術飛ばしやがったんだよ。親父が聞いたら泣くぜ」
「うっせえな、ティファだって学院の備品いくつか壊してたんだろ!」
「あれはオレじゃなくて、ウィルの両親だぜ。あとラドンな、ラドン」
 聞いたウィルは飲んでいた水が喉に詰まりかけてむせた。背中をカヤネが叩いてくれ、気まずくも礼を言う。司教が近づいてきて互いに苦い顔になった。
「すみません、口の悪さは師匠譲りなもので……あと両親」
「いや、今はとやかく言う気はないが。……お前も苦労していたのだな」
 乾いた笑みをこぼすのでやっとだった。
 依頼の薬草が生えている森はこの街道の先だという。今でも迷いの森として知られるそこに向かうのはいいものの、戻ってこれる自信でもあるのだろうか。
「ティファ。迷いの森は長い間遭難者が多発しているんだろう? ノムルスの領主たちが開発を渋るくらいに」
「ああ、それもう解決してるぜ」
 は?
「貴族連中に言ったら好き勝手自然壊しやがるから、一部にしか知らせてないけどな」
 え?
「ってわけで、このこと知ってるのはさっきの街の貴族に深く関わってる奴ぐらいなんだよ」
 ちょっと待って。
 言いたいことは山とあるが、「迷いの森」が「迷わない森」になっていただって? そんなのすぐに飲み込める話じゃない。どう聞いてもティファや自分たちの両親が三枚は噛んでいる話ではないか。
 ウィルは溜息をついて首を振る。
「いいのか……そんな森に勝手に入って。余計帰ってきたら怪しまれそうだよ」
「あら、入れるわよ。エルフならあの森の外周ぐらいよく行くもの」
 けろりと、そのエルフのアーエが伝えてくれてがっくりと首がかしぐウィルとフィリップ。そのフィリップへと耳打ちするのはティファではないか。上手く聞き取れないけれど、幼馴染がやたらと驚いた後耳打ちし返しているのを見ると、自分には知られたくない会話なのだろうか。
 ――面白くない。二人していつも徒党ととうを組んでコソコソして。最終的な悪戯いたずらの実験台は、全部自分だ。
 カヤネが不思議そうにティファを見ている。ウィルは肩をすくめた。
「ティファはあまり、人に心を開かないんだ。僕らの親は特別らしいんだけど」
「そうなんですか? ――でも、温かい人ですね」
 ウィルは頷いた。どれだけ口が悪くても、決してウィルやフィリップを差別することのない人だ。姉貴分として分けへだてなく接してくれる彼女にも、両親に負けないくらいたくさんの知識を教えてもら――
「……悪戯や悪巧わるだくみや、トラップの知識しか教えてもらってない気がする……」
「え……そ、そんなことはきっと! ……あ、あはは……」
「あったぜ、この薬草な――おっ、なんだよ。ここ群生してるじゃねえか。間違えて葉が二股になってる奴るなよ。そっちは汁に痺れを起こさせる魔力持ってやがるからな。そっちのじょーちゃんは分かるんじゃねえの? あんた、盗賊出身だろ」
「え、ええ!? なんでご存知なんですか!?」
 聞いた一同は盛大に言葉に詰まる。アーエがやっと、弓を持ち替えてカヤネの肩に手を置いた。
「あんた、あれっだけ足音しないじゃないの。街道でも。普通は気づくわよ」
「……す、すみませぇん……」
 冒険者で言えばいい特技のはずなのに。
 すぐに薬草を探そうとして、つまずいてこけて。例の痺れ草を思いっきり踏み倒した少女を助け起こしたウィルは、ひどく居た堪れなかった。
 ガサッ
「――司教」
「ああ、聞こえていた。どうやら先客がいるようだな」
 素早く声をかけると同時、司教も頷いてくれている。カヤネが目を回しているのを見て不安になるも、仕方ないとアーエのそばまで背負っていく。アーエは複雑そうだ。
「これで元は凄腕の盗賊だったっていうんだから、本当なのか全くわからないわね……」
「あの時は気を張り詰めすぎていたんじゃないか? 少なくとも、僕にはそう見えるよ」
「どうやらお出迎えらしいぜ――っと、いきなり穏やかじゃねえなっ」
 貫くように迫ってきたつるを避け、短剣で切り裂いた少女。フィリップも剣を抜き、自らに迫る数本の蔓を切り払った。
肉食蔓キラークリーパーか。ティファ。火いるか?」
「はっ、オレを誰だと思ってやがるんだてめぇ。水の精霊と共にる水の神子みこ族、ティフィーア様だぜ。き違えてんじゃねえよ!」
 言うが早いか、迫り来る蔓を切り払うと同時に詠唱を始めているではないか。フィリップは笑いながら「そーでした」などとおどけて、彼女の詠唱を妨げないよう敵の蔓を切り捨てにかかった。
 ウィルも前線に立ち、司教からの合図が来ないのを悟るとすぐに蔓へと切りかかる。さらに地面から水鉄砲が飛び出し、ウィルが払い損ねた蔓を水圧で切りいた。
 緑が溢れる奥に見える、岩肌に張り付いていたのだろう本体。
「アーエ、あそこだ!」
「光の使途しとよ、その強き意思にて我が道を照らせ!=v
 青白い光の球が浮かび上がったかと思うと、一直線に肉食植物へと突進して大火傷を負わせた。
 光が消える。
 植物は痙攣けいれんして、やがてばったり動かなくなった。
 後ろから拍手が聞こえ、ウィルたちはぎょっとした。司教が満足げな顔をしているではないか。
「うむ。合格だ」
「だな。ったくまぎらわしすぎるぜ」
 ティフィーアまで。アーエもフィリップも困惑する中、はっとしたウィルは思わず怒気をこらえ忘れる。
「あっ、まさかこの依頼、司教も一枚噛んでたんですね!」
「いや? ティフィーアどのからの依頼のついでにテストを」
「噛んでるじゃねえかよ思いっきり! いってぇ!?」
 ああ、また拳骨が飛んだ。
 ウィルは頭痛を堪え、司教に麻痺毒を取り除いてもらったらしいカヤネが落ち込んでいるのを見て、フォローに回った。
 フィリップ絡みのフォローより、カヤネのほうが断然落ち着ける。
「要するに、また別の依頼を受けるに当たって、僕らに司教がいなくても連携が取れるかの確認をしたかったんじゃないんですか。カヤネの麻痺は思いっきり計算外だったようですが」
「相変わらず察しがいい。その通り。しばらく神殿関係で私が抜けなければならない。穴をティフィーアどのが埋めてくれるが、お前たちも一度ご両親の元に帰るのだろう。その間に私の用事が終わるとは到底思えないものでな」
 そこまで長く空ける用事がせまっていたなんて、知らなかった。きっと司教のことだから教えなかっただけなのだろうけれど。ある程度状況が飲み込めたウィルは苦笑いした。
「まだ新米だった僕らにずっとついてきてくださってたんです。そろそろ期待以上の成果を出せるように頑張りますよ」
「ついていくも何も、私はあくまで自分がやとった冒険者の負債返済が、きちんと解決するかを監視していただけなのだが」
「さあー元気よく帰ろうじゃねえか我が家に! 本土行こうぜはっやっく!」
 顔を引きつらせたままの笑顔で上ずった声で。
 皆、盛大に笑い飛ばしていた。


「おい、ウィル! 荷物さっさと纏めろよ!」
「だっ、から、最後の土産みやげ、入らな――あれ?」
 すんなり入った。不思議に思って鞄の後ろを見るも、破けてはいない。よくよく見れば、小さいくせにかさばっていたうちの一つがなくなっているではないか。
 血相を変えて探すと同時、いつの間にかティフィーアが部屋に入ってきていて、彼のベッドで小さな箱を見て感心している。
 小さな、箱?
「へぇー、お前ついに指輪買ったのかよ。いつ渡すか知らねえけどおっせーなぁ」
「ティファアアアアアアアアアアアアッ!? 返せよおい!」
「カヤネー、ウィルが渡したいもんあるんだとー」
「あ、はーい。なんですかー?」
「いっ、いや後でいいんだ後で! 返せティファッ、俺の立場も返せ!」
 ベッドで退屈をしていたはずの幼馴染が大笑いだ。ティフィーアは逃げ様に彼の腹を盛大に踏んづけて悶絶させた。
 避けそこなったウィルも間違えて背中を踏んだ。
 旅立ち早々あわただしくなっていた自分たちを、アーエは白けた目で見ていた。
「あたし、変かもね。彼氏を踏み潰されても清々してるだけだなんて」
「ええっ!? 付き合ってらっしゃったんですか!? あっ、ウィル、ティファさん、だめですって暴れちゃあっ」

 ゲイル・ヴェレイジス国、ノムルス島のある村の一画にて。

「ほらよっ、カヤネ! ウィルからのプレゼントだと!」
「え? あ、ありがとうございま――」
「ティファお前っ、俺のセリフまで返せ!」

 冒険者とは
 危険ですら楽しみ、旅の合間でも楽しみ抜く。そんな力強いエネルギー溢れる人生と世界の開拓者。

「いってぇ……オレもお前のこと愛してるぜアーぅぐぇふぁっ」
「あんたは一生寝てなさいこのたらっ!」
「こりねぇなお前ら……」

 ……なのかもしれない。



平成23年9月頃 執筆



* あとがき *
 短編に収録していますが、実はこれ、離島戦記の過去のお話です。完全に本編に食いこまない予定で書いたこと、また収録当時、葉月が離島戦記を「文章が!! へた!!! 見てらんない!!!!!」と削除したばかりに、行き場を失ってここに供養くようされました。
 ギャグプッシュな小説でしたが、楽しんでいただけましたら幸いです(^^


ルビ対応・加筆修正 2020/11/29


*前しおり次#

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