Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第05話 02
*前しおり次#

『そこまではまだわからないけど……明日八占の兄妹レーデン本家うち来るって』
 もの凄くげんなりとした声音に、隻も天理も冷めた目になる。
 無理もないとはいえ、よその家でその声はないだろう。聞こえていたらどうするつもりだったのか。
『ただ、千理がスマン捕まえてる時にさ』
「スマン?」
『あーえっと、いぶし――やめろって痛い痛い痛い!! ごめんスマ――あ、違ういぶし――いだだだだだだだだだだだっ!!』
「遊んでないで、千理がいぶしを捕まえてる時に、何?」
『遊んでない遊んでない!! いったぁ……その、いぶしたちもたまに見かけてたって……変身してる時とかに……』
 天理の目つきが鋭く変わった。
「見かけてたって、どの辺で?」
『場所は色々みたいだけど。――あ、地上にあったっていう奴もいるし、空に浮かんでたっていう奴もいるし……扉に書いてあったのを見たっていうのもいるよ』
 手当たり次第現れているのだろうか。『あと』と、翅が続けている。
『陣の形はやっぱり、東京で出てる形を見せてもらったら、似てるけどところどころ違う箇所があった。今千理が資料の写し睨んでるけど』
「千理に、同じ形をしているもの同士のグループ分けを頼める?」
『ああ、うん。明日までにやれそうだったらやらせる。とりあえず千理のスマホだからそろそろ切るよ。また明日連絡するから今度は切るなよー。じゃ。千理ー仕事ー』
 返事をする前に切られた電話に、隻も天理も慣れたものだ。これで千理だったら、切るということから言わずに電話を終わらせることなどざらなのだから。
 天理が壁に背を預け、考え込んでいる。携帯をしまいつつ、隻は天理に目をやった。
「どうする?」
「隻の伝っていう、八占の子たちが千理たちと合流するんなら、専門家に任せるのが一番だろうね。――今のうちに教えておくよ。幻境のこと。絶対明日その話が出るだろうしね」
 浄香が天袋の襖を開け、机に飛び降りてきたではないか。苛立たしげに畳へともう一度降りて、机を回り込むなり隻の隣に座ってくる。
『幻境の詳細は五神と、名家の嫡子ちゃくしまでが知ることを許される程度のものだぞ』
「そうも言っていられない状況です。昼間の話をお聞きになられていない以上、申し訳ありませんが、お小言はお控えください」
 天理を睨む浄香の目は、今にも牙をきそうなほどぎらぎらと輝いている。
 それでも天理は気にせず視線を戻し、ノートとシャーペンを手に書き進める。
「幻境は、単純に言えば幻生が還る場所だよ。幻術使いが生み出した幻生たちのね」
 いわゆる、幻術の世界。
 呼び出された想耀や雷駆を還している先もここなのだと、天理は教えてくれた。
「幻境は想像力のある生き物たち全てで支えられてるような空間らしいんだ。そこにどういうものが広がっているのかは、行った人間でも形容しがたいものだって聞いてる。だけど、確かに存在している世界だよ。隻は、エーテルっていうものは知ってる?」
「いや……知らないけど」
 首を振った。漫画やゲームでたまに見る程度の認識だ。天理が頷いて、「完結に教えるよ」と前置きしてくる。
「日本や中国で言う気≠ノ近いものって言えばいいのかな。まず体の話。人間には二つの体がある。一つが現実に見える肉体。もう一つがエーテル体」
 現実の体と書かれた、簡素な人型の絵。その絵に沿うように線が囲んでいく。この一回り大きな人型がエーテル体なのか。
「このエーテル体は肉体と霊的な世界を繋いでる。肉体に生命エネルギーを供給するための体だ。これは当然おれたちにもある。このエネルギーを供給している霊的な世界が、エーテル界」
「……えっと……見えない体があって、見えない世界から生きるために必要な力もらってる……んだな?」
「そう。その認識で合ってるよ。おれたちが幻境と呼んでる世界も、恐らくその見えない世界と近いだろうって言われてる」
 エーテル界と、幻境の単語が近似の記号で結び付けられた。
「幻境はそんな、霊質的な世界にさらに想像力が加わった空間。かなり混沌としてるし、逆に凄く雄大で壮麗だとも言われてるよ」
「……すげえ頭痛くなってきた……今のも矛盾すぎないか」
「そういう世界だよ。見る人によって全然違うんだ」
 見る場所が違えば見え方が違うものだろうか。いや、そんなの現実世界だって同じか。
 ただ、聞けば聞くほど頭が混乱してくる。
「色んな人たちが、『異世界ってどういうものだろう』、『この世界のどこかにアトランティスはある』――そういう想像をする度に、あの世界にはそういう場所が創られているらしいんだ。これは海理と父さんの受け売りなんだけどさ」
「……想像を形にする……工場……って感じだな。想像が想像で終わってないっていうか……想像が全部現実化するような場所なのか?」
「上手い例えするね。そう考えてもらっていいと思うよ」
 エーテル体と書き込まれた吹き出しから矢印が伸びて、幻境へと向けられる。その矢印の上に書かれたラベルは、想像力。
「その工場の例えで言うと……製品の原案はおれたちが作って、工場である幻境で勝手に形にされてる。そして、完成したものをおれたちが無意識に呼び出してる感じかな。その幻境にアクセスできるのが、見えない力で構成されているエーテル体ってこと」
 ……また聞き慣れない単語に帰ってきた……。
 ちょっと内心げっそりするが、先ほどより頭に入りやすい。工場に指示を出して、幻術を取り出しているのがエーテル体、ということか。
「想像力は肉体からエーテル体を介して、霊的な何かを帯びているといわれる。もうこの際指示出してる信号でもいいや。要するに、それが幻境に影響を与えているんだ。おれたちの想像するもの、幻術で求めるものの形は、そうして創られてるってことだよ」
 納得して頷くと、天理がふうと吐息を吐き出す。はっとした隻は苦い顔になった。
「相当喋ってるけど平気か?」
「なんとでもなるよ。いいリハビリだし。完結的に言うとしても、相手が理解できないほど言葉を削ったら意味がないだろ」
 十年間人と言葉を交わす機会がなかった天理にとってはそうかもしれないが、今日だけで随分と喋っているし、相当な負担になっているのではないだろうか。目に見えないように素早く言葉を選んで話すのはもともとの癖だというのは知っていても、だからこそ連続しての会話は、それも天理が長時間喋るような内容は、精神的な負荷が大きいはず。
 それでも天理は、「大体わかった?」と尋ねてきて、隻はすぐに頷いた。
「幻境が工場って考えでいいならな」
「うん、それでしっくり来てるならいいんじゃない? まあ、その工場自体も、他の人が幻の土地を想像していくせいで、日夜開発や改修が進んでるって思って。あそこ、行った人の話の中には、アトランティス大陸もあれば天空の城もあったってさ。住民はほぼ全部が幻生で、似た姿の奴が固まって動いていることもざららしいからね」
 滅茶苦茶だ。幻境を混沌と称した人間の気持ちが嫌というほどわかってしまう。げっそりしてしまう隻の手を、浄香が尻尾で叩いてきた。
『幻境は工場であると同時、幻想郷と呼ばれる幻の土地が境界もあやふやに存在している場所だ。全ての幻想が還る場所であると同時、こちらに生まれ落ちた幻生にとっては帰ることも叶わぬ故郷だがな』
「叶わないって、どうして?」
 エキドナから生まれた幻生たちは、幻術の世界――幻境に還される危険がないからこそ、影で跋扈ばっこしているというのに。
 天理は気難しい顔になる。
「さあ。けど、現実で自然発生した――幻境で生まれてない幻生たちは、なぜか幻境には還れないんだ。還りたいなら殺されるしかない」
 ぞっとした隻に、天理は「それも一時的な話だよ」と表情なく呟いた。
「その幻生の話が語られ続けて、また信憑性を増していく。気がついたらその幻生は現実――つまりこっち側に逆戻りさせられてるらしいんだ」
 一瞬思い出したのは、エキドナことりんだ。
 彼女は死んでも「死んだこと」を知らない者たちが「生きている」と信じているがために、この世にまた呼び戻されている。以前千理も翅も教えてくれた内容だ。
 じゃあ――永咲ながえざきも、なのか。
 浄香が体を丸めて座り直している。
『反対に、幻境で生まれたもの、あるいは幻術で作り出された幻生は、幻術使いに呼び出されでもしない限り現実には渡ってこれん。それを調査するため、私も肉体が無事だった当時は働かされていたがな』
 あまり幻術使いとしての職場には恵まれていなかったのだろうか。「ふうん」と相槌を打ちつつ、いきなりぞくりと悪寒が走って振り返った。
 ――なんだろう。何かが来ているような……気のせ
『ちょっとま、だから待てってめぐみちゃんたんま!!』
「待てないんですってなんで来てくれなかったの!! お兄様のバカ!!」
『お兄様呼びいい加減止めてやって!? 呼び捨てでいいって言ってるだろ!!』
「いーえそういうわけにはいかないの、ほらお兄様そこに正座して!! どういう了見かきちんと、納得するまで霊園には帰らせないわよ!!」
『はあああっ!? 冗談やめろよ、恵ちゃん幻術使えねーだろ――ちょいちょいちょいそれ岩塩!? やめっ、マジやめたげて!!』
 海理の悲鳴が遠ざかった。女性らしい軽い足音が駆け抜けた。
 しんと静まり返った周囲の物音を、最初にぶち壊したのは天理で。
「あーあ、ばれたのか」
「……なあ、恵さん……もしかして……」
「海理の彼女。一般人上がりのお兄さんがいたもんだからさ、能力が発芽しなかった恵ちゃんは仲居として手伝ってくれてたんだ。自分の好きな職についていいって言われてたのに、気がついたら海理にべったりだよ。お兄ちゃん呼び止めろって海理が言ったら」
 理由をつけて、お兄様……か?
 千理とグループを組まされた当時、親切に声をかけてくれた仲居の女性を思い出した。今の声が正しく本人なのにそう思いたくない。
 ついでに岩塩には弱いのか、海理。ってか口調がせんりと一緒だぞ。
法呪ほうじゅ!!」
『いつ幻術覚えやがった――――――!!』
「お兄ちゃんから!!」
『表出やがれ将太しょうた―――――――――――――っ!!』
 ……。
 隻はそっと、縁側の障子を開けて――
 閉めた。
 今し方嵐を巻き起こした幽霊の弟は、どこ吹く風の様子で見上げてきた。
「ひとまず幻境はこういう感じだよ。多分明日話があるから、ちゃんと覚えておいて」
「それさっき聞いた。……ありがとな。あと……いいのか、あれ」
「いいんじゃない?」
 そっかと頷いて、隻は視線をそらした。
 障子を開けた時、青白い綺麗な輝きが、悲鳴を上げている幽霊をきちんと囲んでいたのが見えたから。


ルビ対応・加筆修正 2022/01/10


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