Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第06話 02
*前しおり次#


「――まあ、おおよそそうだろうな」
 海理と天理が考えた大体の考えと、先ほどまでに纏められた限りの情報を教えると、いつきもやはり昨日帰ってから同じ考えに行き着いたのだろう。頷いている姿は、タイ焼きを土産に持ってきたシュールさが抜けていた気がする。
 ……道端でヨシ子に会ったのだろうか。今日も。また。
「最近の行方不明者に関しても、どの幻生の仕業かわからないものを中心に系統を調べた。予想通り」
『混血か』
 また頷かれた。幻生と人間が交わった血筋を混血と呼んでいるのはなんとなくでもわかった。同時に、そういった人間が狙われている事実に改めて背筋が冷えてくる。
「知り合いの範囲で一番被害がでかいのは水楢みずなら家だったな。……縁道の仲間の家だ。次に被害が大きいのは八占やうら
「八占も!?」
 いつきがぽかんとし、何か思い出したのか複雑そうに眉間にしわを寄せている。
「ああ。言ってなかったな、そういえば」
「話題に触れる理由もありませんでしたからね……」
 万理が言葉をにごしながらも肯定していた。メモを纏めるべく、手持ちの手帳に書き留めていく姿は会議に出席し慣れた秘書顔負けだ。
「水楢も八占ほどではないが規模が大きい家だ。混血の血筋は大抵敬遠はされるが、身体能力の高さから優遇されることも多い。その関係で、幻境に関する調査も混血出身が積極的に行うことが多いな。行方不明者が出るのはある意味仕方がないと、任務中はほとんど捜索もされないせいで随分と見落とされていたらしい」
 ばさりと、荷物の中から出した書類の束に隻の顔が引きつった。
 こんなに大量の文字、小説でもないのに読めと。
 天理が書類を広げ、海理がポルターガイスト現象を利用して紙面を宙に浮かべた。響基はその文字を読もうとして――挫折ざせつしたようだ。万理が気を利かせて読み上げている。
「――昭和五十年代もあったんですね。平成四年、天体観測に行った水楢家の分家一世帯が目的地の山中で行方不明……」
「他にもいろいろとあったぞ。八占に至っては、悪魔が原因と思い込んでたらしい行方不明者、惨殺死体のいくつかに、隻たちと同じ模様の陣が描かれてるケースも十数件以上あった。府外の出来事とはいえ、八占の連中もこの陣は悪魔の召喚陣としての認識しかなかったらしいな」
 鼻で笑うような口調に、隻は苦い顔でそっぽを向いた。
 まだつかさに言われた家を守る云々で苛立ちが取れないようだ。
「――成長する陣……東京、京都……世界各地……闇雲に実験を各地で繰り返しているのか、その場所場所でやる必要があったのか……」
 ぶつぶつ呟く天理の傍、海理が腕組みをしたまま俯いている。顔が白くなっているのを見咎みとがめ、万理が身を乗り出した。
「海理兄さん、大丈夫ですか」
『……あ、おお』
 目を丸くする長男は、照れくさそうに笑っている。その顔を見て天理が一言呟いた。
「ブラコン」
『そりゃてめーだろーが』
「ああ自覚なかったんだねおめでとう。だから海理は海理なんだねよくわかったよ」
『てっめえ……もう一遍いっぺん言ってみやがれ!』
「その辺にしとけよ面倒くさい」
『横槍入れんじゃねえすっこんでろ!!』
「大人げねえっつってんのが聞こえねえのかよいい歳しやがって年長もどき!!」
 ぶちんと堪忍袋の緒を切って吠えた隻に、海理が完全に額と頬に青筋を立てた。次の瞬間、海理の真下に陣が出現して光って全員がぎょっとする。
「な、なっ!?」
「海理、大人気ない」
『てめーかまさ!!』
 焦った。本気で焦った。
 結界の専門家、政和まさかずが真顔でやって来た。そのままとんと座って全員に「おはよう」と挨拶をした後、海理をぼんやりとした目で見上げている。
「謝れ」
 命令口調にぞっとした隻の傍、海理がぐっと押し黙ってそっぽを向いたではないか。
『わーったよ……悪かったな』
「え? あ、ああ……」
 あの海理が聞きわけがいいだなんて。呆気にとられる中、政和が「隻」と声をかけてきて、思わず背筋がピンと伸びた。
 政和がやや不思議そうな顔で天理を見やって、視線を戻してくる。
「陣、おれも覚えある。見せてみろ。天理も」
 目を見張る隻の隣、天理が「いいよ」と政和の所まで行って上着を脱いでいる。見せた陣の形に、政和がじっと目を凝らして、やがて苦い顔になったではないか。
「召喚陣、と……将太に確認、取らないと……けど、これは……生命吸収……違う、癒着ゆちゃく……」
「癒着? 陣だけでそこまでわかるんですか?」
 思わず尋ね返す隻は、ふと持ち上がった疑問に政和をまじまじと見やる。政和は頷いた後に「専門家じゃない。でも結界と陣は、割と似てるからな」と、ぽつぽつと返してくる。
「符師のほうが、こういうのは詳しい。けど陣と結界は、構成の複雑さが、命だからな。積み木の組み合わせで、おおよそ組み上がりを、予想できる感じ……が近いか」
「そ、そうなんですか……えっと、なんで陣のことまで」
「ああ、昨日おれが寝る前に教えたんだ。海理絶対忘れてると思ってね」
 天理が事もなげに教えて、ぎしぎしと響く廊下の音に響基が苦笑いしている。
「えっと、三人……だな」
「三人? 誰か呼んで――」
「お邪魔様――」
 天理が丁度服を着直し、いつきが怪訝な顔で目をやったその時、到着した一人がひょっこり顔を覗かせたではないか。
 やや短めのセミロング。女子高生の盛りだろう少女は、いつきと目が合った途端にぎょっとした顔をしているではないか。いつきまで目をまん丸に見開いている。
「阿苑のご当主やん!? なんで!?」
「しっ……なんでお前がここにいる!?」
 万理が驚くならまだわかるのだが、まさかいつきがその反応とは。志乃の後ろからおずおずと顔を出す煉に、いつきが顔を火照ほてらせるほうが正常にさえ見える。ただ……志乃の目がつり上がるおまけもつくのだが。
 そしてさらに煉の後ろには、ヨシ子がやあと手を上げている。
「頼まれてたから連れてきたよ」
「セーフ。ってわけでヨシ子ー」
「なんで天理こっちに来てるの!!」
『そりゃどーでもいい。てめーらいちゃつくなら後にしろ』
 同感だ。というか天理がいつでもどこでもオープンにべったりしすぎだ。
 同い年のいつきですら目を背けて付き合ってられないと顔に書いている。ヨシ子については――隻は何も見なかったことにした。
 煉がおずおずと入ってきていつきの隣に座り、資料をテーブルに置いてくれた。
「スヴェーンで見つけた、資料。あと……糸川いとかわ様にもお尋ねしたら、見たことあるそうです」
「糸先が!?」
 スヴェーンで預かってもらっている隻の恩師まで知っているなんて。海理が唸っているではないか。
『きな臭えな。元から臭いってのにまだ広がりやがるか』
「資料お借りします」
 天理が丁寧な言葉で紙類を受け取り、目を素早く通している。万理は困惑した顔で志乃を見上げた。
小堺こざかい先輩、今日はもしかして……煉さんのご同伴ですか?」
「せやね。そんなところなんやけど……いつき兄ちゃんおるなんて知らへんかったわ」
「俺もお前が来るなんざ聞いてないぞ」
 不機嫌な声で切り返すいつきに、志乃は舌を出してそっぽを向く。かわいげがないと拳を震わせるいつきに、言葉をなくしているのは響基で。
「二人とも知り合い……?」
「こいつの七五三を呉服屋うちの着物でやっただけだ」
「せやから阿苑家のご当主になりはったいう話、聞いた時耳疑ったでー。いつき兄ちゃん意地っ張りのやせ我慢気質やさかいな」
「なんとでも言え」
「じゃあ言わせてもらおうやないの。なんで煉取ったんこのド変態! ロリコン!!」
 衝撃が走った。
 言われた本人だけでなく、響基も万理も、海理すら固まっていて。
 ただ淡々と陣と睨めっこをしている天理と政和以外、全員が目を伏せたいつきを静かに見つめるしかできない。
「……悪かった」
「うちのお姉ちゃん取って悪かったで済ませられると思うてはるん? 上等やないの」
「……あれ、姉?」
「お姉ちゃん、分=Bです」
 ああ、姉貴分……。
 逆と思ったことは伏せておこう。煉が志乃を見上げて首を傾げていても、火種を撒くなと言うに言えない。
「志乃ちゃん、いつきさんは悪くないよ? ……五歳離れてるのは、しょうがないし」
「十九!?」
「五歳は、ロリじゃないよ」
 それは人による基準では……いや、言わないほうが花か。万理も響基も目を背けているのだし。
「いつきがロリコンなのは公然の事実として」
「おい」
「いいと思うよ、現状ヨシ子もショタコンに見えるからさ。まあそれはそれとして」
 軽く彼女にとどめを刺した天理は、資料をテーブルに広げている。関節をさする手を見ていつきが一言呟いた。
「いっそ伸びずに縮め」
「ごめんねもっと差が開くみたいで」
「縮めこの天ぷらが!!」
「スヴェーン家で目撃されてる陣は情報が古いと見ていいのかな。日付も古いし。それで……えっと、志乃さんだっけ? 傷を抉ったらごめん。君は伏見稲荷神社の件には関わりがあるって見ていい?」
 唇を噛みながらも頷く志乃。見逃さない天理はすぐに「ごめん」と謝る姿勢に、隻はなんとなくだけれど天理が慕われていた理由がわかった気がした。
 人の仕草を見逃さないのだ。場面場面でわざと鈍い振りをしたり、ふざけたりはしても、必ず人の仕草を見ている。
「伏見稲荷の陣に覚えは?」
「……そうやねぇ……煉もあたしも、伏見稲荷に着いた時は覚えがあらへんのや。最期さいごに覚えてるんは、真美まなみ姉ちゃんとあたしと、煉と……三人で、暗い部屋に長くおらされたこと……やね」
「スヴェーンの人間同士で、記憶操作については、確かめてます。記憶操作に関してはかけられてないと、意見は一致しています」
 千理のように記憶の改竄かいざんをされていないのなら、煉たちの覚えていることに違いはそうないはず。
 かなり苦しい所まで聞くことになるとしたら。隻は天理を見やり、ほどほどにしてくれるだろうかと苦い顔になった。
 辛い過去を掘り起こされるのは、どうしても嫌なものだ。
「二人には、俺たちみたいな痣はある?」
「痣? 痣って……煉が言うてたあれやろ?」
 煉がこっくり頷いた。志乃が首を振り、天理が「そっか」と考え込んでいる。
「おれと千理に陣をつけたかった理由がまだ見えないか……」
「なんであの千理くん? お兄さんやろ? つけられてんの」
「元々、おれの魂を分割してくれた人は、その半分を千理に移したかったらしいからね。隻に行ったのは恐らく偶然。不慮の事故って見識で間違いないと思うんだ」
「……癒着の陣、天理にもつける意味、ないな」
 ずっと資料を睨んでいた政和がぽつりと溢した。煉も資料に目を落とすも、首を傾げている。
「癒着の紋、資料の陣にはないと、思います……」
「天理の体には、癒着の紋らしい、模様があった。ぎ足されすぎて、一つの陣に、収まってないからな……複合陣の型で、いくつかの作用を、作る時に使われてる……けど、継ぎ足し型、滅茶苦茶だ」
 喋るのも一苦労そうに間を置く男性は、天理が「いいよ、後はおれが言おうか」と続きを引き取ったことで、いつものような返事もなく呼吸を一つ置いた。
 結界の維持で集中する際は、誰とも接触せずに数日間を過ごすというから、言葉が途切れてしまうのも仕方がないのかもしれない。
「政の指摘を併せて考えても、恐らく実験で間違いない気がするよ。そもそも何を癒着したかったか、おれたちに何を施したかったのか、それも見えないしね。とにかく、千理たちの報告を聞いてからになりそうだね。みんなまだ時間はある?」
 それぞれ頷いたり肯定の返答をしたり。天理が真剣な顔で「ありがとう」と言う姿は、確かに当主に数えられる器に見えた。すぐに笑顔に戻した彼は、携帯を手に立ち上がると障子に手をかける。
「ちょっとおじさんに連絡してくるよ。みんなゆっくりしてて。万理、よかったら恵ちゃんに頼んで茶菓子でももらってきてくれるかな」
「あ、はい」
 万理も席を立ち、「失礼します」と会釈をした後、天理と一緒に食事の間を出て行った。
 隻は呆然として手元を見やる。
 皿と、箸と、空になった茶碗。
 テーブルの上に残された残飯は、高校時代なら腹に余裕で収まったかもしれないが……
「……食い上げておくべきか?」
「ん。好きなだけ、食え」
 政和の優しい声は、隻が意図した意味とは全く別のニュアンスに聞こえたようだ。


ルビ対応・加筆修正 2022/01/10


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