Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第08話「衝突」01
*前しおり次#

「――なるほどのう。ほれ、入ってこんかね」
 今回の依頼の顛末を通しておこうと、隻はレーデン家に帰ってすぐ多生の部屋に向かったはずだった。
 部屋へ向かう途中で正造と出会って、そのまま今回の依頼の報告へと話が流れていた。つい半年前多生が次期当主を継いだのに、まだ正造を当主と考えて話してしまったのだ。
 けれど、話を聞いた正造は、状況を聞いた直後、来客をいち早く察知して声をかけていた。入ってきたのは響基と悟子だ。後ろには天理が欠伸三昧ざんまいと来たものだから、悟子が眠たげな目で注意したそうにちらちら見やっている。
「失礼致します」
「ごめんね隻、話してる途中で。じいちゃん、終わった。ただ、さらに厄介になったよ」
 気にしていないと手を振ったそば、天理がさらりと伝えた報告に動きが止まった。
 書斎に似たその畳に座っていいと正造が勧め、響基たちが腰を下ろす。状況を察して苦い顔になった隻に、響基が困ったように笑っているではないか。
「もしかして、行方不明者か?」
「ってことは隻のほうもか」
「隻に任せた初陣はの、誰かが先に終わらせてしもうた。代わりに万理の友達が一人、連絡がつかんらしくての」
 にわかに表情を変える響基たち。たちまち青くなる悟子に、丁度隣に腰かけていた彼の背中を優しく叩いてやる隻。
 天理が溜息を吐いている。
「こっちは逢魔おうまが時――ああごめん、日没時なんだけど、その前まで消息はあった。それ以外はパーだね。千理も連れて行けばよかったよ、あいつ疫病神のお友達だから」
 なんでそんな厄介なものに限って友達になってるんだよあいつ。
 けれど、響基たちは行方不明者の捜索担当ではないはずだ。確か五条通方面とか、沼がどうとか言っていたのをちらと聞いた気がする。
 と、響基が姿勢を正して正造を見つめた。
「本来なら現当主殿にお話を通すのが先だとは思ったのですが、天理殿と意見を纏めた結果、正造様に先にご報告をと思いまして。――沼はありませんでした。最初頂いた依頼の件では、『沼を作り出し、音を使ってそこに誘き寄せる幻生の調査』とありましたが、得られた目撃情報は沼ではなく、行方不明者の最後の消息だけでした」
「響基、当主同士じゃないんだから、これ以上の固い口調やめてくれる。正式な場でもないのに肩凝らせるなよ」
 何故だろう。当主然とした対応は確かに響基が正しいはずなのに、当主候補である天理がラフで行きたがる姿に、言われた本人だけでなく隻も固まった。
 固まって、隻と悟子が白い目を向けた。困った顔で笑う響基は優しすぎる。
「ええっと……それで、その行方不明者ですが、ぱっと聞いた話では、ほとんどが俺たち側の縁者のようです」
 最後でまた固い口調に戻ってしまうのは、仕方がないと思う。思うから、天理のその冷めた視線はどうにかしてやってほしいと心の底から願ってしまうのは、悪いことだろうか。
 正造が「ふむ」と相槌あいづちを打った。万理が表情を曇らせつつも元当主の意見を煽るように黙っている。
「……今のところレーデンうちに来ている行方不明者のリストも、おおよそ無関係には思えん血筋が多いの。実はの、今回の件は妙なところだらけじゃ」
「妙、とおっしゃられると、どの辺がですか?」
「隻固い。はっきり言っていい? うざい」
「お前が砕けすぎなんだよ!」
「ほっほ、どっちでもええぞい。行方不明者となった者の多くが霊感の持ち主。これは日本の妖怪たちの特色上当然のことじゃ。敏感な者でもない限り気づきづらい世の中になってしもうてからなおさらじゃな」
「妖怪に絞っていいんですか?」
 土地を利用した事件が主な以上はねと、天理が響基に頷いている。
「モンスターはいわゆる外国からの移住者と思えばいい。妖怪は土着の国人。モンスターにとっては新しい世界だけど、妖怪からしたら部外者がずかずか入ってくるのはいい気がしない。モンスター側の肩身が狭くなるんだよ。そんな土地で大手を広げてことを起こせるだけの能力を持ったモンスターがいてごらん。自分たちの土地を踏み荒らされて好き勝手使われて、妖怪側が黙ってると思う?」
「……うん、無理」
 まるで日本の企業と外国企業の抗争だ。去年、清水寺の天狗てんぐでも世知辛いと思っていたが、世界規模で世知辛い幻生社会に遠い顔になる。
 どこの世でも現実は現実か。
「おおよそ天理の言う通りじゃの。移住は構わんが己の好き勝手やってええかと言うと、そうもいかんもんじゃ。文化の違いも見ずに起こす行動は、周りからすれば暴れん坊じゃの。じゃがな、こういうのは別に外国、内国問わんもんじゃ」
「……妖怪同士でも、あまりにもやりたい放題やるのは違いますね」
 万理が頷いた。天理が「そうなるね」と相槌を打っている。
「これが組織立ったやり方なのか、獣みたいに腹が減ったからやってるのか……土蜘蛛つちぐものお目覚めなんて話だったら、今の日本じゃ南無阿弥陀仏なんて言ってられないね」
「土蜘蛛……って、災いひっくるめてそいつのせいって言われるぐらい無茶苦茶な奴だよな?」
 顔を引きらせた隻は、正造が「そりゃあないない」と軽く流してくれてほっとしかけて……不安になった。
 正造がそこまで自信満々に言っても安心できないのは、最近周りが心配している認知症の兆しのせいだろうか。
「沼という土地を作り出し、誘き寄せる。沼に元々住んでおるだけなら話は別じゃが、追い出された妖怪や精霊の類は黙っておるかのう。最近幻生たちは人を喰らう回数が減り、力も衰えておる。そんな中で欲張りさんをしておって、そいつはよう叩かれずにおるの」
「それだけ強い、とか?」
「……あるいは、誰も手出しができない場所に元々いるから。とか……ね」
 肩を竦めて区切る万理の兄。万理は苦い顔になった。
土野部つちのべは田賀と仕事をしている最中にいなくなったそうです。携帯に連絡しましたが、圏外で通じませんでした」
「おれたちのところは行方不明になったことそのもの、ご近所さんが気づいてなかったみたいだったよ。こっちは集団、一家全員。夜逃げしたのかって思ったぐらいだね」
「は!?」
 思わず聞き返したが、響基の耳が痛そうな顔に申し訳なくなった。正造がじっと考え、頷く。
「今回の仕事はテストの予定じゃったんじゃがの。仕事はこれでしまいとしようかの。上に報告して意見をあおるほかあるまいて。ほーれ千理、まだ突っ立っとらんで入ってこんかね」
 響基がぎょっとして振り返った。千理が苦い顔を通り越して、頬にあざを作ってむっとしたまま入ってくる。隻たちまで目をまん丸に見開いた。
「お前何やらかした!?」
「ひっでー!? 全部オレが悪いって誰が決めたんすかマジねえちょっと!! ひっさびさに健やかに寝てたらぶん殴られたんすよ!? いきなり『暢気のんきにいびきかいてねーでさっさとじーさんとこ行きやがれ!!』って理不尽に腹まで蹴られたんすよっ、なんで全部オレが悪いんすか!!」
「千理さんだからじゃないんですか」
「オレの存在全否定!?」
 首は振っても目線は合わせない悟子。千理が項垂うなだれつつも頬と腹を押さえながら座り、「あらかた今回のはにいから聞いたんすけど」としょんぼり顔。
「ってかじいちゃん、海兄といつ契約してたんすか。リンクして話されてすっげー不気味だったんすよ最初」
「お前さんが強制契約をかける一年前ぐらいかの。いい加減出てこんかい言うても出てこなかったもんでの、ぷちっと来たからバシッと引っ張り出したんじゃ」
 ぷちって来ただけなのにバシッと引っ張り出したのか。
「うんそうっすかそれで? 結局今回の件、パッと聞いた感じ普通にレーデンだけで手を出せる範囲超えてますよ。オレらがされてたのは依頼だけ。調査をしても、こっから先は五神を通じて各部隊に指令を出さないといけない感じの範囲。違う?」
 仕事となると途端に切れ者のように見解を述べる千理には舌を巻きそうになる。万理も響基も、悟子も渋面を作って、千理の意見以外なさそうに頷いていた。
 正造がふむと考えながら天井を見上げている。
「どうにものう。ここ最近の失踪者の多数が混血だからか、天理だけが帰ってこれたことに違和感を感じる者もおるんじゃ。別件だと言いきれぬとな」
 そうだったのかと耳を疑った隻だが、はっとして天理の様子を見やった。
 彼は涼しい顔で聞いていた。最初から知っていると言わんばかりに。
「記録を確認したけど、正体不明の幻生が起こした神隠しでまともに帰ってきたのは、ここ十年おれとスヴェーン家ぐらいみたいだね」
 千理が顔色を曇らせた。正造が頷き、「あちらは探しやすかったというのもあるんじゃがの」と補足して、温くなった茶を口に運んでいた。
「そういうわけじゃ、皆用心しときなさい。ここにおる者は皆、少なからず幻生との関わりが濃いからの。次の縁が余所事よそごとで終わらせられるとも限らねば……余所事で終わらせられるほどお前さんら器用じゃあるまいて」
 隻も悟子も苦い顔でそっぽを向いた。
 そんなつもりはないはずなのに、どうしてぐっさり来るのだろう。
「スヴェーン家を狙った天狗の神隠しの件は、師匠が……」
「ほんにそれだけかの」
 隻は耳を疑って正造を見つめた。
 飄々とした老人は、何食わぬ顔で顎の白髭を撫でている。
「永咲師匠は自ら認めたとわしも聞いた。じゃが、あの人は元が多くを語らぬ。我々に話さず幻境にしまった真実は数知れぬぞ。理性と感情を併せ持つ生き物は時に何かを守ろうともする。真実を見極めるなら、嘘を振り分けなさい」
 ぽんと頭を優しく叩かれたのは、悟子で。驚きつつも気恥ずかしそうにする彼に笑いかけ、全員に「今日は長居させてすまんの。ゆっくりお休み」と労う正造に、隻は戸惑った。
 ――言うべきだろうか。言わないほうがいいだろうか。
 決めかねている今にも、響基や悟子は腰を上げているのに。万理ですらそろそろ眠気がと苦笑いして立ち上がったというのに、隻は戸惑って中途半端に背を前に押し出した状態で。
 千理がはっとした顔になった。
「隻さんさーせん、忘れてた! ちょっとここで待っててください、間違えて食っちゃったゼリー持ってきますんで!」
「また食ったのかよいい加減にしろ!!」
「ほっほ、じゃあ突くかのー」
「この時間に食べたら消化に悪いですよ……? 悟子、寝る?」
「……寝ます……ゼリー……」
「明日買ってくるよ。一緒食うか」
 脱力しつつなんとか笑えば、悟子の満面の笑顔に疲れが吹き飛ぶ。
 むしろ、疲れて精一杯のセリフがこれでごめんなさい。
「天兄、ちゃんと隻さんに謝んないとだめっすよ!」
「あー忘れてた」
「食ったのお前か!!」
 千理が疾走していった。去り際の暴露に腹が立った。響基と悟子が同じ部屋に泊まっているため、二人が抜けて。万理も明日が早いからと廊下を曲がっていき、しばらくして脱力した隻に正造が笑っている。
「千理は相変わらず自虐が上手いの」
「……ってか、あのセリフじゃ自分が食ったように聞こえるのに……お前かよ天理……!」
「みかん美味いよね」
「美味いな。人の取って言うセリフじゃないよなまずいって言われたくもないけど!!」
「え、普通だったって言われたかったの?」
「余計腹立つだろそれ!!」
 ダダダダダッ
 ……気のせいか。なんで屋根の上から走ってくる音が聞こえる。
 ……どうしてだろう。砂利の擦れる音が剣戟けんげきの音にさえ聞こえた。
 そこかしこで上がる「千理煩い寝かせろ!!」の怒鳴り声。千理が「さーせーん!」と朗らかな声で謝って、砂利を直す音が聞こえて。
 天理がふうと溜息。
「なんであのバカ、まだ廊下を静かに歩くってこと覚えないんだろうね」
「……お前らの教育がまともじゃなかったことも原因の一つだって思うんだ」
「まともじゃなかったのは海理と師匠だよ。おれは優しく穏やかに教えて、まともに人の忠告聞かなかったらその時にやっと『お前って本当バカだよね』って返しただけだから」
 子供が自信を失うナンバーワンのセリフを平気で口にしていたのかと顔が引きつったが、人のことを言えないのも、やはり前科がある隻だからである。
 がらりと障子を開けて入ってきた千理は、手持ちのタオルで手を適当に拭きながら、プラスチック容器に入って無事だったゼリーを四人分テーブルに乗せる。正造の冗談は幻術でもないのに現実にされていた。
「で、隻さんたち話すんでしょ? オレ抜けてたほうがいい?」
「……は?」
 数回瞬きをしてしまう。千理がきょとんとして、ぽんと手の平に手を打ちつけた。
「資料持って来たほうがいいっすかね?」
「いや待ったなんの話してるんだお前!?」
「え? 東京で調べてきた陣の話するんでしょ?」
「今から、寝る前のこの時間で!?」
「せっかちは相変わらずじゃのー」
 もうせっかちのレベルではない気がする。朗らかな老人に失礼だとは思っても脱力する肩を止められない。
 確かに早く話すに越したことはないだろうけれど、に落ちない。
「……ほとんど意見が纏まってるわけじゃありませんけど、俺と天理に現れてる陣に関しては、実験段階のものを体につけられたんだろうって見解は一致してると思います。あと、同じような陣が東京や他の場所でも見かけられてたって……」
「そうじゃろうの」
 頷く正造の言葉に、隻は耳を疑う。天理は肩を竦めていて、驚きも何もなかった。
「やっぱり、その辺は調べてたんだね」
「いんやいんや。今日翅から教えてもらったんじゃい。お土産のバナナと一緒にの」
 正造の弾み気味な声を翅が聞いたら、まだぼけてないだろと遠い顔で言いそうだ。千理が「それでなんすけどね」と切り出している。
「前当主、改めてお願いがあります」
 いきなり言葉を改めた千理にど肝を抜かれてしまう。正造が白いふさふさの眉をやや持ち上げた。天理まで目を据わらせている。
「今回の件に関しまして、幻境への立ち入りを許可願います」
「――はて。翅や海理たちの報告には、それらしい因果を認められなかったがの」
「気になる点がいくつかありました。陣の力の流れがどこに繋がっているか、まだ調べる技術がない以上、幻生の仕業と特定して行動を起こすのは愚行と承知しております。しかし、長い年月を経て世界各地に陣を書き表すなど、集団でやるにしても規模が大きすぎる話かと。内部に探りを入れるほうが妥当と思われます。――海兄が言ってたんすよ。十一年前のがまだ終わってないかもしれないって」
 正造が黙り込み、千理が真剣な顔で前当主を見つめている。
「――例え親兄弟であろうとも、正基と海理の件は、お前さんが踏み込んでええ話ではない。おのつとめをたがえてはならん」
「でも」
「お前さんが幻境に立ち入る許可を出すのはわしではない。五神の役目じゃ。あそこの意味を知らずしてその口なら、今一度覚え直しなさい。知ってその口なら、二度は言わんぞ」
「わかってます。――じいちゃん、お願い。教えてください」
「千理」
 畳に拳を突き、頭を下げる千理を、初めて見た。
 兄が止めても崩れることのない姿勢に呆気にとられる隻は、正造がただ無表情に見下ろしている姿に背筋が冷える。
「幻境に行ったとして、お前さんに何ができるのじゃ」
「宛てなし、知識なし。それはわかってるんすよ」
 動じずに。千理の表情は崩れない。
「天兄がずっと隠されてた場所の話を聞いてても、ほかに思い当たる節ないんすよ。なら一パーセントでも可能性があるなら行動起こす。もうがむしゃらに突っ走るだけしかしない、バカなやり方はしません。お願いします、教えてください」
 天理が苦いものを飲んだ顔になっている。隻も渋面を作りかけたその時、正造が立ち上がって背を向けたではないか。
「残念ながらの、わしは知らんのじゃ」
「そんなわけ――!」
「千理がここに戻ってきて、ゼリーを置いていったところまでは覚えがあるんじゃがのーう。天理と隻はいつまでここにおったかの? いんや、ゼリーを食べてそのまま帰った気がするのう……おんや、おかしいのう」


ルビ対応・加筆修正 2022/02/11


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