「せーきー」
翅の声だ。いつもなら廊下側だろうが縁側だろうが、お構い無しに
「え、何? 久々の学校のお勉強?」
「お前潰すぞ。誰があんなの進んでやるんだよ」
「万理」
「……だな」
この上なく的確な回答だった。早速テーブルの近くに腰かける翅と、もう一人、悟子を見つけてぽかんとしてしまう。
変だ。いつもなら「失礼します」とか、「翅行儀悪い!」とか、それこそ隣のおかん≠ニ呼びたくなるほど口やかましく言ってくるはずだろうに。
「どうした?」
「隻気づくの早い。早すぎ」
「いやだって、礼儀のこと今、何も……」
悟子がはっとした顔で、席を立ったではないか。
「すみません、やり直してきます」
「いやいいからな!? 別にやり直し求めたわけじゃないからな!? どうしたんだよお前、体調悪いのか?」
翅が隣で口を尖らせながら「何この扱い」と愚痴を吐いているがそちらは無視。悟子が不安そうにもう一度座った姿に、予感が確信に変わる。
「その、ぼくの姉が……三番目の姉で、縁道さんとパーティを組んでたんですけど」
「あれと?」
「縁道さんと、です……」
あまりにも礼儀正しい悟子の姉が、縁道と?
思わず聞き返してしまったが、思い浮かんだ行動に納得してしまう。
「
「隻さんすみません、勘違いしてませんか? 姉と縁道さんは付き合ってません!!」
本気で怒られた。そんなことあってたまるかと叫ぶ顔はまるで父親だ。弟なのに。
翅が遠い顔をして悟子を宥めるように頭を優しく叩いて、隻へと目を向けてきた。
「縁道さんも悟子も、悟子のお姉さん――
耳を疑った隻に、悟子が表情を戻して頷いてくる。もう暗い顔にならないよう、真剣表情顔を必死で取り繕った姿は、いつかの千理と被って見えてしまった。
「よく縁道さんと喧嘩して飛び出したり、うちに帰ってきてもふらりといなくなることはあったんですけど……二ヶ月ぐらい経っても、連絡が来なくて。それにぼくと一緒に依頼に行った帰り、コンビニに寄るって言って別れた後いなくなったんです」
「そのまま一人で旅行に行くタイプじゃないんだよな?」
「もしそうだったら縁道さんと喧嘩にならないって思うんだけど」
むしろ縁道と一緒にいられるぐらいだから、そういう人でありそうだと思っていた。
ひとまず急須で茶を淹れつつ、二人に出した隻は苦い顔になる。
「携帯とかで連絡は繋がらないのか?」
「はい。普段なら三日後ぐらいにでも連絡は帰ってくるんですけど……」
悟子には悪いが、どうしても口を突いてしまいそうになる。
携帯不携帯。
「俺もこの話聞いたの昨日なんだ。夜は書類書かされてたし、今日は今日でやっと来たあいつら案内しないと行けなかったし。ねえ偉くない? 俺凄い頑張ってたんだよ隻たちが正造さんのところでのんびりゼリー食べてる間にさ」
「おいちょっと待ったそれ誰から聞いた」
「響基が教えてくれた」
頬が引き
「……なあ。あいつらって? ってか、どこに案内した?」
「え? レーデン家に。あいつらはあいつら。人数多いから一
襖が、音も立ち辛いというのにノックされた。
響基が「音が
襖が無遠慮にがらりと開けられた。
「お邪魔しまーす、いたいた。隻先輩お
茶髪の女性が、感情に
その隣の青年は……見覚えのある、前髪から反抗期な茶髪だ。床に膝を突いて、響基に顔を向けて今しがた吠えていたことがはっきりわかる体勢で固まっていて。
響基は響基で一言。
「あ」
「……
「そういう肩凝るの好きじゃないから」
「そういう問題じゃないだろ! 他家である以上
「先輩お久でーす。思ってたより元気そうだね。入るよ」
「あ、ああ……」
「話ぶった切んじゃねえ!!」
すたすたと入ってくる
一方の萌は、拳を震わせながらもすっと隻に頭を下げた。
「妹の無礼お許しください。失礼致します……っ」
「……あ、のな? そこまで硬くしなくていいぞ。とりあえず……入れ?」
頭を下げ、入ってくる
「入らないのか?」
「っていうかそもそも入るわけ? この人数で六畳はつらいんじゃない?」
「士いい加減に」
「いいよ、俺も思ってたから。移動するか」
なんだか疲れてきた。
話も大して進んでいないというのに、疲れてきた。
ぐったりしつつ立ち上がると、途端に顔を合わせたのは海理と天理のレーデン兄弟と
「なんでお前がこっち来てるんだよ!!」
「はっははー、向こうで危険なものが
本来なら見なくていいはずの双子の兄に、隻は容赦なく腹に怒りの一撃を見舞った。
隼、うずくまった。声にならない悲鳴が細く上がった。
「よし行くか」
「あ、隼さんは今回の話には参加できないからな」
「う、うん聞いてる……いってぇぁんなろぉ……」
萌が隻の後ろで拳を震わせていたのは言うまでもない。
「八占、
男子棟でもそこそこ広い部屋に集まり、早速話を始めると、萌が真っ先に報告しだした。新たに万理も加わっているものの、一同の輪の中に千理の姿はない。昨日の件がよほど
今この場にいる天理まで刺激したら、レーデン兄弟だけで無駄な大乱闘が巻き起こりそうだ。
「念のため俺も、自分が過去に見たことがある陣の場所に行こうとしましたが、陣は既に消されていました」
「消した痕跡は?」
「ありません。陣が自然消滅したと考えるほうが妥当ではないかと。周辺を捜索したところ、小動物の変死体、サークル型に枯れた雑草などを発見しました。おおよそ陣があっただろう場所から、半径十五メートル程度の狭い範囲です」
天理が唸っている。海理がポルターガイスト現象でまたしても書類を宙に浮かべ、萌が拳を震わせて耐えている。職業病もここまで見境無しに起こるのはかわいそうだと目を背けていると、翅まで低い声だ。
「面倒……必要なくなって消したとかそういう感じなのか?」
「少なくとも本人が消さないと、強制的に消した痕跡が何かしらあるだろうな。ただ……最近まで目撃されていた陣は、昔のものと思われていた奴でも痕跡が残ってることがあったんだろ? 同じ地点で目撃されている陣については、書類を纏めてもらってあるみたいだから」
士が頷いている。
「そこは生きてる証言者に聞いて回って確かめたよ。やっぱりみんな、あの陣見たら忘れられないみたいだねー、人によっては何度も足を運んでるぐらいだし」
「……なら、今になって消す理由はなんだろうな」
響基が呟く。隻も翅も顔を見合わせた。
……なんか、いくら考えても「出してるの面倒くさくなった?」程度にしか感じられないのは自分たちだけだろうか。
『考えられる可能性は、だ。ある程度自分の目的が達成されたか。出していると逆に不利になる状況が出てきたか。はたまた、外的な圧力を受けて無理やり消さざるを得なかったか、だな』
「いずれにせよ、陣を書き記した張本人の姿は
「――あのバカの予想大的中ときた、か」
天理が舌打ちしている。海理が眉をひそめたも、何も言わずに腕組みをしている。
『大量に陣を書き出しておきながら、書いた奴の目撃者はゼロ。普通はねー話だな。そいつらが喰われてたら話は振り出しだが』
「見た全員が喰われていると考えるほうが不自然だね。逃げおおせた生き物は必ずいるはずだし。幻生の中にだって目撃者はいてもおかしくない。それなのに報告が上がらないなら」
「――そもそも現実に見える体を持っていない。ということですか?」
悟子が尋ねると、天理が一言で肯定しているではないか。万理が苦い顔になり、翅も「あーあ」とぼやいている。
「目撃者はほぼいない。ってか今のところなし。で、混血が狙われて……敵の姿はハテナのまんまか。もうこれ、情報集めたってキリないんじゃね?」
「じゃあ、今回の件はどう片付ける? 判断材料が足りないのに、幻生の大元に乗り込んで間違いでした、じゃ
『――幻生なら幻境に還っても問題はねーな』
「海理は却下。そのまま成仏する気だろ、何度言わせる気」
『ちげーって、人の話聞きやがれ。大体成仏したらどうやっててめーらに事と次第伝えるってんだ』
随分と苛々している。響基のように音で感情を読み取れなくても、天理の口がきついままであれば誰でもわかることだ。
海理が面倒くさそうに頭を掻いている。
『幻生として一度あっちに行けるか試してみるんだよ。つっても、オレが幻境に行けたの一回だけだし、今じゃ現実で自然発生した側の幻生だ。下手したら行けねー』
「というか十中八九行けないだろ。じゃないと今頃成仏してるんじゃないの、お前」
『言ってくれやがるなこのヤロー。物は試しだ。幻術使いで一回試せたんなら可能性潰してられねーだろ』
「……なあ、ちょっといいか?」
隻に視線が集まる。苦い顔になるも、海理たちを見据えて口を開いた。
千理と同じように叩かれそうで嫌だけれど。
「俺が行くのはどうだ?」
「却下」
「……ごめん、こればかりはちょっと。天理も隻も狙われてると思うよ」
「そうか? 本当に狙われてるのは天理だけだろ」
口から出任せで言ったものの、海理が口をぽっかり開けて資料をばさばさと落としたのは意外だった。しかもそれがいくつか響基や翅の頭に降り注ぎ、それでも気にしない翅に万理が目を疑っていた。
『……てめー何をどう確信してその言葉出しやがった?』
「わ、悪いなんとなく」
「先輩……」
萌の声が低くなった。士が静かに溜息。
「先輩ばっかだねー」
「元からだろ突っ込むなそこ」
本気でしょげたくなったが、天理が考え込んでいるのを見て顔を上げ直した。下げたら負けだ。それこそ千理と同じ扱いが待っているだけだ。……そう信じたくないけれど。
「……あながち間違いじゃないとは思う、けどさ……おれの姿をして、陣を利用していた核心者が出てきてたのも、そう考えられなくはない……師匠も隻におれの魂が入るのは予想外って言ってたし……けど、やっぱりだめだ。用心に越したことはない。二年ぐらい前から陣の目撃件数がいきなりなくなったっていうのが引っかかる」
『それなのに、目撃されなくなった一年後にはてめーらに陣を刻まれてるわけだからな』
「最終手段呼ぶか」
「何それ? ――翅?」