襖を開け、手招きする翅に、響基も悟子も困惑して互いを見やっている。やって来た着物姿の少女に軽やかに手を上げている。
「よっ、遅かったな」
「お前が言っていた部屋に行ったら誰もいなかったんじゃ! あのノリもどこに行ったか知らない顔で笑っておったし、何様じゃっ! 悲しゅうてたまらんかったわ!」
……顔に手を当ててさめざめなく少女に、隻は瞬きしかできなかった。
「悲しいもなにも、そう思うぐらいなら誰か呼べよ」
「盲点!!」
「あ、そう……それでそのノリ――じゃなかった
「出かけた」
「そっか。帰宅は半年後だな」
そんな全てを知ったような物語る顔はやめてやって。
むしろこちらまで顔に手を当てて陰鬱になりそうだ。というかその少女、まさかとは思うが……
少女は隻を見つけるなり納得したように頷いたではないか。
「あれか、鳥の双子の弟は」
「うんそう」
「……まあ、訓読みしたらあいつハヤブサだけど……」
かと思っていたら、悟子も響基も微妙そうな顔で頭を下げ、萌も素早く姿勢を直して頭を下げようとして――
「痛いいたーい」
「てめえもやれ!!」
妹の頭を無理やり畳に押し付けながら頭を下げていた。
「お久しぶりです、
「久しいな。元気で何より」
笑顔で頷く標と呼ばれた少女。小学校上がり立てにしか見えない彼女は、天理が「失礼致しました。レーデン分家がいつもお世話になっております」と頭を下げたことで、納得した顔になったではないか。
「お前からも鳥の弟と似た臭いがするぞ。何に焼かれておった?」
「……ああ。陣が体に現れたので、そのせいでしょうか」
今の言葉で納得して返せる天理を尊敬したところで、口に出せるはずがない。
標は隻の近くまで寄ってきて、じいっと見上げてきたではないか。
思わず体が
仰け反った分、少女の顔が近づいてくる。
さらに仰け反る。
仰け反った以上に少女の顔が近づいてきて
「おいちょっと待てなんなんだよあんた!!」
「うむ。予想通りじゃ。面白そうじゃなこいつ」
「はあ!?」
「ノリ以上にノリがいい!」
「よかったなー隻、縁道さんより気に入られたって」
「なんの話だよ!?」
『てめーもう少し言葉遣い考えろ』
「てめえに言われたくねえよ!!」
「この方は」
天理が咳払いしながら疲れた声で
「
「え」
「混血と言っても獣そのものよ。人間の血などあってないようなものじゃ」
まじまじと標を見やるも、秋穗と同い年か、少し上頃の少女にしか見えない。そういえば今日秋穗を見た覚えがない気がすると、はっと顔を青ざめさせたその時。標がにぃっと笑ったではないか。
「よし、覚えたぞ。一度遊びに行ってこようかの」
「はっ!? どこに」
「幻境じゃ」
「遊びに行くようなところか!? ……と、ころ、ですか」
海理に、萌に、悟子にまで睨まれた。万理だけが困ったような顔で成り行きを見守っていたものの、一度頭を下げて標を見やっている。
「大丈夫なのですか? 本来幻術使いは、あそこに行くのは……」
「そんなものは知らん」
「で、でも、幻術使いを怨む幻生もあそこに還っているのでしょう?」
「そんなものは知らん。知らんと言ったらしらーんっ」
頬を
「おいっ!?」
「というわけで行ってくるからの」
「いやま――」
ふわりと、少女の頭が隻の胸元に納まった。
かと思いきやいきなり穏やかな寝息を立て始めた標に、翅以外全員が愕然とする。
何その早さ。
「こういうところ見るとさすが俺の親戚だよな」
「……じゃあどけろよその親戚っ」
「残念だけどそれ、できないよ」
天理が苦い顔で伝えてきたではないか。ぎょっとする隻に、海理が思考を投げ捨てたそうな顔をしている。
『幻境から帰ってくる時は、自分が現実で最後に見た光景と同じ場所に帰ってくるからな……てめーからどかせると、位置ぶれるだろ』
「トイレ行きたくなったらどうするんだよ!!」
『そりゃその時だ……諦めろ』
「言っておくけど、体型一緒の人に頼んだって無理だよ。感触違うから。だよね、海理」
『……おぇっ』
何故吐く。
ただでさえ幽霊であるために青白い顔からさらに血の気が引いたではないか。にやりと笑う天理を見ると、どうにも何かあったとしか思えないのだけれど――
……海理が吐きたくなるぐらい、体を預けたくない相手? ……いるだろうか。肉親でもよほど――
……まさか。
海理を見上げる。天理の顔も万理の顔からも目を
「……海理兄さん……何があったんですか?」
「……反抗期には一番つらい思い出を植えつけられたんだろ、きっと」
多分、他にない。
気づいたのだろう悟子が、萌が。居た堪れない顔でそっと縁側のほうに目を向けて表情をごまかしていた。
そのせいだろうか。
標のあまりにも気持ちのよさそうな寝息が、余計海理の鬱々とした空気を際立たせていた。