隻の言葉でも絶対に止められない。それが千理だ。天理の昨日のきつい言葉でやっと落ち込む姿を見せるぐらい、隻の言葉ではだめだった。
なら行くべきか、残るべきか。天理の本心を考えればすぐに判断はつく。
「――ならあたしも一緒に行く」
手を重ねて力強く進言する結李羽に、隻は狼狽しかけて。
それでも苦笑して頷いた。
「頼むな」
「うんっ」
「じゃあ俺も便乗。三入った」
「それ普通三抜けただよな? 音も悪い、語呂悪いっ」
響基の脱力気味の突っ込み。万理がしばし考えこみ、「そうですね」と頷いて翅がショックを受けた顔。
「僕も行きます」
「ってあれ、そっち!?」
「え、なんの話ですか? ――少なくともまだ、僕も技量が追いつかないと自覚はしています。でも、一緒に行きます」
『――あのな、万理』
「家族のことに関わりたくないとか、関わらせないとか。もうそう言うのはやめにしたいし、させてください」
海理と天理が目を見開いた。
標が気の抜けた顔で笑っている。響基すらも口をわずかに開いてまで驚いていた。
翅は――ふっと、優しい兄の顔で笑んで、万理が口を開くままに耳を傾けていた。
「兄さん方が僕に、その道をずっと残してくれていたのは知っています。けど関わらずにできたものは千理兄さんとの溝でした。父のことも兄さんたちのことも……本当は、怨んでました。けどもうそれだけで終わりたくないんです。僕だってレーデンの血を継いでいるんです。関わらせてください」
ふっと笑んでいるはずの翅の顔が、気が抜けすぎて、気持ち悪いほどに破願している。
天理が渋面で俯く中、海理がしばし視線を落として頷いた。
『――わかった』
「海理!」
『てめー、昨日千理に釘刺したんだってな。あいつ召喚で呼ばなくてもわかるぐらい顔に引きずってるって書いてやがったぞ』
舌打ちをしそうになっている天理に、海理が鋭く睨んだ。
睨んで、殴り飛ばしている。
『どっちも十年前のオレらの歳越えてんだ。あの時でもガキに扱われてたオレらが、あの時なんて言ってた? てめーがこいつらをガキ≠ニだけ見てんじゃねー』
「――死んでからじゃ後悔したってどうにもならないんだろ」
『後悔するのは
天理の喉が持ち上がった。拳が固められた次の瞬間、障子を激しく開け放って部屋を出て行ってしまう。あまりにも大きな音で震えた障子に、響基が涙目で耳を押さえ、千理が呻いた声を聞き損ねたようで。
「……海理のも、正論だけどさ……」
『一回意地張ったらてこでも動かねーんだよ、あの天ぷら。どうせ頭冷えるまで時間かかるだろ、ほっとけ』
放っておいて、そのまま千理と万理のような状態にならなければいいけれど。
そう言いたげに不安げな顔をする結李羽の頭を撫でていると、近くで標が重々しく頷きながら「青春じゃのう」と場違いなセリフを放ち、思わず隻は頭をぐりぐりと押さえつけた。
遊んでもらっていると勘違いしているのか、標は目を輝かせて満面の笑み。
ああもうこいつどうにかしたい。
『幻境に行ってる間は――そうだな。隻の体が無防備になるだろ。オレが取り付いて、陣を介して操られないようにしといてやるか』
「いい加減上から目線止めろよ」
『あ? 上だろーが歳でも実力でも』
ああもうこいつマジでムカつく。
標が元気よく手をあげ、「幻境に行くまではわしも手伝うからのっ」ときらきら輝く目で宣言。翅がやや青い顔で遠い目をしているではないか。
「未來本気で怒んないよなー……別に浮気しに行くわけじゃないのに」
「浮気?」
「ほら、
「浮気じゃないと思うよ!? っていうか翅それ以上言っちゃだめだ、浮気に聞こえてくるからな!?」
「そうっすよ更紗さんに会ったらオレもある意味浮気じゃないっすか!! マジ危険信号黄色とオレンジ突破の真っ赤ラインなんすけど!!」
翅が全身全霊を込めて、起き上がってきた千理を蹴飛ばした。
「はい赤ー」と。
『……おい、いつから起きてやがった』
「いだいぃぃ……っ! わ、わかんないガタアッて凄い音が、さっき、ね?」
海理が脱力した顔で深い溜息。万理は頭痛を持った顔で「そうですか」と一言。
「俺たちは」
「こっちで待機してるわ、面倒だから」
「――おいっ!? セリフが違うだろ、ここは助力する場所だろうが!」
萌が吠えた途端、妹のほうはジト目で兄を見上げている。
「萌って本当バカだよね。戦力を全部幻境に向けて、レーデン側や周辺の警護、誰がどうカバーするわけ? うーわー頭に血が上りやすいからねー駄目すぎるわ。血ドロドロなんじゃない? ドロッドロ」
一本調子で
「じゃあ隼とか頼むな。絶対あれ、勝手に足突っ込んでくだろ」
「うんありえるわ。先輩のお兄さんだしねー」
「
ずっと
「俺は……残るよ。幻境じゃ、音は当てにならないって聞いた気がするし……
「……えっと、来たいなら来ても……」
『確かにあっちじゃ響基は最弱層直行だな。やめとけ、むしろてめーが必要なのはこっちだ。てめーの音の感覚がねーとこっちは死活問題になる』
落ち込む響基の目の前まで行った海理が、勢いよく彼の背中を叩いた。途端に咽る響基に、海理はにっと笑っている。
『こっち頼むぜ。てめーの音聞くのも夏以来だな。しっかりやるぞ』
響基が、驚いて顔を上げて。
何も言わずに頷いた彼の表情は、嬉しそうで、けれど言葉にできない何かがあるような、そんな言い表せないもので。
海理は悟子へと目を向けている。しばらく悩んだ悟子は頷いた。
「行きます」
『そう来ると思った。てめー、
ぎょっとする悟子に、響基や翅まで耳を疑っているではないか。
「なんで姉を知ってるんですか!?」
『なん……そりゃ、中・高と同じだったからな。中二の時に声かけられて、高校じゃ仕事の件でよく話してたぞ。聞いてねーのか』
遠い目になる悟子。両手に顔を埋める姿で察してやれとさえ思う。
『先輩も今動いてるんだろ。それでてめーが動かねー腹はしてねーだろ。こいつらのサポート頼んだ』
海理を
「当然です」
「……え、っと……兄さん」
「へ?」
「海理兄さん!」
『あ? ――ああ、そうだよな。悪い』
最初に返事をした千理、意気消沈。万理は目を据わらせてその兄を指しているではないか。
「千理兄さん、縛らなくていいんですか」
「はいいっ!? まっ、どういう話!?」
『面倒くせー』
「おいっ!?」
ほぼ一同から突っ込まれた幽霊は面倒くさそうに小指で耳栓ときた。響基が両手で耳を塞ぐ姿に、数名が謝った。
『天理が何言ったか知らねーが、こいつも今年で二十歳だ。自分の責任も取れねーガキな大人になるよりかはマシだ。その代わり千理』
「は、はいっ」
『行動起こすのに我≠言い訳にすんな』
言葉に詰まったのは、千理だけではなくて。
『行動を起こす理由で義≠ノ執着もすんな。悩み抜いてそれでも動きたいなら動け。てめーでてめーの責≠ニの向き合い方を身につけていけ。わかったかタコ』
「……はい」
しっかりとした目で、頷いて。
千理は確かに、隻へとその目のまま顔を向けてきた。
「オレも行きます」
「次暴走したら無理やりでも帰すからな」
気の抜けた笑み。
人の忠告の意味をわかっているのかいないのか、それも掴めなくなるほど、力が抜けた自然すぎる笑いが。
拳と拳をぶつけて、隻も思わず笑みがこぼれてきた。
本当に、バカを通り越して、優しい場所だ。