ショックを受けた翅に苦笑いしながら補足する万理。千理が手の平に拳を打ちつけた。
「じゃあ作っちまいましょっか。ぱっと。最悪エヴェと
「そりゃよかったな。まあ今日は――あれだ」
神社の境内、鳥居へと目を向ける相次郎。隻は鳥居の奥へと目を凝らし、ふらりと体が傾いだ。結李羽が感嘆の声を上げている。
暗い景色に、余りにも太すぎる鎖。空も地も境界線を忘れた真っ黒な景色の中、鎖が見えないその先に
「こういう
「どうやって出ろって言うんだよ!!」
「道を創るんでしょ。悟子と万理が言った感じで」
千理が肩を竦めて鳥居を睨んだ。黒い衣が降りると目を見張った途端、千理が首を捻ったではないか。
後ろを確かめている。
いつものジャージ姿のひょうきん少年の顔が、ジト目のいつきへと向けられた。
「なんで衣出てこないの?」
「精神世界で自分に暗示をかけても
頭痛持ちの回答であった。溜息を吐いて、いつきが鳥居へと指さした。
「道はそこにあるだろうが。砂利道で薄暗くても、蓮が囲っているだろ。疑ってないでよく見ろ」
耳を疑う隻たちに、結李羽が苦笑いして頷いて。標も目を輝かせて「よく気づいたの!」。相次郎も遠い顔で「ああ、そうだったな」とぼやいて鳥居を見やっているではないか。
……あっただろうか。さっき見たときは、鳥居の向こうには鎖と炎と……。
そろりと、目を向ける。向けて倒れたくなった。
両脇を蓮の葉が固めた砂利道が、青紫色の水をどこからか流しては道の先へと連れ立っていくではないか。
千理が納得顔で拍手
「すっげー。暗示ってこっちじゃこういう使い方できるんすね」
「こっちのほうがリアルでいたくね」
「方法あるぞー。お前もレイスになるか?」
「まさか。そしたら俺鏡見れなくなるだろ」
「自画自賛はよしとけや」
相次郎、ボケのはずがほとほと呆れて突っ込んでいる始末である。隻と悟子といつきは白い目で翅の青い顔を見ているけれど。
自分が幽霊になっても怖いのか。
「――疲れた。さっさと行ってこい」
「だな」
いつきは万一の連絡役として待機するそうだ。他はわいわいと、大所帯で鳥居を
翅がとぼとぼと鳥居を抜け、最後になった隻は肩を竦めて祖父へと笑う。
「じゃ、行ってくる」
「――おう。しっかりやってこいや。かりんとうでも今度頼むわ」
「次じじいの家行くの、盆だぜ。待てるのかよ」
「何、あと三、四ヶ月だ。おれの楽しみは残しとけよ」
思わず吹き出した。肩が震えた代わりに、手を上げて了解と合図する。それも、標が輝く目で「暴れてくるぞ!」と鳥居の向こうで叫んだばかりにげんなりに変わった。
鳥居を潜って、振り返った瞬間。
いつきの姿も、相次郎の姿も霞の向こうへと消えてしまった。
振り返って、暗い夜道を睨む。赤い着物の症状がいい目印になり、迷わず合流しに行く。
着物がばさりと落ちた。思考が止まった。
全速力で横をすり抜けて逃げた。
「うわあああああああああっ!!」
「わあっ、標様お狐様になられるんですね!」
「もちろんじゃ、わしは九尾じゃからのっ」
悟子がピシャンと固まった。隻はその隣まで息を切らして走って、顔は真っ赤。
万理が溜息をついた。
「隻さん、TPOぐらい考えてください」
「俺に言う前にあいつに言え!!」
「見苦しいです」
千理がそっと視線を逸らした。二人分のぼやきが聞こえて隻は思わず殴り飛ばした。
「オレ本当に成長期終わったんかなぁ」と、もう一つ。
「未來だったらよかったのに」、が。
道が途中でぼやけて、それがこの世界で言う想像力が追いついていない現象なのだと、標が教えてくれた。隻たちが普段幻生を呼ぶ際、想像し忘れていた箇所があると上手く召喚できない。それと似た状態が、こういった光景で見えるそうだ。
この世界で自分の足場を保つなら、想像力と集中を片時も欠かせない。互いに交代して集中力を持続させ、道の把握を定期的に声に出して行った。
全員が認識することで創造物は確実に存在できるそうだ。逆に、一人だけの認知では形を保てても、
崩れていく橋を次から次に作っては走り抜けるイメージが近いのだろう。
「それにしても目的地はどうするんだ?」
「序盤がいきなりの煉獄だったから……どうするの?」
「質問を質問で返さないでくださいっ」
悟子が鋭く言い放ち、万理がしばし黙考している。
「幻生は、現実では幻想の住人でも、こっちの世界なら普通の住民ですよね。想耀や雷駆、いるかもしれませんけど……」
「呼び出せないのか?」
「今試しました。けど、衣を出している時みたいなイメージの固着が難しいんですよ……」
弱った顔をして後ろを振り返る万理も、やはり衣がない状況に不安があるようだ。隻は「ふうん」と言いながら、試しにバスケットボールを頭に描いて――
ドリブルする仕草をして、手にボールが現れて本人がまず目を丸くした。
「出た!?」
「出た!!」
「なんで!?」
「おっ、俺が聞きたい!!」
「隻くん。それ、物体だからじゃない? 感情とかを考える必要がないから、道と同じ原理で出せてるのかも」
結李羽の指摘に翅と悟子が拍手。万理が苦い顔をしている。
「ちょっと待ってください。じゃあまさか、今最弱なのって……兄さん、成月出せますか?」
「よっしゃー張り切っていっちょ成月カモン!!」
……。
…………。
……………………。
「まあイタイ人」
千理が撃沈した。手を水平に突き出したまま。
ドリブルを前後左右斜めとやり続ける隻は遠い顔だ。まさかの最弱認定がごっそり入れ替わるなんて、誰が信じるだろう。
万理も自分の武器を出せなかったらしい。悟子も主立った召喚系が一気に使えない状態に、「妖精、こっちでも味方でいてくれるかな……」と不安げだ。
標は鬼火を出して尻尾でジャグリングをしているから無視に
「アヤカリ出ないよねー」
『ううん来たよー』
「来んなっ! あ、間違えたアヤカリお帰りー」
『来るなって言われたああああああ翅ひどいよおおおおおおおおおっ!!』
足元の水の流れからちゃぽんと浮かび上がったアヤカリが衝撃を受けたように動きを止めている。千理と万理が白い目で翅に「いいですねー」とハミング。苛立たしげな音色である。
Vサインをした翅は隻が指の関節を鳴らして黙らせたが、アヤカリへは皆怪訝な顔になる。
「どうやって来たんだ? 他の連中呼べなかったぞ」
『ええええっ、知らずに来たの!? いつきとか標の狐さんとか教えてないの!? じゃあ皆今弱いんだねっ!!』
けたたましく笑うアヤカリに、隻がジト目でバスケットボールを浮かべた。電撃が
『ほ、ほら俺アンデッドで水なんだ設定が! だから煉獄だし水あるし呼ばれたからこれたんだよ、幻境では場所がものを言うんだよ、自分でフィールド創っちゃえばいいんだよ! そうしたら戦えるからね!!』
「なるほど。いわゆる陣取り合戦すればいいんだなグッジョブ」
『うん!』と必死の肯定をするアヤカリはしかし、上部の水をくびれさせて傾けている。頭を傾げたつもりだろうか。
『でも隻のバスケットボールはわからないよ。隻どんな幻生の血が入ってるの!? わからなくて怖いよーっ!!』
「アンデッドが怖がってんじゃねえよ!!」
『アンデッドでも隻は怖いよーっ!!』
アンデッドに怖がられた。
ついに翅が笑顔で「還れ」とアヤカリを突き放すも、不定形な水の幻生はそこに浮かんだままだ。
『還ってるよーここが俺たちの帰る場所だよー!』
「ああもう呼ぶんじゃなかったこいつ」
『ひどいよーっ!? 千理に対しての対応より雑じゃないけど
「ちょい待ち、どういう意味っすかアヤカリ!!」
隻も悟子も、万理も。
顔に手を当てて怒りを堪えた長い溜息という名の間を必死で伸ばして我慢するしかできなかった。
いいから、次どこ。