粘膜あっつうううううううっ!!
「いやじゃっ、火は好きじゃが聖火なんて嫌いじゃあああああああっ!」
「げほっ、いっ、痛いいっ、あたしも地獄の、火なら――げほっ、大歓迎なのに!」
「お前ら歓迎するものちが――っ、げほっ、げほっ! あつ……!」
背を向けて必死に息を吸うも、今度は背中が焼けそうだ。千理が言うほどの熱を感じないのは相手が手加減してくれているからなのか。彼に問おうとしたも、千理が呻いてしゃがみ込みかけて、必死に膝を立たせている。翅は――
涼しい顔でアヤカリに防御させていた。
「お前この熱平気なんだ凄いなー」
『平気なんだけど凄く複雑!! 水分取られたら水蒸気戻せばいいだけだからね!?』
「へー。へーへー」
『流したああああああああああっ!! いいよもう俺浮気する!!』
「実家なら向こうだって」
『きっと十五の幻実過ぎた辺りです!!』
アヤカリがたくさん分裂した。
一人に一つアヤカリがやってきて、一気に傘を広げる容量で熱風から守ってくれる。やっと咳き込みを抑えられた隻は思わず拝むように手を上げて感謝の意。
「助かった……! くっそ、味方が敵に回るなんて考えてもなかった」
『主人に誠意を持って尽くしてる幻生だけじゃないってことだよー! 今回はレーデン家の人間を試したいだけみたいだけどね! こっちでも一緒にいてやるかどうか?』
雷駆たち呼んでからにしてください!
現状味方としてこの場にいる幻生は鳳勇のみ。幻想武具で数えられるのはアヤカリと隻のバスケットボール。同じ火の属性と、火に弱いバスケットボールでは話にならない。
幻生としての能力を持ち合わせているのは標と結李羽。こちらは地獄にまつわる側として、火に耐性はあっても不死鳥の聖なる火には弱いときた。
勝ち目なんてない。
「千理、武器出せ武器!」
「さっき
万理が呻いている。もろに熱風を受けたのだろう、手が随分と赤くなっている。火傷をしたのが目に見えてわかった。
「大丈夫か!?」
「は、はい……さっきの四角印の場所で、
「いえ、同じ火属性同士ですから、相性が悪いと思います」
悟子が苦い顔で万理に伝える。頷いた万理の火傷はアヤカリが冷やしてくれていて、隻はほっとした。
このままでは戦いづらい。
千理がしばし黙り、アヤカリに何事か呟いた。すぐにアヤカリが離れて翅のところの分離体と合流し、一同がぎょっとする。
「お前正気か!?」
「正気も正気――あっちい!!」
一気に前進する千理の悲鳴。隻もバスケットボールを作り出そうとして、強まった熱風に舌打ちする。
アヤカリに最短距離を開けてもらっても、この熱風では千理のカバーなどとてもできない。それ以前に、周りが介入しようとする度熱風が吹いているような――
まさか、試しているのは千理だけなのか?
熱風が、治まった。
息も切れ切れに清羽を見据える千理は、拳をぐっと固めている。
「――出る選択肢はないっすよ。あんさんに聞きたいこと、あるんで」
『それは、あなたが抱える傷のことですか』
凛とした透き通る女性の声だ。目を丸くした一同の中、千理が最初にはっとする。
「あ、いや、そっちじゃないんすけど。あんさん女の子だったんすか」
『さて』
はぐらかされた。不死鳥が翼を畳み、首を優美に傾げる。
『私は、呪いを解く力は与えられておりません。そしてあなたには、私が連れ添う資格もありません』
千理の時が止まった。
ひたすら続く静寂の中、万理がぎこちなく立ち上がる。
「あ、あの……それってつまり、兄さんに根性がないから、とか……」
「万理っ!?」
『私が見るべくは、そこではありません』
むしろ違ってほっとする隻と悟子である。
結李羽が恐る恐る不死鳥を見据える。
「じゃあ、どうして……?」
『彼には責任への恐怖があります』
千理の拳が固まった。不死鳥はゆっくりと、万理へも目を向ける。
『そして彼には、己の立ち位置への不安がある』
万理のことも、試していたのか。
しかし責任への恐怖とはどういう意味なのか、いまいち掴めない中、千理が頷いた。
「オレが当主候補に上がるの、拒否った件?」
『それだけではありません』
一気に戸惑った千理。隻は苦い顔になる。
それだけでないとしたら、ありうるなら――
『あなたは人と共に戦うことに、恐怖がありますね』
目を見開いた千理に突きつけられた言葉は、本人にとって的を射すぎていたのだろう。固まった姿に、翅が納得のいった様子で視線を逸らしている。
ずっと、四年前から気になってはいたことだ。どうして千理はずっと、一人で戦いたがるのか。
元々人と連携を計れる性格ではないのは確かだ。結果的に離脱することも何度もあったと言うし、生来の気質といえばそうかもしれない。
けれど
清羽が万理へと目を向け、万理が青ざめた顔で半歩でも後ずさってしまっている。
『あなたは、周りに与えられた自らの位置が、本当に自分のいるべき位置か悩みがある。あなたが医師を目指したのは、母を助けたいから』
「それは――っ、待って」
『夫と息子を亡くし、心から
怯えた顔で身を竦ませている万理の顔は真っ青だった。
千理が驚愕の表情で弟へと振り返り、静かに
「――オレ、人が目の前で死んでくの、見れねーから……近くに人がいるの、怖い自覚はありますよ。そりゃ失格にもなるか」
黙ったままの不死鳥へと苦笑して、千理は「うん、了解」と背を向けている。
「お、おい千理」
「いいんすよ。まだ半端もんなんに、当主だけが呼び出すこと許される神聖な鳥に認められねーのは当然。半端なまんまで何度挑んだって、清羽は許しちゃくれませんよ。――じーちゃんわかってたんかなぁ、これ」
問うわけではなく、納得したような声で。それでもまだ清羽を見やる隻の前、翅が唸っている。
「じゃあ、清羽さんの力は借りれないんなら……この後どこに行けばいいんだ? って、どこに行くかわからずにあちこち出てるけど」
『
「へ?」
万理へと向けられた目に、彼自身が放心した。
万理が身につけていたベルトポーチのファスナーが小さく動く。
『せーちゃん熱かったー』
「……そ……いつから、そこにいたの……」
『さっきの四角印のお家のところー。バンちゃんたちそろそろかなーって思ってねー、バンちゃんたち目指して出口≠いっぱい通ったらねー、丁度見かけたからねー、行こうとしたらねー、アリさんにいっぱい
う、うわあ……。
最後の切ない声でようやっと、想耀が万理のベルトポーチに納まっていた理由がわかった。
外敵がしばらく怖くなっていたのではないだろうか、このシマリスは。
『「ぎゃっ!」って叫んじゃってねー、すっごい痛くってねー、バンちゃんたちがこっち来てくれたからねー、慌てて登ったのー……』
「……そっか」
『だからねー、皆のところにねー、おいら案内するよー』
くるくると顔洗いをする想耀に、万理の顔が
「いいの?」
『だめなのー? 皆の力があったらー、天ちゃんたちの体の変なのなくなるかもしれないんでしょー? 道案内はおいらだよー』
「ううん、すっごく嬉しい……! ありがとう、想耀」
『やったーどう致しましてー』
万理のファスナーから小さな顔と手がひょこひょこと動く。万理が安堵した顔で笑っていて、隻もほっと笑むことができた。
万理にとって、清羽の言葉は全部真実だろう。突き放された言葉は、かつての千理や周囲の目を思い出して怖かったのではないだろうか。
想耀が傍にいてくれてよかった。
清羽が、先程隻たちが
『もう一度あの扉を潜りなさい。そうすれば次の場所へは出られるでしょう』
「ありがとうございます。想耀、みんなの場所は?」
『ええっとねー……ライちゃんはお空にいっつもいてねー、カイちゃんの従属の子たちは海にいてねー、立標のたーちゃんはどこにいるか知らないんだけどー、成月のナッちゃんと
想像かっ。
脱力する隻の前、万理は苦笑いした。清羽が静かに祭壇から降り、千理に開けるよう促す。
いぶかしみつつ、箱になっていたそれを開けた千理がぎょっとした。
「ぅえっ、成月!? あ、誓陽も……やほ?」
「はいいっ!?」
『今のままでは
「あ、ありがとうございます!」
優しい口調に万理が慌てて頭を下げた。すぐに自らの剣を千理から受け取り、ほっとした顔を見せている。千理もいつもの笑顔で礼を言い、弟と共に戻ってきた。
「んじゃ、張り切って雷駆たち探しますか。雷駆ならオレ蹴飛ばすだけで終わるでしょーし、ゼンスとエヴェは……あ、やべ殺されそう」
「全部お前に集中放下した後で仲間に引き入れればいいんだなよくわかった」
「プリーズヘルプミー!!」
「あれお前英語喋れたっけ? まあそれはそれとして、確実なのはそっちだよな。悟子の幻生も鳥が多いし、空がよく見える幻実にでも移動すればいいんじゃね?」
「じゃあ空に繋がる出口≠創ればいいんですね。行きましょう」
「う、うん……千理くん、大丈夫?」
「ほっとけユリ」
落ち込んだ背中が、とぼとぼとついてくる。
結李羽が心配そうに振り返る中、どうせ立ち直るスピードは早いだろうと出口≠ノ向かって彼女の手を引く隻に、不死鳥が一声高らかに鳴いた。
『彼女によろしくお伝えください』
「え――?」
驚いて振り返った時にはもう、片足から次の世界へと踏み込んでいたのだった。