Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第13話 02
*前しおり次#

 目を見開いた。
 それを還せない場合がある?
 光を奪うって、幻術使いが光だけを欲しがったとしたら? 影を奪ったというのが、自分たちが呼び出す闇のことだとしたら。
 ……拳が固まる。冷や汗が頬を伝った。
 まずい、戦えない。
 理由を知ってしまうともう、彼等だけに非を押しつけるなんてできない。
 なんとか成月を探そうと四方に目をやるも、愛刀の姿はどこにもない。
 逃げられない、成月を探さないと――
 成月をここに置いていくなんてできない。
「成月、返事できる!? 成月!!」
 じっと耳を済ませても返事がない。ぐっと唾を飲み込んだ。
 月がないせいだ。成月の力を最大限に引き出すなら月の存在は外せない。地下では月の影響力など視えないから、先程から成月が返事をしなかったのか。
「なんで今になって計算外な弱点とか……うおっ!?」
 影が一斉にせまった。慌てて飛び上がった千理へと、鳥型の影が空中から千理のはらわた目がけて猛進してくる。
 歯を食いしばって身体強化のイメージを頭に浮かべた、次の瞬間だった。
「残念、させてなんてあげない」
 目を見張った。
 無邪気な声は七年前と変わらず耳に響いた。鳥型の影も、エントランスにいた影たちも、動きを止める。
 カツン
 ――カツン
 優しいのに孤独な靴の音が、着地した千理の真後ろまでやって来た。
 振り返ろうとしても、瞳が揺れてしまう。
「どうして……」
「だって、あなたが死んだら翅が悲しむもの」
 目を伏せた。
 伏せて、耐えて。耐えているのに、訳もわからず口の端は笑んでしまう。
「……相変わらず。ってか、オレが生きてる人間だって、なんでわかったんすか」
「幻生と人間は、象が違うでしょう? 見てればわかるよ」
「あ、やっぱ? うーわーもーなんで駄菓子持って来損ねたかな、焼きアジとか海老煎餅せんべいとか。手土産みやげなしとか様にならねーっつーのー」
 影たちが、いつの間にか消えていた。それがどんな理由であれ、千理はほっとしていて。
 同時に清羽の言葉に深く頷いて、どれだけの意味で言われたのかも再確認して、後悔しても後悔より込み上げるものがあって。
 だからこそ、振り返って嬉しさを隠せず笑ってしまっていた。
「おひさっ、更紗さらささん」
「え、久し振りだったの? 千理くん全く変わってないからわからなかったな」
「ひっでええええええええっ!!」
 感動の再会が、爆涙の再会となった。


「っ、ぶはっ!」
 水面をつらぬいた。
 必死で息をして、盛大に吸うとぐったりとしている悟子を水面へと引き上げる。咽せる声を聞きながら、万理はポーチを手探りで開けた。想耀を引っ張り出して頭に乗せる。
 悟子も泳ぎだしてくれ、なんとか自分の呼吸を確保した。
 いつ出口≠くぐったのか覚えがない。悟子の不死鳥、鳳勇ホウユウが冷静に自分たちの真下で水を一気に熱で気化させ、水面近くへと空気ごと押し上げてくれなければ危うかった。ほとんどその衝撃で水面に近づけたのだ。
 万理は立ち泳ぎで必死に呼吸を確保する。水泳で金槌扱いを受けても、立ち泳ぎだけ練習しておいてよかった。
「想耀――っぶ、げほっ、大丈夫!?」
『あー……い……なんとかあー……』
 リスの口からけぽけぽと水が出て行く。全身を震わせて水気を払っていてほっとする。
 が、沈む……!
「万理さん、襟首を塞いで裾から服に空気入れてください!」
「えっ――服!? っと!?」
 沈みかける恐怖を抑えて、死に物狂いで自分の襟首を握り込んだ。裾を水面に持ち上げた代わり、頭が沈んで――
 浮いた。
 服が風船のように膨らんで、沈めた腕の分体が持ち上がった。想耀が頭を撫でてくれる。
 悟子は万理よりも慣れた動きで、万理の様子を見てほっとしている。後輩の泳ぎの上手さに思わず感心してしまう。
「水泳得意だったんだ……よかった」
「はい、一応は……万理さん、その……あんなに勢いよく動かしてるとばてますよ?」
「……そ、その……立ち泳ぎしかできないんだ」
「背泳ぎは!? 一番楽に浮かんでいられるのに!?」
「口から水が入ってきそうで……」
 泳がなければいけない状況でなかったら、悟子は顔を手に埋めていたに違いない。それがわかるだけに万理の顔は赤い。
 羞恥で。
「どう頑張っても水泳だけは苦手で……立ち泳ぎ、去年やっと覚えたんだ……隻さんに教えてもらって……」
 その隻も金槌で、自称まともな泳法はこの立ち泳ぎのみだったけれど。
 あえて海浜公園まで出向いて指導してもらってよかったと、万理は飲み込んだ水のしょっぱさに苦い顔になる。
「これ、海水……? じゃあ、空から落ちてそのまま水中――って、ただ落ちただけってことか……」
「そんな……翅は? 千理さんや隻さんは? 結李羽さんと標さん、落ちたら大変じゃ……!」
「標様はどうかわからないけど……結李羽さんは大丈夫だよ」
 海理の原形こけおどし幻術で出された海水相手でも、濡れることにしか悲鳴を上げていなかったから。塩を全く怖れていない姿を思い出して、万理は生温かい顔になる。
 しかし長く漬かり続けているのはまずい。海水の塩分濃度ではいずれ脱水症状はまぬがれない。
 早く陸地を見つけなくては――。
作楽呑さくらの、海のほうは来れないかな……」
「そういえば……悟子の幻生の中に、貝の幻生がいたんだよね。淡水の貝じゃないならありえると思うけど」
「あ、いえ。水陸両用です」
「……そ、そっか」
「……自分でも無茶な設定だとは思います。――作楽呑!!」
 呼んだ。青ざめた顔で呼んだ。
 万理が早速体調を崩し始めたかと心配する最中、万理と悟子の周辺の海面の色が一気に暗くなる。
 揺れた。
 揺れて、盛り上がって、悟子と引き離されそうになって慌てて手を伸ばした次の瞬間。
 貝に食われた。
 あああああああああるじいいいいいいいいいいいいっ
「いやあああああああああっ!!」
「な、な、なっ……!?」
 転がり込むように胃の中に滑りこんだはずなのに、慌てて脱出しようと振り返った次の瞬間、目に飛び込んできたのはバタンと閉められたドアではないか。
 目を丸くした。悟子が隣で濡れた体を小さく縮こまらせて震えている。
 あああああるじいいいいいいっ、お久しぶりですううううううううう
「ぃゃぁぁぁぁぁぁ……!」
 なんだろう。
 万理はただ、無感動に悟子を見下ろすしかできない。
 なんか、デジャヴ。どこにといえば、和為やわなに怯えた兄の姿と。
 自分で呼んでおきながら怯える姿になんとも言えず、しかし貝の体内はまさかの家の中だ。万理は困惑しながらエントランスを見渡し、螺旋らせん階段の手摺りから生えた男の子の姿にぎょっとして後ずさった。
 結果、後ろの玄関口と後頭部激突。手摺てすりから生えた男の子は不思議そうに万理を見ている。
『主ー、この人誰ですかー?』
「……えっと、初めまして。万理と言います」
『あ! なるほど! はじめましてっ。作楽呑です!』
「よろしく。それで、その……悟子、どうしたんですか……?」
 あなたのこと、嫌ってるんですかとは聞けなかった万理である。
『どうって……食べました』
「ああ、食われましたね僕も。現状は理解できています。そこじゃなくて……やっぱりいいです」
 視線がれた。逸らす他なかった。
 悟子がひたすら怯えている中、手摺りから一旦、階上へと向かった人間型の作楽呑が、人型に変化させている箇所をずらしながら戻ってきて、バスタオルを二つ、悟子と万理に渡してくれる。
 とても優しく明るい幻生だし、主人思いでいい従者だと思う。それこそ想耀とは違う優しさもあ――
 あっ!!
 頭の上をまさぐる。想耀がいない。
 万理は顔を真っ青にして見回すと、ぐったりと濡れたシマリスが床に伸びていた。
「想耀、だ、大丈夫!?」
 ぐったりと濡れているシマリスを抱え上げ、小さな力で肺の部分を叩き、水を吐き出させる。うつ伏せにしたこともあって水の吐き出しは早かったが、けぽけぽと小さな咳に蒼白な万理。
「ごめん……! さっき飲み込まれたとき、海水飲んでたんだね……!」
『ぁぅぅ……あんがとぉ……』
 作楽呑が即座に小さなベッドを作ってくれ、想耀をそっと寝かせた。そのまま運んでいく作楽呑に想耀のケアを頼みながら、万理は思わずその場にうずくまってしまう。
「主失格だ……」
「言わないでください……」
 従者を怖れて怯え後ずさる悟子の、切実な声であった。
 あああああああそれでですねあるじいいいいいいいいい
「ああああああああっ!!」
 どこからともなくエコーがかかる。隣からはホラーハウスに入った主人公のような絶叫。
 最早どこにどんな反応を向けるかも諦め、万理は無表情を貫くばかりである。
 戻ってきた人型の作楽呑は、今度はちゃんと足まで生やして、不思議そうな顔で万理へと目を向けている。
 ……足首から下は床と同化したままか……。
『バン十郎殿にお客様ですよー』
「万理です。お客って、海にまつわる幻生はさすがに、覚えが……すみませんどなたですか?」
 思わず眉間に手を当ててしまう。自分自身に直接の覚えがなくとも、知り合いに海に関する幻生を大量に出しそうな人間が確かにいるのだ。
 現在は幽霊だけれど。
『クラーケンですねぇー』
「クラーケン……あの人出すかな……」
 自らの一番上の兄が出しそうな幻生だろうかと考えるも、安直に開けてもらうわけにはいかないと渋面を作る。作楽呑が『それとですねー』と続けてきた。
『そのクラーケンに運ばれて落ち武者の方もいらっしゃってますー』
「……その方々のお名前、お伺いしてもいいですか?」
 なんだろう、嫌な予感がする。他に何があると言いたくなるのは、自分がレーデン家の四男だからだろうか。
 悟子が何に気づいたのか、遠い顔でバスタオルを頭にかぶせて髪を拭いていた。
『クラーケンは伝統的なタコの姿で、覇将はしょうと呼ばれていたそうですー』
 うわあありえそうな名前。
『落ち武者のほうはほとんどアンデッドみたいな感じで、名前は武討たけうちだそうです。落ち武者の鎧だけなので、幻想武具かもしれませんねー』
 万理はただ黙って聞いて、天井をあおいだ。
 海浪月かいろうげつ、覇将、武討……無駄に強くて格好よさそうにつけている辺りが、兄弟というか……。
「……じゃあ、少し出てみます。場合によっては僕も武器携帯できていればよかったんですけど……」
『ひょっとしてさっき飲み込んだ日光の剣ですかね? 使えそうだったので傘立てに置いておきましたよー』
 ありがとうと笑顔で礼をいい、玄関先の傘立てに立てかけられた自身の剣に頬がげっそりとしてしまう万理である。
 なんだろう、あの扱い。


ルビ対応・加筆修正 2022/04/18


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