プロペラの音が、真っ直ぐやってくる。
翅が「助かった」とほっとする中、隻は近づいてくる飛空船をじっと睨んだ。
なんだろう、変な感じだ。何かが足りないというか……。
「あれ、味方だと思うか?」
「今のところ味方にしか会ってない気もするけど。仏の顔は三度までかなぁ、やっぱり」
「三度目までギリギリ譲歩してくれてたら、最高なんだけどな」
中型の自家用飛行船だろうか。コックピットの上部から後方部へと延びる連絡通路は、所々途切れている手摺りしかない。余りにも不安定だ。
上を向いているプロペラは右翼、左翼どちらも機能しており、すぐに落ちるという雰囲気もない。物干し
後百メートルあるかどうかという辺りで、飛空船が速度を落としているとようやく気づく。
「乗せてくれるつもりか? 誘ってる?」
「敵じゃないなら嬉しいけど……どうする?」
『おっきいよー! すっごい不気味だしおっきいよー!!』
それでも、大阪の空港から東京に戻った時の国内線よりは、小型に見えるけれど。
通路へと飛び乗れる位置まで、飛空船が来て静止した。
人の気配がない。幻生の乗組員の気配すらない。
翅がやっと頬を引き
「せ、隻の予感大当たり……か?」
「余計乗りたくなくなるな」
「冷静に言わないでグッジョブ。アヤカリ、逃げられ――」
『怖いよー幽霊船みたいだよ怖いよーっ!!』
「お前マジ帰る?」
『ここ幻境だよ帰ってるよーっ!!』
「ああごめん、土に還れ≠セったわごめん」
『うわあああああああんっ!! 翅が
「るっせえお前らいい加減にしろ!!」
ぴたり。
一喝した刹那、プロペラの音まで止まった気がして気まずくなる隻である。
「……乗る? 乗らない?」
「乗らない。アヤカリ頼むな」
『うんわかったよー! 頑張ったけどついてきてるよー怖いよー!』
風が吹いてきているのではなく、アヤカリが動いてくれていたのかとやっと気づけた。隻、青い顔の翅と目を合わせて、避けられた。
俺だけ行けってか。
「……わかったよ。見てくるから待ってろ」
「ありがとう隻! 隻の勇姿は多分忘れ」
「たらぶっ飛ばす」
「ごめんなさいやっぱりついていきます」
「よしよく言った」
いつきの時の翅のノリを覚えていてよかったと、内心安堵する隻である。
幽霊飛空船の甲板に隻と翅が乗った次の瞬間、アヤカリが急速に遠ざかりかけたではないか。翅が慌てて呼びかけ、瞬時に辺りの水分を繋げたアヤカリがゴムのようについてきたからよかったものの、急速に出たスピードに隻は苦い顔になる。
最近読んだ漫画で似たようなことがあった気が……確か、あの時は……
「そ、操舵室行くか?」
「いややめとけ、閉じ込められる可能性高い」
「ですよねー。なんでだろ今日の隻すっごい頭よく見える」
「
操舵室は閉じ込められた挙句幽霊兵士との戦闘。機関室に行けば燃料にされかける主人公たち。
そんな物を読んだ後で警戒しないほうがバカだろう。
翅も同じ漫画を知っているのか、遠い顔で「ああ」と頷いている。
「
「……やめてくれよもう……」
思わず手の中に顔を埋める隻に、翅が静かに背中を叩いてくれた。真実という名の崖から突き落としておいて。
千理と同じ趣味と知っただけでもショックだったのに。最近じゃ一緒に同じ巻の発売日に本屋に向かって、「どちらが支払って先に読む権利を得るかじゃんけん」をすることも増えたのに。
「じゃあどうする? 飛び降りる?」
「無駄だろ、飛び降りようとしたら……俺の予想だけど、海賊の幽霊船だったら海兵たちが上がってきて止めようとするだろ。その空中版ができそうな気がする」
「いやー」
棒読みで手摺りにしがみつく翅。そのしがみついた鉄の棒に何かが当たったのか、翅がふと顔を上げて、声にならない悲鳴。
隻がなんだと振り返り、ぎょっとした。
骸骨の、手。
カタカタと音を立てながら、頭蓋骨にバンダナを巻いた人骨たちが、拳銃やナイフを持って船体の梯子やら手摺りやらを頼りに集まり始めている。
顔を引き攣らせながら機首のほうへと目を向ける。いない。
翅と背中が当たった。
「アヤカリ!!」
『うぇいとおおおおおおおっ!!』
ずぱあっ。
水が、鋭い鎌となって骸骨の頭を切り払った。バンダナと上顎から上をなくした骸骨たちが、眼下へ落ちていく体を慌てて拾おうとしては次々に落ちていく。
か細い悲鳴がアヤカリから上がり、隻は冷や汗を拭う。
「そうだった、アヤカリだったらある程度は――って無理だよな!!」
手摺りの根元に手をかけて上がってこようとする骸骨に、隻のバスケットボールが勢いをつけて命中した。ボールごと飛ばされていく骸骨の体だが、折れた骨から手にかけて残り、必死にしがみついているのを見てぞっとして蹴飛ばした。
落ちていく骨に、翅が青い顔。
「隻容赦ないなー……」
「錬水師じゃあの手残したせいで、最後に鍵かけられて閉じ込められるシーンあったんだよ! その後船ごと心中させられそうになってやばかったんだ!!」
縁道の仲間に礼を言いたい。読んでいなかったら今頃確実にこの船の
もう一度バスケットボールを思い描いて呼び出した刹那、耳元を何かが掠めた気がしてぎょっとする。翅がアヤカリで、拳銃を構えていた骸骨を叩き飛ばしたからよかったものの、心臓が耳元で鳴りっぱなしだ。
発砲音はなかった。なんだ、あの正確な弾道は……!
「アヤカリ、盾!」
『無理だよ、こんな狭いんじゃ翅がオレ振り回してる間に隙間縫われちゃうよ!』
「ですよねー!」
手摺りのせいで武器を振り回せる幅は減る。飛び道具はなし。
機首側、操舵室に向かったところでやはり武器は振り回せない。敵の手に乗るわけには行かない。
どうする……?
「
「同感。俺たちじゃどっちも呼び出せないけどなぁ」
『ピンチだよーっ!』
次の瞬間、馬の嘶きと鳥の高い鳴き声が響き渡る。隻と翅が目を丸くして風上を見やった。
骸骨兵が二人、上空へとライフルを向けて発砲した。その弾丸目がけて雷撃が落ちる。さらにその弾丸から真下の銃目がけて稲妻が
瞬時にアヤカリが純水になって隻たちの周囲を囲んでくれたからよかったものの、翅の顔は笑顔なくせに真っ青である。
「ら、雷駆だわーい!」
『危ないよー雷駆考えなしだよー!!』
『汝がいるから反撃したまで』
朗々とした力強い言葉に、アヤカリが元気よく波打った。
『信頼されてるわーい!!』
暗紫色の体躯に、螺旋に捩れた白銀色の角。その角から迸る雷撃と、さらに足元の黒雲からも雷の音が響き渡る。隻も翅もぽかんとしてしまった。
「雷駆だよな……?」