Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第14話 02
*前しおり次#

『無論。我が本来の姿を見せるのは、汝らで六人目だな』
 翅の目が感動で輝いている。静かに見下ろす目の穏やかさは、金色の瞳でありながら見る者を落ち着かせるだけでなく、奮い立たせてくるかのようだ。
 かっこいい……! うっわやっべえマジかっけえ!!
「ちょっ、マジで六人目!? うっわそんな名誉いいのいいの!?」
『翅ー、そんなに感動するのはいいけど危ないよー』
「いやちょっと黙れよアヤカリ! 雷駆だよモノホン版だよレア度五ツ星だよ!!」
『……雷駆なんて嫌い。くすん』
 呆然としながら雷駆を見上げるしかできない隻。水の膜の向こう側、ぼやけながら聞こえるいくつもの発砲音ですらどうでもいい。
 ただ一つ、拳を固めて言えることはこれしかない。
「ごめんアヤカリ。黙れ」
『隻まで!? うわあああああんひどいよおおおおおおおっ!!』
 甲高い鳥の鳴き声が響き渡る。鷹のようなライオンのような、そんな影が骸骨を数体鷲掴みにして一気に空へと投げ捨てた。
 縦に旋回して戻ってくるグリフィンの姿に、隻は目を丸くする。
「あ、あいつ誰の……!?」
「悟子のか? あ、でも羽の色違うか……?」
 あのグリフィンは銀色だ。空色の目に黄色のくちばしが鮮やかで、悟子が操る伝統的な色合いのグリフィンとはまるで違う。味方でグリフィンを操っていそうな人間を片っ端から思い浮かべてぎょっとする。
 まさか。
『天理の従属のグリフィンだ。先程合流してきた』
「何それどういうことなのマジ俺得」
「以下同文!!」
『もう二人とも嫌いだよおおおおおおおおっ!!』
 こんな光景を前に、拳を固めて目を輝かせずにいられるか。
 泣き叫ぶアヤカリの声を縫いながら発射される弾丸は、全てアヤカリ自身に防がれている。なのに。
 雷駆がいななき、いくつもの雷撃を落としてプロペラの動きを不安定にした。衝撃と揺れで、隻たちはやっと顔が青ざめる。落ちそうになったところをアヤカリが悲鳴を上げる。聞きつけたグリフィンがアヤカリごと掴んで空中に残してくれたおかげで事なきを得た。
 プロペラが止まった。アヤカリにしがみつこうとしていた骸骨たちは間に合わず、幽霊飛空船と共にみるみる空色のどこかへと落ちていってしまった。
 アヤカリがえぐえぐと泣きながら、隻たちをグリフィンの背中にまで移動させた後、人の姿になって泣いている。しかし隻も翅も銀色のグリフィンの背中に乗れた今に感動してアヤカリどころではない。
 余計泣き崩れる翅の従者である。
「すっげえ……!」
『どうせ俺なんてぇぇぇぇ……ただの水だもん!!』
『泣き喚くな、翅の従者よ。認められぬなら認められるだけの力を真価としてこそ』
 雷駆の言葉にアヤカリが悲鳴を上げて隻にしがみついた。どうしたのかと驚いて見下ろせば、翅の幼少期の姿になっている彼の目は、雷駆の角の電気に向けられていて。
 ……純水、電気通さないんじゃなかったっけ。
『三人とも、無事か』
 静かな声に、翅とアヤカリが目を輝かせている。アヤカリの目は明らかに別の意味で輝いていたのはわかっていたが、隻はひとまず頷いた。
「ああ、ありがとな。雷駆も。助かった」
『礼には及ばぬ。我が主とのちぎりをたがえぬだけよ』
 マジかっけえ……!
 グリフィンも背中の隻たちを片目で見据えてくる。
『構わないさ。俺も天理に頼まれたから来ただけ。主人が世話になった相手に、俺が何もしない道義はない』
 くっそこっちもかっけえ……!
「い、いやいや、俺じゃなくて隻ならそれっぽいことやりまくってたけど」
「嘘言え何もしてねえよ!! ――ってか、天理怒ってたんじゃないのか? 千理のこととか」
 雷駆とグリフィンが低く抑えた笑いを響かせる。余りにも意外でぽっかり口を開けるていると、アヤカリが恐る恐るグリフィンの羽にしがみつきながら見下ろした。
『もしかして天理ってツンデレ?』
「アヤカリー殺されるー。俺たちから抹消されるー」
『いやあああああああああああ!』
『心配しなくても、自覚はしてるだろうさ』
 してるんかい。
 翅の手が無言で突っ込んでいた。
『本当、天理は不器用だからね。武討たけうち」や覇将はしょうとは、それでよくなげき合ってたよ。あっちも元気にしているといいけど』
「それって、もしかして海理の幻生か?」
『ああ、そうだよ。よくわかったな』
 曖昧あいまいに返しつつ、隻は視線を逸らした。
 そんなごつい名前、天理がつけるはずがない。
『海理の幻生はほとんどが海洋生物系だったり、地上の獣がメインなんだ。俺たちの主人の天理は空と魔法生物系が主でね。幻境でも滅多に会わないんだよ』
「それだけ住む場所違ったら会うものも会えないって……」
 同感だ。それだけ海理と天理の趣向や得意分野も違ったのだと納得できた。
 雷駆が近づいてきて、隻と翅を見据えてくる。
『千理たちはどうした』
「この空を落ちてる途中で見失った。多分ばらばらのところに落ちてると思う……万理と想耀は多分一緒の場所。俺たちの場所は勘付いてくれてるとは思ってるんだけど。千理のほうはパアだな。あいつが誰かと一緒に落ちてるなんて想像つかない」
 渋面で伝えると、雷駆が頷いた。
『あのバカはどうしようもないが、万理と鏡家の子はまずいだろう。二人が共に落ちたならば、恐らくは悪いことにはならぬ。阿苑からの養子の娘子も見失っているのか』
「ああ。……ってか、結李羽と悟子の名前、教えてなかったか?」
『その話はまた後にしようか。――ああ、ごめん。俺天理に呼ばれてる。雷駆、背貸してやってくれないかな』
 呼ばれてるって、そんな携帯取るみたいな――!?
 愕然とする隻たちだが、すぐに雷駆の背へと移る。アヤカリが足場を広げてくれたおかげでスムーズに渡れたが、途端に光に溶け込んでいくグリフィンにぎょっとしてしまった。
「グリフィン!?」
『案ずるな。汝らの世界に我らが向かう時は必ず、光か闇に溶け込むもの。幻術を光と闇、二つで構成している以上当然の理だ』
 言われてやっとほっとする隻。翅が隣で考え込んでいる中、雷駆が『集合地点は隻の祖父殿のいる神社だったな』と確認を取ってきた。
 雷駆へと頷き、雷駆が嘶いて雲に穴を開けた。悲鳴を上げるアヤカリに突っ込まない翅に怪訝な顔になる隻。
「どうした?」
「あ……いや。ほら、レーデンで幻生を召喚する時の言葉、ちょっと思い出して……」

 我 闇に沈み 闇に生き 夜の住人たる者をる者なり
 闇を闇に還す象形とし 我が意に応えよ

「あれって、このことだったのかなってさ……」
 翅の意味が、わからなかった。
 しばらく押し黙っている間、雷駆はそのことに何も触れず、自らが開けた穴の奥に見えた鳥居を目指して駆け抜けていったのだった。
 あかい門構えを過ぎ去った途端、銀髪の鬼の姿に隻も翅も脱力する。
「ユリお前……」
「あっ、隻くん、翅くんお帰り! 大丈夫だった――わあっ、雷駆さんかっこいい!」
 悠然と歩み始めた雷駆がスピードをさらに緩め、降りやすくしてくれた。神社の砂利を踏みしめた隻と翅は乾いた笑いしか出ない。いつきがほっとしたように見てきたではないか。
「遅い」
「顔と言葉一致してない」
『阿苑の当主よ、こちらに妙な攻撃はなかったか』
 いつきが雷駆に目を丸くしている中、相次郎が「いや」と間に入る。
「特にはねぇな。一応ここの守り番代わりをやってる。そいつの祖父だ。よろしく頼むぜ」
『聞き及んでいる。噂に違わぬ霊力の持ち主よ、汝とまみえたこと誇りに思う。我は雷駆、レーデンの守護者たる雷鳴ノ天馬だ。見知り置き願おう』
 相次郎がやや驚いた顔で「堂々としてるなぁ」と感心している中、隻は結李羽に怪訝な顔になってしまう。
「よく戻ってこれたな。そのままここに着いたのか?」
「ううん、一度変なところに飛ばされちゃって、綺麗な女の人が道を開けてくれたの。その後お別れしたんだけど……。同じ鬼のよしみで特別サービスしてもらっちゃって」
 鬼のよしみでって、そんな赤の他人の言葉を信じただなんて。
 頭を抱える隻の隣、翅は「へえ」と意外そうな顔。
「鬼でも仏になる時ってあるんだな」
「あはは……でも、知り合いの知り合いだからみたいなことも言ってたから、もしかしたら誰かのご縁のおかげかもしれないね」
「お前尼さんにでもなる気かよ、ご縁って……え、知り合いの知り合い?」
 知り合いの知り合いで、鬼を知り合いにしているって……
 秋穗はもう鬼というより座敷童だし……
 他に、鬼……? ……あ。
「……ま、さか……な」
「あれ、隻くんの知り合い?」
「いや違う。一番ない。……タイミング的にも」
 隻、頭を過ぎった一人の名前にそっとふたをする。いつきが渋面になり、「そろそろ一度戻ったほうがいいな」と伝えてきて翅が固まっている。
「何、俺たちタイムリミットある系?」
「バカかお前は。幻境に滞在しすぎると幻生になりかねない話ぐらいは聞いて……ないのか……」
「かもしれないとは言われた。けど断定はされてない」
「当たり前だっ! そもそも行って帰ってこなかった連中は体そのものを殺されてる奴ぐらいだぞ」
 言われてぞっとする隻と翅はしかし、ふっといつきに笑ってしまう。
「その俺たちの体、誰が守ってんだっけー」
「海理だから変なことされたらどうするって言ってるんだろうが……!」
「まっさかー海理が俺たちの体使って腹踊りなんて……うわやばい隻早く戻ろう俺いっぱい喧嘩売ってる! 絶対やられてる!!」
 隻と相次郎、冷めた目で翅を睨んだ。いつき、疲れた顔でありながら鼻で笑った。
 結李羽は想像したのか笑い転げている。
「つっ、翅くんの顔で腹踊りする海理さんって、あははははっ!! せ、隻くんまでやられてたらどうしよう!!」
「やめろさっさと還るぞ!! 万理たちも自力で還ってるかもしれないし確かめような、腹踊りされてない絶対されてねえ!!」
「……むしろされてろ」
「いつきいっ!!」
 隻と翅の本気の怒鳴り声。
 この後、還り方を教わって現実に戻った二人は、急いでトイレに駆け込んで自分の腹を確かめたとか確かめなかったとか。


ルビ対応・加筆修正 2022/04/18


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