Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第15話「心配性」01
*前しおり次#

『腹踊りなんざ誰がするってんだてめーら』
 頬をひくつかせて怒りを堪えるレーデン家長男に、隻も翅もふいと視線を逸らす。近くで羽音が響き渡り、響基が「帰ってきた」と苦笑い。翅も隻も吹き出してしまい、いつきに気味が悪いと顔に出されてしまったではないか。
「何がおかしい」
「い、いや天理がし――ぶっ」
「あれ、天理が帰ってきたってなんでわかったんだ?」
「あいつの幻生に助けてもらったんだよ、幻境で」
 そういえば、まだグリフィンの名前を聞いていなかったような。完全に腹を抱えている翅を放置して答えた隻に、響基が目を丸くした後微笑ましそうに障子の向こうを見やっている。
「なんだかんだ言って、だよなぁ」
「だな。それで、万理も悟子も――って、千理もか。戻ってきてないのか」
「うん。標様は戻ってきたけど、すぐにお菓子もらいに行ったから――せ、隻待ったここで怒るな、な?」
 翅が陰鬱な顔で溜息をついたのに、隻がノーリアクションなど堪えられるはずもない。拳を震わせる彼に、響基が苦い顔。
「で、いつきには」
「新しい着物だろ。次から次に着物の力減らしやがって……」
 標が幻境で脱いだ、彼女が人の姿でいられるようにしているあの着物は、どうやら阿苑家の手製だったようだ。翅が怪訝そうな顔で海理を見上げている。
「こっちは特に何もなかったのか」
『だな。天理が適当に外ぶらつきに行って、確かめてきたみてーだが……収穫はねーらしいな』
 案の定、障子が開けられて、天理が入ってきた。後ろから銀色の羽根に包まれた青い目のグリフィンを見つけ、隻も翅も思わず姿勢を正してしまう。天理が思わず固まったのは言うまでもない。
「……う、わ。何」
「グリフィン、さっきはありがとな」
 グリフィンが静かに頭を垂れた。翅の目が輝き、響基も圧倒されているようだ。
「あれ、天理のグリフィンなんだな。初めて見た」
「ああ、うん。インヴェロスだよ。イーヴェ、まだ響基に会ってなかったよね」
 グリフィンが頷き、翼を広げて大きく胸を張った。数回羽ばたかせた後翼を畳み、静かに見据えてくる瞳に響基が感動している。
 天理が小さく笑い、まだ意識が帰ってきていない千理たちに苦い顔になっている。
「全員一緒に行動してたわけじゃないのか……」
「うん。途中の幻実げんじつで、皆ばらばらになっちゃって。あたしたちだけ合流できたから、もしかしたらこっちに帰ってきてないかなって……あ、お帰りなさい」
 きざしつかさの八占兄妹が、青慈と険悪な雰囲気で戻ってきたではないか。どうやらこちらも見回りに行ってくれていたようだ。それにしてもあまりにもぎすぎすとした雰囲気に、さらに戻ってきた志乃と煉も、一歩足が遅れてしまっている。
「ど、どないしたん? ああ、結李羽お姉ちゃんお帰りぃ。お兄さんたちも――あれ、万理くんたちはまだやの?」
「ああ、途中でばらばらになって……もう一度戻ってみるか?」
 翅が頷いてくれた。青慈が渋面になっている。
『あっちにはボクらが倒した幻生も沢山いるから、できればばらばらは避けたかったんだけど……』
「空から落ちて、皆違う出口≠ゥら他の幻実に行ったんだよ。どうしようもないって。それよりそっちは何かあった?」
『うわあ、悲惨。こっちは特に何かあったわけじゃないよ。でもやっぱり、変かな。動きがなさ過ぎる。そっちで変なことが起こっても不思議じゃないから、気をつけてね。あと――』
「あと?」
 青慈が言いよどみ、怪訝な顔になる隻たち。青慈が乾いた笑いで『大丈夫だと思うけど』と、嫌な前置きをしてくれたではないか。
『……千理、疫病神とお友達だから気をつけてね。って……』
「やっ……!?」
「うーわー忘れてた」
「初耳だぞおい!!」
 道理であいつの周りは最悪なぐらい厄介事が多いと思ったら!
 青慈が生温かい顔で『ボクも知った時は倒れそうだったよ』と頷いている。
『千理一人だけならまだ、厄病は起こらないほうなんだけど。一緒に誰かが落ちてたら悲惨だよ……嫌な意味で厄介しか起きないし、嫌なところでだけ悪運――じゃなかった、幸運になるからね』
 訂正しても悪運にしか思えない。頬が引きりかける隻に、翅が重々しく頷いた。
「しょうがない、この家、混血先が座敷童とかって話だから」
「翅は水楢家の血もあるから狐火出せるよなあ」
『お手玉しかできないけどね』
「ねえちょっと青慈集合。マジ集合。予鈴鳴ったよこっち来ない?」
「集合させる前に千理たち回収しに行くぞ! 万理と悟子が一番危ないだろ!! んでもって入れ違いになったら連絡つかなくなるからいつきはこっち待機、いいな!!」
「っち」
「『ち』ってお前、神社に案内する奴が減ったらどうするんだよ! 標に頼みたくないからな!!」
 翅がふいと視線を逸らした。微笑ましそうに見ていた結李羽が苦笑い。
「あたしたち三人かぁ。頑張らなきゃだね」
「俺やっぱりニートしたい。もう幽霊空賊船なんて乗りたくないです」
「地中海でも飛んでいそうな船と戦ったんだね、そっか」
 天理がじっと考え込んでいる。グリフィン、インヴェロスを還し、隻を見据えてくる。
「やっぱりおれが行ったほうがいい」
『天理』
 海理の制止は、あまりにも腹を据えかねていた。天理が悔しげに視線を兄へと向け、呼吸ごと肩を上げては落としている。
『ガキ相手の対応でやるんじゃねー』
「――うるさい兄貴だよ」
 わかってるけど……。
 誰にも聞こえない声で小さくくちびるを動かした天理へと、響基が優しく笑う。
 隻は翅へと肩を竦め、幻境に向かうよう意識を集中させたのだった。


「ねえマジ酷くない!? 久々の再会がわかんなかったにしてもっ、オレちゃんと身長伸びてるんすけど! 十センチは違うんすけど!!」
「え? じゃあ久し振りって何年経ったの?」
「七年っすよ今年で二十歳!」
「ええっ、七年でたったの¥\センチしか$Lびなかったんだ!」
「もうマジえぐるのやめたげて!!」
 わっと泣き伏す千理の背中を見下ろしてくすくすと笑う少女。千理がいじけながら地面にのの字を書いている。
「そっかあ、あんなにおバカな千理くんが二十歳かあ……」
「バカって言わないでくださいよもう……まだ十一月になってないから十九ですけどね。十代最後」
 やっと立ち上がれば、更紗が納得したように見上げてくる。今さら照れくさくなり、千理ははにかむように笑ってしまった。
「どうやってオレがここにいるってわかったんすか? あんなタイミングよく。来れたって言うより、見た感じ最初から様子伺ってたんじゃない?」
「……ここにやって来たヒトはすぐに噂で広まるから。本当は声なんてかけるつもりなかったよ?」
「あー……オレ今武器ねーっすもんね。そりゃ見事声かけなきゃ的な状態か」
 納得しつつ、千理は弱ったように頭を掻く。更紗は不思議そうな顔だ。
「もしかして、さっき降ってきた刀? 千理くんのってもうちょっと暗い色してなかった?」
「うん、最近色々あって改名したんすよ。その時に姿も変わったんですけど……ってか、成月見たの? どこ?」
「うん、なんか『煩』ってずっと言ってたから布被せてきたけど。そこの通りに」
「煩いってオレ!? ってか布って、どこで!? 成月マジ返事! 返事してオレにわかる声で!!」
『煩雑』
 はっきりと、低い音が響き渡った。
 千理が衝撃を受けた顔で固まり、更紗がくすくすと笑っている。
「千理くん宛だったみたいだね」
「……オレ、創造主なんに……成月ひでぇ……更紗さんさーせん、案内お願いします」
 で項垂うなだれながら、成月が落ちたという場所まで連れて共に歩く。更紗がひとしきり笑い終えた辺りで、感慨深そうに微笑んでいるのを見て千理は静かに黙り込んだ。
 更紗は元々、一般人だった頃の翅の、数少ない親友だ。
 そして、翅が幻術使いとなるよう仕向けた少女だ。翅に自分を殺させるために。
 ……かつて、青慈と彼の父を殺めたと千理に告げて、千理も彼女と、彼女を唆した幻生たちに殺されかけた。
 けれど更紗は、千理を助けてくれた。
 本当ならばかつての敵だ。けれど千理に「天理が東京にいる」という嘘の情報を渡して、暴徒の手を抑え、東京へと逃がした人でもあった。
 そうせざるを得なかった更紗の心境を知っていた。戦うしかなかった翅たちの気持ちも知っていた。だから、京都から逃げた。
 自分が殺されたら、翅は更紗を殺しに動かざるをえなくなるとわかったから。
 そうして七年間、蓋をし続けた。
 だからこそ、こうして会うなんて思っても見なかったのだ。
 ――いや、望んではいたけれど。
「こっちじゃずっと、あちこち行ってたんすか?」
「そうなる、かな……ずっと渡り歩いてたわけでもないよ」
「そっかぁ……ここって、もしかして幻術使いにさ……リアルのほうに呼び出された後、こっちに還してもらえなかった幻生たちの街だったり、する?」
 更紗はただ、静かに微笑んでいるだけだ。
「さあ。どうだろうなぁ……」
「……そっか」
 本当だとしても、答えない。嘘だとしても教えないだろう。
 更紗とは二回会ったきりであっても、なんとなくそんな気がする。
 彼女が書いた小説は、翅から千理へと読み手を代えて読まれていたのだから。
「この後どうすんの?」
「――一緒にいる。そのほうが安全でしょ?」
 ぽかんとした千理は、しばらくしてぼんやりと前を向いて――わずかにむっとした。
「オレそんな弱くねーしー」
「うん知ってる。でも、もしものことがあったら色んな人に私が怒られちゃう」
「そん時はオレが悪いんすよ。つってももしもなんて来させませんけどね。更紗さんが怒られるようなことは絶対にさせませんよ」
 きょとんとした少女は、微笑ましそうに笑ってきた。
「そっかあ」
「あ、信じてないっしょ。オレだって少しはその辺わかってるつもりなんすからね!」
 笑われた。あまりにも楽しそうに、おかしそうに。
 その顔を見て不服そうな顔をする千理はしかし、すぐに気の抜けた笑いをしながら更紗を見下ろしていた。
 そして成月はといえば。
「あ、ごめんね、今過ぎちゃったみたい」
「え、マジで? どこ? ナーヅキー!!」
『煩雑』
 はっきりと響く千理への苦情に、千理が再び近くの建物の壁に頭をぶつけたのは言うまでもない。


ルビ対応・加筆修正 2022/04/18


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