Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第20話「欠けた記憶」
*前しおり次#

「にしてもなんでてめーはそんな高くなってんだよ……何センチだよ身長」
「え? あ……まだ今年は身体測定をやってないので、ちょっと。去年は一七七センチでした。今年もちょっと伸びた……のかな?」
「ひゃっ……!? 嘘だろおい……!」
 海理の身長を目算で見下ろす隻。
 十六歳頃亡くなったという彼は、見たところ一七〇センチに届いているかどうかだ。去年同じ年齢期だった弟のほうが十センチ近く高いとなると、確かに落ち込むか。
 むしろ、その身長差をほんの一ミリでも自分のほうによこしてくれたら、隼を見下してやれたのに。
 しかもよくよく見れば茫然と万理を見上げているのは一人だけではない。海理と同じく実の兄の千理もしかり。結李羽も感慨深く見上げているし、その結李羽が世話になっていた家の当主であるいつきは、言わずもがなの放心ぶりである。
「そんなに大きくなってたのか……」
「あ、あの……いつき兄さん、僕ちゃんと成績表見せに伺ってましたよね?」
 身長欄そんなものを見る勇気が、いつきにあるわけがない。
 白い壁と同化するほどに落ち込んだいつきはともかく、千理が見上げているのには居た堪れないものが大きすぎる。海理と万理で身長差がある分にはまだ仕方がないと思えるのだ。長男と四男だから。
 しかし三男と四男で、身長差既に十センチ。長男と四男よりも差がでかい。
 改めて気づくと、最早千理を見ていられなくなってしまうのは当然というものだ。
「千理……伸張伸ばすあれ、早く飲んどけよ……」
「もう二十歳なるんに効きませんよちくしょう!!」
 翅が笑顔で千理を撫でた。「よかったなー」と。千理が本気で翅に涙目で「翅嫌い!!」と叫んだ。しかし翅にダメージは――あった。千理が頭突きをかましたせいで。
 もだえ転がる養子仲間を放置し、隻は万理やいつきに先ほどの話を説明した。
 宮の話を聞いた途端、万理が怪訝けげんそうな顔で翅を見下ろし……ふうと疲れた溜息を漏らした。
 翅の心に三千のダメージ。
「俺のMPマジックポイント持ってかれた……さよならホームランで持ってかれた……!」
「ご愁傷様です。隻さん、いくつか廃墟に関する土地に、仕事の際出てしまったとおっしゃっていましたよね」
 万理の冷たさに打ちひしがれる親友を嘲笑するいつきをさらに放置し、隻は「ああ」と頷いた。
「清水寺の時と、伏見稲荷と……って、それだけか。他に特になかった気がするけど」
「その清水の件は確か、千理自身が行った場所を覚えていないんだったな」
「うんそうなんすよね――あ」
 ……。
 …………。
 ……………………。
 一同、千理に冷たい目を向けた。事情を飲み込めていない万理を除いて。
「てめーなんでそう都合よく廃墟に限って風景忘却してやがる。頭かちっぞ」
「や、やめたげて!? だって覚えてないんすよ、兄たちが記憶操作されてるかもって言っててね!?」
「坊はお茶目じゃのう。しかし坊は、先程の廃墟は嫌というほど見たはずじゃろう。違和感があるのにわからないというぐらいじゃ、違和感が何か突き止めるぐらいは、坊ならしそうじゃがの」
 標の指摘に「そりゃあ」と言いかけ、千理は目を見開いた。更紗がふうと溜息。
「つまり、あの廃墟と清水寺に関わってる廃墟が、関係あるかもしれないってことかあ」
「……悟子さーせん、記憶操作よろ」
「嫌です」
「オレも激烈嫌っすよ! でもそうでもしなきゃ、関連性があるかわかんないじゃないっすか」
「感情的にも嫌ですが、前回記憶操作を千理さんに試した時に、術者がぼくらの介入を見破っていたという件がどうにも引っかかるんです。いい加減察してくださいまともじゃなくても脳があるでしょう!!」
 衝撃が走って固まる千理は最早、悟子に完全に見捨てられていた。腰に手を当ててひたすら怒る少年に、結李羽は笑顔で頭を撫でている。
 悟子が顔を赤くして「僕は子供じゃありません!」と、意味のない否定をしたのはさておくとして。
 海理が腕組みしたままの腕を解いて「よし」と一人頷いている。
「それなら記憶薄れる前にさっさと向かうか。更紗だっけか? てめーはある程度でも覚えてるんだろ。オレらにまで介入が来る前に痕跡探して尻尾掴むぞ」
 にやりと笑い、闇色の羽織りを出して着る海理に、いつきがああと懐かしそうな顔だ。
 十一年前より身長が近づいているからだろう。彼は隣に立ち、ふっと笑ってやった。
「案外迫力ないな」
「ぶっ潰すぞてめー。ってかついて来る気かよ。平気か?」
「それは何に対してだ?」
「どうせてめーのことだ。呪い解けてからでも無茶しまくってんだろって話だよ。呪いかけ直して制限設けてやってもいいんだぜ」
 途端に苦い顔で拳を固めたいつきを、全員が笑い飛ばしていた。


 幻実は最初に、千理が更紗と出会ったという地下都市から向かうことになった。
 海理いわく、その幻実に向かうための道順が固定されているものもあるからだそうだ。そういった幻実はおおよそ誰かが意図的に隠している。万が一を考えてもそのほうが確実なのだとか。
 先にその可能性を考えて、あえて廃墟がある幻実へと向かう案も出たが、千理が余りにもうろ覚えになりかけているせいで提案は却下された。
 また空の幻実に落とされて全員ばらばらなんて、何がなんでもごめんだ。
「本当に地下都市って感じだね……」
「ここの子たちは、私と海理さんがいる時は逃げちゃうから襲われないよ」
「あ? なんでオレの名前がここでも割れてんだよ」
「だって海の暴走族じゃないですか」
「海兵隊って言え!!」
 理なだけにか。
 石造りの出口≠ノ到着し、更紗が予め教えてくれた大体の概観をイメージしながら次の幻実へと潜っていく。
 最初に見えたのは森だったそうだ。膝丈まで来る背の高いイネ科のような草が繁茂し、木々は落葉系広葉樹が高く天井を象るような、日差しも少ないのに明るい森。
 その森のイメージのおかげで、全員一緒に出口≠くぐって、同じ場所に辿り着けた。
 千理が周辺を見渡し、道を左手のほうへと走っていく。
「多分こっち!」
「あ、こら待て! ガキだな本当!!」
「ひで!? そんな言い方ないでしょうよ――」
 足音も、声も途切れた。
 怪訝に思って皆で進めば、千理が愕然とした顔で正面を凝視している。翅たちと顔を見合わせ、隻は千理の隣まで行って――目を疑った。
 見覚えがある。
 どこかと尋ねられてもわからないが、何か懐かしいと思ってしまうほどの違和感が、ある。
「……うん、やっぱりここで合ってます。なんだろ、なんか出てこないんすよ……隻さんたちは見た事あります?」
「さっぱり」
「翅……ぼくもないです」
「京都じゃ、こういう場所は神隠しにでも合わない限りないと思いますけど……結李羽さん?」
 困惑する結李羽が、隻の傍にやって来た。見上げられるも、目を合わせないまま頷く隻。
「ユリも見覚えあるんだよな」
「う、うん。ここ、多分清水寺の時の廃墟だよ……」
「やっぱりか……」
 翅が唸り、悟子が怪訝そうな顔で廃墟を見やっている。標は「ふむ」と目を細め、尻尾で近くの草を弄んで――放した。
あちらと繋がっている場所は多々あるがのう……妙な場所じゃ。それだけには思えんというか……」
「ああ。まず、ここの住人≠ヘどこへ消えやがった」
 海理が周囲を観察し、顔をしかめている。
「現世――リアルと繋がってる幻実の空間はおおよそが神隠しの空間だ。なら神隠しの――物語の核≠ノなっている奴がいねーなんてこと、あるはずがねえ。誰かが意図的に空間を作ってるなら、なんでここは放置されてやがる」
「……放置しなきゃいけなかったか、意図的に放置したか、放置していない……か?」
 隻が呟いたと同時、千理がはっとして周囲を見渡した。標も狐の姿だからだろう。三角の獣の耳を器用に動かし、目を細めている。
「誰か来たかの」
「鳥に偵察に――」
「待て」
 海理が悟子が鳥を出そうとしたその手をさえぎる。
「羽音で位置がばれる、まだ使うな。――全員一箇所に固まれ」
 海理を中心に密集し、息をひそめる。衣から闇色の札を取り出し、右手に貼り付けて左手で小さく叩いた次の瞬間、海理を中心に一同を囲う蚊帳が完成した。
 声を出すなと合図され、全員静かに周囲を見渡す。
 草が揺れない。風の音もない。
 確かにこの静かな空間の中、鳥を飛ばせば音が伝わりやすいのは考え物だったかもしれない。じっと動かずに耐えるのもつらい中、痺れが切れ始めたのか早速そわそわと身を動かす千理の頭を、海理がすかさず殴りつけて黙らせた。
 しかし落ち着きがないのは、千理だけではない。標も妙に尻尾を揺らし、隣のいつきが顔をしかめている。
「おい、当たるだろ――っぷ」
 翅が口を塞ぎ、互いに睨み合いとなったではないか。万理が止めようとした次の瞬間、静かにするよう海理が合図して、一点を示す。
 人影だ。ゆっくりゆっくりと、隻たちがやってきていた道の奥からやってくる。
 息を潜める一同に気づいていないのだろうか。足取りが危なっかしいその人影は、何度もふらついたりこけそうになったりしながら、道を辿ってきている。
 その様子のおかしさに眉をしかめた万理はしかし、息を呑んだではないか。隻も翅も、何故だか心に引っかかるものがある。
 やってくる人影は明らかに人間だ。現世でも見覚えがあるような、今時の服を着ているのだから。
 頬がせて、黒髪で、絶望に浸ったような顔でも必死に何かを探しているようで――
 目の前を、人間の少年が通り過ぎた。
 そのまま廃墟のほうへと歩いていく姿に、万理の顔が真っ青になる。
 外へと出ようとした彼を、海理が素早く腕を掴んで引き戻した。どうしたと問いかける目を見る事なく、万理の顔がどんどんと引きって首を振っている。
「そん……嘘……」
「おい声出すな――万理!」
土野部つちのべ!!」
 廃墟に気づいた少年が、ゆっくりと方向を変えた。万理が蚊帳を抜け出そうとし、手を蚊帳と接する地面にかけた、次の瞬間だった。
「つちの――」
 消えた。
 目を疑うほど綺麗に消えた人影の代わりに、砂山が一つ、少年がいた場所に現れていた。
 愕然とする万理の腕を素早く引き上げ、無理やり立たせて蚊帳の中央に戻した千理も歯を食いしばっている。
「……兄。あれ、何」
「知るか、オレが聞きてーよ……!」
 海理も悔しげに、札を貼っていない手で拳を作っている。翅が周囲に目を向け、乾いた笑いで悟子を突いた。
「なんで千理だけ生き残れたんだろうなーこれ」
「――本当ですね」
 隻も辺りを見渡して、言葉を失った。
 すぐそこに、濡れた地面がある。けれど辺り一帯雨が降った様子はない。
 すぐそこに、小さな石ころが積み上げられている。しかしこの辺りで同じようなものが見つからなければ、川すらも見当たらない。
 遠くに焦げた草むらもあれば、古びた布切れが落ちてもいる。
 ここで何があったかは、先程の少年を見れば一目瞭然ではないか。
「――おい、一度ここ出るぞ。長居して同じ目に遭ったら洒落にならねえ。法則性を見破るのは安全な場所に出てからだ」
「じゃあ神社に――」
「いややめたほうがいい。多分もうあそこはバレてる」
 苦い顔で言う翅に、千理がぎょっとして見上げるも、すぐに拳を固めた。
「原因オレ?」
「千理だけじゃない。何度も出入りしてる空間があったらバレやすくなるのは当然だろ」
 それならと考えた一同の中、しばらくして万理が呟いた。
「……清羽セイハたちの神殿……」
「え?」
「神殿なら、少なくとも中の者が拒絶をした者は、入ってきづらいんじゃないかな、って……」
 翅が言葉をにごし、海理も首を振っている。
「それで防げるのはおおよそ悪魔系やアンデッド系だ。他の連中まで防げるほど」
「あ、あのねっ」
 結李羽が戸惑った顔で挙手している。海理が怪訝そうな顔で見下ろした。
「どうした」
「あたしを助けてくれた人が、もしも行く場所に困ったら皆を連れてくればいいって……今回は、自分も考えるものがあるからって。鬼の人なんだけど、敵意は感じなかったんです」
 鬼と聞いた途端苦い顔になる海理と千理。翅もいい顔はできず、隻も遠い顔だ。
「なあ、その人って……他に何か言ってなかったか?」
「え? うん。今回だけは人からの恩がどうとか……それがどうかしたの?」
「……千理、どうする?」
「激烈嫌っす。オレ啖呵たんか切っちまってるもん」
「私もちょっとなぁ……」
 更紗まで目をそむけているではないか。万理は困惑した顔で「あの……」と結界の外を指している。
「すみません、お話の途中で。土野部の……砂、持って行っちゃ駄目ですか?」
 やめておけと、海理が悔しげな顔になっている。
「気持ちはわかるが、それで敵に居場所がバレても意味がねえ。お前のダチなんだろ。なおさら、そいつはてめーを敵に渡すような真似をさせたくねーと思うけどな。事がある程度片付いてからでも間に合う。心配すんな」
 くしゃりと万理の頭を撫でる手が、ほんの少しぎこちなかった。それでも万理は目を見開いて、優しい顔で笑っている。
 悟子が「それでしたら」と、話を元に戻している。
「グローリアのいる場所だったら、丁度いいと思います」
「グローリア? なんだそいつ」
「……リャナンシーです。ぼくの……家族? です」
 ひたすら沈黙が流れた。翅がわざとらしい咳払いをしてやっと、はっとする数名がいて。
「え、じゃあ……あ、そうか悟子そうだったよな!」
「なんで今さら確認取るんですかっ!」
 一度しか話に出ていなければ確認も取りたくなる。視線を逸らしつつも、悟子が元は妖精の子でありながら、人間の母親の子と、腹の中ですり換えられたという事実を思い出すと、なんともいえなくなってしまう。
 悟子本人はけりをつけた過去であるとはわかっていても、結李羽の提案でも悟子の提案でもあまり乗れないのだ。
 けれどここでのんびり解決策を出すなんてことも――
 一番安全なのはおそらくリャナンシーだという悟子の家族のもと。しかしそこをばらして悟子の身内の居場所を明るみに出すのはできれば避けたい。
 次に安全と呼べるのは恐らく神殿。それも敵が悪魔やアンデッド系であればの話だ。
 鬼も蛇も変わらぬ道になりそうではあるが、最後に安全かもしれない場所となると。

 何度でも蘇るさ……私が語られる限り、何度でも……我らは蘇る……蘇って、お前たちを呪ってやる……

 呪えば? お前を殺した奴をね
 けど――

 ――あの時の、あの鬼の目は、確かに優しい色をしていた。
 その色を信じていいのなら、結李羽へと伝えた言葉を飲み込んでいいのなら。
「ユリ、案内頼むな」
「いいの?」
「隻さん正気っすか? 推定あいつじゃないすか」
「いや確定でいい。もし改心してるなら、今確かめられるだろ。してないならその場で叩き直す」
「そういうわけにはいきませんって、手中に飛び込む真似何回目と思ってるんすか! 大体隻さん、あいつに相当攻撃食らったのに信じるって言うんすか」
「信じてねえよ」
 翅が「うわー冷たい」とこぼしながら視線を逸らした。千理が苦い顔になっている。
「……じゃあ、清羽の神殿でも……」
「清羽が元々住んでる場所じゃないんだろ。ならもういないかもしれないし、そこが既に敵連中の巣窟になってても不思議じゃない」
 千理が煮え切らない様子で兄を見上げたが、海理はだんまりを決めたままだ。やがて隻へと問うように視線を投げ――隻は頷いた。
「あんたも知ってる鬼だと思うぞ」
「どいつかはともかく、余計信用置きたかねーな……味方にならねーならぶっ叩く他ねーぞ。いいのか」
「……それは……その時でも間に合うとは思う」
 正直、また万理に酷な思いをさせることになるのは、嫌でしかないけれど。
 結李羽が頷き、一同に場所を細かく伝えて、出口≠ゥら外の幻実へと飛び込んだ。


掲載日 2022/08/10


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