Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第02話 02
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 ……。
 隻、素早くズボンを引っ掴んだ。天理はのんびりと着流しの袖に腕を通していた。
 翅と目が合い、二人とも切迫した顔で頷く。
 履《は》いた!?
 履いた!
「ねえ、どうしたの? あ、まさか隠れてエロ本読んでた?」
「誰が読むかよ隼《しゅん》でもないのに!!」
「ってか俺結婚したよ!? 未來いるのに読むわけないよ!?」
「そうっすよ翅はともかくオレ濡《ぬ》れ衣《ぎぬ》!!」
「おいちょっと千理面《ツラ》貸せ」
「えー? じゃあ開けていい?」
「疑うぐらいなら開けろよもう!!」
 元気な返事と共に開けられた。隻はげっそり顔で結李羽の笑顔と向き合い、恋人からぽかんとされる。
「どうしたの? 何やってたの?」
「……視診《ししん》」
「あっ、そうだったんだ! ごめんね」
 もう終わったに等しいから、気にしないほうが紳士なのだろうが。隻は脱力しながら盛大に溜息をついた。
「お前先週も一人で男子棟入るなって多生さんに言われてただろ……」
「今日は煉《レン》ちゃんと一緒だよ?」
 ガンッ!!
 凄まじい音にびくりと震える一同。慌てて音の原因を探り、万理の冷めた目が、頭を押さえているいつきに向けられて納得した。
 押入れの両脇を支える柱が、彼の頭の寸前で逞《たくま》しく天井を支えていた。
 みんな流した。
「……お前ら本当仲いいな」
「えへへっ、仲良くなるスピードは人一倍だから!」
 まあ、結李羽はそうだろうけれど。
 煉が結李羽の後ろでおずおずと顔を覗かせている。天理と目が合ってか、リスが木に隠れるように首を引っ込めていた。
 またゆっくり覗く頭が、伏し目がちに下げられる。
「……こんにちは」
「ちわーっす。じゃあいつもの客間に移動します?」
「そのほうがいいでしょうね……いつき兄さん、立てますか?」
「あっ、当たり前だ……!」
 痛みに掠《かす》れた声で、よくもまあ強がりを言えたものだ。
 響基がかわいそうなものを見る目で同情を寄せた次の瞬間、いつきが鬼の形相《ぎょうそう》で彼を睨んだ。天理が冷めた顔でいつきを嘲笑《ちょうしょう》したという。
 後はもう、言わずもがなだった。


「なるほどね。痣にしては確かに形状が一致しすぎてる。これは呪いの類を形作る過程で施されたと考えるのが筋かな」
 携帯の画像として見るのは平気なのか、確認をとったヨシ子は見事なクールビューティーだ。天理を前にしたあの慌てんぼうはどこ吹く風、携帯を見て考え込む知的な様子に、天理も頷いている。
「確認した限り、おれも賛成意見かな」
「でも、どうして天理さんと隻くんに?」
『理由は色々考えられるな』
 海理が一つと、ピンと人差し指を立てた。
『まずは天理を閉じ込めてた奴が、隻にこいつの魂の片割れを流し込んだ結果、その跡が残ったって奴だ。天理の魂がまだ隻の中に残ってても不思議じゃねーんだよ。天理の感情の戻りが遅いのも気になってる』
「十分戻ってないか……?」
 特に嫌味の度合いが。千理といつきが首を振っていなければ、隻は納得できなかっただろう。
「こいつが戻ってるのは口車とその他諸々《もろもろ》だが、元々天理のあだ名は貴公子《きこうし》だぞ」
「うんうん、あったわそれ。何度被害に遭《あ》ったことか」
「何か言った?」
「ううん言ってない」
「二つ目は、隻さんと天兄に何か仕掛《しか》けをしたかったか、なんすけど。結局考え方としては一つ目に戻る形になるんすよね」
 千理が苦い顔で話を遮り、ヨシ子がほっとしたように頷いた。天理がじっとヨシ子を見ている姿に、万理が溜息をついたけれど。
「天兄と隻さんの繋がりって元々、良くも悪くもそれ以外ないんすよ。二人同時に狙って得することもあんまり考えられませんし」
「――隻を狙ったメリットは考えられることは考えられる。幻生の血だ」
 途端にそっぽを向きたくなった隻だが、なんとか堪《た》えた。
 現実を受け止めると言ったのは自分自身だ。
 いつきも考えながら言葉を選んでいるのが、よく伝わった。
「天理自身も術者として実力が高い。というかレーデンそのものが存在は灰色だと聞いたが……」
「灰色?」
「幻術使いの家系でありながら、幻生の血を引いている家柄のことですよ」
 万理が苦笑して教えてくれ、目を丸くする隻。千理は真顔で「今時珍《めずら》しくないって、いつき兄言ってたじゃないすか」と返してくる。
「幻術使いにもそういう家系はあるんすよ。一般の人間と妖怪が恋に落ちる話もあるっしょ。ただ――あれでしょ? いつき兄、去年の総長のセリフ気にしてたんじゃないんすか?」
 幻生に対抗するための組織の中で、死してなお動く亡者たちを専門に扱う部隊、対アンデッド《ディモナモルス》の総括長叶浪《かななみ》透鳴《とうめい》。
 いつきが頷く隣で、煉がぽつぽつとこぼし始める。
「最近、行方不明者、多いから……」
「けど、ニュースじゃ聞かないぞ」
「��ごまかす��しかないんすよ」
 そう言って、千理は苦いものを飲む顔で肩を竦めた。
「毎日のように行方不明者が出てるなんて報道するわけにもいかねーでしょ。一般人が対処できない事象で毎日報道されたら気が滅入るもんっしょ。警察の信用にも関わっちまいますよ。んでもって、日本だけとは限らないもんですしね」
 付け足された言葉に耳を疑ってしまう。響基がなんとも言えない様子で頷いた。
「俺の親戚、音楽家って話はしたよな? 海外での公演の時に、外国での情報も集めてもらってるんだけど、やっぱり最近は多いみたいだ」
「麗憧《レイショウ》も中国で増えたって言ってたな」
 翅の呟きに、いつきの頬が苛立たしげに引くついた。隻は怪訝な顔になったけれど。
「……外人に知り合いいたのか?」
「は? ……あ、そうか。隻会ってなかったっけ。知り合いっていうかまあ、色々と世話になった悪友みたいなもんかな。更紗《さらさ》の――中学の時の友達の被写体《オリジナル》でさ。幻術使いの有名所の一族だから、いざこざあった時にちょっとな」
 オリジナルと言う意味をいまいち掴めなかったものの、なんとか頭半分理解はできた気がする。去年の夏に話していた、友達に関わる話だとも。
 いつきの不機嫌さが増している理由がその麗憧という子であるともわかった。が、彼はとっくに状況整理に頭を回していたようだ。
「奏明院の伝でも、麗憧の伝でも最近行方不明者が増えた、か」
『透鳴殿のあのセリフを考えても、狙われてるのは明らかに幻生の血の出だな』

 最近、どうにも幻生の子孫であることを隠され続けてきた者の様子が掴めなくなりつつある。今のうちに君たちだけでも防護策を知っていて損はないだろう

「私の家の人たちを、生贄、しようとした陣も……関係ある、かも……」
 煉のぽつりとした呟きに、結李羽が案じるように覗き込んでいる。いつきも表情を暗くし、隻も目をかすかに伏せた。
 スヴェーン一族を狙った清水寺の事件から、もう一年が経つ。
 再来週の一周忌には隻も千理も行ける。煉に頼み頭を下げた時、彼女はとても優しい顔で笑ってくれていた。
 だが、今あの陣の話を持ち出すのなら、彼女の中で隻たちの痣とあの陣が結びつく要素があったのだろうか。
 志乃《しの》の姉真美《まなみ》の命を奪った、あの陣が関係あるかもしれないのなら、隻もはっきりさせたい。
 海理も天理も渋面を作り、しばらくして海理が溜息をついている。
『関係の有無はまだ材料が少ねーが、留意して損はね―な。千、さっさと写真の印刷かけろ。資料は共有しとくに越したことはねー』
「うぃーっす」
 気の抜けた千理の了解だ。それなのに立ち上がった本人は全力で走っていく。
 全員なんとも言えない顔になったも、天理がおもむろに立ち上がったことで目が向いた。
 なんで、千理が出ていった障子側の柱に札を? あれは政和さん手製の結界札のはず。
 防音と扉を開けられないようにするそれに、いつきが目を据わらせ、響基が困惑した。
「千理に聞かれたくないことでもあるのか?」
『――まあ、な』
 珍しく、それだけしか言わない海理に、海理をよく知るいつきたちまで当惑している。
 天理は最初から内容を知っているのだろう。翅の真顔には、言葉をなくしそうだ。
「で?」
「おい」
『十一年前の事件の話だ』
「十一年前――って、海理が死んだ時のだっけ? なんで今その話?」
『簡潔に言うぞ。オレを殺したのは確かに師匠だ。けど親父を殺したのは師匠じゃねー』
 ……なん、だって?


ルビ対応・加筆修正 2022/01/10


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