Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第03話「暴露」01
*前しおり次#

 今、海理はなんて言った?
 自分は師匠に殺されたが、父を殺した犯人は別にいると、そう言ったのか?
 絶句する一同に、天理も頷いている。
「ついでに言えば、おれを隔離かくりしたのも永咲ながえざき師匠だけど、千理の腕を切り飛ばしたのは師匠じゃない」
「え……ちょ、待った、どういうこと!?」
 海理も天理も、それっきり黙り込んでしまっていて。いつきが目を見開き、海理へと目を向ける。
 海理はただ頷いて、阿苑あぞの当主の拳がきつく固められた。
「……嘘だろ……」
『現実だ』
 息を吐き出しても、もう彼は呼吸をする必要はない幽霊のはずなのに。
 海理はいつきを見据えて、苦い顔ではっきりと口にした。
『親父を殺して、千理の腕を斬り飛ばしたのはオレだ』
 腹をくくったような声が、外に漏れる前に襖に沈められた。
 言い訳などする気はないと言うように、それっきり黙った姿に、天理が呆れた顔で長男を睨み上げている。
「正確には操られてた。それが真実だよ」
「操られて、って……そ、そりゃ、海理がそんなの、できるような奴じゃないって知ってるけど、誰に!?」
『……てめー、言い訳する気はねーっつっただろ』
「言い訳? それこそ言い訳だね」
 小さな釘を刺されても気にせず刺し返した天理に、海理は天理へと睨むこともできないまま。
「確かに人間の言葉は九割言い訳だ。本音なんて一割覗けばいいかもしれない」

 そもそもね、隻くん。理由など九割は言い訳だ。自分に都合のいい言葉を並べ、擁護ようごするためのもの。本音など一割も覗かない

 その言葉は、永咲と――
「けど。海理のは逃げてるだけだ。本音を隠してるくせに、言い訳する気はないだって? どの口が言うんだか。腑抜ふぬけも大概にしろよ。説明と言い訳を一緒にするな」
 海理は沈黙したまま顔をそむけている。
『……けど殺したのはオレに代わりはねー。操られた上に結果があれじゃ』
「千理二号なんて、鬱陶うっとうしいにもほどがあるよ。それ以上言うんなら万理に謝れ」
 言われた万理本人がぎょっとしている。やっと黙った海理に、万理は何度も上の兄弟たちを見るばかり。
 沈黙を破るように、天理が溜息をついた。
「こうやって千理に聞かせてない時点で、おれも人のことは言えないけどね。あいつが忘れる選択をした以上、現実いまに集中させてやるべきだって言い訳してるんだから」
 ――驚いた。
 てっきり天理は、海理や千理――身内に厳しいだけの人だと思っていた。自分にも厳しいのは、少し意外だった。
「ただ、あいつが知らなくてもみんなは知らないと危険だと思う。ここから先は、勝手だけどしゃべらせてもらうよ」
『……この件は多生の親父にも話してねー』
 耳を疑う隻に、天理は肩を竦める。翅はだろうなぁと遠い顔。
「海理たちらしいというか……さ」
『親父が知ったら幻境にまで乗り込みかねねーからな……まあ、昔話だ。どうせ千理の奴パソコンに疎いから時間かかる。今のうちに吐かせてくれや』
 確かに文字の入力速度すら三秒に一文字ペースだったけれど。
 今まで中空に浮いていただけの海理が、畳まで降り胡坐あぐらをかいて座った。本気を態度で示すように。
 なんで生きていないのだろう。
 そう思うほど、死んだ人間の姿勢には見えないのだ。指を伸ばせば着物に触れそうなほど、生気がまだ満ちているように見えた。
『五神の入閣テストが終わった後だ。師匠が顔を出して、稽古をつけていただいた』
 つけてもらったと、くだけた言い方をすると思っていた。
 ――海理にとっても尊敬する師だったのだろうと、痛いほどわかった。
『師匠が千理に和為やわな出して、あいつが泣きながら逃げてった後で、修行をつけてもらってたんだがよ。その時は天理と、途中から親父もまざって、一緒につけてもらってた――つっても、毎回一本も取れなかったけどな』
 想像できる。できるからこそ、隻も翅も響基も苦い顔になった。
「いや……父親まで巻き込まれるのか……?」
『おう、あの師匠だぞ。たわむれで面白いことを始めたがってよ。オレと親父じゃ戦い方が合わねーってのもお構いなしだ』
「よく言うよ。父さんに対して一生涯反抗期だったくせに」
 思い出したのか、響基が顔を引き攣らせている。いつきとヨシ子はそっと視線を外している始末。
「おじちゃんに何回鯛焼き取られたことか……っ!」
小父上おじうえは基本的に諸悪の根源すべてのげんきょうだ」
 ……海理だけではなかったようだ。ヨシ子の本気で泣きそうな顔で痛いほどわかった。海理は冷めた目で見下ろしているけれど。
『……鯛焼きはいい』
「よくない!!」
『今はいいっつってんだ後で墓持って来い。また食うから』
 食うのか! そなえ物なら食えるのか!!
『話戻すぞ。しばらく修行して、休憩入るかって辺りで、オレの意識が途切れたんだよ』
 隻は、余りの展開の早さに頭が追いつかなかった。
「待った……整理したい。……稽古が終わって、休憩入るかどうかで、ってことか?」
『そう言ってるだろ。気ぃ抜きすぎてたんだろーな。なんか生温かいもの感じて、気づいたら親父の心臓刺しちまってた』
 結李羽が口を覆っている。顔を青くしている彼女の肩を、煉が優しく叩いてくれている。
「おれも何が起こったのか、全然わかってなかったよ」
 そう告げる天理の無表情が、感情を見せまいとしていると気づくと、ただただ心苦しかった。
「ただ急に音が聞こえたから、はっ? って、振り返った。誰の悪ふざけだって。そうしたら、父さんが血を流して倒れてさ。――海理も顔引き攣らせて真っ青でガタガタ震えて、ただ事じゃないっていうのは理解できたんだ」
『――悪い、こっから先は』
「わかってる」
 あまりにも強烈過ぎる記憶は、本人ですら無意識に忘れようとしてしまう。千理のように。
 海理が謝ったのも、最期がすっぽりと抜け落ちてしまっているのだろうか。
 代わりを引き継いだ天理は、真剣な眼差しだった。
「海理も訳がわかってなかったみたいだったよ。刀を握ってるのに何度も父さんを呼んでた。なのにまた刀を構えてく海理に、おれも師匠も操られてるって気づいた。けど」

 しっかりしろバ海里!!

 逃げろ――

「止める暇なかったよ。海理の意思じゃないのに体は動いて、父さんは八つ裂きにされてさ。血溜まりで放心してたこいつが、嘘みたいだった。死人より死人な顔してたの、今でも覚えてるよ。――あんな海理の顔、初めて見た」
 ただ上がる絶叫が誰のものだったのか、天理も海理も覚えていないと言う。
 ただ、永咲が海理を止めようとして、結果的に仙人としての幻術を使わざるを得ない状況に至ってしまったのは、天理が覚えていた。
「海理も力量が高すぎたんだ。十六で多生おじさんを超えてた。父さんと後少しで肩を並べられるほどにね。その海理が待ち望んでた五神入閣にゅうかくのテストだったんだ――その後にあんなことになった」
「――覚えてる。親父がそのテストの監督者だったからな」
 目を見開いていつきを振り返った。
 その父から跡を継ぎ、五神となったいつきの手が、震えながら固められていた。
「レーデンは基本的に二番目の実力者が当主になるんだったな。一番上は各部隊と一緒に外に出る役割が与えられる。レーデンは昔から攻めの家で有名だ」
「あの時の……海理兄ちゃんと正基おじちゃんの事件がある前で、レーデン最大の実力者は正基おじちゃんだったもんね。その次が海理兄ちゃん。十六で多生おじちゃんを抜いてたの」
「凄いでしょ」と言うほど自慢に思っているはずだろうに、ヨシ子の声はすっかり沈んでいた。
 当時を知る人々が、様々な思いを浮かべていた。

 兄貴たち、家の中でも指折りってぐらい実力あったんすよ

 高一と中二で?

 そ。すげーっしょ

 ――ちょうど一年前、同じように当の弟が自慢げに話していたことを、海理も天理もまだ知らないのだろう。
「だから海理が当主を継ぐ話が現実的になった時、実力も認められて、五神入閣の話が上がったんだったな」
「そう。その当時で、多生おじさんと海理のどっちが跡目あとめを継ぐかで、しばらくめたぐらいにはね」
 同じく実力を高めつつあった天理も、海理同様当主になる役目を持ちかけられた。
 ただ、天理に当主を目指すつもりは毛頭なかった。あくまで幻術使いの世界で上の実力になる努力はしていても、目的は全く別だったのだ。
 天理も、海理こそ当主になるのだろうと思っていたのだから。
 自分の信念を貫き通してきた海理だからこそ、自分が父親を刺した現実を理解したくなかったのかもしれない。現に海理は、普段見せないほど消沈しきった様子で、誰とも視線がまじわらないようにしているのだから。
「師匠が言ってたよ。『仙人だからってなんでもできるわけじゃない』って。……悔しそうにさ」
 永咲が持つ霊薬で、海理を止めようとはした。けれど止められたとして、その次にどうするかなど、決められるはずもなかった。
 海理を乗っ取る何かは、彼の体を自由自在に操っていた。外部からも本人からも止める手立てがなかった。
「……そんな時に、千理が来るもんだからさ。たまったもんじゃなかった」
 操られている海理の刀が千理に向いた時、千理自身が叫んだのだ。
「兄を返して」と。
 ――全てを見ていたわけでは、ないはずなのに。
「おれは千理を庇おうと走ったよ。千理もこっちに走ってきた。もう少しで手が届くってぐらいで、おれが師匠にかばわれたんだ。海理の刀がおれを斬ろうとしてたみたいで――代わりに斬られたのは、千理の左腕だったよ」
 海理の心が文字通り砕けたのは、天理にも永咲にも明らかだった。
 海理を操る幻生の正体もわからない。おびただしい血を流す千理の手当ても遅れてしまえば死んでしまう。幻生から海理を解放する手立てもわからない。
 どちらか一人の命しか選べない。
 そうして、永咲は海理を討つしかなかったのか。
「その後は、おれは師匠に存在を隠された。最初は確かに保護のはずだった。しばらくして師匠はどんどん歪んでいった。千理の師事をし始めたって聞いて、焦ったよ」
 海理を殺した永咲は、自身が幻生であることを隠し続けることに限界を感じていたそうだ。
 疲れきっていたのかもしれない。長い時をずっと生きて生きて、知恵を授け渡り歩いて。
 それでも永咲にとって、海理たちレーデン兄弟は安らぎだったということを、海理と天理に零していたのだという。
 隻はただ、目を伏せていた。
「……だから……」

 ふふ、君もあの子の宝物だね

 留華の蘇陽が海理を見て口にしたのは、永咲の本心で。
 その永咲の心を捻じ曲げてしまった海理は、意味を悟ったからこそ、腕を――
「だから十年間、千理と一度も顔合わさなかったんだな」
 いつもなら、豪胆ごうたんという言葉が似合うはずなのだ。
 目の前にいる少年霊は、畳に正座したまま静かに目を伏せていた。
『――合わせる顔なんて、あるかってんだ』
 守りたかったものを自分の手で、傷つけることになって。
 なのにその彼は、必死で自分たちを探してくれていた。
『……なんで、オレがこうしてまだ残ってるって、あいつ知ってやがったんだ……』
 合わせる顔なんて、どこにもないのに。
 なかったはずなのに、勝手に契約を結ばれて。
 それでも弟は、知らない振りをしてくれていた。
 偽り続けてきた、会わなかった理由のほうを察して、過去を忘れて。
『……あれだけのことしちまったのに、あいつに話しかけられる資格すらねーのにって、ずっとつらぬいてたのにな。――バカみてーだよ』
「そりゃそうだよ。千理にそんなこと考えるほうがバカらしい」
 翅が頷いて、呆れたような声で。万理も「そうですね」と、どこか遠くを見るようで。
「……いつも思うんです。兄さんがバカなのか、僕がバカなのか。いつも兄さんに『バカですか』って問いただしても……わからなくなるんです。本当に曲がってないのは……千理兄さんのほうでした」
 案じるように口を開いた結李羽に、隻はそっと首を振って遮った。
 万理は――気づかなかったようだった。
「自分を偽らない、我慢しないことがバカなのか。建前なんかで自分を殺してる、僕のほうがよっぽどバカなんじゃないのかって、いつも思うんです。あの人と一緒にいると……自分のバカさ加減を全部思い知らされるみたいで、何がどう正しいのか見えなくなる」
「だろうな」
 いつきの呆れた溜息は、自分にも万理にも向けられたものに聞こえた。
「世の中の正しさ≠ネんて、万人が万人に全く同じ形で認識されてるとは限らない。ただ……千理はいい意味でも悪い意味でも、他人に自分を見せる天才かがみかもしれないな」
 だからこそ、皆千理にああ言うのだろう。
「優しいバカ」と。
 隻は天井を見上げて、その後海理へと目をやった。
「お前があいつにそのこと言わないんなら、あいつは何度でもお前に会いに来るぞ。知ってるからもう、レーデンに顔出したんだろ」
 海理は目を丸くして。げんなり顔になったではないか。
『政にも言われたよ……たまったもんじゃねーぞこっちは』
「そういう無鉄砲に育てたのはお前らで、そう生きたいって実行したのはあいつだろ。こっちだってたまったもんじゃないんだよ」
『……そうだな。とにかくだ。オレを操った奴が、天も帰って来てるってのに仕掛けてこないはずがねーと見てる。あれがただの悪戯いたずらたわむれには思えねー』
 やっと普段通り、頭の回転と口調がミスマッチなほどに冴えた考えをしはじめる海理に、響基も難しい顔で頷いている。
「十一年は経つけど、幻生によってはそんなの些細ささいな時間だろうしなぁ……」
「海理自身は覚えがないんだろ?」
『あったら親父に斬りかかる前に自分てめーで止めてるってんだ』
「じゃあ、今回の件って、天理の肩の痣と繋がりあるように思うか?」
 途端に海理が考え込んでいるではないか。天理が先に口を開いた。
「あるとは思うよ。おれも気が動転してたけど、右肩に攻撃を受けたのは覚えてる。もちろん海理以外でだよ。そもそも、おれに攻撃が来る前に、師匠がいなしてくれてたに近いけど」
 改めて永咲の実力が末恐ろしく感じて、背筋が凍る隻である。
「じゃ、じゃあ俺の痣は?」
「天理の魂を入れられた時に、ウィルス感染みたいな容量で何かを写された。とかなら考えられるかな」
 情報通ヨシ子の見識に、隻はつい口を閉じていた。
 ウィルス感染……で、足?
「けど呪いは分割できないんだろ」
「全部が全部そうとは誰も言ってない気がするんですけど」
 万理にそう言われるとぐっさりとくる何かがある。いつきも真顔で頷いた。
「俺の呪いは父親から移し変えられたものだからな。分割ではなくても、呪いそのものは移動もできる。それに天理を狙ってつけられたその痣が、もし天理の魂≠狙っているなら、お前に移った理由も納得できると俺は思うが」
「でも魂は天理に戻って」
『――るかどうかは、まだわからねーって言ってんだろ。とちんじゃねーよ』
 だから、毎回、なんでそうムカつく言い方しかっ。


ルビ対応・加筆修正 2022/01/10


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