Under Darker

 第3章夢幻の交響曲

第03話 02
*前しおり次#

 拳が震えかけているのが見えたのか、結李羽が苦笑いして抑えるよう促してくる。
 海理は隻を見下すように目を据わらせているではないか。
『どうにも解せねーんだよ。オレがてめーを乗っ取った時、確かに魂が滑り込める余裕はあったぜ。だが天理の気配も残ってた。大体、てめー天理の魂とてめーの魂、一度融合しかけてたんだろ。呪いが分割できるタイプのものなら、そのままてめーに残ってても不思議じゃねーだろーが』
 ぐうの音も出ない。天理が手を上げている。
「じゃあ海理、おれに乗り移ってよ」
「はあ!?」
「うっわー……」
 翅がげんなり顔だ。響基は顔を真っ青にして「正気か!?」と尋ね、海理に海水をぶっかけられている。
『てめーな、さすがに弟相手に危害加えてたまるかってんだ』
「千理のことは!?」
『ありゃ不可抗力扱いでいいんだろ』
 いいけれど開き直るのか。
 ただ、今までの覇気がやや少ない海理の様子に皆気づかないはずもない。隻が苦笑を浮かべた途端、海理に睨まれ、そっぽまで向かれた。
 成仏できない理由がわからないと言っていたのも嘘だろう。こんな自責の念を抱えているのに、心当たりがなかったなんて思えない。
 周りにうそぶいていなければ、自分を保てなかったのかもしれないけれど。
 天理が挑発するように、来いよと手で合図して、響基が顔を真っ青にする。
「天理ちょっ、それダメだって!!」
「え、海理とはいつもこういうやり取りだけど」
『だよな? 何か問題あったか』
「ありすぎ!!」
「さーやろうか海理。あ、融合したらちゃんとはらってやるから安心してよ」
「てんっ」
『おー上等じゃねーか天ぷらが。地獄に来たら泣きっ面で喚かせてやる覚悟しやがれ』
「海理ぃぃぃぃぃぃっ……! あ」
 タンッ、タンタンッ
 ぐぐっ、ガタッ、ドタンッ
 ……ダンダンダンダンダンダンダンッ!
「……千理、来たけど……」
「海理、やれ」
『だからてめーに言われる筋合いねーよ』
「あれ無視!?」
 隻が溜息をついて襖に向かうも、翅が隻の手を引いて止め、怪訝な顔で見下ろす。
「いいよ、自力で開けるって。まず天理に海理が憑依って時点で……弟に見せる?」
「けど煩いし、響基が」
「今日の千理リズム感いい!!」
 ……問題なかったようだ。
「どう? 海理」
『微妙』
 微妙って、何。
 その回答のほうがよっぽど微妙だと、万理もいつきも渋面になっているではないか。天理の体から離れた海理が、ヨシ子の絶望に浸った顔を見て苛立たしげに頬を引くつかせている。
「天理がぁぁぁ……」
『オレは害虫かよ。てめーの屋台一式ポルターガイストで隠すぞ』
「はあっ!? それとこれと何が関係あるってのよ!? 天理けがしたのそっちのくせに!!」
 男性陣の多くが青い顔で吹き出した光景は、語る必要があるだろうか。
 結李羽が苦笑いし、翅はげらげらと笑いこけていたけれど。
「あの、ヨシ子さん、それ……」
「え?」
「……ごめんヨシ子。おれその発想はなかったよ」
「はい? え、待って何が?」
 隻の携帯に電話が入り、千理からの着信を見て目が据わりつつも応答ボタンを押した。
「おう」
『ねえちょっと……なんで開かないんすか……いじめ? 新手のいじめなんすか、ねえ?』
 電話先の打ちひしがれた声に、いつきへと目を向けた。仕方がないと頷いた彼が札をがしにかかって――
 ふんっ。
 ふっ
 ふんぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐっ
 ……息を切らした。
「なっ、なんで開かない……!?」
『てめーまだそれっぽっちかよ』
手前てめえわかってるなら開けろ!! ――煉?」
 今まで控えめに座っていた煉が、いつきの傍へと寄っていく。途端に顔を火照ほてらせるいつきへと煉は首を傾げ、札に手をそっとかざす。
吸呪きゅうじゅ陽実ようじつ
 黄金色の植物が札から一気に茂り、小さな木から少しずつ成長し始めて――札が剥がれ、木の成長が止まった。
 木を拾い上げた煉はそのまま、海理へと渡している。
 途端に木の生長が逆再生をかけたように縮み始め、あっという間に姿形もなくなってしまったではないか。
 勢いよく襖が開き、千理が泣きそうな顔。
「なんで締め出されなきゃ行けないんすかもう!!」
「……えっと、ごめん」
 理由を説明できるはずもない。響基が申し訳なさそうに謝る。千理のむすくれた顔が唸って、万理が溜息をついた。
「ガキですか」
「ガキとかそういう問題!? だからなんでオレだけ締め出されなきゃいけなかったんすか、頼まれたからプリントしてきたんでしょ!!」
 カラーとモノクロ一部ずつ刷られている写真を受け取ったいつきが、じっと写真に目を落としている。何故二種類と疑問を持ったように睨んでいた顔も、やがて目を見開いていくではないか。
「おい、この画質落ちてないんだな?」
「当たり前じゃないっすか今時のスマホ舐めないでくださいよ!」
「拡大して画像が荒れてるとかそういうわけでもないな?」
「当たり前でしょーよ次世代の最先端なんすからねスマホは!! ……なんかわかった系?」
 頷くいつきの元へと皆が押し寄せる。煉が戸惑いながら結李羽に手を引かれて、自分の隣に連れて来られたことにすら気づかない阿苑当主は、食い入るように写真を見ている。手に幻術で作り出した蛍光ペンを持ち、畳にプリントを置いた。
「痣の形、線でなぞるぞ」
「なぞるって……っあ!」
 千理が目を見開いてまた走っていく。いつきは気にせずペンをプリントに滑らせた。
 正円が、大きく描かれる。
 直線と、曲線と。いくつか複雑な分岐を経て、結合してまた分岐した。
 何度か繰り返された模様を見るうち、結李羽が口を覆い、隻も拳が固まった。
「伏見稲荷神社の……!?」
「え……?」
 煉が見上げてきた。今さら気づいたいつきが苦い表情を浮かべて「言ってなかったな」と、肯定を示した。
 近くの縁側に広がっている砂利が派手な音を立てた。砂利を抉ったような音に隻が振り返り、万理が鋭い声で「兄さん!!」と怒鳴ったではないか。
 地面が、えぐれてる。
「またそうやって庭の掃除増やすんですから! ちゃんと戻してください!」
「さ、さーせんでも急いできたからね!? これこれ、一緒に見えて!」
 千理が持ってきたのは、去年の夏休みに隻の祖父の家で見つけた、布に描かれた陣の模写ではないか。
 その説明も書き込んだノートを手に、ぺらぺらとページを捲っていく千理は怪訝な顔で手を止めた。
「……れ、よく見ると形違うかも」
「ちょっと貸せ」
 いつきにノートを奪われ、千理は口を尖らせて「ちぇー」と文句たらたらだ。翅がノートとプリントを覗き込みつつ眉をしかめる。
「確かに違うけど……ほとんど似てる? いつきも比べてみ」
「もう見てる」
「あ、そっちじゃなくていつきにかかってた呪いの紋様とって意味で――あ、未來今安静にしてないとだめだった……」
「は? なんで? ってかなんで未來さん?」
 頭を抱える翅に尋ねれば、「いや……」と言葉を濁している。
「瞬間記憶能力があるからさ、未來。それでいつきの体の模様――ってか呪いの紋様? それ、食い入るように見てたから絶対覚えてると思って。でも今妊娠してるし、動かしたらだめだよなーって」
「そっかだから知識知識って……! って、妊婦動かすとかお前最低だろ――」
 固まった。
 納得すると同時、別な歯車の投入に頭のネジが飛んでいった。
 固まらなかったのはぽかんとしている結李羽とヨシ子ぐらいのものだ。
「あれ、みんな知らなかったの?」
「ってかなんで二人は平気な顔してるんだよ!?」
「なんでって、相談されたからに決まってるでしょ。どっちかって言うと報告か」
 ……男子全員、硬直した。
 煉は翅がどれなのかいつきに聞き、翅へと頭を下げている。
「おめでとうございます」
「あ、どうもありがとうございます」
 煉っていったい何歳だ。
 コメントに詰まっている隻に、結李羽が不安そうに首を傾げた。
「とりあえず、そういうわけだから……未來ちゃんは今回動けないからね? あと、大事になるんだったらみんな、下手に危ない目に遭わないことっ。お母さんにストレスかけたら赤ちゃんにも響くんだからね! 特に翅くんと千理くんと悟子くんは絶対だよ?」
「は、はい……」
 翅はともかく、千理と悟子は自分がどうして指名されたのかわからなかったようだ。
 いつきが尤もだと頷くその姿に、天理が頷く。
「いつきの無茶は心配するだけ無駄だしね」
 いつきがむかっ腹を立てて睨んだ。それも天理に真顔で見据えられて、視線を逸らす始末だった。
「ってわけで次隻さんがんば」
「何を!! ってか何言ってるんだよ!!」
 冷や汗もだらだらに言い返した隣、煉がいつきを見上げた。
 いつきが目を逸らした。
 結李羽は――爛々とした目で隻を見つめている。
「ねえ隻くん」
「とりあえず痣の件どうする!?」
「えーひどーいそこでらすのー?」
「おまっ、自分のことちゃんと考えて言えよ!!」
 そも、ここでやる話じゃない。絶対違う。場違いを超えて不謹慎も超越して違う。
『……あー、とりあえずだ。陣のそのメモ、こっち寄越せ。んでもって千理は青慈せいじ呼べ』
「いいんすけど、呼んですぐかえして自分で来てもらうじゃダメ?」
『そんなに去年のでりたかよ』
「ガチ吐いてもこき使われたんすよ……」
 最早奴隷ではないかと、隻たちは苦い顔で視線を逸らしていたという。


ルビ対応・加筆修正 2022/01/10


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