『まったく、海理も千理もボクの扱い乱暴すぎるよ。ボクもう幽霊だけど人格的に人権はあるからね』
『てめーの人権はともかく緊急事態だ。あと千理に召喚継続を拒否られてる理由ぐらいてめーで気づけ』
青慈は千理へと目を向けて、千理からそっと視線をそらされてショックを受けた顔をしていた。
『え、ちょ、ちょっと千理?』
「ご、ごめん兄ちゃん、オレちょっともう一部プリント頼まれてるんで!」
全力で逃げ出した千理の跡を呆然と見つめる青慈に、天理が海理へと目を向けた。
「吐くレベルまで呪力
『あ……』
やっと思い出したらしい青慈の顔が、ただでさえ青白いはずなのにさらに白くなった。隻は溜息をつく。
「東京でやった鬼退治の時に、千理に召喚されてた青慈が凄い量の悪魔を呼び出そうとしてたんだよ。でも千理は千理で」
「ああ、雷駆とか自分の獲物とか出してたんだ。そりゃ吐くね、いくらバカでも」
納得した天理。いつきは冷めた目で青慈を見上げている。
青慈は見事に意気消沈中。
「自業自得だな」
『わ、わかってるけど……あそこまで避けなくても……くっそルシファー呼び出すぞあいつ』
「余計避けられるだろ!? 反省が先だよな!?」
響基に同感だ。隻なら全力で気絶したい。
『――それで、ボクは何をすればいいんだっけ?』
『こいつだ、こいつ』
海理がひらひらと見せたプリントの痣――もとい陣に、青慈が目を鋭くした。すぐに中空を見つめ、黒い穴を出現させると本を一つ落とす。
落とした本人が脱力した。
『ウァサゴ……ああもう』
「どうした?」
『呼び出した悪魔が人見知りでね。本だけ出してとんずらしたんだ』
悪魔が人見知り……?
耳を疑う隻の隣、煉がこくりと頷いた。
「気持ち、わかります」
「いや、今わかってもな? とりあえずなんで本?」
『一応念のため。その陣の模様、隻のおじいさんの家で見かけたものに近い気がするんだけど』
やはり青慈も陣に見えているのか。いつきが着流しの袖に手を通して腕組みし、頷いた。
「その件は千理も気がついて、去年写させたノートを持ってきてる。ノートを写す前に隻から聞いた話だが、この陣はほかにも、伏見稲荷でスヴェーン一族を
頷きつつ、隻は結李羽へと目をやった。なんだか考え込んでいるのか、ずっと頬に人差し指を当てている。
「なんだったっけ、伏目稲荷神社の時、陣の説明を受けた気がするんだけど……纏めたの千理くんだよね」
「だな」
彼のあの記憶力なら覚えていそうだ。後で聞くかと考えつつ、青慈が陣を見ながら本のページを次々に
『――似た系統の陣で探りをかけてるけど、それらしいものは禁術のレベルになるね』
「き……なんでそんなのが俺たちにかけられてるんだよ!」
『焦らないで、あくまで仮定だから。……まあ一つ言えるのは、いいものじゃないってことかな。直感だけど』
「誰から見ても気持ち悪いもんなぁ」
翅に響基がぺちりと叩いていた。大して痛くないだろう忠告でも、せずにはいられなかったようだ。
青慈が紋様を見比べながらページを捲り、唸っている。
海理がふと隻たちを見下ろしてきた。
『その痣の件、誰かに言われたりしなかったのか? 風呂時とか』
「ってか、こんなとこ誰も見ないだろ」
「基本的に人がいない時間を見計らって入ってたしね」
……天理の生活は、随分と人と距離を開けたものに感じる。千理とは真逆だ。
ふと、ヨシ子が怪訝な顔になった。
「ねえ、その痣が見え始めたのって、もしかして最近かもしれないよ?」
『――だな、オレもその筋に同感だ』
青慈がページを捲る手を止め、苦い顔になった。
『ああ、やっぱり。なんでこういうのばっかり当たるかな……』
「ただまーコピーできましたよー」
『丁度よかった、千理』
「は、はい!?」
千理が戻ってきた。青慈が素早く呼び止めたその途端、廊下側の襖にびたっと体を押し付けてまで顔を真っ青にした彼に、青慈が固まってしまう。
『あ……え、っと。この間はごめんね?』
「う、ううん? べ、別に大丈夫だったんすけど……へ、平気っすよ?」
『じゃあ近くに来てよ』
「ごめんちょっと!!」
『……じゃあそこからでいいから。伏見稲荷神社にあった陣の性質、覚えてる?』
途端に千理が苦い顔になったではないか。煉が首を振った。
「平気。今必要なことなら、お願いします」
「あ……はい……けどさーせん、オレ知らなくって……」
「はあ!?」
信じられないと聞き返す隻に、響基が真剣な目で首を振った。
「また記憶が飛んでるんだろ」
「と、飛んでるのとは違うと思うんすけど……え、聞いてないっしょ?」
「……記憶操作か……あれ?」
頭を抱えた傍、違和感に気づいた。戸惑う千理へと目を向けても答えが返ってこない代わりに、いつきが目を鋭くさせた。
「永咲殿がそこに記憶操作をかける意味があるか?」
「そもそも、永咲さんもう死んでるし。記憶操作解けてるはずじゃないのか? 千理、青慈と二年ぶりの再会した時お前どこにいたっけ? ほら、華淋さんに怒られてた場所」
「え、どこって神社――あああああああっ!!」
「よーし偉い偉い」
頭を抱えて絶叫した千理の、その頭をぽんぽんと叩く翅。見た目の割に千理の頭が振動に合わせて畳に近づいているのは気のせいだろうか。
結李羽が困惑した様子で首を傾げている。
「その時にも記憶操作があったの?」
「うんまあ……色々と、な」
「恐らくだが、感情が
いつきの指摘に、結李羽が悲しそうな目で俯いた。「思ったんだけどさ」と、翅がしかめっ面をしている。
「千理、腕斬り飛ばされた時に何かされたんじゃね?」
「それだったら……師匠以外に、その時誰かいたってことになるんじゃないんすか?」
「……あー……そうなる、な」
響基が言葉を濁し、翅を睨んでいる。肩を竦めた翅の真上に海理がやってきて、背中を蹴飛ばしたではないか。
『今下手に思い出そうとするなよ。オレもその辺は記憶ねーんだ。天理もうろ覚えな以上無理したってまた忘れるぞ。最悪そこはオレら全員、師匠のとは別に記憶操作されてる可能性も疑わないといけないだろーしな』
確かにと頷く天理は、ふと顔を上げた。
「ねえ、気になったんだけど。おじさんの手元になら報告文書のコピーない?」
『ありそうだな。取ってくるか』
壁をすり抜けていく海理に、翅が顔を背けた。
千理が畳の縁を見つめて考え込んでいた。ふと、案じるような目の響基を見上げるなり、へらっと笑っている。
「大丈夫っすよ、思い出したもんの衝撃はそこまでないんで。――記憶操作、されてたんすね……」
記憶操作されていることから忘れるよう暗示がかけられていた以上、千理自身はわからなかっただろう。
それでも心配そうに見下ろしている響基に気づいているのかいないのか、千理は指を折って数えている。
「あー、いぶしのことも、すぐに結び付けられなかったりしたのもそうだったんかな。だから隻さん、オレに記憶操作って言ってたんすね」
「ああ」
「あと……あれ、やっぱあの時のだけ思い出せねーかも……」
途端に渋面になる千理に、いつきが「確定だな」と断言している。
「それ以上は無理に考えるなよ。また忘れるように暗示がかけられてたら厄介だ」
「うげっ、それはちょっと……うぃーっす、わかりました」
げんなり顔で諦める千理。海理が廊下から戻ってきて、ほぼ全員がびくりと振り返った。
海理が報告書らしいものをひらひら振っている。
『あったぜ。さすが多生の親父。管理してる戸棚は日付分けから項目管理まできっちりときた』
ばさりと、大した量もないように見えた資料を揺する海理。千理が受け取ろうとしていつきに遮られ、報告書を取られてむっとしている。
覗き込んだ天理と同じく、隻も覗き込もうとして――天理が「は?」と隻へと振り返って困惑している。
「ごめん、この時の証言に間違いはないんだよね?」
「あ? ……千理の記憶力がバカみたいにいいのは知ってるだろ、未來さんほどじゃないにしても」
「ひでっ!? ってか未來ちゃんは先天的な奴なんでしょ!? オレ違うよ!?」
「兄さんの場合は体がずっと小学生だったからでしょう。それはそれとして、どこの証言です?」
ついに膝を抱えてさめざめ泣く千理。響基だけが何度か心配して視線をやるも、結局報告書に目を通している。
「……あー、目が
「ここ。『男の子の姿をしたものが見えた』って奴。修正が書き加えられてるんだけど」
「修正? ――男の子が見えたのは本当だけど……修正かける理由ないだろ? ってかその場合報告書書き直さないのか?」
「急いで書き直した感じだし、訂正印は千理になってるよ」
レーデンが多すぎるから、印鑑ではなく名前を直接手書きしたようだ。
書き加えられた文章は――
「……うん、合ってるよ。天理さんの小さい頃の姿をしてた、スライム――えっと、いぶしスライムだっけ?」
IBCスライムだと言いかけて、やっぱり黙った隻だった。
「あの姿と、伏見稲荷神社で隻くんが見かけた男の子、似てたっていうのは教えてもらったよ――あれ!? そういえばなんで!?」
結李羽まで戸惑って声を大きくしている始末だ。隻もそうだったと頭を抱えて、海理が渋面を作っている。
『……嘘だろおい……まさか十一年前の、まだ終わってねーってか』
「でも師匠はもう」
『師匠が操られてた可能性、考えられねーのか』
「全然、全く、これっぽっちもないわーって感じなんすけど」
『おい誰かこの仙人最強伝説信じ切ってるバカの頭地中深く埋めろ』
「りょうかーい」
「やめたげて!?」
『陣の目的、少しずつ見えてきたよ』