Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第07話「焦燥と修験者の思惑」01
*前しおり次#

 空がここにある。地上となんら変わらず馬が駆ける。木々のてっぺんを馬の足が揺らしてさらに高く駆け上がる。
 二十階建てのビルより高いかもしれない、さえぎるもののない視界がそこにあった。
 愕然とする隻をよそに、雷駆の角に集中する熱にぎょっとした。
 雷撃が空を駆け抜ける。鬼が、天狗が、見覚えのない幻生たちが次々に撃ち落とされた。足元の雷雲から光が迸る。下に回り込んだ敵が光と闇の糸となって消えていく。
 雷駆に促され、避けることから始めることとなった隻は次の瞬間ぞっとした。
 鎌鼬のような風や鉄砲のような弾丸を直感だけで避けるのは、馬の動きでは厳しかったのだ。小回りが人間以上に利かず、立ち止まった瞬間目の前を貫くように飛んでいった鳥型の幻生に目を見開いた。
「どぉぅわっ!?」
『全体を把握しろ、今空には我ら以外の味方などいはしない』
「いるはず、ないのは、知って――る、けど!」
 避けるだけで精一杯、攻撃はほとんど雷駆が隙を狙ってやってくれているようなものだ。体を掠める天狗てんぐの錫杖には、雷を通して攻撃者を感電させた。目の前に迫ってくる敵へは額の角で突き上げ、真後ろの敵にはと言えば蹴り飛ばす。真下をすり抜けようものなら雷撃が襲い、隻が操る必要など微塵にもないほどの暴れっぷりだ。
 よく見れば天狗ではない連中もあちこちにいる。視界は雷駆のものと完全に共有している状態なので、むやみやたらと首を回すなんて真似はできないが、段々とスピードに目が慣れてきて気づけるものもある。
 馬の視界は……広い。
「なあ、なんで日本なのに外国系の生物がいるんだ……?」
『現代文化の流れの影響だ』
 見える限り妖魔インプと思しき下級の悪魔の姿や、空に浮かぶ光球。翼の生えた白馬なんて、隻が知る限り西洋の流れを汲んだ幻想の住人だ。
 雷駆の苛立ちが見え隠れしている。思った以上に短気――というより完璧主義らしいこの黒馬は、空で取り囲まれると同時に、自ら雷を四方八方に浴びせにかかった。
 かなり過激だ。何体の天狗だの、近くを飛んでいた無実な鴉だのが落ちていったかわからない。
 それでも天狗は空中で体制を立て直している。それぞれ距離を開けてまた近づいてくる。
『千理たちが言うに、西欧、北欧の連中が占めているそうだ。中国や南アジア、インド系の生物は数が少ないと』
「まあ、日本で有名なファンタジーって言ったら、その辺だよな……うわっ!?」
 目の前を錫杖が横切る。頭突きの容量で体を動かそうとすれば角突きになるおかげで、鴉はあえなく墜落していく。背中へと目を回そうとしたその時、真下から突き上げるような攻撃を受けて息が詰まりかけた。
 天狗が錫杖で突き上げてきたのだ。雷で打たれ、四方に散っていたのは、隙を伺うためだったのか。
「なろっ!」
『焦るな』
 放電をまともに受け、何体もの幻生生物が撃墜していく。空中で再び体制を整えた者はまた飛んできたり、千理や結李羽を見つけて攻撃に飛んでは迎え撃たれたりだ。雷駆が唸った気がして、隻は乱れた思考を落ち着かせようと、黒馬の意思に体を任せる。
「どうした?」
『陽動か……? 指揮官の姿が見当たらぬ』
「は? ……これだけ数がいるのに!?」
 百戦錬磨を誇る黒馬の冷静な思案に、隻は愕然とする。
 自分たちだけでもう軽く二十は倒したはずだ。いくつのモンスターたちが光となり闇となり消えていったか、数えるのなんてもう止めている。
 しかも下で千理たちが撃墜した数を考えれば――
尖兵せんぺいは大抵小規模だ。かつて千理の父と共に空を駆った際は、百に上る尖兵を討ち取った記憶がある。本陣は八百だったか』
 あいつの血筋どれだけ無双やってるんだ……!?
『統率固体を討ち取れば大抵は散開するが、それらしい固体が見当たらないと言うのもおかしい話。しかも天狗に至っては乱闘にこそ参加するが、決定的な傷を負わないようにしている』
 雷撃を受けて、角で突かれて蹄には蹴られて? 踏みつけ食らって?
 聞きたいことは山ほどあるが、現に天狗との距離は一定だ。何か不自然な気もする。
「……葉団扇はうちわ、あいつら持ってないのか? 神通力とか」
『使っておらぬだけだろう。この乱闘に団扇では味方も巻き込む。神通力よりも念力のほうが正しいだろう。尖兵だからこそ、使いたくないのか、我が今憑依型だと見抜かれているかだろうな』
 憑依者にまで念力を与えられるのは力量が高い者ぐらいだと、雷駆が教えてくれる。攻撃を受けても、雷駆と隻が意識を交代させ、神通力の使い手に決定打を与えられることを考慮して、敵は距離を開けているのだろう。
 ついでに言えば、憑依にとって一番の弱点は肉体的なダメージ。しかも雷駆が地上から飛び立つ前に教えてくれた内容では、今の隻たちの状態では、召喚主である千理にもダメージが行くというではないか。
 ――連身は信用がなければ怪我しかしないというのは、こういうことなのだろう。
「隻さん、雷駆! オレ奥確かめてきます! 結李羽さん、ここ頼みます!」
「あ、ああ!」
「オッケー、任せて!」
 何事か呟いていたようにも聞こえたけれど、千理との距離が遠すぎて聞き取れなかった。走り出した千理へ向けて、天狗が一斉に襲いかかるのを見、咄嗟に雷撃を発して牽制けんせいする。
『やはりか。間に合えばよいが』
「間に合うも何も、撹乱されてるのはわかったけど……この数に俺らじゃきついだろ」
 雷駆自身も本来の力量が出せない。憑依している人間が違うと勝手も違うのは当然だ。結李羽もまだ初陣間もないし、結界で身を守っていなければ恐らくやられてしまう。
 雷駆に頼っている隻自身もまた、とてもではないが避けることを担当する以外できるわけがない。
『――あの娘子たちはどうした』
「さあ、こっちのことで手一杯だったしな……」
 志乃と煉のことも気にはなる。なるけれどそれ以上他へと考えを巡らせて、目の前の数を捌けるかと言えばそれは違う。
 布切れのお化けのようなモンスターも倒し、火の玉へは雷撃を。飛んでいる首が呪術を紡ごうとしているのを見て蹴飛ばし、内心の隻はへとへとだ。これほど長く衣も保って他に意識を集中させるなんて、やった試しがない。
 結李羽は無事だろうか。レンは、志乃しのは――
 あの二人なら、まあ……大丈夫か。自分に集中しなければ。
 雷撃を周囲に浴びせ、地上に向けて雷撃を放つ回数を減らしていることに気づいたのだろう獣が、腹部目がけて突撃してきた。見事黒馬に蹴り飛ばされて地上に激突していく姿に、痛々しいと隻の顔は訴えてしまう。
 甘い世界ではないと、わかっている。わかってはいるけれど……
 刹那、ぞっとするほどの黒い何かが、全身を駆け巡った気がした。
 ドン
 突き上げるような音と共に地面が、空気が震えた。
「――は?」
『千理め、何かしでかしたか――』
 はっとして奥へと目を向けようとしたその時、不意に体がぞっとするほどふわりと浮く。
「え……うああああああああああああああああああああああ!?」
 雷駆が消え、頭から真っ逆様に落ちてしまう。木々にぶつかると頭を庇ったその時、木に絡まっていたのだろう蔦がネットのように広がって支えてくれた。早鐘はやがねのように脈打つ心臓を押さえ、震える呼吸を必死で整える。
 死ぬかと――あれ、雷駆は?
「雷駆!? おい、どこだ!?」
「隻くん大丈夫!?」
「あ、ああ――これ、お前が?」
 結李羽が駆けつけ、頷いているではないか。助かったと安堵の溜息を漏らしつつ、周辺を見渡す。あの黒い馬の姿がない。
「さっきどうなったんだ?」
「わからないけど、あの凄い衝撃の後、隻くんと雷駆さんの憑依が解けちゃったんだね。雷駆さんの姿が消えちゃって、隻くんが落ちてたから。びっくりしたぁ」
「……嘘だろ……」
 
 はは……想耀まで怒らせちったい。エネルギー切れなんで後よろっす
 
 三年前、あっさりと響いていた言葉が嫌な音を含んで聞こえてくる。
 瞬時に消えた馬。まさかとは思うが――
 
 そりゃまあ幻術を三体四体維持するのは骨折れますけど
 
 ちょっと待てよ。あいつ、地上だったら武器は? あの刀だろ?
 生身で戦えるのか? ずっと独房で反省してただけなのに? 書類書くか影絵の練習してただけなのに?
「結李羽、俺らも奥行くぞ」
「えっ? でも持ち場が」
 急いて上空を見上げる。結李羽もあっと息を呑んだ。
 天狗以外の幻生はほとんどいない。響く奇声が遠退いていく。天狗だって、まるで周辺をあぶり出すかのように木々の間へと目を向けているではないか。
 結李羽を背中に庇い、木々のネットから遠退く。道を確かめ、手の平に爪を立てた。
「……何かあったから、あいつ、雷駆をかえしたんだろ。体力持つって言ったって、敵はあの数だぞ」
「――行こう」
 結李羽のほうが賢い。だから留まる必要性を訴えてくれた。
 雷駆がいない今、生身の体しかない隻では止めるものも止められない。結李羽も集中攻撃を食らえば結界だけで防ぐなんて自殺行為だ。
 それでも、千理一人だけがいる状況はまずい。三年前の烏天狗の二の舞になりかねない。
 戦況把握なら、隻の十八番だ。味方と敵の位置と動き、両方を見定めて頷く。
「かくれんぼなんて何年ぶりだよ……行くぞ」
「うんっ」
 バスケットボールをいつでも出せるよう、衣も常に纏う状態を続けて走り出す。
 木々の間に隠れても平気な服を選んできていなかったから、いずればれるだろう。緊張は絶対に解けないが、先ほどからあの黒い気配が背筋にこびりついているようで、冷や汗が頬を伝う。
 なんだよ、あれ――
 空気が震え、地面も怯えていた。そう表現したくなるほどに、異質な何かがあったような気がしてたまらなかった。
 先ほどの、古びた小屋のある広場まで戻ってきた。ここにも天狗が入り込んでいる。
「おかしいよ、この広場は別に結界が張ってあったのに――」
「しっ。声出すな」
 張ってあったのか、結界。もうここまで破られてるなんて――
 奥に続く道へと回り込み、さらに先を目指す。後ろから声が聞こえてきた気がして慌てて動きを止め、低木の陰に身を潜めた。
『いたか?』
『いえ。変ですな。先ほど地上に術者がいたはず……』
 ガチで日本語喋ってる――っ!
 天狗が、え、天狗が!? あ、でも確かに日本人――人じゃねえっ!!
 妖怪語を喋るものだと思い込んでいた隻は、顎を外しかけて慌てて首を振る。よくよく考えなくとも今まで出会った幻生だって半数は人の言葉を喋っていたのに。
 広場に残っている天狗たちが唸った。
『よもや木々の間に隠れたなど……』
 や、止めろ核心それ核心! メタ発言!!
『いやしかし。先ほど空の黒馬にいていた術者は落としたぞ。随分あっさりと』
 煩いあっさり言うな初戦なんだよこっちは!!
『その間にもう一人の術者がいなくなったのだろう。やりやすくなったと言えばそうなるがな。ところで、大天狗様は無事に中へ? 神隠しの準備はお済みになられたのか?』
 頭だけパニック状態だった隻ははたと、結李羽と視線を合わせた。
 神隠し……?
『大天狗様も随分と器量のよい者を見つけられたものです。過去にもこうやって結界を逆手にとられたなど、今の者たちは知る由もあるまい』
『人間の寿命は短いからな。百年そこらなど。それよりお前、地上の警備よりも空中を見張れ。観光客に紛れこの寺の外より援軍を呼ばれても埒が明かぬ』
 羽音が響いていく。それに合わせてさらに道の奥へと進む隻と結李羽は、手の平に嫌な汗を感じていた。
 結界を逆手に取るって……ここの結界、神隠しだって言ってたよな――!
『誰だ』
 鋭い声にびくりと身を硬くした二人。途端に聞こえてくる猫の鳴き声に、天狗が苛立たしげに錫杖の石突いしづきを地面へと打ちつけたではないか。
『猫の鳴き真似をすれば見逃してもらえるなど、いつの時代の考えだ!』
 ごもっとも……!
 慌てて逃げるように連なる小さな葉の擦れる音。あまりにも早く遠退いた音に、さしもの天狗も呆れたのだろう。追いかける気配がない。
『……本当に猫だったか』
 締まりつかねえ――!
『……だから拙者せっしゃ、三下なのか……』
 世知辛せちがれえ――!!
 場面が場面でなかったら本気で叫びたい。後ろで結李羽が口を必死で塞いでいる。いくらなんでも笑うのは失礼というか酷いというか……確かに笑いたい。
 ひとまず奥に行こう。天狗の世知辛いサラリーマンな会話を聞いた中でちゃんと情報はあったわけだし。千理が危ない気がしなくもないし。……本当に世知辛い。
 大分距離が開いてきた辺りで、結李羽がぼそりと呟いてきた。
「あの天狗、リーダーじゃなかったんだね」
「……ありがとう三下」
 おかげで見つからずに奥に行けました。
 


ルビ対応・加筆修正 2020/11/07


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