「まず、今回あった昼の連中、スヴェーン家でした。案内役をしてくれたのは巫女としてバイトしてる
順に上げていく千理は、一応記憶はしっかりしていたようだ。指を折りつつ、紙にもさらさらと纏めていくのは、仕事をやってきた人間と言われれば確かにピンと来る。
「結界の幻術の使い方を見せるってことで、結界の中に入れてもらえました。けどまあ、結界の
報告は基本、千理まかせになりそうだ。隻もこういった報告は初めてで、どう言おうか考えあぐねていたから助かった。
「その後戦闘が激化しました。ただなんつーか、天狗たちの動きに気になる所があったんで、オレだけで奥を確かめに行ったんすよ。前線は雷駆と、雷駆に連身で憑依した隻さん。それから結李羽さんに任せました」
「
「あ、はい。戦闘はほとんど雷駆に頼りっきりだったんですけど……」
ささやかなどよめきが上がる。驚いた隻は、居心地の悪さでほんの少し座っている位置を直した。
やはり、バスケットボールが関の山な自分では、大きな一歩だったのだろうか。
「続きを」
「あー、はい。それで奥に行ったら、前線で見かけてた西洋系列や日本のモブ妖怪やらの姿がめっきり減ったんすよ」
モブって、妖怪と日本に謝って来い。
「奥は天狗、天狗、天狗に天狗。前線のほうがあからさまに陽動でした。しかも本陣だと思って突撃していったら、結界を張ってる中心になってたっぽい宮はもぬけの殻。奥に不気味な奴がいたんすよ」
「不気味とは? ――千理、どうした」
千理のおじ、
「不気味としか……なんか、術構成する力全部吸われちゃって、その行程もどうやって近づかれたのかもさっぱりなんすよ」
――は?
「後は隻さんに起こされるまで、記憶ぶっ飛んでるんです。覚えてるのそれだけ――っつか、体があんまりにも重いからそれ以外思い当たる節ないんすよね」
言葉が出なかった。現当主も次期当主も眉を潜めているし、翅に至っては机の下で拳を作っていそうで不安に事欠かない。
「して、お前さんは他に何かをされたということもないのかの」
「……とは、思うんすけどね。感覚的にされたほどのものはないですし」
改めて左手の感覚を確かめているのだろう。気味悪そうに顔をしかめているのは、自分のすっぽりと抜けた記憶がわからないからなのか。
多生が隻たちへと目を向けてきた。次は自分たちの番だろうと、隻は改めて背筋を伸ばす。
「隻くんたちからも、報告を」
「は、はい。千理が奥に走った後、俺たちで敵を倒していました。けど天狗は千理の言う通り、距離を保っている感じがあって……。その後しばらくして、急に雷駆が還ったので、何かあったと思って、俺たちも奥に。途中で天狗たちが見回りをしていたので、隠れて進むよう気をつけていた時、あいつらから気になる言葉が飛び出していました」
ところで、大天狗様は無事に中へ? 神隠しの準備はお済みになられたのか?
大天狗様も随分と器量のよい者を見つけられたものです。過去にもこうやって結界を逆手にとられたなど、今の者たちは知る由もあるまい
伝えられる限り伝えたとは思う。その意味の真意を、確かにわかるわけではないけれど。
多生は厳しい顔で机を見ていたが、すぐに顔を上げてきた。
「続きを」
「あ、はい。その後もう少し先に行って――多分外の結界から数えて三層目の中だったと思うんですけど、少し位が高そうな天狗がいました」
なぜあの天狗が自分たちを庇ったのかは、今でもわからない。弱かったからなのか、以前翅が教えてくれた通り、好意的に見られたのか。
「仲間の天狗を結界の外側に向かわせた後、俺たちのことに気づいてたらしくて、声をかけられました。その後、そいつは何もせずに引き返していったんですけど……奥に進んだら、千理が倒れていたので起こしました」
バスケットボールで千理を叩き起こしたことはちゃっかり伏せた。話を聞いた彼らの表情が厳しい。
襖が開けられ、頭を下げている万理を見つけて驚いた。
「会議中失礼致します。スヴェーン家側より連絡です。結界術師、連身術師他数十名が神隠しにあったとのこと、確かな情報でした」
ぎりっ
隣から漏れる凄まじい歯軋りの音に、隻は視線で
「その件につきまして、証言者との対談をスヴェーン家当主より求める声が上がっております。神隠し騒動の一件、レーデン家の起こしたものという声も上がっているそうです」
「はっ!?」
「あぁ!?」
「やはりか」
翅のあまりにも低い声にぎょっとする。隣の結李羽が怯えて隻の服の裾を掴んできた。
隻も驚いた側だけれど、千理に切れていたレベルを遥かに超えた怒りには舌を巻く。
千理は、怒りを無理やり押さえつけるように息を吐き出した。
彼の感情に気づいていないわけではないだろうに、多生は次期当主らしい、厳しい顔で千理へと目をやっていた。
「さすがにこの状況で断るわけには――な。だが」
「わかりました行ってきまーす――あ、やべ」
当主にも次期当主にも呆れ顔を向けられている。はたと気づいたらしい千理に、結李羽が深い溜息。
「証言できないよね……千理くん記憶ないし、
隻、視線を天井にしか向けられない。
「証言、笑顔でサバ折りされるよな」
「……オレの記憶カムバーック!!」
『やれやれ仕方ない。私も行ってやろうではないか』
面倒くさそうに耳の後ろを、後ろ足で掻いている三毛猫に言われたって。
白けた目が当事者三人から猫に送られ、結李羽がふと気づいたのかはっとしている。
「ね、ねえ隻くん。あの時猫の鳴き声聞こえなかった?」
「へ? ……あっ!!」
『フン、今さらかバカ隻め』
バカにされた……猫にバカにされた……!
拳をわなわなと震わせる隻に、猫は愉しげに笑っているではないか。
『そういうことだ。五神の私の証言があれば問題はなかろう。行くぞ小僧』
千理は深い溜息をついている。
「貸し作りたくねぇっすよ……しょうがないって言っても」
「今回は独房では済まないぞ」
「うへぇ……わかりましたよ行ってきますー」
不平たらたらだ。気持ちは痛いほどわかる。正直今からでも倒れたい。
と思っていれば、当主に「今日はもう休んでいいぞい」と優しく声をかけられた。とっくに隻の体力を見抜いていたのだろう。
隻は素直に甘え、結李羽と席を立った。そうでないと
「だからどうしてそういうことしか考えねえんだよ阿呆共が……! ざっけんなよ、お互いがなんの為に戦ってるかもわかりもしねえで要求だ!? だから――!」
……真正面の養子同僚が、言葉だけで母屋を燃え滾らせそうなほどに、怒り全開にしているから。
「――大丈夫か」
庭園を眺められる縁側から渡り廊下へと向かいつつ、一度母屋に入り直す。結李羽の珍しいほどに暗い表情に、隻も目を離せるほどの大丈夫だろうという甘い考えは持ち合わせがなかった。
当然かもしれない。重なるものが重なりすぎだ。
事情を聞きたくても、千理はあの三毛猫――浄香に連行されて、現在はスヴェーン家に足を運んでいる。
翅もあれだけ怒りを吐いた後は、「あ、やべ
万理も苦笑いを浮かべて、とどめとばかりに「テスト勉強に戻らせていただきますね」。
誰も取り合ってくれない。三年程度の居候と、押しかけ箱入りの少女では、相手にされないのは当然だろうけれど。
三年前から思っていたことではある。千理に関する話題を、この家はやたらと避けたがっているような……。
「……なあ、結李羽」
「え――え?」
心ここにあらずな状態の恋人に不安はあるも、隻は気づかない振りをして唸る。
「……俺、前にお前に聞かれたよな。千理がどんな奴か」
「あ、うん。結構ひょうきんな子で、嫌がらせしてるのか天然なのかわからないぐらい行動が不思議だって言ってたよね」
「ちょっと待った、俺そこまで優しい言い方してねえ。……似た言葉は使ったけど」
十分これでも酷い言い方だと言われたが、それを聞く気はない。渡り廊下を通りつつ、無意識に衣を出して、バスケットボールを手にくるくると回していた。
「あいつに兄弟がいるのも聞いたし、三男坊ってあのバカ猫が言ってたってのも、話したよな。けど上の兄弟見たことないんだ。ってか、万理以外の兄弟にも出くわさないし、あいつの親にも会ったことないし」
「え、三年もいて!?」
驚きたくもなるだろう。ずっと違和感があった隻は当然だと頷く。
「翅に聞いても『俺が言うことじゃない』の一点張り。万理も『母親はこっちにいる』だけしか教えてくれないし、挨拶しないとと思っても、それ以上
はっきり言うなら、何かあったぐらいはわかって当然の反応だ。千理にそれとなく話を持ちかけても綺麗にかわされてしまったし、隻ほどではないにしろ、何か家族に対して触れてはいけない一線を、互いに築き上げているようにも見えた。
今でも鮮明に覚えている。
レーデン家の三男坊が天狗
そう言う貴様はどういう風の吹き回しだ、レーデンの。知っておるぞ、お前の経歴は
あの浄香の言葉がただの当てずっぽうな脅しでないのなら……
自然と、指の上でボールを回す手が止まり、手の平に収める。そこまでしてやっと、幻術を使っていたことに気づいて静かに消した。
結李羽も上の空気味で気づいていないのだろう。渡り廊下を超え、左折してもやはり不安げな表情。
「
「――何?」
「うちの跡取りまで、あんなことになったりでもしたら=v
足が止まってしまう。言葉を上手く飲み込めず、それどころか噛み解すこともできない。
なんだよ、そんな言い方――!?
「それってここの個性が強いからかなって思ってたけど……千理くんのあの腕見たら、意味が繋がった気がするの。千理くん、幻生生物に対してものすっごく怨んでるって、阿苑でも有名だったから」
「そりゃあの腕、敵にやられたやつだろ。それっぽいこと言ってたし。怨んでもとうぜ――」
言葉が途切れる。結李羽の不安げな表情を見下ろす。声ごと、息ごとぷっつりとその思考を切っった隻も、彼女と同じ思いに駆られたのだとわかった。
それだけで怨むわけがない。
あの千理があそこまで動く理由が他になければ。あれだけ飄々とした性格のあいつに、自分に関心が薄いあいつに、たったそれだけの理由なはずがない。
「――隻くん、まだ憑依連身じゃないと幻術操れないよね。やっぱり、このこと、きちんと聞いておくべきかもね」
「……だな」
疑心となる部分があるのは問題だ。連携ミスに繋がってしまう。
止まっていた足を渡り廊下へ向け直す。途端に、目の前にいた青年にまた足を止めた。
短髪にややだぼっとしたダウンジャケット。多感なお年頃らしからぬ据えられた瞳。なんとなく、目を頼りにしていない感じがする。別の世界を見ているようだ。
以前術の形態を千理や万理たちから教わった時、呪言という術形態を見せてくれた青年だ。翅と同い年で同じチームを組んでいることは聞いていたが、まさかここで会うとは。
「響基……翅ならさっき仕事って出ていったぞ。一緒じゃなかったのか?」
「ああ、うん。翅の出た音なら聞いてたよ」
……うん? 聞いてた?
そっと結李羽が後ろを振り返ったも。隻は微動だにしない。
会議室がいわゆる防音効果のある術式で、母屋の廊下側に音が漏れないようにしてあるのは知っているのだ。だから多分、縁側から聞いたのだろうと思ったのだが。
その割に、一度もすれ違わなかった。今やってきたのはどう考えても男子棟方面からだ。
……聞いてた、のか。
「一応仕事前に様子を見に行こうとしたんだけど……当主からも多生さんからも呼ばれなかったから、いいかなと思ったんだ。そうしたらバスケの経験者が出す上手い音が聞こえてきたからこう足がつい――ね?」
「は? ……あ、ああ、そっか。言ってなかったな。俺元バスケ部――」
「そうだよな!? バスケットボールの音だったし、八年製の公式試合で使われてたボールの音だったから!」
「細かいな!? そりゃ俺がバスケやってた最後の年、丁度そのと……」
固まる。結李羽も顔が引きつっている。
目が爛々と輝く青年が、怖い。