Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第08話 02
*前しおり次#

「やっぱり隻さんレギュラーだったんだなあ。うん、いいな、いい音とリズムと重心の使い方だったよ」
「……そ……そ、っか。それは……どうも……あ、そうだ。響基、こっちは結李羽。阿苑家で修行積んでて、こっちに来てくれたんだよ。ユリ、俺の三年間の修行の時から世話になってる響基。翅と同じチームで、音を使った幻術が得意なんだってさ」
「ああ、隻さんの彼女さんの。噂はかねがね。よろしくお願いします」
「阿苑結李羽です。こちらこそよろしくお願いします。当主からよくお名前を伺っている方で合ってるでしょうか……?」
 ……え。そういう繋がり? 響基っていったい何者?
「俺そんなに名前出されてるのかあ。あ、でもいつきなら言うだろうなあ……うん、合ってると思います。響基って名前京都でそうそう聞かないだろうし」
 照れながら言う青年と目が合いづらいことに、結李羽も戸惑いがあるのだろうか――いや、ちょっと違うかもしれない。
「当主のお友達の方だったんですね。失礼しました……!」
「え、いやいや友達だなんて! それはちょっと違う……の、かなあ。あれ、でもいつき、そう言ったら傷つくぞって怒りそうだし……うーん……」
 ……それは、悩むところか。
 さり気なく相手に失礼を言いながらも悩む善性を見せる姿を初めて見た。ずっと廊下ですれ違うだけの青年の一面を見れたことは嬉しいが、バスケの公式球の年代当てをされたことが非常に身を引く。
 隻にとっては、完全に無意識でやっていた再現だったのだ。なんで最終バスケ歴を明かすことになったのか疑問しかない。
「……で、どっか行くつもりだったのか?」
「いや、普通に音の鑑賞をしに来ただけなんだけど」
「……お、音を、鑑賞……?」
 クラシック音楽みたいにか? それともあれか、バスケの音がか?
「ボールの撥ねる音っていいよなあ」なんてうっとりした声で言われても、背筋が冷える。
「じゃあ、そういうわけだから。隻さん、いい音をありがとう。あと夜食の会のおにぎりも、いつもご馳走様です」
「……なんでお前のところにまで行ってるんだよ」
「え? そりゃあ、翅がやってる動画サイトの配信の時おにぎり隣で摘んでて――」
「翅戻ってこい!! 先に言え!! あと人数調整わかんなくなるだろ連絡しろ!!」
 響基が耳を押さえて口をぽっかり開けていた。結李羽が苦笑いをしていた顔を、恋人に向けてぽかんとしている。
「夜食の会……って、隻くんそんなことしてたの……?」
「……腹減っておにぎり作らせてもらってたら、集りに来た連中が増えて勝手に命名されてた」
 結李羽がなんとも言えない顔で見上げてくる。響基は苦笑して、「いつも食べる人数と個数数えてるもんなあ」と頷いている。
「次からはちゃんと伝えるようにするよ。きっと……翅がちゃんと言うといいんだけどなあ」
「……いや、来てくれたらその場で握るし……なんで俺握ってるんだ……」
 非常に今さらな問いが自分にかかる。響基が同情する様子で、焦点の合いづらい目を向けてきた。
 ふっと、突然振り返る彼の後ろには、誰もいない。なんなら声も聞こえない。
「ああ、うん。じゃあ隻さん、結李羽さん、また。呼ばれたから行ってくるよ」
「……あ、ああ……じゃあな……」
「失礼します」
「あんまりかしこまらないでもらえたら助かるなあ。じゃあ、今日はゆっくり休んで。お疲れ様」
 ……。
 去って行く響基の背が見えなくなっても、隻と結李羽は青ざめた顔を向けあった。
「……今日の出来事、一から十まで聞かれてたのかな……?」
「……耳がいい人とは聞いてたけど……突っ込んだ話してこなかったから、さっぱりだな。……纏めて聞くか」
「千理くんに?」
「そのほうがいいだろ……次会う時もホラー体験する気持ちになるよりいいよ」
 これが響基に聞こえないことを切に願う隻である。
 
 
「へ? 響基? ……あー、あれね、あれ」
 いきなりもの凄いげんなり顔ではないか。夕食も終えて三人と一匹だけで集ったのは正解だったかもしれない。
 ただ、帰ってきて早々、千理はあまりにもげんなり顔ときた。隻も結李羽も納得する。
「やっぱりお前もあの耳のよさ知ってるんだな……」
「そりゃあずっと前からの付き合いっすよ。小さい頃何度も会ってるらしいんすけど――そりゃともかく、響基が帰ってきてたらここでも聞こえると思いますよ」
 慌てて後ろを振り返った。渡り廊下までの細道を振り返る。
 例の彼の姿はどこにもない。暗がりの中、足元の三毛猫の白い毛玉がぼうっと浮かんで見える程度だ。
「そこまでビビんなくても、翅と違って良識はありますって。いや、全くそう見えないって顔しないでくださいよ。マジですから。で、にい――そのリズムいい人、奏明院そうめいいん響基ひびきなんすけど。あっちは昼の種族で、専門は対幻獣・聖獣イリュジオン側の家の跡取り。今色々あってうちに来てるんです」
 実際字を書いてもらって、あまりにも格の違う家柄だとわかった隻は顔が引きつる。結李羽も感心した声。
 あちらも随分な訳ありだったということなのだろう。自分も人のことは言えないけれど。
「凄く格式高そうな名前……」
「音楽一家な幻術使いの血筋っすからね。響基の家、音を使った呪術に凄く特化してるんすよ。その道じゃかなり有名な家柄っすね。翅命名音フェチ」
 それにしたって、ボールの製造年数を細かに言ってくるのは変態の域ではないか。
『あやつの噂もかねがね聞いてはいるが、家そのものが音に対しての能力を常に磨き続けている。まあ、今はほぼ潰えた血となりかけてはいるがな』
 猫の首根っこを摘み上げ、ぎょっとした浄香が暴れ始めたのを見て遠くに放る。引っ掻こうと相手が反撃に振り返った隙に、マタタビボールをチラつかせて遠くに放ってやった。
 案の定、猫の本能に負けてそちらへと猛然走り去る。千理が生暖かい顔だ。
「隻さんも手馴れましたねー。三年間いったいどんな修行してたんすか」
「嫌味より昼間の件話せ。そこの記憶まで飛ばしてたって、殴って思い出させるぞ」
 一瞬口を噤んだ千理が本当に珍しい。月明かりの中、男女それぞれの寝室棟の間にある狭い物見櫓ものみやぐらに隠れて、浄香が登ってくるのは面倒なので扉の鍵も閉めておく。
 登った眺めは、こっそり翅につれてきてもらった三年ほど前と変わらず綺麗なのに、今はそれを確かめる気すら起きなかった。
 千理は気まずそうに右手で頭を掻き、左手をちらりとだけ見やって、溜息をついていた。
「見られたもんは仕方ないとは思ってましたけど、ね……あんまりキレないでくださいよ、頼みますから」
「お前のに一々キレてたら血管足りねえよ」
「え、ちょっとそれ傷つくんすけど。まあいっか」
 途端に千理の背中から、衣が現れる。その衣を消してしまっても、彼の左手は確かに保たれていた。結李羽が納得のいかない表情をしている。
「実力があるってことをごまかすために、いつも衣を出してたの?」
「別にそういうわけじゃないっすよ。衣出さずに保てる幻術、まだ一つだけが限界なんです。それ以上は衣なしには、ちょっとね」
 また衣を出して――けれど彼は少しだけ躊躇ためらって、青い顔のまま苦笑いしている。隻は溜息をついた。
「疲れてるなら無理して保たなくていいだろ」
「保ってないと痛みそうなんですよ。よく言うっしょ、『なくなった左手の感覚がまだある』って。オレもないわけじゃないんすよ。これ痛み止めなり、ってね」
「じゃあ、やっぱり――」
 頷いていた。何度か手を開いたり閉じたり、握力を確かめるように曲げ伸ばしして、その手で櫓の縁を掴んでいる。
「手なくす羽目になったのはもう、十年ぐらい前なんすよ。確か……オレが小学校三年ぐらい、か。万理が小学校上がる前で、その下の弟と妹は……三歳ぐらい?」
 物心ついた時から、既に千理は兄に引っ付いて回って、幼稚園や小学校を抜け出しては幻術を盗み見て練習していたのだそうだ。
「海兄は高校一年、天兄は中学二年でしたね。兄貴たち、家の中でも指折りってぐらい実力あったんすよ」
「高一と中二で?」
「そ。すげーっしょ。おじさんの次の当主――次期のさらに次期当主候補で、もう名前挙がってたぐらいでしたからね」
 自慢げに、嬉しそうに笑う千理の顔は、初めて見るものだった。
 レーデン家は元々精神力の器、ひいては幻術を操るエネルギー、呪力の器が並み以上の人間ばかりだ。その中でも千理の二人の兄は抜きん出ていた。
 一番上の兄貴の海理かいりは七歳で幻術二体を呼び出した。二番目の天理てんりは六歳で、雷駆を呼び出し、憑依までしてのけたという。
 普通の人でも、同じことをやれるようになるには早くて十歳ぐらいだそうだ。
 想像力も精神力も、また再現力も人一倍だった兄たちは、他の家からも相当に名が高かったという。
「親父も随分喜んでたらしいです。本人ずぼらだったんで、これでサボれるって」
 ……この息子にしてこの父ありの喜び方だった。
「オレも才能あるんじゃないかって、想耀や雷駆や、親父が作り出した幻獣とか、色々遊んでもらってました。丁度その頃は、京都のほうは今ほど幻生が跋扈ばっこしてないし荒れてなくて、精々バブル崩壊の不安程度だったって聞きました」
 事が起こったのは、そんな平凡な冬休みだったという。
 いつものように小学校を抜け出して、大山猫の幻生、和為やわなの背に乗って家に帰った時、その現場に遭遇したのだと。
「ガキだったからなんでしょうけど、そんなに記憶ないんすよ。親父と海兄が惨殺されてるのと、天兄がオレを突き飛ばして叫んできてたのぐらい……ですね。腕やられたのもその時です。覚えてるんは、変な幻生がいたってことっすね」
「変な幻生?」
「んー、なんつーんかな。一部がスライムみたいなゼリー状。そこから蛇の頭が何体分も出てました。キマイラやヘルハウンドなんかも、尻尾や後ろ足を繋げてそいつから飛び出してたんすよ」
 そんな幻生、隻も結李羽も初めて聞いた。千理も、今でも正体がわからないという。
「そっから後は、気がついたら天兄がいなくて、俺の腕はどっかに持ってかれちゃってて……親父も海兄も死んで、天兄は行方不明。もうほとんど、捜索もされてないんです……オレだけ諦め効かなくって」
 笑うでもなく、後悔も見せず、淡々と、何気なく話す。そんな千理の正気を疑いかけて、隻はやっとに落ちた。
 ――だから、あの時も。
「……被ったんだろ。病院で俺らを見た時、結李羽の状態知って」
 目を見開く結李羽と千理。すぐにあっさりと笑った千理は、「そうかもしれないっすね」と素直に認めている。
「真実全部見えないから諦めろっていうのも、オレの性分じゃないですし」
 嘘だ。――いや、本当なのだろうけれど。
 がむしゃらにでも真実を追いかけたいのは、こいつも同じなのだろう。
 隻は視線を外し、千理の頭に手をやった。意外そうな顔をされ、本気で正気を疑わんばかりの顔をされて頭の頂点を強引に撫でる。
「い、いたっ、禿げる! 禿げ進行たんまっすよオレ正造しょうぞうじーちゃんみたいになっちゃうからたんまーっ!!」
「ははっ、なんだそれ! ――な、なんだよ」
 ぎょっとされ、気味が悪くなり手を退ける。頭を擦る千理が恐る恐る口にしてくる。
「隻さんがオレので笑うの初めて見たっすよ……ちょ、ま、たんま禿げ進行ストップ!」
「いいだろ少しぐらい禿げたって、若禿げって貴重らしいぜ! 誰が冷血だよてめえ!!」
「いや誰も冷血言ってないっしょあの猫と違うんすから! 鬼畜とは思ったこと何回かありましたけど」
「お前の無茶苦茶理論のほうがよっぽど鬼畜だろ!」
「あ、それあたしも思うー」
「えちょ、結李羽さん彼氏援護しないでくださいよ!? いだだぁだだだだだだあああああっ、禿げるううううううDNAえええええええ!!」
 響く笑い声と絶叫。目尻からこぼれかけた涙を拭った結李羽が、ふと後ろを向いたではないか。隻も、悲鳴を上げる千理から手は退けずに目だけを外し、ぎょっとする。
 暗闇に浮かび上がる青い二つの月。カッと見開かれたそれと真上で獲物を狙う体勢を見せている耳を見た結李羽が、体を震わせた。
『お前たち、私を除け者にして話を進めおって――! 上ってくるのがたいへ』
かおりちゃん肉球――――――っ!」
『は? なぜ香ちゃ――ああああああああぃやああああああああっ!!』
 猫の毛皮をもふもふと堪能している結李羽から抜け出せず、悲鳴を上げる猫を見て。隻も千理も暴れるのを止めた。
「……結李羽さん、本当最強っすね……」
「普通の女、あれビビるよな……あ、忘れてた」
 何がと顔を上げられ、千理の背中を叩く。軽めとはいえ急すぎたのだろう。咽せる少年に、隻はそっぽを向く。
「ありがとな」
「――へ? ……隻さんどっかで頭打ちましたんまああああああっ!!」
 脳天目がけて手を動かそうとしたら本気で逃げられた。笑い飛ばし、結李羽と目が合い、「やりすぎだよ」と言われてにやりと笑む。
 しばらくは、これでいじれそうだ。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/07


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