「はいっ!? いやちょっとたんまオレと隻さんで連身!? ガチで!?」
「すみません
「ひっでーっ!?」
次期当主、
しかも、またも人の部屋に無断で入ってきただけでなく、爆睡までしてのけていた千理を叩き起こたばかりだ。互いに臨戦体勢を取った最中だったのだ。座布団を投げようとした体勢のまま、こんな話をするとは誰も予想だにしなかっただろう。
わざとらしい咳払いをした多生に、千理がブーイングの嵐だった。彼の影目がけてトカゲらしい影が飛び出していき、千理の悲鳴が上がった。
「雷駆との憑依連身もまだ不慣れだそうだな。それなら術者と憑依者の呼吸から合わせたほうが、雷駆へと移りやすい。人に作り出された幻獣とはいえ、本質は人ではないからな」
十分人間臭いけれど、あれでも違うのか。
千理からの枕投げを警戒して構えたまま、隻は言葉に詰まる。その警戒される理由を忘れたのだろう千理は、枕を振り回してやはりブーイングだ。
「納得いかないっすよ、憑依するだけならオレと隻さんで連身やる必要ないじゃないすか! おやっさん何考えてるんすかちょっと!」
「戦力は増えたほうがいいだろう。憑依連身ももとはと言えば、連身から発想を得ている。呼吸を大切にすることを覚えておきなさい。それと一つ言っておくが、もしお前たちで連身ができないのであれば、清水でのあの件、任せられないぞ」
「わかりましたよやりゃあいいんでしょーよやりゃあ」
……手の平の上で転がされてる。
文句を吐き散らかす少年をジト目で睨む隻。そのくせやる気は十分な千理を見た多生は満足げに頷いている。隻は溜息をつきたい思いに駆られ、目を向けられて口を噤む。
「そういうわけだ。まずは君から修行に移ろう」
「……え? 修行って、どういう……俺、確か幻術制御の修行は自主鍛錬まで過程終えてましたよね?」
幻術の修行の基礎は確かに教わった。系統に関して抜けていたのは忘れていたからとしか言えないし、教わっていなかった系統があるのもわかってはいる。けれど改めて修行と言われるだけの理由が見えてこないし、千理が「やったね!」などと喜び勇んで人の布団にダイブしているのには腹が立つ。
「お前は自分の部屋で寝なさい。それが嫌なら雷駆を呼ぶぞ」
「雷駆は今
ああ、たまに聞く多生さんの息子さん……。
多生は注意を諦めたのか、「一時間後に訓練場に必ず来ること」と念を押している始末。準備するべく、以前与えられた胴着を探して、千理を蹴飛ばした。
布団の厚みが足りないからと、ちゃっかり毛布の間に挟まれていた。
「隻くんに教えていなかった複合幻術の過程を改めて教えようと思ってな。この間雷駆が教えたという憑依連身に連なり、幻術の形態をおさらいしようと思う」
「よろしくお願いします」
過去に習った幻術の形態は二つ。肉体系と、呪術系。幻術そのものは本来呪術ではあるのだけれど、主に使われる方向性を大まかに分けてそう呼ばれている。
肉体系に当てはまるのは――肉体を強化して戦う、肉弾戦の基礎とも呼べる
武器を使い、術者本人ないしは武器に付属能力を付与して戦う武具。
そしてスヴェーン家の煉という少女と、バイト巫女の
対して、呪術系に当てはまるのは、ただの幻覚や幻聴を作り出すだけの原形幻術。これは目暗まし程度の能力しか持たないが、幻術の元来の基礎をそのまま残した形態で、誰しもが習う幻術だ。
千理の腕を補っていた、欠けた肉体が再生するまで、もしくは永遠に補う
呪術はその結李羽の
召喚・
複合幻術は肉体系、呪術系両方の要素を組み合わせた形態。レーデン家の最大の武器である、使役している幻獣に身を宿す憑依もまた、これに含まれるという。
「翅や千理が武具を自ら創造し、呼び出しているのは知っているな。あれは召喚武具という形態だ。
言わずもがな、幻術を操る力――呪力が尽きた時に応戦するためだろう。千理のように力尽きるまで幻術を操り続けるのは、その後を考えない戦い方だ。皆呪力の底が尽きるのを避けるのだろう。
二つ目と、多生が右手を横に突き出した。途端に彼の背中に衣が下り、腕が瞬時に太い虎の腕のように毛皮に覆われ、爪が鋭く伸びる。ぎょっとした隻は半歩後ずさった。
「
「す、すっげー……」
巨大な虎の腕を軽々と振り回す男性に言葉が出ない。あっさり術を解いて本来の腕に戻すのもまた、圧巻というものだ。
「それから、これは主に一般人に知られた時に用いる術だが――記憶操作という形態もある」
「……それ、千理から一度聞きました」
一応自己紹介だけはしときます。記憶飛ばすかどうかは後ですし
あの時隻は一般人だった。千理は恐らく、記憶操作で自分との接触から忘れさせるつもりだったのだろう。
……本人が名前だけでもこれだけ高度な呪術を使えたかどうかはさておいて。
多生が頷いている。
「結構。最後が、雷駆が教えた
普段の連身や憑依は、術者と被術者に精神の繋がりが強く生まれるものだ。どちらかにダメージが入れば
一方、憑依連身は幻獣を介すことで、術者に及ぶダメージを緩和できるという。
「結果、幻獣を呼び出す術者側は、幻獣を出したまま別の戦闘に参加しても支障が少ない。しかも千理であれば多少耐えられるだろう、体力だけはある奴だからな」
「……同意はしますけど聞き流していいですか」
構わんと、多生。相変わらずここの千理に対する扱いは本当に雑だ。相手が次期当主でなければ顔がうろんげになっていただろう。
ついでに、そういう座学でよさそうな内容を、なんで砂利を敷き詰めた訓練場でやる必要があるのか、そこから聞きたい。
縁側を通る仲居からは、「隻くん頑張ってねー」と気軽に声をかけられるぐらい親しい人も過ぎていき、気恥ずかしい思いもよぎった。
「それではこれより訓練に入る」
言いづらいけど前置き長いです。
「今回は記憶操作に対する抵抗だ」
「はい……は? ちょっと待ってくださいなんで!?」
それこそ対人を予想しているような声音ではないか。敵は海の向こうでなく本能寺にいるとでも。愕然とする隻に、多生は「気づかないか?」と問いただしてくる。
「千理は恐らく記憶操作されている」
「はっ!?」
「ああ、使い手は天狗ではないだろう。先日のあいつの言葉をよく思い出してみなさい。詳細を聞かれた時、あいつはなんと言って、どんな様子だった?」
「え、いや、どんなって……なんか思い出すの面倒そうっていうか、頭痛そうっていうか、そんな感じで押さえてて……」
不気味としか……なんか、術構成する力全部吸われちゃって、その行程もどうやって近づかれたのかもさっぱりなんすよ
隻さんに起こされるまで、記憶ぶっ飛んでるんです。覚えてるのそれだけ――
やっと理解できた。
隻の顔が青くなった。多生が頷いてくる。
「千理自身は思い出さないよう暗示をかけられている以上、疑問に思わないだろう。改めて、あいつの記憶が飛んだ際、君も記憶操作をされても、別におかしいことではない。憑依連身中は、精神的な繋がりが多少でもある以上、気を抜くわけには行かない」
「……されたら、やっぱり記憶がなくなるんですか?」
「それだけで済めば
渋面を作る男性。隻は既に冷や汗が流れるのを止められない。
「記憶をなくすだけなら、記憶消去とその名前が付くだけで済むだろう。この術は
諜報活動や一般人へのごまかしを行うための工作班。そして謀反を働く幻術使いを討伐する実行班。彼らが標的に施すための暗示の術ということ。
「記憶をいじるだけでなく、その人の行動に合った情報を付加しなければいけない。相手の記憶も垣間見ることができる術になっている、
記憶をいじり、垣間見る。
嫌な響きを含んだ言葉に、声が出なくなりそうで。
「この修行ではそれを打ち破れる精神力を鍛える。憑依者が相手に捕らえられるのは非常にまずい。苦行にはなるだろうが、修行が上手く行けば君自身も幻獣を呼び出せるぐらいには鍛えられているだろう。覚悟はいいな」
「……は、はい」
自分で入ると言った世界だ。甘えられない。
逃げ出したいとは思うけれど、聞いた以上は責任を持ちたい。それだけの力を得たい。
――被ったんだろ。病院で俺らを見た時、結李羽の状態知って。
お前、俺がこうなるってわかってても、知らなくても放っておけなかったんだろ。
似てないはずなのに、似てたから。
「お願いします。――あいつらを討つためなら、なんでもやります」
守りたかったはずなのに。守れないだけじゃなくて、守られていただけだと知った悔しさも、絶望も。
当てたくても八つ当たりできる場所もない。現実がそこにあるだけの場所にいたから、放っておけなかったんだろ――
「――あいつらを、か」
多生の呟きに、隻は目を瞬いた。
「なんですか?」
「――いや。そう思わせるだけのものを、傷を君に負わせた幻生には、相応の罰が落ちるのが道理だろう。その考えは間違ってはいない。だが、正しいとも思えないのだよ」
「……どういう意味ですか」
今になって、何を言うのだろう。
師事をしてくれる相手に失礼だとわかっていても、声が低くならずにはいられない。多生が、千理や万理と同じ真っ黒な目で、隻を射抜いてきた。
「そうだな。今の君には、雷駆たちは召喚に応えないだろうということだ」
「なんで――」
「君と結李羽さんをあんな目に遭わせたのは幻生だ。そして雷駆らもまた幻生だ」
目を見開いた。
多生は静かに、焦げ茶色の目を見据えてくる。
「後は君自身が見つけなさい。人に言われた言葉だけでは身につかない。君自身の力で得た答えが必要だ」
……答え、って、言ったって。
そんなの言われても、雷駆たちは進んで幻生を――悪い奴らを退治するために力を貸してくれているのに。清水寺の時だってそうだったのに。
自分には応えてくれないというのか?
なんで。
多生が言葉を紡いでいる。あまりにも早い音を聞き逃すまいとした隻は、心臓を掴まれた思いで目の前を
幼い頃の自分が、遠くでこちらを見やっている。
目の前の母親はまだ若くて、隻を見下ろしてきている。鬼の形相で手を掴んできた。痛みで呻いて、思わず口が
「ち、違う、俺じゃない! 俺は何もしてない!!」
「嘘を言わないで!
違う
違う、俺じゃ――
走り去る足音。
積み上げた
「謝りなさい、隻! 自分のやったことでしょう!!」
母に示された花瓶は、粉々で、輝く破片が床に散らばっている。
綺麗だとすら思ってしまった。
母を見上げれば、大切にしていたそれを壊されて、涙すら浮かべていて。
「おばあちゃんの思い出も詰まってるのよ! おばあちゃんがどれだけ大切にこの花瓶で花を育ててたのか、あなたもわかってるでしょう!!」
「違う、ちが、俺じゃない! 隼だよ――」
「また隼になすりつけるの!? あの子がそんなことするはずないじゃないの! 双子だからってわからないはずないでしょう!」
言葉が、出なかった。
やっぱり、母さんは……
「謝りなさい!」