Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第10話 02
*前しおり次#

 真後ろから突然聞こえてきた声に悲鳴を上げながら殴りかかる形となったようだ。気が動転したまま、息も切れ切れにボールまで見舞ったが、千理は飛び退きざまに刀で切り伏せてみせた。
 鮮やかに対処したくせに、着地後に呻いて腹を押さえる少年を、隻は思いきり睨みつけた。
「お前っ……声ぐらいかけろよ!」
「かけたら殴られたよ今!?」
「かけ方が悪いんだよ!!」
「すんげえ横暴っすね!? たんまボールなし!!」
 横暴でもいい、翅が縁側で腹を抱えて笑いこけているのも腹が立つ。普通のボールで斬られるならダイヤモンド並みの硬さを持ったボールでも投げつけてやろうか。
 しかもその翅の向こう、微笑ましそうに笑っている姿がもう一人見えて、失神できたらどれだけ楽かと血の気が引いた。
「ユリ……!?」
「お疲れ様、お茶もらって――あれ?」
 脱走。素早く走り去った隻のせいで土煙が立ったのだろう。千理と――多生の二人分の咳が聞こえてきた。
「隻!!」
「すいませんでも先生も悪いでしょ!!」
 また笑われた。せられた。顔が赤いままぶちんと頭の中の糸が切れる。
 もう次は謝るか!!
 途中で何かもふもふしたものを踏んだ気もしなくもないが、猫の悲鳴が聞こえた気もするが。
 今進む先は一つしかない。男子棟へと素早く靴を脱ぎ捨てて駆け上がり、ふすまを勢いをつけて開け放った。
 部屋の主が肩を跳ね上げて驚くほどに、発砲音さながらの音が響き渡る。
「どっ、どうしたんですか!?」
「ごめん万理、少し居候いそうろうする!!」
「な、何兄さんみたいなこと言ってるんですか!? 僕テスト前ですよ!?」
「悪い、申し訳ないとは思ってるから勉強は見るから、手伝うから!!」
「でも隻さんの行ってた高校より偏差値高いんですけど……ま、まあいいですけど……また何かやられたんですか?」
 心に幾重いくえにもとげが刺さった。
 それでも、部屋にいる許可はもらえたので感謝する。襖を閉め、ここの結界担当者の一人に教えてもらった『扉を開かないようにする結界』の、最後の一枚を入り口に貼った。
 振り返った途端、万理にかわいそうな人を見る目をされてしまった。
「何をそんなにやられたんですか……」
「お前のおじさんに修行つけてもらってたらばっちり見られたんだよ!」
 生温かい顔をされた。
「ああ、記憶操作の……おじさん、随分とひどい記憶を見せたんでしょう」
「それはいいんだけどな……ガキの頃のはもう大分、克服した気ではいる」
 ポットから茶をれてもらい、礼を言いつつ。整頓された部屋を見て不思議な気持ちになる。
「……万理って、自分に自信あるか?」
「ありますよ。他に僕っていう人がいない限りは」
 あまりにもすっぱりと返され、隻は思わず笑いが込み上げてくる。
「そっか」
「はい。誰に何を言われようと、僕は僕以外をやる気はありませんから」
 芯の通った、曲がる気配も見せない言葉。茶卓に頬杖をついていた隻は、笑みをこぼして腕にもたれる。
「曲がるなよ」
「……曲がる方向性に向かうのは性分じゃありませんので。それで、連身の修行にはまだ入っていないんですか?」
「言うなって……」
 こういうところはさすが兄弟だ。千理と同じ刺し方をする万理に苦い顔になり、顔を上げる。
「連身しようにも、俺とあいつの波長が合わなさすぎて怪我しそうになるんだよな。こっちが合わせようとすると向こうは無茶しようとするし」
「相変わらず人を読めていない人ですね、あれは」
 あれって、弟からあれって言われてる……。
 淡々と、万理は数式を解く。すぐに解答を確認し、赤色のインクは弧を描いてノートの上を躍った。
「兄さんの場合は無意識に隠し事をしてるんですよ。そういうのを自覚なしにあれこれ自力でやろうとするから性質たちが悪いんであって、隻さんにはマイナスの要素がないように感じますよ」
「そりゃまあ……あいつにも色々あるからだろ。自覚がないってことはそれが本質だって、俺の知ってる教師も言ってたよ。……今でも反り合わない自信があるけど」
 その千理はと言えば、幻獣を呼び出した状態で自分の武器を出し、同時に操作する訓練をやっている。傍から聞けば集中力など持つはずもない内容を、隻より三つ下のひょうきん少年はやってのけているのだ。
 負担が相手側に大きくかかっているのはわかっている。だからこそ力をつけようと頑張っているのだけれど、なぜか上手く行かない。
 多生や、数日間見てくれていた響基たちにも言われた。焦りすぎていると。
 挙句翅にはすっぱりと「人に背中を預ける余裕がなさ過ぎ」とまでぶった切られ、今日は今日であの教師の言葉がよぎる始末。
「焦りすぎか……」
「そうですね……スヴェーン家のことはまだ消息が掴めないままですけど、今隻さんが急いで力をつけて、代わりに大怪我を負ってしまえばそこで終わりです。それと……兄さんは隻さんのことは、本当に見れてないわけじゃないとは思います」
 ぽかんとした。
 あまりにも意外な万理の言葉に、隻は口が開いていた。
「ただ、今の隻さんがどうしてそうなったのか、過程≠ノ頭が行ってしまっているだけじゃないかな……と。だからすれ違うんだと思います」
「……お前、ちゃんと見てやってるんだな」
 あれだけ嫌っているのに。
 万理は複雑そうに笑っている。
「僕も、兄さんがああなる過程≠ほとんど知りませんから。皆が知っていても、僕が知らないことはたくさんあります。……先入観を持ちたくないだけですよ」
 何事もなく口にしてはいるが、そんな簡単に割り切れるものではない。
 万理の場合知らないのではなく、大人たちからも兄たちからも知らされなかったもののほうが大きかったはずだ。
 そんな相手に、自分ならここまで言えなかっただろう。現に、恩師の言葉をどれだけ実践しても失敗に終わったのが、隼のことだったのだから。
 暴れる気配すらあった自分が、怒りの矛先を勉強に向けてから、親の見る目は多少和らいだ。けれど、原因を作った隼だけは到底許せなかった。隼の言うことを鵜呑みにし続けた母の言動を諦めるだけで精一杯だったのだ。
 そういえばあいつも母さんも、千理が作り出したたかのこと、よく見えてたな……俺、目で追いかけてるだけだったのに。
「先入観、か……」
「完全にない目で見ることはできないかもしれませんが、少しだけ心構えを変えて見てみると、大きく違って見えますよ」
「だな。お前凄いよ。……うえ、数一なんてもう覚えてねぇ……!」
 参考書を覗き込んだ途端に出た声に生温かい顔をされた。悔しさもあったが、それ以上は邪魔になるので口出しせず伸び上がる。
 まさかその後、封じ忘れていた縁側から翅たちに乗り込まれるとも思わずに。
 
 
「――あ、ありがとうございました……」
 突っ。もう限界。
 ここが砂利の敷き詰められた訓練場だろうがなんだろうが、もうどうでもいい。千理ではないが爆死したい……。
「よく頑張った。もう一息で記憶操作に、完全に抵抗できるだろう」
 素直に嬉しいと思えない。何度もやるうちにほぼ全ての過去を思い出したのだ。
 抵抗した挙句に楽しかったり嬉しかった思い出が出てくるのは嬉しい。が、それ以前の問題がある。
 今日は高校時代の隼への恨みつらみを延々見られたし、見せられた。三年間ずっとごまかしてきた、家族への連絡の少なさの理由までとっくに見抜かれているだろう。
 別に後ろめたいものではない。今隻にとっての家族はここだ。千理には大概腹立たしいし、翅のからかいとやる気のなさには突っ込み足りない。響基の地獄耳がどれだけホラーでも、隻にとって大切なのはここなのだ。
 だから痛くもなんとも感じない。むしろ、結李羽との記憶まで掘り返されそうになった時のほうが、全身全霊で抵抗できた。
 恥の上塗りでも構わない。とにかくそこだけは、そこだけはっ!
「もう一つ克服すべき点も見えてきたな。さて、隻。君にはしばらく休暇を出そう」
「はい――は? 休暇って、え?」
「念は押しておくが、いとまじゃないぞ」
「あ、はい。焦った……」
 普通逆だろうと笑われたが、隻は本当に、この家から出るほうが考えられなかった。
 気づけば、清水寺の襲撃から三週間も経っていたのか。
 未だにスヴェーン家の結界術師たちの消息は途絶えたまま。不安がつのる中、気になることもある。
 何度も隼との記憶ばかりを見せてくる多生の意図が見えないのだ。
 抵抗する度に必ず思い起こすのは、あの国語教師の言葉。そして、結李羽との――
「一週間ほど自由に好きなことをやってみなさい。なんなら、千理や翅を誘ってバスケを楽しんでくるのもいいだろう」
「けど、二人は仕事入るんじゃあ……」
「あの体力バカは発散させたほうが無難だ」
 ごもっともと笑い、礼を言ってその場を離れる。珍しく縁側に堂々と顔を出している翅からタオルを投げてもらい、思った以上に出ていた冷や汗を拭う。
「そういえばバスケ、最近全然やってないな……」
「ゴールは大抵、五神か千理だったけどな」
 綺麗な棒読みだ。凝った肩を軽く叩きつつ、隻は苦い顔になる。
「あれはリングじゃないだろ。弾かれるなら得点にはならないし」
「そりゃあ当たってたら満点通り越すしな」
 テストじゃあるまいし。縁側に腰かければ、後ろから足音が近づいてくる。覗き込んでくる結李羽に、思わず呼吸が詰まりかけた。
「はい、お茶。さっきもらってきたの」
「あ……ありがとう……」
「どうかした?」
「いやなんも!!」
 即座に煽るように緑茶を飲む。一息つこうと口を離そうとして、なぜか湯呑みが離れない。慌てて底を固定していた翅の手を弾いて退け、やっと口を離せたが、結局顔に緑茶がかかってしまった。
「お前な……!」
「お茶もしたたるいい男完成」
 にやりと笑う翅の肩を殴ろうと腕を伸ばすも、するりと避けられた。大した力も入れていなかった手を下ろして、タオルで乱暴に拭き、ぐったりとした。
「多生さん容赦なさすぎだな……いい意味で真面目だよ」
「おかげでうちは記憶操作に関しては強いんだ。千理を除いて」
 除かれるのも頷ける。家族に対しての情が薄い隻ですら、千理と同じように惨劇を目の当たりにしたらと考えるとぞっとする。
「それで、休暇中どこか行くか?」
「考え中……って言うより、いきなりじゃ計画立てるものもないだろ」
 ぼんやりと空を見上げる。やっと夏の空を見せ始めたとはいえ、まだまだこの時間でも春の陽気と言うべきだろう。雲も五月らしい柔らかな形だ。
「行く場所が決まらないなら、いっそ彼女とイチャつけば? ぶっ!?」
「よぉく言ったバカップル片割れ。お前の提案蹴落と――」
 残った茶を全てぶっかけ、切り捨てようとしたそば。はっとして固まる。
 後ろから感じる視線が……振り返ったら負けそうなほど強力な視線が、後ろにある。
 振り向いたら負けだ。振り向いたら絶対負けだ。今目を合わせたら確実にやられる。何にやられるかってそりゃ他に何がある!
「……デート、行かないの……?」
 そんな泣きそうな声で言うなよ!!
 翅が「あーあ俺がいい男になっちゃった」と棒読みで髪の水滴を落としにかかっている。彼を睨みつけたい衝動が頭半分、振り向けない上に頭を真っ白にしかねない原因が頭半分を占め上げた。
 湯飲みの縁にしがみついていた一滴が、思い出したように隻の手に下りてきた。
「……あ、明日までにちょっと考える……」
「うんっ! ありがとう!」
 負けた……。
 例えようのない何かを必死で堪えて、翅のにやけた顔に湯飲みをぶつけてやりたいのを我慢して。乾いた笑いをしつつ、隻は思いっきり項垂うなだれた。
「あ、じゃあ翅くんと未來ちゃんも一緒に行こうよ、ダブルデート! 千理くんもどうかな」
「あいつ絶対逃げる、リア充爆破って」
 翅が何か言う前に口を塞いでおいて正解だった。見事にその気の彼は今なら、なんでも受け入れそうだ。
 鉄味のオムライスをぶちこんだ相手に対しても。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/07


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