Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第11話「かえりたくないの」01
*前しおり次#

「行く場所決まってないって言う割には、即座にここを思いついた隻さんは凄いよ」
「これならあいつも暇にはならないだろ」
「ひゃっほー久々っすよ遊園地!」
 途端に翅も隻も苦い顔になる。
 やっぱり、こいつは誘ったらダメな奴だったかもしれない。
 後ろでは結李羽と、翅の恋人である未來が話し込んでいる。楽しそうに広がるガールズトークに、野郎の入る術があるわけもない。
 結局遊園地に来てまで、侘しい男三人衆の出来上がりだ。これでは仕事と変わらない。千理は早々に脱走する気か、「遠くに納豆小僧が」などとわかりやすい嘘まで吐く。翅は翅で止める気なし。未来を見てほのぼのしている。
 行きがけは鯛焼きのみ売るラーメン屋台の女性店主に出くわして、道をそれる羽目にもなった。トドメには後ろから見覚えしかない少年らがずっとついてくるオプションつきだ。「奇遇ですね」なんて言葉がバカバカしいと思いたくなる。
「なあ。あれ響基とサトシだろ。お前がリーダーなんだろ、どうにかしろ」
「ああ、やっぱり気づいてたか。変装下手だよなぁ。二人ともフード被ればそれでいいのか……」
「途中でサングラスに替えたのは偉いと思った。軽く不審者だっただろあいつら」
 主に響基が。その音フェチはなんと、賑わい豊かなこのテーマパークの音のおかげでこちらの会話をほとんど聞けていないらしい。むしろ顔が青い。フラフラしかけてはサトシに支えられている。
「来たなら来たで、素直に楽しんでくればいいのにな。よし」
 翅が千理の首根っこをひっ捕まえ、何事か話している。ふんふんと頷く千理への指令を予想したくもない。
 隻は疲れた顔のまま、最初どこに行くかと女性側に声をかけた。
「んーと、やっぱり最初はティーカップ? でも子供っぽいかなぁ」
「いいだろ、大の大人でも楽しくやれると思うぞ。バイトしてた時は五十代のカップルが楽しんでた」
「へえー、凄いね。あたしたちも負けられないねっ」
「はい!」
「……な、何が……?」
「レッツゴー」
「おーい響基ーサトっちー! あんさんらこんなとこまでどうしたんすかストーカぁああああああああああっ!?」
「お前じゃない! 黙ろうか天然壊音波かいおんぱ
「……お久しぶりです千理さん。それじゃ」
 一名脱落。
 結局全員でティーカップを目指し、響基は音酔いに引き続き乗り物酔いもトッピングされていた。
 その後話を聞けば、響基らのストーカーの理由は至極単純で、しかもまたサトシを言い訳にしたようにしか聞こえないものだった。
「えっと、ほら。サトシ、あんまり遊園地とか来たことないらしいから」
 その返答に素早く斬って返したのはやはり隻と翅で。
「ダシにして人のデートぶち壊しに来るんじゃねえ」
「へ? つったって、オレ入ってたらデートも何も……ああ見せつけて記録させるんすねわかります」
 一人だけ違う納得をしていた。落ち込む千理を放置した隻は、結李羽の笑顔に苦笑する。
「結局知り合い総出だな」
「そうだね。でもいいんじゃないかな? ずっと皆緊張してたんだし。たまには休まなきゃ。ひゃっ!?」
 子供にぶつかったのだろう。よろけた結李羽を素早く支え、隻は周辺を見渡す。
 子供の姿が見当たらない。もう走っていってしまったのだろうか――あ、あの男の子か。
「あ、ありがと」
「……お前少しふと――ご、ごめん怒るなよ!!」
 そっぽを向かれた。気まずくなって頬を掻きつつ、翅に生温かい顔をされる。
「デリカシーないなぁ」
「お前の悪戯よりマシって思ってたんだけどな……!」
 くそう、この間から何かと……!
 しかも結李羽は迷子なのだろう泣きじゃくる子供の相手に走っていっているし、このままでは本気で暫く溝ができかねない。大抵一日二日で埋まる程度とはいえ、千理や翅にあれこれ言われるのもしゃくだ。響基はともかくサトシを前に下手な真似もしづらいし……。
 近寄ってみれば、泣いている女の子は四、五歳頃に見える。しゃがんでハンカチを渡している結李羽にならい、腰を沈めて顔を覗き込んでやった。
「どうした? 迷子か?」
「うん、そうみたい。迷子センターに連れて行ったほうがいいのかなぁ」
「や、や! 迷子じゃない!」
 結李羽が困ったように笑っている。ずっとこの調子で渋っているのだろう。隻はほんの少し考えた後、ひょいと女の子を抱え上げた。思ったよりずっしりとくるその子をあやすように何度か揺らす。
 最初驚いた女の子は、すぐに笑っているではないか。
「それじゃ、少し兄ちゃんたちと遊ぶか? その後お母さんとお父さん探そうな」
「うんっ!」
「よかったね」
 嬉しそうにはしゃぐ少女に優しく声をかける結李羽。肩車をおねだりされ、一旦下ろしてやりつつ、隻は結李羽に笑ってやった。
「バイトの経験役に立った」
「元々子供好きなくせにー?」
「……そ、そんなんじゃねえよ」
「お兄ちゃん高いーっ!」
「……い、いや……うん、高いか。そっか。さーて出歯亀デバガメトリオとバカップルは――」
「隻くん……響基さんやサトシくんはそうかもだけど、千理くんはあたしたちで呼んだのに……」
 恋人にたしなめられても、隻にとってはほぼ同じだ。素知らぬ顔でざっと見渡した隻は、顔が引きつった。
 人、人、人の群れ。どこを見渡しても人の群れ。
 ぐるりと見回してもきりがないほどに人の群れ。
 結李羽も困ったように笑っている。
「ど、どうしよっか……あたしたちから迷子?」
「嘘だろ……なんで保護者について来ないんだよあいつら!」
「隻くん性格保護者に向いてないよ」
 ぐさりと来るが、事実年長者であったのは隻だ。その年長者が自ら離れてしまっては意味がないのはわかってはいても。
 ひとまずこの子供に気づかれないように迷子センターに向かいつつ、遊具で遊ばせてやるべきだろう。
 千理たちに先に迷子センターに行かれるより早く、行かねば――
 呼び出しだけは避けねば!
 
 
「たかーい! 高いよ、お姉ちゃん!」
「あはは、本当だね。凄いねー、みんなちっちゃく見えるね」
「おもちゃみたーい!」
 子供の元気のよさは、割と好きだ。子供好きに繋がるかは別として。
 思わず微笑んでしまいつつ、うとうととしてしまっていた隻は、首ががっくり傾いだことでやっと覚醒した。観覧車が一度動きを止めてしまい、ぎょっとする。
「あれ? 今――」
「故障か? 冗談だろ……」
 再び動き出した。照明の明滅やゴンドラの揺れがあったものの、それ以上の変化は特に起きない。
 ほっと腰を落ち着けつつ、女の子がまだ元気にはしゃいでいるのを見て、結李羽と思わず笑ってしまった。
「隻くんもこんな時期あった?」
「冗談。あの家であるわけないだろ。こっちに来るまで家で笑うなんて、覚えがなかったんだぞ」
 親からも笑わない子とだけ言われ続けてきたのに。
 結李羽が少しだけ淋しそうな顔をしていた。女の子がまだ外を見てはしゃいでいるのを見て、隻はこっそり結李羽の頭を撫でる。
 途端に女の子が振り返り、ぽっと頬を染めて「ラブラブーッ!」と叫んだのにはさすがに恥ずかしくなった。それなのに、追い討ちをかけるように「いいでしょ?」と照れ笑いを浮かべる結李羽には完敗だ。
 隻もつい笑みが零れ、女の子の頭も撫でてやってふと気づいた。
「お父さんとお母さん探さなくて大丈夫か?」
「いいの、お兄ちゃんとお姉ちゃんと遊ぶ!」
 結李羽も少々困り顔だ。もうかれこれ一時間以上こうしている。不安があって当然だろうに。
「どうしよっか……」
「最後に一箇所回るか。どこ行きたい?」
 地図を広げ、女の子に好きな場所を探させる。隙を見るように迷子センターやスタッフルームの位置を探しつつ、眉を潜めた。
 見当たらない。行きがけだって、千理たちに念を押して教えたのに。
 あいつらもなんで迷子センターに行かないんだ? いくらなんでも、自分たちが呼ばれるのは好きじゃないだろ――
 女の子も随分と頭を悩ませているようだ。結李羽に二、三箇所指し示している。一番遠いジェットコースターや、お化け屋敷、映画館――歩くことは確実なようだ。
 地上が近くなってきた。放送に耳を澄ませた隻は怪訝な顔になる。
 ……喧騒が、少ない? 昼間だし客が店に流れたか……?
『迷子の、沙谷見隻くん――迷子の、沙谷見隻くん――』
「ぶっ!!」
「あ、やっと呼ばれたね。あははっ」
 隻は笑い飛ばす結李羽を恨めしげに睨むも、まあいいかと笑みがこぼれる。
 というか放送室借りて何アホなことやってるんだ、声でわかるぞ翅の奴――
『ただいま迷子救出向かうんで、そこ動くなー』
「――は?」
 ぽかんとする。しかも今軽く迷子扱いの仕方が違う方向だった気が――
 やっと出口に着いて降り、女の子からまた「ジェットコースター行きたいー」とせがまれたが、どうしようか悩む。
 女の子が結局行きたいと示した場所は、見事にここから真反対、遊園地を大きく横切らなければならない。しかも一度それに乗ってしまえば、しばらく翅たちと合流できなくなる。
 しばし悩んだ末、女の子と視線を合わせるようにしゃがんだ。
「兄ちゃんたちな、友達とはぐれてたんだ。今探してくれてるから動くなって言われたんだけど、ちょっとだけ待てるか?」
「えーっ……お兄ちゃんたち、ばいばいしちゃうの?」
 淋しそうだ。体を少しだけ左右に振り、全身で嫌だと伝えてきているのがわかる。
 参ったなと結李羽に視線を向ければ、彼女はあっと手を合わせ、少女に土産屋を示しているではないか。
「じゃあ一緒にキーホルダー買っちゃおうか。お揃いの。後でみんなで一緒に、お父さんとお母さん探してもらおうね」
「やったあっ!」
 嬉しそうに結李羽の手を引き、走っていく女の子。隻だけ置いていかれそうになり、苦い顔でついていく。
 一瞬で想像できたのだ。女物のストラップに喜ぶ二人と、それをお揃いでつけることになる自分が。
 店の中はやはり人気が少ない。おかげで品物を自由に見ることができ、女の子が意外なことに星を好いているのもわかって感心していた。
 三人で買ったのは、星空の写真が印刷されたシャーペンと、小さなお守り。交通安全になっていたのはもちろん、もう迷子にならないよう祈ってのもの。
 だから表に出てぎょっとした。素早く着地した黒髪真っ黒目の、見覚えのあるひょうきんな少年と目が合い、呆れ顔をされて苦い顔になった。
「すっげー探したんすよ。しかも面倒なことやってくれちゃってもー」
「お前が言うかそれ! それで、翅たちは――あ?」
 足元に、光が取り巻いている。先に進めない。
 ひしっと膝の辺りにしがみついている女の子の体が、悲鳴とともに無理やり隻からはがされた。慌てて振り返って目を見張る。
 なんだあの闇の縄――千理が出したのか?
「神隠しにってるなんて思いませんでしたよ。上手いこと鬼の世界に入れられちゃって」
「お、おい、鬼ってそんなはず――」
 おかしい。千理が間違えるはずがない。それはわかっている。けれど結李羽だって自分と同じく困惑しているのだ。泣きそうになっている女の子に近づこうとして、千理に鋭い声で止められた。
「あんさんらねぇ……これがこの鬼の性質なんすよ。なさわらしっていう新種の幻生生物で、人の情にたかっていて回る奴なんです。特技神隠し」
「けどさっき店員もいたぞ!?」
「そりゃ、こいつが意識を向けた人には見える、特殊なタイプの神隠しですから。最終的に長い距離歩かせて、完全に神隠しの世界に引き込みきったら食らう鬼ですよ。ここで買い物終わったら、ここから端っこまで歩かせる気だったんじゃないすか、そいつ」
 言われてぐっと詰まる。
 ついに泣き出す女の子に、狼狽うろたえて見下ろした。結李羽も不安げに千理へと目を向ける。
「で、でもこの子、そんなに」
「情に流されていい奴なら、オレも大して警戒しませんよ。土地神ならともかくね……二人には悪いんすけど、滅させてもらいま――あっ!?」
「ちっ」


ルビ対応・加筆修正 2020/11/07


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