Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第11話 02
*前しおり次#

 バスケットボールの投擲とうてきを避けられた。代わりに光の輪も、闇の縄も消え去る。
 素早く少女を抱え上げ、縄を解いて投げ捨てた。闇の衣から影が立ち上がるイメージを頭に描く。
カタチヒョウ、出ろ!」
「げっ、ちょま隻さん!?」
 闇の衣から小さな豹――もどきが出てくる。猫とも豹ともつかないそれはあまりにも小さく、女の子が目を丸くしている。
「猫さん!」
「……あー……うん。隻さんが庇いたくなるのはわかるんすけど、仕事は仕事なんで」
 千理の声が一段階低くなる。彼の衣から出てきたのは闇色の蛇だ。牙からしたたる雫を見、息を呑む。
 毒持ちか――!?
「狩れ」
 蛇が勢いをつけて跳び上がってくる。瞬時に見切った隻は避け、猫に攻撃させた。見た目の割に鋭く長く伸びた爪で、蛇は綺麗に分断される。千理の顔が引きつった。
「げっ」
「消さなくてもなんとかなる方法ないのかよ!」
「いや隻さんそれ無謀っすよ!? ってかちょっと待って、責任取れませんってそれは!! そいつ多分かなりの子供喰ってますよ!?」
 ぐっと押し黙りそうになっても、すぐに睨み返す。辺りに人がいない意味もやっと理解した。
 千理が新たに出した象には盾を出して抵抗する。中空に浮かんだ盾の影から素早く飛び出す。千理が舌打ちを溢した。
「あんさん何やってるかわかってるんすか? そいつは結李羽さんを傷つけた奴らと同じなんすよ!」
「千理くん!!」
 結李羽が怒りを露わに叫んだ。千理が一瞬苦い顔をしても、鋭く睨みつける。
「さーせん、黙りませんよ。てめーでてめーの進むって決めた道曲げてなんになるんすか――!」
「だけど! あたしを引き合いに出すのは違うじゃない、隻くんに一番言っちゃいけないことだよ!」
「いい、わかってる!!」
 千理が正しいのは、わかっている。わかっているのだ。
 こいつも――この女の子も、鴉天狗と同じなのだと。人に仇なす存在なのだと。
 自分のこの行動が、エゴだということも――!
「あいつが言ってるのは正しいんだよ。感情でやってるのもわかってる! だけど――うおっ!?」
 隻の腕の中で女の子が暴れだした。泣きそうな顔で必死に隻から逃げようとする子供にぎょっとする。
「お兄ちゃんたち、喧嘩しちゃだめ!」
「け、喧嘩って……うおっ!?」
「外した!? うっそ隻さんなんでその身体能力隠してたんすか!?」
「るっせえ! 今そんな話かよ! こいつはただ遊びたかったんだろ!」
 千理は口を半開きにしたまま固まっているではないか。必死に頭を回し、象には盾を変化させてハリネズミを作り出し、足を貫かせた。
「独りでいたくないから人についていってたんだろ! 俺らを喰おうとしてたのかも知れないけど、それでも独りでいたくないから! 誰かと一緒にいたいから、観覧車でもコーヒーカップでもひたすら楽しんでたんじゃねえのかよ!」
 ぱたっ
 突然顔にかかる雨を拭おうとして、はっとした。
 女の子が泣いている。ただ子供が怒られてなくような、あんなものじゃない。
 なぜかはわからない。けれど――
 
 情けは人のためならずって言葉、知らないのか。こいつの善意の何が悪いんだよ
 
 今日の情けは明日のあだという言葉もある。全てが全て、情があれば報われると思うな
 
 拳が固まった。
「――鴉天狗を庇うようなもんだってわかってる」
「だったらそいつから離れてください」
「しない」
「隻さん!」
「全部が全部悪だって決めつけたら、俺は雷駆たちに背中を預けてもらえねえよ」
 千理が目を見開いた。
 絶対に、その目から目を逸らさない。
「食うつもりだっただろうな。お前の言ってることが正しいのもわかるよ。けど――本当にそうなら、観覧車であんなに嬉しそうにはしゃいでなかった。そう思うんだ」
「いやそんな理由で」
「自分の目で見てもないのに偏見で考えたくねえから言ってんだ! 情け童だから? 知るかよ! この子の過程≠燒{音も抜きに、機械みたいに、浄香みたいに処理しようとすんじゃねえ!」
 睨みつける先は迷うことなく、げんなり顔の千理のみ。
「――お前が本気でこの子消す気なら、俺も本気で止める」
「……あんさんねぇ……あーもー……」
 苛立たしげに文句を吐き出す千理。結李羽が何やら呪術を紡いでいる。
 視界の中に一気に人ごみがやってきた。ぎょっとする隻に、結李羽がほっとしたような顔になる。
「これで神隠しは最初からやり直しだね。これなら、最後に一回ぐらい遊べないかな?」
「……あんさんら甘すぎ……」
「おー、退治でき――されたの千理か、これは」
 ぐったりと近くの柵にもたれる千理に、翅が呆れ顔をしている。響基もサトシも、あららと言いたげな顔だ。
「まあ、なるとは思ってたけど……」
「その代わりこの子にも約束はさせる」
「けどそれって、その子に死ねと言っているようなものですよ。人を食べて神隠しを起こして、そうすることで命を繋いでいるわけですから」
 サトシの指摘に苦い顔になる隻。千理が賛同するようにぼやいているが、流しにかかる。
「けど……普通に飯とかは」
「無理」
「……だよな……」
「……お兄ちゃん」
 なんとも言えず見下ろせば、女の子が服にしがみついてきている。未來があっと、思い出したような顔をしていたが、声をかける前に女の子が顔を上げてきた。
「ジェットコースターじゃなくて、観覧車もう一回乗ろ?」
「は? いいけど……あ、定員オーバーだよな……」
「いいのっ、皆で乗れるの、乗りたい!」
「あ、それならあれがあるよ。神隠しも起こさないで、楽しめるもの」
 提案する結李羽が指した先を見た一同の中で真っ先に、隻が顔を引きらせた。
「い、いやちょっと待てよ、一緒じゃねえ!?」
「うん、あれにするーっ!」
「アトラクション、どこだろなぁー」
「どこだろねぇー」
 苦い顔をする少年らも、見事に連行されたという。

「……プリクラって、乗りもんだったんだな。俺初めて知ったよ」
 棒読みだというのに笑う結李羽には完敗だ。未來も苦笑い。
「どのアトラクションも神隠しにうってつけでしたけど……確かに起こりませんでしたけど……」
「そう言ってた割に未來ちゃんもノリノリでプリクラ入っていってたじゃないすか。何回カップル撮影入ったんすかもーリア充爆発!」
 照れたように微笑みつつ、「ありがとう」と笑顔で返す仲居。隻は生温かい顔で電車の窓から街を眺める。遊園地の入り口で別れたあの情け童の女の子は、最後まで楽しそうに、名残惜しそうに見送ってくれていた。
 でもと、知識人な未來は不思議そうにしている。
「情け童って、別名心鏡こころかがみって言うんです。……不思議ですね。初めて見たんですけど、あの子は本当に淋しがってただけみたいでした」
「人を喰うのは致し方なく、だったのかもしれないなあ」
 響基の呟きに、隻も頷く。
 響基曰く、人の感情というのは歩き方にも出てしまうものだという。あの女の子は最後まで楽しげに歩いているようだったが、音ではずっと淋しそうにしていたのだという。
「情け童の発生方法って多々あるらしいんすけど、その多くが昔迷子になっても見つからなかった子供の霊って言われてるんすよ。最近増えたらしくて――まあそれはそれとして、これ以上あそこで怪奇現象が起きないのを祈りますよ」
「あ、それは大丈夫だと思います。情け童って――あ、もう駅に着きましたね」
 流れゆく窓の景色が緩やかになる。全員で思うのは、あの坂を上るのが面倒くさいということばかり。
 隻は手の平のシャーペンを見て思わず笑った。
「そういやあの子、使い方わかるのか……?」
「あっ! ……で、でもきっと、シャー芯の替え方わからなかったら聞きに来てくれるんじゃないかな?」
「誰か突っ込んでくださいよ二重にも三重にも」
「無理。さあ出るぞー。隻さん、黄昏たそがれてたら置いてくよー」
 笑顔で返され、おいと翅の襟首を掴みにかかる隻。しかし響基と共にあっさりと逃げられただけでなく、ホームにまで飛び出されて慌てて追いかける。
 案の定迷子になる勢いで正反対の階段へと走る二人に、わなわなと拳が震えた。
「競争だーっ!」
「お前らガキかあああああああっ!!」
 プラットホームに響く叫び声。
 一番注目を集めたのは誰かと言えば、シャーペンを握り締めたまま吠えていた隻だったという。


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