Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第13話 03
*前しおり次#

 番傘が迫る。即座に足に力を入れ、千理が前方斜めへと瞬時に走った。
 目を逸らさない千理の視界の中絶句する隻。番傘が長く伸びている。
「ふむ。いいね。もうそろそろ目を慣らしなさい、隻」
 気づかれていた……!?
〈懐には飛び込めんか……隙を伺いつつ前進しますよ〉
 こいつ、戦闘の時はそこまで頭回してたのか!?
 意識を完全に重ねて、改めて気づくものが多い。千理がにっと笑ったのがわかった。
〈そりゃあね。けどオレの兄貴たちなら、考えなくても行動で既に頭回転してましたよ〉
 少年の視界が瞬時に間合いを詰めるにかかる。オリンピックの短距離走顔負けの速度で女性に接敵したにも関わらず、背負い投げを決めようと向かう手をあっさりと番傘で払われた。
 
 事実千理もまた、強い才能を早くから開花させるだろうと、周りから期待の目で見られていた
 
 千理が咄嗟にたたらを踏んで跳躍した。足すれすれに番傘が迫る、かわしきる。着地直後にはバック転の容量で、振り下ろされた番傘を避けて後ろに下がった。
 好機だったのに、どうして――
〈おじさん随分余計な話……! ってかね、戦い集中してくださいよ目慣れてきたんなら! あんさん考えてること筒抜けなんすよわかります!?〉
〈え!? あ、ああ……〉
「どうにも、気が散るようだね。ならこれはどうかな」
 左腕が軽くなった。千理がぎょっとし、焦って女性へと目を向け、やっと隻も気づく。
〈げっ、俺の体!〉
「師匠! たわむれすぎです!」
 千理の声が本気で怒っている。笑む女性は軽やかに声を響かせているではないか。
「ふふっ、これなら本気で来れるだろう?」
「ああったくもう……!」
 苛々と呟いた千理が、ふっと肩の力を抜いた。
 一気に加速するも、読まれていたのか番傘を広げて隻の体を隠されてしまう。隻の体を取り返し損ねて、千理は傘を鋭く蹴って舌打ちした。
 女性の微笑みは変わらない。末恐ろしいほどに汗の一つも流れていない。
「休憩は自由に構わないよ。ただし、隻の体は私に一撃を与えられるか、自分たちで奪い返してからだ」
「うっげえ……! ってちょい隻さんなんつう声上げるんすか!!」
 隻の思念がついに千理の口から拒否の声を上げていた。もはや一人漫才の様相とはいえ、弟子の様子に永咲が軽やかに笑う。
 あの師匠がただのサディストに見えて仕方がない隻だった。
 
 
 連続で起こる攻防。数回小休憩を挟んでも、隻の体は返してもらえない。人に精神を憑依させるだけでも不慣れな隻に、千理は幻生に対しての憑依経験が豊富なため、軽くアドバイスをしてくれた。
 一つは、相手に合わせるのは主に憑依した側。現状なら隻が合わせるほうが急場の対応で躓かない。慣れない体で限界を把握せずに動くのは危険だからだ。
 二つ目、不要な情報は考えるな。幻術を保つのは主に憑依側。悠長に考え事をするゆとりはない。
 三つ目は──
 もう一度と、休憩も終えて立ち上がる千理。それでも隻の精神はへとへとだ。その分、千理の戦闘スタイルはよくわかってきた。
 ヒット&アウェイだ。移動も攻撃も全力に近い勢いで身体強化した体で戦う、完全な前衛型。細い体と低い身長を補うのに、必然的にダメージを極力受けない方法を採ったのだろう。元々体力が豊富な千理だからこそ、移動だけに集中して身体強化し、走り続けてもバテないのだ。
 問題は、攻撃に転化する際、移動に集中させていた幻術を攻撃のために切り替えた瞬間の無防備すぎる時間ブランク
 しなやかとは言い難い、各行動のオンとオフの差が激しい戦法だ。そのため各動作の切り替える度に隙ができる。現在は隻が身体強化で、千理の移動に関する動作を補っているからいいものの。それがなかったら千理は攻撃の直前の度に速度が一気に落ちるのだ。
 飛び込みながらの空中攻撃が多いのも、勢いを殺さず戦うためだろう。が、隻から言わせれば効率は最悪である。
 賭けてもいい。千理に身体強化なしでバスケをやらせたら、第一クォーターの七分目でばてる。
〈落ち着けよお前!〉
〈落ち着いてますよめっさ冷静。ぶっ飛んで冷静〉
〈だったらオン・オフの激しさどうにかしろ!!〉
〈あーあーじゃあ一回交代します!? オレ身体強化で隻さん攻撃!!〉
〈じゃあやってやろうかボールで片すよ!!〉
 着地の衝撃を殺し、立ち上がる千理の顔がげんなりした。
「やっぱいいや」
〈うっぜえええええええええええええええええっ!!〉
「悠長に会話するぐらい余裕ができたのかい。それはいいことだね」
 隻と千理がぎくりとした刹那、千理の思考から何かが膨れ上がる。
 永咲の口が緩やかに開いた。隻の首筋に紅い番傘の先が向けられる。
「なら、次はこれと行こう」
 
 悲鳴がきつく耳元で響く
 辺りに溢れる色が、夕闇よりもきつく目に焼きついてくる
 大山猫が叫ぶ。戻るよう言っている。なのに足が、足が動かない
 戦慄わななく体へと視線を向けてきた顔は、そのまま叫んできた
 その顔の主の足元に広がる血溜りは、動かない手は――
 気がつけば、突き飛ばされて
 気がつけば、左腕は激しい熱を帯びていて
 ゼリー質の何かから雄叫びが上がる。その後ろに透けて見えた足が、白く細く、緩やかに去っていく
 着物の裾がれる音だけが響いた
 自分のものかも、他人のものかもわからない激しい痛みが左腕だけに焼きつく
 
 唇が震えて紡がれた言葉は、ただ虚空に消えて――
 
 
 はっとした。
 少年が一瞬で女性へと間合いを詰める。地面へと拳を突き立てる。女性が詰まらなさそうに身を避け、番傘で防いでいる。
 死角を突かない。番傘を、女性を回り込んで、隻の体を抱え上げている永咲の腕を蹴り上げたではないか。それなのにびくともしない。
 何焦ってるんだこいつ――!?
「どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたも……! 何年来の付き合いと思ってるんです!!」
 戸惑いを綺麗に隠し去り、足を地面に戻したかと思えば、力強く殴りかかる。隻が困惑したその時、千理が意識を身の内の隻へと向けて叫んできた。
〈ほら足! 威力高めてくれないと当たんないんすよ!〉
 慌てて意識を集中させる。ぐんと速度が上がった。
 攻撃の威力にキレが乗る。永咲の腕よりも隻の体を掠め始める。ぞっとして手を緩めかければ千理に叱咤しったされ、気を引き締め直す。
 ようやく動じないよう心を保て始めた、その時だった。
 拳の突きが相手の肩を狙い、永咲は微笑んで隻の体をその軌道に運んだ。
 千理の目が鋭く女性を射抜く。拳の軌道を大きくそらす。代わりに踏み込んだ右足に重心をずらし、左足と世界が大きく回転する。
「おっと」
「っちぃ!」
 師匠の前だというのに、全力の舌打ちが入った。
 やはり番傘で止められている。永咲は意外そうな顔で千理を見ているではないか。
「そこまで連携ができるようになったら、後は大丈夫だろう。はい、もう戻ってもいいよ」
 あっさりと、ぐったりとしている隻の体を千理に返してきた。面食らう隻を無視して、千理が無理やり体から隻の意識を追い出した。自分の体ではっと目を覚ました頃には、彼は元師匠へと頭を下げている。
 痛い。自分を抱え上げている腕が、脇腹の辺りでもの凄くミシミシと言っている……!
「ありがとうございました」
「いや。向こうでも頑張りなさい。お疲れ様」
 軽やかに笑んで踵を返す女性に、隻は声を出そうとした。ところが千理がまた力を強めてきて、意識が朦朧としかける。弱々しい咳まで出る。
 永咲が見えなくなってやっと放してくれた千理は、むかっ腹を立てているようだ。脇を擦る隻を睨む顔に、随分と眉間の皺が見える。
「ったく、あんさんねえ……で? 少しはスピード慣れました?」
「ってぇ……! な、んとか……」
 口に出せなかった。
 一瞬だけ垣間見た記憶の中のことも、本当にスピードに慣れたかどうかも。
 千理と今までやってきていた連身は操作型と呼ばれるもの。術者が被術者の肉体に精神を宿し、サポートする。いわゆる遠隔操作による援護だ。
 だから千理は、この直接意識を相手に宿す連身を嫌ったのだろう。現に彼はもの凄く気まずそうだ。
「……隻さん。その……いや、やっぱいいっす」
「別に気にしてない。言いたくなったらでいい」
「……すいません」
 千理の記憶が見えたということは、当然隻自身の記憶も。
 覚悟はしていたし構わない。そも、原因は隻が永咲に修行を頼んだからだ。
 ただ、千理が思いのほか気にしていることが気がかりではあった。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/07


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2026 *Nanoka Haduki* all right reserved.