Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第01話 03
*前しおり次#

 ふらふらと近づいて、見回す。電柱の影や、側溝のふたの間まで。探し物は見当たらず、思わずしゃがみ込む。
 吐き気が、動悸がひどい。
 ブレーキをかけ損なった、おぞましい音が耳の奥で木霊する。突き飛ばされた衝撃も、目の前で広がった紅も全て、残像のように視界にこびりついて離れない。
 足音が離れていって、近づいてきた。頭に衝撃がくる。
「年上っしょ。世話焼かせないでくださいよ」
「……わるい」
 すぐそこの自販機で買ったのだろう。天然水のボトルのおかげで、少しは頭が冷えた。
 
 
「この様子じゃあ誰かが持っていったかもしれないっすね。警察に聞いてみました?」
「いや……気づいたの警察が、帰った後だったし……ぅっぷ……なあ、なんであんたはそんなに平気なんだ?」
 周辺を探してくれた少年は、肩を竦めて戻ってきた。共に、車がスピードを上げただろう地点へと向かいつつ、後ろ髪が引かれるばかりだ。
 少年はジャージのポケットから取り出した、小さいコーラのボトル缶を飲んでいる。口を離した後の目は、遠い所を見るようで。
「なんででしょーね……職業柄? そんなに一々ショック受けてらんないっすよ」
 それこそ警察みたいなことを言う奴だ。水を飲みつつ、隻は一息つく。
「カッコつかねえ……」
「そんなもんでしょ、普通は。昨日の今日で平然とされたら逆にビビりますって。グロゲーやり慣れてる奴だって、目の当たりにしたら失神しますよ」
 なら自分自身にそれを言ってみろ。
 喉まで出かかった言葉を飲み込む隻。下手に口を開けば吐きそうで、言えるわけもないのが情けない。
 少年はただぼんやりと歩いているようにしか見えない。やがて面倒くさそうに、嫌そうに顔を歪めている。
「やっぱりの連中に聞いときゃよかったな……あー、調べ尽くされてますね、こりゃ」
 言われ、見回して。三毛猫が塀の上で昼寝をしているだけの十字路は、特段普段と変わらない。調べる前から調べ尽くされていると言えるほどの変化が、あるのだろうか。
 隻は隣の少年へ尋ねようとしたも、肝心の相手が影も形もなく焦る。右も左も探して、後ろを向いた瞬間手の中の水を落としてしまった。
 あいつ、なんで猫に「もしもーし」なんて声をかけてるんだ……!?
「ご主人? ちょいと連れてきちゃくれないっすかね?」
「おっ、おいちょっ、何してるんだよ変人!」
「えっ、ひど!? ちゃんと協力してんじゃん! 人を見かけで判断するなんてなんて悪い子なんすかあんさん!」
「猫に話しかける奴が!? 何が協力!? 変質者だろ!!」
「ひっでー! それキレますよ、真面目なんすからこっち!」
ともあろう者が、闇にまぎれられないほど落ちぶれたか』
 はたと、しわがれた声に固まった。思いっきり腹を立てた顔をする千理は、話しかけた相手である三毛猫を睨みつけている。
「そちら方の後始末を請け負ってるってーのに、随分な言い草じゃあないすか」
 猫が片目を開けた。青い瞳が一瞬こちらを見てきた気がする。隻は顎が外れんばかりの思いだ。
『フン。夜は借りばかり作る割には、いとも容易く恩義を忘れるようだ』
「猫に貸し借り言われるほど作った覚えはねーんでね。ついでに幻術解いて情報くれると、これ以上あんさんのかわいくて生意気なつら拝まずに済むんすけど」
 聞く側の気が重くなる嫌味三昧だ。ついていけないが感情の応酬だけは。なんで猫が喋る。
 三毛猫が青い目でこちらを見てきた。
『そちらは被害者のえにしか。夜の者かね』
「え……? は?」
「縁っすよ。まだ仕事も覚えてないらしいんで、サポートしてるんすけど」
 ちょっと待った。何その千理こいつの仲間みたいな話の進み方。
 猫が値踏ねぶみするような目をしてきた。隻は唾を呑んで固まる。
『フン。そこに落ちていた包みなら警察が持っていった。後で尋ねるといい。どうやらこの近くで呪縛りを使った奴がいたようだな』
「聞こえてたんじゃないすか。呪縛りねぇ……黒系? 空系?」
『断定はできんな。恐らくは黒か闇だろうが、空でないとも言えん』
「ふうん……」
 千理が考え込んでいる間、隻はまじまじと猫を凝視してしまう。猫に睨み返され、言葉が詰まった。
『かわいそうにな。認めなければ知らずに済んだものを』
「は……?」
「黒か闇なら、最近あかつきか宵に届けはなかったんすか? 夜には回って来てないんすけど」
 遮られた。猫は『ふむ』と間を置き、ゆっくり首を振っている。
『昼にも来てはいないな。呪縛りを使えるだけのモノはさほど多くない。あまり深入りして敵に回すなよ。これ以上の減給は避けるんだな』
「はっは。きっびしーこと言ってくれるっすねぇ。まあ、ありがとさんした。今度ニボシでも差し入れに来ますよ」
『夜の食い物などいらん。ころもだけ装う気だろう』
「失礼っすね、ちゃんと買ってきますよ。誰が術で金ケチるんすか。――そちらさんも気ぃつけてくださいね。モノがモノならひとりじゃあ危険っすよ。んじゃあ行きましょっかー」
「へ? ……あ、ああ」
 慌てて離れる。猫に一言『お前の手に負えると思うな』と言われた言葉が、ぐさりと刺さった。飄々ひょうひょうと歩く千理についていきつつ、隻は苦い顔になる。
「……さっきの、もしかして俺、あんたの仲間にされてなかったか?」
「ジョークっすよジョーク。オレが隻さんみたいな一般人巻き込んだって、昼の連中に知れたら大目玉食らうんですよ」
 面倒くさそうな様子で言われ、隻は押し黙った。なぜかまじまじと見られ、鬱陶うっとうしく思って半眼を向ける。
「なんだよ」
「いんや。他人の心配ばかりでお急がしいんすねって」
 かちんと来た。コーラを飲み干した千理が、ふたの外れた空き缶用のゴミ箱に器用にスローインしてみせる。
「今は何利用したって、自分を優先すべきじゃあないんすかね。そうやって情に流されてると、喰われますよ」
「……喰われるって何に」
「情に」
 思わず立ち止まった。少年は飄々と口笛を吹き、ふと公園を見つけて入っていく。
 ――わけがわからない。やはりあの時、手を振らなければよかった。
 子供用のブランコに平然と座って、地面に足をつけたまま体を揺らす千理は、本当に何がしたいのだろう。
「隻さんはあの兎、どう見えました?」
「自分でこれ以上詮索かけるなって言ってたろ」
「感想っすよ感想」
 今手元にボールがあったなら、顔目がけて投げつけてやりたい。人を右に左に振り回す言葉に、また黒い感情が噴き出す。
 ブランコからさほど離れていない、小さな公園の面積に見合う程度の簡素な滑り台の柱に背を預けて、隻はゴミと化したビニール袋をゴミ箱の中へと放った。
「……なんだあれ、ってぐらいしか……疲れてるのかと思った。最初は」
「そうですよねぇ。まあ、うっかりしてたオレもオレなんすけど」
 それ以上語らない。何がしたいのか、言いたいのか見えてこない。苛立ちを抑えて、天然水が入っていたペットボトルをへこませては無理やり戻してを繰り返す。
「次、何するんだ。手がかりここには残ってないんだろ」
「何も。網張るにも今は昼ですからね。オレの得意分野は夜なんで。今仕掛けるにも分が悪いんすよ。光の前じゃあ、闇は動けませんからね」
 欠伸が混じっている。病院の方角を見やり、隻は顔をしかめた。
「……そろそろ戻らないと」
「なら送りますよ」
「俺はそんなにガキじゃない」
 あーもーわかってないっすね。
 面倒くさそうな声音に、ついに隻の怒りに火花がつきかけた。
「じゃあなんなんだよさっきから。言う場所言わずにひょいひょいかわしてるのはどっちだよ!」
「丸々全部言わなきゃあ、事見えないんすか? そりゃあ違うっしょ。首突っ込んでるなら相応の緊張ぐらい持ってくださいよ」
 腹が立つ
 言いたいことをはっきりと言わないで、わからないこちらが悪いような言い方をして。
 大体、初対面で相手の意図を深く汲み取れるほどのできた人間、どこを探したってそうそうにいるものか。
 黒く鋭い目が、隻を射抜いてきた。不機嫌そうに映る瞳の眼光は、まるで針のようだ。
「オレが言ってるのは全部忠告っすよ。本当ならあんさんは見なくていい世界に首突っ込んでるんですから。あの猫も言ってたっしょ。『認めなきゃ知らずに済んだ』って。あんさんが自覚してないだけで、既にあんさんは普通の人間が踏み込めるラインを大幅に超えてるんすよ」
 なんだよそれ
 まるでほいほい首を突っ込むだけのお調子者みたいに――
「そういう人間はもうあいつらにとっては格好の餌食で、遊び道具なんです。昨日の合成幻獣アニマルキメラより危険な奴に、あんさんこれから狙われて不思議じゃあないんすよ。ゲームとか探偵とか、ただの被害者感覚で首突っ込むぐらいなら、全部忘れたほうが身のためです。少なくとも昼の間は、オレじゃああんさんを守れませんからね」
「何が言いた」
「オレの力は闇を作り出すんすよ。こんな真っ昼間に使っちゃあ、他人に見られた後が厄介でしょ。ただでさえ日の光がある近くじゃ、影を濃くしたってあいつらにも居場所が知れちまいますからね」
 言いたいことをわかってない。隻はただぐっと堪えるしか、できない。
 ぺらぺら喋って忠告だのなんだの言われて、それで納得できるほどの生易しい性格なんて、一介の大学生がしているようにでも見えているのか。
 もう我慢できなかった。
 顔を背け、背を向けてさっさと歩く。警察に寄る気にもなれず、何より結李羽が目を覚ました時、一番に顔を見たい。いい加減家にも帰らなければならない気もするけれど、その気力も湧かず、病院へと足を向ける。
 ついてくる足音にむかっ腹を立てて振り返れば、飄々とした様子の千理がそこにいる。散歩のように方々を見て歩く姿にさらに苛立ちが湧く。欠伸までされ、付き合わせているのは自分だとわかっていても帰れと叫びたくなる。
「……なんだよ」
「言ったっしょ、送るって。まあ、オレの言い方も悪かったっすよ。職業柄ずばずば核心言えないもんでして」
 時折隻を見る目が瞬間的に鋭くなっている。隻は怒りを殺しきれず、視線を前に戻した。
「もういい、忘れればいいんだろ」
「忘れられそうな顔はしてないっしょ、隻さん。そう簡単に割り切れる性格には見えないっすよ。――だから一緒に来たんでしょ」
 立ち止まった。気は進まなかったがもう一度振り向いて、ぎょっとした。
 嬉しそうな顔。懐かしそうな顔。
 まるで、いたずらされてねた親友を見るような――
「あ、そうだ。ちょっと寄ってもいいすか? どうせもうすぐ昼でしょ。ついでに果物でも見舞いに買いましょうよ」
「……あ、ああ……いいけど……」
 早く戻りたいその気持ちは、察してくれた様子はなかった。やーりぃと機嫌よく笑う少年の目が一瞬だけ鋭くなる様を、隻は気づいていた。
 後ろから聞こえた、猫の鳴き声も。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/07


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