トロフィーと同じぐらい
光が、何度も跳ね返ってくる。煌めいている。
「トロフィー……ちょっと待てよ、あれ……」
「隼くんがね、隻くんのトロフィー全部磨いてトランク詰めろって、お
驚いて結李羽へと振り返る。翅がにやりと笑ってきた。
「痛快爽快。気持ちがいいぐらい、響基も及第点やるぐらいのいい声だったぞ」
「翅、隣で
悟子のやや疲れた声。いつそこにいたのかと思いたくなるほど、未來と共に自然と翅の隣に収まっているではないか。
「お母様は昼食を準備してくださってたので、ほとんどお支度を済まされていないんです。もう少しだけお待ちいただけますか?」
「じゃあ、私たちにできることがあればお手伝いしましょうか」
「そうだな。いつも結李羽がお世話になっています」
「い、いえそんな、何もできていませんのに……すみません、いつも隻がご迷惑をおかけして……」
「迷惑なものですか。立派な息子さんでしょう。お母さんが自信を持たずにどうするんですか」
結李羽の父へと狼狽える隻自身の母を、茫然として見ていた。
上は上で、自分とほとんど同じ声が「これいるか」だの、「必要なもの他にあるなら早く上がってこいよ」だの、それこそ上から目線な声で言ってくる。
兄貴面して。
結李羽と繋いでいない手のほうが、拳を作った。
蘇る。あのダメな国語教師が言った言葉。
「……『双子に上も下もあるわけない』だろ……!」
「え?」
「なんでもない、もうあいつら好き勝手させるか! 結李羽、ちょっと手伝えるか?」
「え? あ、うん……わ、ちょっ、隻くん!? 速い速い速いよ待ってええええええっ!?」
素早く家に上がり、ただいまも盛大な大声で出して。
結李羽がブーツを脱ぐのに手間取っている間に階段を駆け上がり、半開きの自室の扉を勢いよく開け放った。
ド肝を抜かれたように中腰で立ち尽くす響基と、にっと上から目線気味に笑う自分と同じ顔。
「人の部屋入るんじゃねえって何度言えばわかるんだよてめえ!!」
「いいだろ、折角トロフィー三年ぶりに磨き上げてやってるんだぜ。褒められるべきだろ普通」
「ありがたいけど自分でやるよ、お前こそ自分のやれよ!!」
響基が目を丸くした。隼が「はいはい」と、汚れ落とし用の霧吹きとクロス布を渡してくる。
「じゃあおれも一個ぐらい持ってくか」
「全部じゃねえのかよ」
「だってあれ、ほとんどお前のだろ」
――え?
驚いて硬直してしまう。双子の兄は見透かしたように、相変わらずむかつく顔で笑っている。
「なんだよ、お前いくつおれの代わりに出場して勝ったか忘れてんの? 磨きがいねぇの」
顔が、歪む。
あっさりと手を振って、けれど筋肉痛を起こしたように呻いて押さえる、同じ身長と顔の、双子の兄。部屋から出て行ったその姿を見て、布を握る隻の手に力が入る。
……なんだよ、それ……なんでそんなあっさり……
これじゃあ、格好悪いままなのは――
「器用貧乏なんだな、隼さん」
「本当だよ! ったく……!」
叫んだ。叫んで、目をきつく閉じて。
それでも響基は気づいたように目を細めて笑い、一緒にトロフィーを吹き上げてくれた。
賞状を入れた額縁は既に、拭き上げる必要がなかった。
「隻、ゼリーあるわよ! 食べるなら置いてるから、終わったら降りてきなさい!」
わかったと階下に伝え、結李羽と千理が上ってくるのを見て苦笑する。響基が微笑ましそうに笑ってきた。
「――心のノイズ、解消?」
「一応な」
敵わないようだ。
この音フェチにも、仕事サボり魔にも、ジャージ少年にも。
そして――結李羽にも。
「ええっ、隻くんのゼリー好き、隼くんが取ったからなの!?」
「そうそう。こいつが帰ってくる前におれが菓子独り占めにしてたせいで、最後のゼリー一生懸命部屋に隠して食べてたんだぜ」
「隼!!」
怒鳴る声に翅が涙を浮かべてまで笑い転げる。定員オーバーしたために茶托で食べる千理は、ゼリーの器がぐらつこうが構わないほど茶卓を叩いて突っ伏すほどだ。隻を指差して腹を抱えて笑いこける姿に蹴りの一撃でも見舞いたいが、我慢する。
隻から若干身を引いてにやりと笑っている隼は、自分とは違う力をつけた双子の弟に危機感を抱いているらしい。今にもフォークを突き刺さんと拳を震わせる隻に、彼の笑みが引きつりだした。
「ま、まあ元気にやってるようだし? たらふく食わせてもらってるみたいでよかったな、ゼリー」
「ゼリーゼリー言うんじゃねえよ!! ウニで口の中埋めるぞ!!」
「今
「気色わりいなてめえに彼氏言われると!!」
「う、うんわかった……わかったっすよ、隻さんの突っ込みスキルどこで鍛えられてたか……! ははっ、パねぇー隼さんのボケもパねぇーっ!! これで二人とも天然って記念物っすよフォーク止めて!? ってかなんでフォークあるのゼリーなのに!?」
ごめんなさいねと、沙谷見家母は笑みが若干引きつっている。
「人数分足りなかったから、二人にはフォークで食べてもらってるのよ」
「一般家庭っすもんね……ってか、未來ちゃんトイレ長いっすね。便秘?」
「――こらあっ!!」
怒髪天さながらに吠える悟子に、翅と響基以外皆ぎょっとする。わざわざ口の中を空にしてまで行儀よく食べる姿に、結李羽が苦笑い。
「悟子くん、女系家族育ちかなあ……」
「え? なんでだよ――」
「食事中にそんな発言しないでください! しかも相手は女性ですよ、そんな失礼なことを言っちゃいけません!! せめて隠語ぐらい使って聞けないんですか、仮にも名家出身でしょう!! だから彼女ができないんですよこのとうへんぼく!!」
「ひっでー!? 彼女のできるできないを独り身暦
「分家だろうが関係ありませんし、日本側で見れば本家でしょう! 独り身云々は言われる筋合いがまずありません! まだ中学生でお付き合いを考えるほうが
「そういう考えがマセガキなんすよ『お付き合い』ってお堅い主義に付き合いたくないもんね! ってか論点観点ずらすなってんですよ、日頃の
……やっとわかった。
確かにレーデン家のような男系家族なら、こんなに女性への
「隻さんたちが天然記念物なら、あいつも純粋すぎる意味では天然記念物だよな」
「おいその発言取り消せ」
「……中学生に怒鳴られる二十歳前後って、中学生以下でよくねえ?」
隼に聞かれて「知るか」と返す。けれど隼も隼で、「お前繋がりの知り合いだろ」と聞かれ、言葉に詰まった。
もう知り合いとか養子になった先の家の子とか、そういう次元を超えて兄貴分扱いされつつある。……これは、どの区分で区切るべきだろう。
スプーンを悟子へと向けた千理は次の瞬間、「食器で遊ぶな」と飛び蹴りを食らいかけている。なんとか避けた千理が顔を引きつらせて逃亡を図ろうとする。しかし廊下へと続く扉には隻特製ダイヤモンドバスケットボールが独りでにドリブルをしており、我が目を疑っているのは隼ではないか。
「あれ、出したのお前だよな……?」
「ほかに誰がいるんだよ。あんな弾力あるダイヤモンド製のボールなんて」
「なんなのよ、その矛盾が過ぎたお手製ボール……」
「ははっ、隻くんの家はみんな国語力高いんだなぁ」
暢気に笑う結李羽の両親は、もう許容量が人の並みではない気がする。
一通り千理を締め上げて満足したのだろう。窓を叩く鳩に、隼が示したのを頷いて悟子が窓を開けている。わざわざ許可を隻らの母に取って。
「すみません、失礼します。――響基」
「あっ、ちょっと待って口の中に桃が」
「食べ終わってから言え!!」
「……厳しー……」
「本当はあのぐらいしたかったんだけれど……」
隻は母に冷たい目を向ける。隼にはともかく、毎日自分へと鬼のように叱りつけていたくせに。
隻と隼の父が廊下から出てきた。ゆらりと現れた父に、双子は顔が引きつる。
埃
なんか、怖い。
「なっ、どこまで写真出すのに苦労してたんだよあんた!!」
「おーお帰り」
「ただい――まじゃねえ! 質問どこだよ答え返せよ!! 相変わらずキャッチボールできねえな!!」
「……ああ、わかった。俺が隻さんにすぐ慣れた理由」
翅のぼやきは無視。父が写真を取り出したのを見て、隻も隼も思わず呆けた。
運動会の写真。バスケットボールの市大会や県大会など、色んな写真が溢れている。途中で少なくなっていったのは、仕事が忙しくなったからで――。
こんなに撮ってあったとは知らなかった。隻自身の写真も、隼を写した写真も。家族全員で撮った写真はそれこそ数えるほどしかなかった。改めて複雑な想いが渦を巻く。
……逃げてたんだな……これだけ……
小さい頃に沢山あった家族写真は、物心がついた後からめっきり、数を減らしていた。
バカだ。
二十すぎてやっと、向き合えるなんて。気づくなんて。
トランクの中のアルバムから溢れた写真を手に取った結李羽が、微笑ましそうに笑っているのを見て、隻は慌てて写真を奪った。えーと不服そうな彼女に、顔が固まる。
「こっ、今度でいいだろ!」
「そうやって隻くん見せない気でしょー」
「まあまあ、鑑賞会なら後でしようぜ、後で」
いそいそと写真を取っていく隼は、あまりにも鮮やかな手つきでトランクを閉めた。意図を見抜いた隻は白けた目を向ける。
考えは同じだったようだ。
ゼリーを半分ほど残し、未來を待っている翅へと思い出したように振り返った。
「それで、情報掴めたのか? 鴉天狗の――」
「あれ、俺鴉天狗って言ったっけ?」
……。
…………。
……………………。
スプーン曲げを握力で強引に成功させられるほどに、青筋が浮き上がる隻だった。
「俺の時間返せえええええええええええええええええええええっ!!」
感動も含めて。