「いやーごめんねごめんねー。説明すっぽ抜けててごめんねごめんねー」
「棒読み削除しろ!! 頭もかわいく叩くな気色悪い!!」
それこそ「やっちゃったねー」と言わんばかりの見事な笑顔に、隻の怒りが大爆発だ。
「そうは言うけど」と翅は真顔で隻を見上げてくる。
「説明する前にホテル飛び出していったの誰だっけ」
……ぐうの音も出なくなった。
隼や、沙谷見家と荻野家の両親たちは困惑した様子で隻たちを見てくる。
「
「あー、そっか。そのことも三年前説明しそびれてましたよね」
千理が思い出したようにスプーンを置き、三年前と同じように紙とペンを集ってきた。その三年前と変わらない場所に置いてあるコピー用紙とペンを渡しつつ、デジャヴさに生温かい表情で中空を見上げるしかできない。
「オレが隻さんと一緒に、当時の事故の真犯人――まあただの事故だとあれなんで、真相を突き止めようって動いていた時の話です。その時鴉天狗に会ったんすよ」
隼も細かい話を初めて聞くのだろうか。ぽっかりと口を開けていた。
「マジかよ。街中で鴉天狗なんて見たことないぜ?」
「やっぱしこの辺でも珍しいんすね……まあ、そいつはぶっちゃけ敵方でした。だから病院の近くに現れたこいつが恐らく真犯人だろうって仮定して戦ってみたんすよね」
「そうそう。その話聞いた。けどなー、それが変なんだよな」
「変って……今さら!?」
一瞬で視界が真っ暗になりかけ、たたらまで踏んだ。
唸る千理も頷いてはいるが、答えを出しきれていないのだろう。隣で翅がひょいと手を上げている。
「一昨日未來にも確認したら、やっぱり『変』って回答が出た。具体的には」
「鴉天狗が飛び去った状況です」
彼女はそういう人だから。知識
「天狗全般に共通して言えることは、能力が秀でていること。また階級制度を持ち、全員が相当な実力者です。賢く思慮深い天狗が、手負いの幻術使いと一般人を見逃すなどするでしょうか?」
知識がつらつらと惜し気もなく出てくる。わかりやすく噛み砕いてくれた言葉と、爛々と輝く目に気圧された。
「状況的にかなり有利。さらに言うなら、売られた喧嘩を途中放棄と言うのも考えがたい行動です。加勢した浄香様が現れたとしても、数だけを見てその場を去るような行動、天狗ほどの賢者がするとは思えません」
「って言ってた。一言一句変わらず」
「そりゃ本人だからな!?」
「――なる。合ってると思いますよ。端的に言うと獣じみた動きでしたからね」
清水寺で出会ったあの天狗のほうが、よほど天狗然としていたと隻も頷ける。ただ、そうなるとどうしてここまで動いたのかが余計見えなくなってきた。
「それがお前らに来た依頼の内容じゃなかったのか? 翅には鴉天狗の話伝えてただろ。なんで追ってるのが鴉天狗じゃないんだ?」
「ああ、それは半分合ってる。俺たちがこっちにまで来た依頼の理由がさ、本当は三年前こっちで退治し損ねた幻生の残党じゃないかって話だったからなんだよな」
隻も千理もそう聞いてきたのだ。だから余計に変なのに。
響基がうんと苦笑いをしている。
「ただ、鴉天狗をこの辺りで見たことがある情報網が、その三年前の一回きりなんだ。倒されたにしても、やっぱり千理と戦った時の話が妙だろう? だから、最初から想定をひっくり返してみたんだ。天狗に姿と能力を化けられる幻生の類じゃないか、って」
隻は目を丸くした。千理も耳を疑っていたが、腑に落ちた顔をしている。
「だいたいわかった?」と翅が訪ねてきて、瞳を揺らしながら頷いた。
「敵が鴉天狗に化けられる可能性があるってのは、一応。じゃあ、あの事件に絡んでた幻生は……」
「残念ですが、今回は無関係でしょうね。隻さんを狙ってその幻生が現れたにしては、隻さんにとどめを刺さなかったことがおかしいですから」
言われてみればそうだ。実力のある千理を相手取るより先に隻を狙えば、トドメなんて簡単にさせたはずだ。
本当にあの日の出来事は不幸な事故でしかなかったのだろうか。
そうだったとしても、今は鴉天狗が問題だ。やり切ると決めた以上前を見据えよう。
「ですが、天狗に化けられる幻生と仮定して調べてみても空振り続きなんです。姿を変えられる時点で、目撃証言が全て曖昧になるんですよ」
それこそミステリー小説でいう、顔や姿を偽れる犯人を相手取るような話だ。確証もなしに動き回ってはやりようがないだろう。悟子が中学生らしからぬ顔立ちで渋面を作るぐらいにはややこしい話のはずだ。
「なので並行して、もう一度『千理さんが戦った
「そっか、相手の化けられる姿を実際に見て戦った千理と俺なら……待てよ。つまり俺たちを敵の釣りに使うために呼びたくて、響基に新幹線往復させたのか」
「そういうこと。さすが隻さん――なんでバスケボール!? 待って待って落ち着こう、頼むから奥さん待って!」
「お前っ、耳がよすぎる奴に新幹線の長旅強要させやがって!!」
「隻! あんたはもう、すぐ人に暴力振るって――!」
「いやー、暴力はともかく、今のは正論だろ? で、どうするんだ?」
母を宥めた隼が腕組みをしている。
「別の姿に化けられる奴なんて妖怪にはいくらでもいるだろ。見当つくのか?」
「今回はおそらく
それこそ、妖怪はある種なんでもできると思っていた。意外な言葉に隻が目を丸くしかけていた傍、千理もうんうんと頷いている。
「妖怪も妖術もそんなに万能じゃねーっすもんね。精霊の力を借りた術にだって制約があるんすから。ただ、有名になったマンガや小説に影響されて、新たな能力を獲得する新種もちょいちょい現れますよ」
「あー、それで千理が神通力で頭痛作った奴を疑わなかったわけだ。本当ならそんな能力ないよなー」
翅の納得顔に、千理は「そうそう」と頷いていた。隻は頭を押さえながら床に座る。
ここまで根底が覆っては
「今まで私が聞いた妖怪に、能力まで真似る特殊性はありませんでした。話を総合すると、誰か幻術使いが創り出した幻生が野生化して、この周辺で暴れている可能性が一番高いかと思われます」
「そんなことあるのかよ!?」
「代表的なのは、
響基だ。ゼリーの桃を食べ終わったのか、今度は悟子に怒られなかった。
「後は、
だから幻生を作る時に、必ず弱点を付加するよう義務付けられていたりもするんだと、響基は説明してくれた。隻は言葉が出なくなる。
考えてもみなかった。幻生たちが裏切るなんて。
多生が修行をつけてくれた時に言っていた、幻生たちは敵なのかという問いが、頭をかすめた。
「けどそうなると余計厄介っすよ。最近潰れる家柄の数相当じゃないすか。もう記録が残ってなかったら倒しようがないっしょ」
千理の表情は険しい。
悟子も難しいと考えているのだろう。眉間に皺が寄っている。
「弱点も今のところ見抜けていない、正体不明……正直、仮定だけで敵に行き着くのはちょっと……。それにぼくたちは今回、ご家族を安全な場所に連れて行くことを優先したほうがいいと思います」
「それもそうだな。分かれて行動しても全滅だってありえるもんなあ」
悟子もそれが心配だと頷いている。
未來へと困ったように目を向ける結李羽は、どうにも落ち着かないようだ。
「なんだか気味が悪いね……小さな動物に変身されたら……窓に擬態化されてたら、開けられないよ」
「それこそ末恐ろしいこと言うなよ……」
想像してしまい、皆苦い顔で部屋の角から換気扇まで視線を漂わせる。それなのに一人沈黙している千理が珍しい。翅も同じ思いなのか、ひょいと首を回している。
「どうした? 天変地異察知したか?」
「いや、そうじゃないんすけど……あー……喉のここまで出かかってるのに……なんか忘れてる……思い出せないならいいやって言いたいけど……あー……あー。あー!!」
「煩い壊音波!!」
「煩い響基」
鶴の一声よろしく高らかに叱る響基も、三人から冷たくあしらわれた。コップに水を汲もうとした隻と隼の父がふと、窓に目をやっている。
「しかしなんでそんなものが、病院周辺をうろついていたんだろうなぁ」
「なんでって、暴走してたからだろ……」
言ったそば、何かが引っかかった気がした。その時だった。
小さな庭からの光が、一瞬
はっと顔を上げたのは悟子で、すぐさま警戒するようにスプーンをテーブルに置き、立ち上がっている。響基も何かを感じたのか、耳を澄ませているようだ。
「――ばれたか?」
「羽音……一羽。この辺の鳥じゃありませんね」
鳥に関しては、式神を作る関係で熟知している悟子が警戒している。ということは。
響基が眉をひそめているではないか。
「……鴉天狗でもない? なんだこれ……俺の知ってる羽の音じゃないぞ。比翼?」
「少なくとも鳥の羽とは違いますね。一羽……固体数は一……? 違う、変化した? 鳥のものから別の羽に変化したんじゃ……」
「早速お出ましか」
変化と聞いて、千理がまた渋面を作っている。まるで頭痛を堪えるような――。
声をかけようとしたそば、翅から動かず静かにするよう言われた。
沈黙が水を打ったように広がる。近くの道路を何も知らずに通り過ぎていく自動車の音が、笑いたくなるほど大きく響き渡った。
車が、また一台。
二台立て続けに。
三台目は――バイク。
エンジン音を響かせて、沙谷見家の目の前まで響いて――
空に上がった。
「家族を守れ。結李羽さんも。悟子はここで連絡役、未來は敵見定められるか?」
「わかりました。全力を尽くします」
「朝飯前ですよ」
「――気をつけろよ」
廊下から出ようとした響基に声をかける。一瞬だけ目を丸くした音フェチ青年は、嬉しそうに目を細めて手を上げ、走っていった。特攻した二人の靴を念のため手に持って。
「いっでええええええええっ!! 靴忘れてたあああああああああっ!!」
「言うと思ったああああああああああっ!! ほい!!」
「センキューッ!!」
「発音違う!!」
なんか、やっぱり間違えたかも……。
頭を押さえる隻。結李羽も、隼も、悟子まで遠くを見るような顔だ。未來が微笑ましい顔で、後を追うべく走っていく。
……荻野家夫妻も微笑ましそうだった。緊急事態の字を忘れそうになる。
隻は空元気気味に悟子を見やった。
「……緊張感ないよな、お前のところ」
窓を閉めに行った悟子は、小気味よい音を立てて閉まったそれに、哀愁漂う顔を映してこう返してきた。
「ほっといてください」
黙って頷いた。
悟子が何やら作業に入った様子なので、結李羽と隻は顔を見合わせる。衣を下手に出すわけにも行かず、かといってこのままももどかしい。
時間の流れがじりじりと心を焦がすようだ。
ふと、辺りに鳥の鳴き声と大量の羽音が集まってきた。ぎょっとした隻は、はっとして悟子を見やる。
まさかこの鳥の大群、悟子の――!?
「――なあ、いきなり鳥が集まってきたけど、こいつ何かしたのか?」
「やっぱりお前も聞こえてるのかよ……」
隻はげんなりとして隼を見やった。まったく同じ目線で、顔立ちだってそっくりな双子の兄は、事もなげに頷いている。
「そりゃあ……お前が迷惑被ってたおれの変な行動、大抵霊感のせいだから」
我が耳を疑った。母まで「ああ、そういえば」などと、食器を洗いながら頷いているではないか。
「私も小さい頃はよく聞こえてたわねぇ、家族には聞こえない家の軋みとか笑い声とか。おばあちゃんが言ってたのだけど、よく一人で喋ってたことがあって」
もう言わないでいいよわかったから
「集団自殺した兵隊さんたちとお話しして遊んでもらってたって言ってたらしいのよ」
「そりゃあ俺も見えるわな! わかりたくなかったよそんな事実!」
「せ、隻くん……静かにしないと外に聞こえちゃうよ……ひゃっ」
雷の音が響き渡った。はっとして顔を上げた途端、別の音が響いてくる。
「雷駆出したのか、あいつ……」
「――なんだあれ……スライム……!?」
式神の目を介して敵を確認したのだろう。悟子の茫然とした呟きに、隻ははっとした。