Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第17話 03
*前しおり次#

 びくびくと怯える女の子の姿が、旅行鞄がなくなった狭いスペースで、ちんまりと膝を抱えている。結李羽があっと口を押さえ、嬉しさに笑顔が咲く。
「あの時の!? わあっ、追いかけてきてくれたの!?」
「ざっ……しきわらしいいいいいいいっ!!」
「……そりゃ、煩くもなるか」
 開け放たれたままのクローゼットを閉めに行けば、まさか着物姿の女の子と対面するなんて、誰が想像できるだろうか。気持ちはわかるも、その叫び声で階段を踏み外した自分は、なんなのだろうと虚しくなる。
 女の子は慌てて隻へと駆け寄り、抱きついてくる。七五三で着るようなかわいらしい赤い着物が、ススキ色の髪とよく合っている。様子を見に来た未來が、女の子を見て優しい笑みを浮かべた。
「よかった、無事に座敷童ざしきわらしに転生できたんですね」
「へっ!?」
「遊園地の帰り、電車の中で言いそびれたんですけど――」
 未來の話に寄れば、こうだ。
 情け童は、寂しさを抱えて死んだ子供が鬼となってしまったもの。これは千理も知っていたので、電車の中で教えてもらったことだ。
 その話には続きがある。
 情け童は自分の内にある淋しさに気づき、認めてくれる者を探してもいるそうだ。もしその人に巡り合えたならば、情け童はその人を神隠しから現実世界へと帰し、人を喰らうことを忘れてまで守ろうとする。
 そして幸せな記憶と共に死を迎えると、居ついた家に幸せを運ぶ座敷童へと転生できるのだそうだ。
 話を聞いて、結李羽も隻も茫然と、女の子を見下ろした。
 座敷童となった子供は、隻の足にひっしとしがみつき、見上げてくる。
「……俺、何かしたっけ……? やったのユリだろ?」
「そっ、そんなっ、あたし大したこと……! あっ」
 座敷童が子供らしい転びそうな走り方で駆け寄り、結李羽にぎゅぅっとしがみつく。結李羽の目が潤んで、しゃがむなり女の子を抱き締めた。
「お帰りっ、お帰り! また逢えたね!」
「……ただ、ま……!」
 抱き潰さんばかりの腕の中で、女の子は幸せそうに笑う。ススキ色の髪の間から覗いた顔は隻を見上げて嬉しそうに手を伸ばしてきた。目を細めて、隻は照れくささに笑みがこぼれる。
 小さい。まだ自分の半分ぐらいしかない。重ねて、握って、女の子の頭をそっと撫でた。
「お帰り」
 女の子が「ありがとう」とたどたどしく言うも、隻は内心首を振った。
 隻のほうこそ感謝したりないのだ。この家に帰ってきて、「お帰り」と言わせてくれたのだから。
 自室にて泡を吹いて倒れている、三人の男どもに向ける笑みは、生暖かいものとなってしまったが。
「お前ら、子供に負けてどうするんだよ……」
 どうやって片付けよう。この死屍しし累々るいるい
 顔を真っ青にしてまで気絶している翅の顔が一番酷く、彼がホラーを苦手としていることにやっと気づいた隻だった。
 
 
 悟子が夕食前に伝えてくれた周辺の現状では、スライムと思しき姿はほとんど見当たらないという。それならと雷駆が隻に伝えてきたのが、記憶操作で千理の記憶を垣間見るというものだった。
 可能かどうかを隻が問うと、さすがの千理も渋っていた。
「今のうちにっすか……」
 当然だとは思いつつも、雷駆と話した見解は他に案を出せなかったのだ。
 つらいという言葉で表せない記憶だろう。そもそも、彼は記憶操作されている実感もない。そんなことをするだけ無駄だという考えが、少なからずあるはずなのだ。
 食事と防寒のため、ただでさえ狭いリビングに無理やり詰め込まれた雷駆は不機嫌そのものだった。黒馬は廊下で道を塞ぐように座り、こちらを見てきている。
 ……足、痛くないのだろうか。
『余計なことを考える前に、我が意を知りえる今は代弁をしろ』
「……あんた自分で伝えられるだろ……俺飯まだだし食いたい」
 どこぞの誰かたちが食事の合図と共に大食らいを発揮して、炊飯器の中身をもう一度炊き直さなければならなくなったおかげで。
 不意に、雷駆が角の辺りで静電気を弾けさせたではないか。
 たった一度の威嚇いかくにぎょっと身を竦ませる。直後、言えと言わんばかりに首を振るこの馬に、隻は顔が引きつった。
 態度でけぇ……!
「……だから言ったっしょ、誰に対しても態度でかいって」
『汝が言えることか』
「レーデン家の伝統化しちゃってますよねーどっかの黒馬のせいでー」
 隻は呆れて首を振り、「わかったから」と折れるしかない。
「母さん、飯少し遅れる……その、俺とお前で連身の修行しただろ。あの時、お前が俺の記憶見たんなら、俺も同じようにお前の記憶見えてたのはわかるよな」
「なんか隻さんに説明されるとすっごいムカつくぐらいには知ってますよ。こちとら生まれてこの方そっちの修行しかしてないんすからね!」
「そうだよなおかげで社会性の欠片も持ってないもんなお前!! それなら話早いんだよ。要するに、お前が言ってた兄貴の顔、俺には見えなかったんだ」
 千理が耳を疑っている。目でもう一度言うよう訴えてくる。隻も頭を掻きつつ、弱ったような顔になる。
「お前の記憶、事件当時のは鮮明に覚えてるんだよな」
「そ、そりゃあ……こないだの夜だってちゃんと言ったっしょ。ゼリー状だかスライム状だかの幻生から色んな動物やら幻獣やらのパーツが出てきて――ああああああっ!! だから見覚えあったんかい!!」
「煩いですよ近所迷惑!!」
 頭を抱えてまで吠える姿へと、勢いよく雀が飛来して頭を突いていく。意外と高威力だったのと、白髪をまた引き抜かれて悲鳴が上がる千理。
 ……いや、違う。あれは白髪と黒髪が混じったパンダ毛だ。
「わかっただろ。それだけはっきり覚えてるのに掠めもしなかったのは変だろ。だから思い出さないようにされてたかもしれないんだよ」
 千理が頭を押さえつつ、困惑した目を向けてきた。
「過去として話す時は思い出せても、肝心なそのスライムが暴れてたら気づけないようにな。周りが覚えてなきゃ、そのまま駆逐してただろうって、雷駆が言ってた」
「いやまあ、隻さんがそこまで頭回るわけな――たんまボールなし! で、でもっすよ。それやっても、あのスライムにメリットなんて……」
『スライムにはなくとも、スライムを操っている者にはあるかもしれぬということ。無論、天理にそのような行動をする意味こそない。裏で他に手を引いているものがいると考えるべきだろう』
 一瞬顔を引きつらせた千理を、雷駆が諭して聞かせた。おかげで千理も多少落ち着けはしたようだ。
 悟子が式神からの報告を受けている。急ぎの報告でもなさそうだ。隻は千理へと視線を向け直す。
「俺もその可能性、あると思う。お前の親父さんや兄貴たちがどれだけ凄いのか、多生さんからも聞いてるよ。なら利用されてるしかありえないだろ」
 今は話し合った見解を冷静に伝えよう。千理の顔色をまた悪くさせてしまうだろうが、兄に狙われたと思うよりはいいはずだ。
「お前しか生きた目撃者がいないんなら、お前を消しにかかろうって今動いている可能性があるんだよ。レーデン家の失態に見せかけて殺すつもりなら、今が敵のチャンスだろ」
 後ろから苛立った舌打ちがいくつも聞こえてきた。が、今は取り合っても仕方がない。
「面白くねえやり口だなあそいつはよお……」
「……落ち着けよ、隼。お前がここでキレても始まらないだろ。お前らも落ち着かないとバスケボール」
「ごめんなさい!!」
 千理が苦い顔になっている。そんな顔で「なんでオレらの扱いそんなに慣れちゃってんのあんさん」なんて書かなくても、慣れるに決まっている。
 三年分の修行舐めるな。
「悟子と有川さんなら記憶操作ができる。運がよかったら、当時の記憶で封じられてる部分を思い出せる。手っ取り早く真犯人をお前が見てたらこっちに分ができる。けど──」
「……もし記憶操作じゃなくて、純粋にオレが記憶なくしたくてふっ飛ばしてたら、って訳っすか。まあ洒落にならないっすよね、そうなったら」
 うつむきかけた千理は、あっさり肩を竦めて飄々ひょうひょうとしているではないか。
「いいんじゃないすか? ほかに方法ないんならやらずに男張れるかってんですよ」
 悟子が本気で顎を外しそうになっている。気づいた千理がにっと笑っている。
「なんすか、かっこいいとかそんな当たり前の」
「この人が男を語るなんて、なんの天変地異の前触れですか」
「ひっでー超ひでえ!? 激烈酷くないっすかそれ! オレだって男っすよ、あんさんと同じ生物学的分類されてるんすけど!!」
 遠い顔になる隻と隼と、翅。三人揃って雷駆の苛立った気配を見やるしかできない。ぶすっと頬を膨らませた千理が腕組みをして考え始めた。
「もう一つは和為やわなに当時を聞くのが……でもあいつ、そこ話してくれないんすよね。契約薄い分反抗期で」
「契約薄いって……お前が創り出した幻生じゃないのか?」
 てっきり、千理との呼吸の合い方を見ても、あの大山猫は彼が作り出したのだとばかり思っていた。千理はげんなり顔で「違いますって」と嫌そうな様子。
「あれ、師匠が作り出したんすよ。あの人長生きな分、レーデン家以外にも色んな幻生を作り出しちゃあ授けてるんです。で、オレにくれたのがあれ。……オレが師匠の弱点探ろうとしても逐一ちくいち報告しやがるし」
 想像して思わず顔を背けた。
 確かにあの師匠から全力で逃げたくもなるはずだ。
「だからオレにかかってる、推定記憶操作を引っぺがしたほうが早いっしょ。ついでに清水の件の記憶操作分も剥がれてくれりゃあ万々歳。でしょ?」
「多生さん言ったのか……」
 余裕で言われましたねと、あっさり返す千理には呆れた顔しかできない。悟子がそれならと、遠慮がちに立ち上がっている。
「じゃあ、ぼくから試しましょうか? 一番遠慮なくやれそうですから」
「ちょいとあんさん、ガチ今回で恨み晴らす気満々っしょ。別にいいけど。痛いのオレじゃないし……うわおオレだ!!」
 バカだ……。
 翅から耳栓をもらう。用意のいいことに、全員分あるようだ。
 ……ご丁寧にも新品だった。
「記憶操作も呪言しゅげんに似た性質があるから、全員分掘り起こしたら大変だからなー。ってわけで、全員装着よーい」
「了解ー」
 響基だけでなく、隼まで。隻も、隻の母も苦い顔になった。
 今回は千理にとってもかなりの苦痛になるはずの記憶だ。それと一緒に自分たちのつらい記憶まで掘り起こされ、真実が見えなくては意味がない。
 耳栓を装着し、千理を見据えた悟子の口が動いているのを見て顔をしかめた。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/07


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