Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第18話「暗中模索」01
*前しおり次#

 思えば、多生との最初の修行では、耳を傾けすぎて最悪な結果ばかりだった。
 ふっと、千理の意識が抜け、勢いよく倒れる。駆け寄ろうとした隻と結李羽の両親それぞれに、隻は大丈夫だと合図する。
 これだけ唐突に倒れれば心配にもなるなと、今までの修行で全部砂利に頭を埋めていた隻はなんとも言えない。
 千理の指がほんの少しだけ動いた。はっとした隻は、悟子が一瞬にして渋面を作り、顔が蒼白になったのを見て近づこうとして、未來に首を振られた。悔しさしか出てこず、顔を背けそうになって、耐える。
 事前に聞いていたのに。
 
 ――いい先生に出会えたな
 
 記憶操作は相手の過去を読み取り、改竄かいざんする幻術。まだ中学生の悟子にその苦境を強いて、自分たちは見るしかできないなんて。
 それでも、やると自ら言ってくれたのはその悟子なのだ。
 あの人が向き合う覚悟があるなら付き合いますと、自分より術の扱いに長けている未來が申し出る前に伝えてくれたのは、彼なのだから。
 千理の左腕が消えた。息を呑む親たちに、隻は説明しようがなく苦い顔になる。
 記憶の再生が起こっているなら、恐らく今左腕を切り飛ばされた瞬間。
 ならあの足の主は――
 
 悲鳴がきつく耳元で響く
 辺りに溢れる色が、夕闇よりもきつく目に焼きついてくる
 大山猫が叫ぶ。戻るよう言っている。なのに足が、足が動かない
 戦慄わななく体へと視線を向けてきた顔は、そのまま叫んできた
 その顔の主の足元に広がる血溜りは、動かない手は――
 気がつけば、突き飛ばされて
 気がつけば、左腕は激しい熱を帯びていて
 ゼリー質の何かから雄叫びが上がる。その後ろに透けて見えた足が、白く細く、緩やかに去っていく
 着物の裾がれる音だけが響いた
 自分のものかも、他人のものかもわからない激しい痛みが左腕だけに焼きつく
 
 唇が震えて紡がれた言葉は、ただ虚空に消えて――
 
 今でも鮮明に思い出せる。あの足の主が、全てを知っている気がする。
 天理ではなく、あの人影が――
「……」
 千理が何か呻いている。左腕を庇うように抱え込み、身を震わせている。冷や汗が止まらないのか、早くもジャージが水分を吸って色が重く変わっていく。
 即座に響基が悟子の肩を叩き、術を中断させた。驚いて振り返る彼へと、隻も慌てて耳栓を外して近づく。
「どうしたんだ?」
「……まさかの第二ラウンドらしいな」
 苦い顔の響基に、隻も顔が青くなる。翅も丁度耳栓を外して聞こえたのか、表情が鋭く変わった。
「スマンか?」
 頷く響基はすぐに顔をしかめている。
「……変化したな……三体。分裂体だと思う。千理は少し休ませるか?」
「ははっ、必要ないっすよ……レーデン家ほぼ直系めんなっ」
 すぐに立ち上がる千理の顔は完全に血の気が引いているではないか。悟子も黙り込んだままだというのに、当の本人が平然を取り繕っているのは丸わかりだ。
 隻は顔をしかめて、千理の肩に手を置いて椅子に座らせようとするも、ゆっくり手をどけられた。
「今お前が無茶してもろくなことないだろ」
「殺されないように動きます。ってか、オレがこの家の中いるほうがまずいっしょ。昼間はともかく、今回はガチでオレ狙いにしか思えませんよ。タイミング的にもね」
「だよな……」
 スライムの分体は減り、千理の死体はどこにも転がっていない。なら相手は目撃者含め、生きている者を殲滅せんめつしにかかるということか。
 結李羽がふうと、仕方がなさそうに溜息をついた。千理が驚いている中、彼の背中に手を当てると術式を紡ぎ出し、唱える。
「時へだてしくさびの並び この音にて忘れられん」
 目を見開く千理。血の気が戻る彼の代わりに、彼女のほうが顔を青くしていた。困った顔で千理を見やる彼女は、不安げな座敷童を抱え上げてあやす。
「念のために、これぐらいはさせて?」
「ど、どもっす……ってか、なんでそんな高度な術ばっかり知ってるんすか」
「今のって、呪力贈与じゃありませんか?」
 目を輝かせる未來に、結李羽は頷く。隻は目を丸くした。
「よくそんなの使えるな……」
諸刃もろはの剣だから使い時は考えろって、永咲ながえさき様に言われちゃった」
「あーあの人かい。あだっ!?」
 不機嫌顔の千理の頭を軽く叩き、結李羽の頭を軽く撫でる。隻は思わず苦笑した。
「ここ、頼むな」
「任せてっ。悟子くんもいてくれるから大丈夫」
「任せて下さい」
 誰よりも顔が青いままの中学生に、千理が苦笑いを浮かべている。隻は一瞬ためらった自分を叱咤して、悟子の背中をとんと叩いた。
「頼んだ」
 
 
「しっかし、こんなのどうやって捕まえるんだよ!」
「そんなん言われたってオレも知らねーんだっつーの! 雷駆!」
『今汝に呼び出されてはおらん!』
「あ、そうだった」
「アホー!」
 スライムが変化し、次の姿は大きな壁だ。土壁だ。見た雷駆が苛立たしげに雷を弾けさせたではないか。
 上に現在召喚主である隻が乗っているのに。
『塗り壁ごときで我が雷を耐えられると思うなど……! 三千年早いわ!!』
「あんた、何歳だよ……どぉぅわ!?」
 落雷が土壁を襲う。土でできた壁であっても、中にある素材は土だけでなく、枯れた草もしかりだ。かすかな水分を求めて、逃げ場を失った水分が土壁を破壊する。焼け焦げた土くれが、慌てて別の形状を取り始めた。
 雷駆が苛立たしげに鼻を鳴らしている。
『設定では三千年だ』
 隻、顎を外しかけた。
 他のスライムには翅と響基、そして未來が向かう。悟子も大きな鳥を呼び出して、遠距離から戦いに参戦してくれている。
 突如、水分たっぷりの触手が雷駆へと勢いよく延びてきた。空を駆けてかわす黒馬の速度には敵わず、すぐに弧を描いて落下して――隻ははっとして地上を見る。
 真下にいたのは千理だ。一瞬強張った顔をした彼は、青ざめながらも目つきを鋭くした。
 左手をさっと横に突き出し、叫ぶ。
「天兄の幻生だからって舐めんな!!」
 黒竜と、甲冑かっちゅう――
 違う。銀色の甲冑に身を包んだ竜騎士と、小型の竜眷属ワイバーンだ。黒から夜明けのようなグラデーション色へと変化したワイバーンは、手と一体化した比翼を広げ、朝焼け色のブレスを吐いて千理を守る。
 羽ばたいた竜の背に軽々飛び乗った千理に、騎士が頷いている。
「お久。急で悪いけど頼むわ」
 低い声音。千理へと竜騎士が頷き、ワイバーンの咆哮ほうこうが響き渡る。ぎょっとした隻の真下、雷駆が少しばかり足踏みした。
『数刻ぶりか。千理が創造した竜騎士とその騎獣、ゼンスとエヴェイユ。真実と覚醒を名に創り出された幻生の者らだ』
「あいつ、人間を創ったってのか!?」
 驚愕ばかりが出てしまう最中、『いや?』と雷駆は首を捻る。
『それは幻術使いらの間で禁じられた手法。奴はいわゆる鎧人形ゴーレムのようなものだ』
 どう転んでも、凄いんですけど。
 千理を後ろに乗せ、周辺のスライムを駆逐くちくしにかかる竜騎士もそうだが、ワイバーンの容赦のなさには言葉が出ない。
 翅も響基も目を丸くしている。
「あれ、千理が創った幻生か? いいなあ、ワイバーンかっこいい……」
「男の憧れ創ったのかいいなー」
「確かにかっこ……わ、悪かったよねるなって!」
『千理と同じことを……っ! 馬がそんなに嫌か、なら降りろ!!』
 地雷とは知らなかったのに。慌てて宥めていた傍、下から鋭く伸び上がった何かをよけてもらい、しがみついていた隻は敵を確認しようとして顔が引きつった。
 巨大な……タコだ。やたらでかいタコだ。頬がひくつくほどに気持ち悪いほどでかいタコが、住宅地の一角を押し潰して出現したではないか。
「あれ……海理の幻生にいなかったっけ……」
「まじあいつなんなわけ? いない時にだって伝説作らなきゃ気が済まないわけ? ってかそいつにも化けれる系? うっそだろおい」
 今ほど千理の兄を恨んだことはない。
 まずい。この辺りは今の時間帯多くの人が帰ってくるはずなのに――!
「雷駆、頼む!」
「いや雷駆たんま! ここじゃほかの家まで潰しちまいかねませんって! 翅、響基よろ!」
 おう! と勢いよく叫びながら耳栓をつける翅。隻はぎょっとした。
「耳栓よーい!!」
「了解! 礼来ライライ 法魔ホウマ 滅翔メッショウ重呪ジュウジュ!」
 いや俺まだつけてな――!
 ずんと体にかかる重さの凄まじさに、隻は雷駆に完全に体を預けた状態になってしまった。なんとか体を起こそうとして、けれど関節が悲鳴を上げるだけ。
「続けていくぞ!」
 嘘だろ勘弁しろ!?
葬送ソウソウ 滅朽メッキュウ 閃然センゼン昇華ショウカ!」
 刹那、体が軽くなった。
 急激に来る嘔吐おうと感。千理が呻いているのも聞こえてきて見やって顔が引きつる。
 直後、スライムたちが一気に弾けて消えた。
 どうやらあの呪言は、幻術で創られた生物を強制的に送還する能力があるようだ。……術者も見事にダメージをこうむっている件については、後で償ってもらうとして。
 それに耐えられた上に、雷駆も残ってくれている。感動して黒馬の顔を見上げた途端、その召喚相手から溜息をつかれた。
『我の力なしでは術式も保てんか』
「……すみませんでした」
 全部雷駆のおかげだったようだ。
 残るスライムは音を認識しない魔法生物に変化した分裂体だけ。数にして二体。翅が召喚の言葉を口に乗せ始めた。
「来い、アヤカリ」
 翅が掲げた手の平に、水が刀の姿を模してゆっくり流動していく。
 一瞬見えなくなったその刀は刹那、淡い光を纏い、輪郭りんかくだけを残した透き通る逆刃剣へと変貌へんぼうしたのだ。雷駆が呆れた様子で顔を背けている。
『あれは好かん。いつもけたたましい』
「……ああ、千理と似た奴か」
「聞こえてるっすよ二人とも……ゼンス!? あんさんまで何言ってんのちょっ、ひど!?」
 ああ、やっぱり煩いって思われてたんだ。
 しかもワイバーンからは背中ごしに睨まれ、ブレスを口元でちらつかされている。飛竜の上で落ち込む千理には同情する気も起きないが、翅が笑う以外にも本当にけたたましく笑いこける声が響いて、隻は真顔になった。
 なるほど、雷駆が嫌うはずだ。
『相変わらず千理の扱いは雑だねーっ! あはははははははははははっ! やーい負けてやんのーっ! しかも創造した奴にも負けてるし!』
「っ、るっせえやい! あんさんだって翅から煩い奴だって思われてるんすよ知ってるんかいええ!? ってか茶化しに来たんなら帰れや!!」
 響基と同時に、隻は顔をそらした。
 もうあいつ、作ってた口調全部引っぺがされてるよな……。
 雷駆がいななき、雷を一箇所に落とした。無機物から音を必要としない生物に変化したスライムを一体葬り、残る一体を探した隻は響基と目が合う。
 笑顔で、目を爛々と輝かせて、親指を立ててサムズアップ。
「え……いやちょっとま」
方縛ホウバク 法魔ホウマ 久糾キュウキュウ不動フドウ!」
 体が、動かなくなった。
 雷駆は変わらず空中で浮遊しているが、隣では見事な落下音。
 ワイバーンと騎手と、千理が仲良く頭から川へとダイブしていた。
「響基ー、今何か落ちたか?」
「あ! ごめん……ついうっかり。どうしよう、産業廃棄物落としたかも」
「響基さん……それは違うかと……どうしよう、後で回収したほうがいいのかな?」
 いや……早くスライム捕まえて……んでもって
 呪言解除して!!
 
 


ルビ対応・加筆修正 2020/11/07


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