Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第19話「神隠しの世界へ」01
*前しおり次#

「……座敷童に転生したのに、使えるのか?」
 女の子は困ったような顔をしている。おずおずと隻の手を引っ張り、一緒にしばし歩いて――女の子が振り返る。生温かい顔をする翅たちとばっちり目が合った。
「いや……今の俺たちじゃ、普通に隻さん認識できてるんだけど……最初から見えてたし」
「は? どういう……」
「だから、隻さんがそこにいるって確信したまま見てると、神隠しは威力発揮しないんだよ。子供が迷子になるのだって、目を離したからそうなるだろ」
 子供扱いか俺はっ。
 頬が引くつきかけ、翅が一度リビングの扉を閉めてくれる。「いいぞー」と暢気な声が聞こえ、女の子がこくりと頷いた。
 どうやら、一度試したいという気持ちは伝わっていたらしい。
 少しして扉が開いた。響基は平然とこちらを見てくるが、一度顔を覗かせてくれた隼たちは、目の前までやってきても視線が合うことはない。隻は女の子と目を合わせる。
 もしかして……
「あいつら二階か?」
「ごめん、俺音で位置わかっちゃうから……隼さんの目の前だよ」
 ぎょっとした隼が隻に触れようとし、隼の手が隻の体をすり抜けて横切った。顔が引きつりかけたその時、響基が隼の手を払った後隻の手を掴んでくれる。
 それでやっと見えたのだろう。隼が一気に後ずさった。
「な?」
「……神隠しそういうのだったのかよ……っ!」
「霊に対して耐性あるんじゃなかったのかよ、お前……」
 隼が勢いよく手を振っている。足元で浄香が呆れた顔をして見上げてきている。
『仮に全員を神隠しで隠したとして、公共機関にでも紛れて戻る気か?』
「それさっきも危険だって言ったっしょ」
 千理が釘を刺し、翅も頷いている。
「このための手は考えてる。今度は真面目に」
 そう言って見る先は、悟子で。茶髪の中学生が一気に青ざめた。
「え……ま、待って、翅……い、いやだ! あれだけは!!」
「レッツ神隠し!」
「翅あああああああああああああああああっ!!」
 大絶叫が響いた。座敷童が少しだけ考え、隻の手を握ったまま結李羽の手を握りに走り、さらに結李羽と隻にも他の人と手を繋ぐよう促している。
 催促されたとおり繋ごうとして、一瞬躊躇ためらって悟子に手を伸ばした。ずんと落ち込んだまま手を握る、その痛々しい姿に申し訳なさしかなく。
 全員が手を繋ぎ、輪になった状態で、女の子が息を吸い込んだ。
「かー、ごーめー、かーごーめー」
 歌いながら、円を描くように自然と全員の足が動き始める。
 かーごのなーかのとーりーは
 いーつーいーつーでーあーう
 よーあーけーのーばーんに
 つーるとかーめがすーべった
 うしろのしょうめんだーぁれ
 懐かしいかごめ歌に顔を引きつらせたのは響基と悟子だ。手を離した少女が、家の明かりを消しに走っていく。
 パチン
 二階の廊下が、暗くなったようだ。
 パチン、パチン
 一階の廊下も、玄関口も。
 キュッ
 ガスの元栓を閉めるような音。
 パタパタ……パチン
 そして、リビングが。
 真っ暗になった部屋の中、赤い着物の女の子だけがぼんやりと映る。結李羽が驚いているではないか。
「そっか、情け童の時は歩くだけで神隠しの世界に引き込めたんだよね。ずっと歩いて歌うかごめ歌なら」
呪歌じゅかと同じ効果で威力を促進できるか。誰でも知ってるから、自然と歌にも耳傾けられる。やるなー」
 その呪歌使いの翅も感心したようで。やや顔が青い座敷童は、不安そうに結李羽にしがみついている。少女が優しく頭を撫でられ、隻もしゃがんで背中を優しく叩いてやった。
「ありがとな。本当は怖かったんだろ」
 女の子の顔が、ふにゃりと崩れ、涙を流し始め、千理が「大丈夫っすよー」と暢気のんきに声をかける。一緒に手を繋ぐ羽目になった隼は複雑そうな顔だけれど。
「少なくともその子が起こす神隠しじゃあ、人喰らう気配はなさそうですし。座敷童のって、人の幸せですからね」
「食べる必要がないなら喰われる心配もなし、と。じゃあ次。作楽呑さくらのよーい」
「いやだああああああああっ!! うわわっ!?」
『駄々をねる前にさっさと外で術式を展開せんか阿呆め!』
 頭の上に飛び乗られ、威嚇の声まで不機嫌に出され。鳥をよく呼び出す悟子らしい青ざめた顔がなんとも言えず、隻は疲れた顔で母親に目を向けた。
「じゃあ、トランク準備するか。今ならもの持ってっても、音によっぽど敏感じゃなきゃばれないらしいし」
「だって俺、隻さんとその子がどこにいるか、ずっと音でわかってたから――いだっ!」
「無駄口は後。各自準備!」
 そんな暇はないのだから。
 
 
 全員で外に出、公園へと向かう。というのも、悟子が呼び出す作楽呑という幻生は、サイズがサイズなために開けた場所でないと危ないらしい。
 全員で歩いていると、時折女の子が不安そうな顔で見上げてきていた。隻は笑って頭を撫でた後、千理にキャリーケースを任せて座敷童を肩車してやる。驚いた顔をした少女は嬉しそうに笑い、足を弾ませた。
 情け童だった時も肩車が大好きだった子だ。気持ちが晴れたなら何よりだ。足が胸に当たって痛いけれど、それぐらい我慢できる。
 三年前、千理と立ち寄った公園に着いて、互いに思わずにやりと笑った。
「懐かしいっすねー、オレの主語が足りないって、隻さんに散々文句飛ばされて」
「本当だよな。猫に話しかける不審なジャージニートに水先案内人頼むなんて、あの時はどうかしてた」
「ひっでーっ! だからジャージイコールニートはイモっぽいってあだだだだだだっ!?」
 悟子が周囲を警戒するために出していた雀が、千理の頭を勢いよく突いていた。響基も舌打ちしている。
「あの壊音波かいおんぱに喋らせない呪言使うかなあ」
 ……響基が怒る理由は、今度飲みに誘って聞いておくほうがいいだろうか。そんなにひどい音だっけとジャージを振り返って、視線を逸らした。
 いつまで経っても子どもさながらに騒ぐ音は、確かにうるさい。
「全員喋れなくなったら、ぼくも呼び出さなくて済みますよね。嬉しいですよ」
「そうはいかせると思うなよー」
 翅の声に二人が舌打ちし、結李羽と隻それぞれの両親たちが思い思いの心境を顔に乗せている。
 隻はふと、結李羽に目を向けた。微笑ましそうに座敷童を見上げていた彼女がきょとんとする。
「何? どうかした?」
「――いや。あの時はごめんな」
「え?」
 声に出そうとして、躊躇ためらう。そんな隻を見上げる結李羽の不思議そうな顔を見るとなおさら罪悪感が治まらず、隻は微かに目を伏せた。
「結果はともかく……目覚ました後、傍にいてやれなかっただろ」
「……それ、もう気にしないでって言ったよね?」
 頬を膨らませる結李羽に、隻はほんの少し首を振る。
 三年前の光景は未だに鮮明で。急に飛び出してきた車を見て身を固くすることは、今でもあるのだ。
「自分でいた種だからな、やっぱ。けどそれで」
「隻くん」
 結李羽の手が、隻の頬を包み込んだ。ぎょっとする隻に、結李羽が困ったように笑っている。
 ――そんな顔を、させたくなかったのに。
「あたしは隻くんに抱え込んでほしくて、あの時『待ってる』って言ったわけじゃないの。――あたしは隻くんにそんな顔も、そんなこと思ってもほしくないな」
 目を見開いた。
 困ったように笑う結李羽に声が出ず、隻はしばし固まってしまう。くすぐったくなって、隻は思わず笑ってしまう。
「ありがとな」
「あたしこそ。いつも着てくれてありがとう」
「そりゃ……まあ、好きな色、だったし……お前のセンスいいし」
 ぼそぼそと呟くと、結李羽は声を立てて笑った。

 ね? 沙谷見先輩は、一人だけでしょ?

 ――本当に、付き合う前から彼女には敵わない。
「小さいけどここなら問題ないか。おー、ブランコ久々。ジャングルジム懐かしいなー。なー悟子」
「……言わないでください。問題ありませんけど、呼び出すことはぼくにとって大問題です」
「まあ責任取らないから呼び出して」
「取れよ!!」
 悟子の怒りが悲鳴になっていた。それでも詠唱準備を始める中学生に、隻はいたたまれない。
 その拍子に、座敷童が不思議そうに覗き込んできた。髪を掴む手に力が入ったおかげで、結果的に空を見上げるように痛みを耐える羽目になる。
 心配そうな女の子へと、隻は大丈夫だと笑った。
「咲き乱れ 海の華 幾月いくつき変わらぬ姿は鏡の如く
 移りゆく 海の波 そこにあるのは凪ばかり
 土に埋もれて嘆くは彼ら 全てを飲み込むうるわしのよろい
 来い、作楽呑」
 途端に響いた。嬉しそうな応答が、高らかに。それだけで顔を真っ青にして公園から逃走を図ろうとした悟子を、翅が笑顔で威圧している。未來も苦笑いするほどに。
 悟子の指に現れていた白く輝く指輪から、淡い桜色の貝殻が小さく地面に落ちて――
 むくむくと、すくすくと。
 最初は見下ろしていた一同だが、既に大きさを見越して下がっていた千理たち以上に一生懸命走って逃げる。大きく膨らんでいく巨大な桜貝を見上げて顎を外しかけた。
『主主あるじあるじ――――――――――っ!』
「いやあああああああああああああああっ!!」
 錯乱気味に逃走しようとする悟子。だが翅は無情にも抱え上げて逃がさない。
 作楽呑と呼ばれた巨大桜貝は、その図体にもかかわらず、難なく悟子の服を貝殻の端で摘み上げた。瞬間、子供を高い高いをするように放り上げ――飲み込んだ。
『あぁぁぁぁるじぃぃぃぃぃぃぃっ、久し振りですーっ!』
「ああああああああああああああああああああああっ!!」
 ただ響くは、絶叫のみ。その絶叫の中ほのぼのと微笑む翅はただの極悪人だ。隻も隼も、結李羽も身を退きそうになる。
「いやあー相変わらず仲がいいよなぁー羨ましいなぁー。作楽呑さくらの久し振りー」
『ああ! そこにいるのは翅っちことツッキーとお見受け!! 久し振りにございたたたたたたっ!!』
「出せえええええええええっ! わあっ!?」
 本当に出してはもらえた。主人大好きなのはわかるが、まるで砂を吐き出すように勢いよく投げ出した。悟子は顔から地面と対面していた。
 主が顔を押さえて泣き崩れているというのに、人が頬を摺り寄せるかのように、悟子の上に巨体を乗せてきて身を揺する作楽呑に、東京っ子三人は身を引いていた。
『主ーっ! ぎゃっ!?』
「痛いどけっ!! 泣くぞ!!」
「泣くなよ男だろー」
「白々しいんだよ毎回翅は!!」
 悟子でなくとも、同じ状況ならば怒りもたけなわだっただろう。
 隻は溜息をつき、闇の衣を背中に纏わせるとバスケットボールを数個取り出した。浮遊するそれに電撃が纏わりつく。
 千理が顔を引きつらせ、慌てて作楽呑を見上げた。
「さ、作楽呑早く! 早くこの全員入れられる部屋作って口開けたほうがいいっすよ!」
『ああっ! なんでセン太郎がここに参って……!』
「誰がセン太郎だ手前しか掠めてねえでしょ!! 頭脳ないんすか薄らでっかち二枚貝!!」
『まあセン十郎は置いておくとして』
「置くな変えるな無月ナヅキで斬り飛ばす!!」
『あーるじーっ! 早く、早くご命令をっ、入ってー!!』
「嫌だああああああぁぁぁぁああああああっ!?」
 抱え上げられた。翅と、響基に。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/07


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