Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第19話 02
*前しおり次#

 悟子が本気で顔を土気色にした。二人揃って頷いた刹那、悟子の体をまるで砲台に乗せた人間のように構え、勢いをつけるよう後ろに引いたではないか。
「ごめんな悟子」
「せぇっのおっ!!」
「薄情ものおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「頑張れー、ゴーイングマイハウスー」
 投げ飛ばした後にそれはない。
 本気で泣きながら作楽呑に飲み込まれていった姿は、例えるなら……
「一生懸命逃げようってもがいてるアジを笑顔で捕まえた子供が、アシカに勢いよく投げてる感じだよな……」
 そう。例えるなら、本当にそんな感じにしか映らなくて。
 翅たちに案内されるがまま、作楽呑の体内に入ることになった。どうやって入ったかは今は思い出したくもない。
 ただ、中世ヨーロッパの邸宅のような内装と、悟子を追いかけるように天井や壁や床がせり出してくる様には肝を抜かれた。必死に逃げ回る彼を見ていられなくて、隻は雷ボールを作り出して床にダメージを与えたほどだ。
 作楽呑が床を変形させ、人の体を模して、怯えた様子にはほとほと呆れた。
「主人が大好きなのはいいけど、お前出す時にあれだけ怯えてるんだぞ。主人に怖がってほしいわけじゃないんだろ。少しは加減ってものしろよ。じゃないと次は電撃ボール十個にするぞ」
 男の子の姿を模した作楽呑は、何度も何度も頷いている。隻はよしと小さく呟いて、その後すぐ両親を指差した。
「でな、お前――ってか、幻生とあんまり関わったことがない人たちも今回入るんだ」
 男の子の目が、きょとんと丸く開かれて、隻が示す先を見つめている。
「急で悪いけど、その姿である程度案内ができるなら、勝手教えてくれるか? 俺たちはお前のことよく知ってる奴に教えてもらう。俺の家族と結李羽のご両親、頼むな」
 男の子が嬉しそうに口元を開かせ、元気よく頷いた。隻が頭を撫でてやると、勢いよく走っていって、思い出したように案内するべき客人らへと手招きしている。
『こちらにっ、こちらにお越しを! ご案内いたします!』
 ……最初脅したはずが、まさかあんなに笑顔で去って行かれるとは。響基からも「扱い上手いなあ」と言われると思わなかったも、今は脇に置こう。
 悟子が途中から迫ってこなくなった壁に疑問を抱いて聞いてきたところ、玄関の焦げ跡に「作楽呑に何したんですか!?」と叫ぶ一幕もあった。なんだかんだ、主従の関係性はよかったのだろう。
 すれ違いの程度がひどいだけで。
 食事の支度を未來が行ってくれ、残りの手が空いた幻術使いたちで、まずこれからの案を練ることとなったのだが。結李羽が困り顔をするぐらいには、隻も現状をよしとできずにいた。
「本当に、この後どうしよっか……全部行き当たりばったりだし……」
「だからオレの記憶引っ張り出すのが早いっしょ……わっ!? ちょっ、未來ちゃんタッパ置き去りにしてたんすか!」
 広間の長テーブルの下で、ぽつんと置かれていたタッパが音を立てて暴れている。鏡の材質を真似たスライムが天理の顔を映し出して怒っているではないか。タッパをテーブルの上に置き直した隻は、天理の顔と視線を合わせた。
「お前、今その中から出たら俺たち攻撃するしかないのか? ここならお前も神隠しにあってるわけだろ。命令無視したって気づかれないんじゃないか?」
 鏡の中の表情はぴたりと止まる。目をまん丸に見開いた兄の顔を見てか、千理は生温かい表情になっている。
「そこまで考えてなかったんすか、このスライム……頭よくても根本それって……」
「お前の兄貴が考えるのらしいよな」
「ひっでーっ! なんすかそれ、オレどこまでバカに見られてんすか!! むしろ天兄も海兄も無駄に頭いいっすよ! で、あんさん気づかれんの、気づかれないどっち!?」
 びしりと突きつけられた指に恐怖も何もないのだろう。スライムに映し出された天理は、少し考えた後手を振っている。多分気づかれないと言いたげだ。
「じゃあ一度タッパから出すから、人の姿取ってみろよ。そしたら声なり筆談なり好きに話せるだろ。この子も寝かせてやらないと眠そうだし」
「父親だ……」
「父親がいるよ……」
「ダイヤモンドボール」
「お父さん怖いです!!」
 まだ言い足りないがそれは後だ。悟子もこちらへと顔を向けてくれた。
「またぼくが式神を飛ばしましょうか」
「負担大きくないっすか? さすがに連続してそれは厳しいっしょ。作楽呑も維持しないといけないわけですし。オレが術式維持に回りましょっか?」
『主以外は御免つかまつる!』
「ああそうかい」
 千理の低い声には皆もう慣れたものだ。悟子が「ぼくもさすがに」と、千理の提案を棄却した。がっくり頭が垂れる千理は、すぐに別のものに考えを巡らせ始めたらしい。
「買い足しはまあ、ここから出て座敷童と一緒に行けばいいっしょ。移動は……作楽呑に任せますか。神隠し中だとすり抜けられるし。便利便利」
「一般人に一気に見つかったら、壁に食い込もうがなんだろうが強制解除食らうけどな」
「埋まりたくないよそれ!!」
 だから隼が突き出した手を、響基が払ってくれたのかと今さら感謝の目を向ける隻。しかしその目の意味を悟ってくれなかったのか、響基は青い顔でさっと視線をそらした。
 そんなに酷いことをした覚えはないのだが。……作楽呑に雷ボールを落とした時の絶叫がよほど応えたのだろうか。
「で、向かう先は――あり? 電話?」
 誰かの携帯が鳴り響いている。全員が自分の携帯を取り出して確認し、愕然とした。
 電波はきちんと通じていた。アンテナの数は二つか一つだけれど。
「神隠しの世界つええ……!」
「情け童の神隠しの性質が、人に気づかれないうちに誘い込むようになってるからか? ……おーやっぱり俺のだ。もしもし、数日振りです多生さん――帰りが遅いのは千理のせいですごめんなさい」
「オレ!? ちょいまっ、また減給食らうやめーっ! !」
「ちなみにその千理は『オレ減給でいいから』と深く反省して」
「反省するのはあんさんっしょ待てやあっ!!」
『黙れ千理いいいいいいいいいいいいいっ!!』
 スマホのスピーカーとは思えない大声が広間に響き渡り、全員が静まり返った。
 耳を当て直す翅が慎重になっている。
「そ、それで、どうして俺に? ――わかりました」
 一気にふざけた雰囲気が剥がれ落ちた。携帯を握り締めた翅に、全員緊張が走る。
 少々の応対の後、翅が電話を切った。静まり返る広間を、真剣な瞳が見渡している。
「当主から伝言が来た。――『なんとかバナナを頼む』って」
「買って帰るよもう!!」
「よし未來バナナ一つちゅうもーんっ! ――っと、それともう一つ」
 全員揃いも揃って脱力したのは言うまでもない。それなのにスマホに届いたメールを読み、まだ続ける翅には頭が痛い。
「たった今、京都で千理の姿をした幻生が暴れてるって、情報が入った」
 ……。沈黙が広間を覆った。全員の目が冷め果てた。
「え、メリットある?」
「ないっすね……ちょっと待ったそれどういう意味っすか響基!」
「ある」
 顔が青ざめているなんて、自分でもわかる。翅も同じ意見なのだろう。一瞬「ない」と言いかけた口には呆れてしまうが、それでも彼は頷いてくれている。
「五神さんに庇われたってだけで記憶はない。清水の件が片付き始めてるって言っても、スヴェーン家を助けただけで黒幕は倒せてない」
 そういうことかと、響基が苦い顔になった。
「千理が東京に来て、今行方不明状態になってるのは、やっぱり行方不明状態な俺たちぐらいしか知らないんだよな。連絡ついてる次期当主も、俺たちが今行方をくらましてるとは知らせてないんだろう?」
「じゃあ、敵はあたしたちをあぶり出して、上手くやればレーデン家や他の家を一気に潰せる。かな……」
 結李羽が自分の腕をきつく握り締めている。隻は苦い顔で頷いた。
「ずっと引っかかってた。千理を気絶させて容疑者にしたいだけで、呪力盗むのも変な話だろ。体力と同じぐらいバカでかいんだぞ、こいつの」
「そりゃレーデンの強みっすから――あっ!!」
 頷きかけた千理の目をかいくぐり、タッパの蓋を開ける隻。たぷんと床に落ちたスライムは、自分の体に移し続けていた少年の姿をとった。天理の姿のまま青い顔を見せるスライムは、怯えているようにすら映る。
「お前もこれなら話せるだろ」
『……うん』
 千理が言葉をなくしている。恐らく声まで兄とそっくりなのだろう。
 スライムは強張った顔つきで千理を見据える。
『主人、今、捕まっている。主人、言ってる。千理、逃げろって。ここ、あいつの支配、来ない。でもこのままじゃ主人、おれと同じになる』
「お、なじ……? どういう意味……っすか、それ……!」
 戸惑うスライムは、何度か身振り手振りをしようとして、結局口に切り替えている。
『他人の呪力、ずっと操られる。体、呪力に染まる、細胞に、幻生の呪力染みる、危険。幻生の呪力に染まる、人間じゃ、いられない』
「幻生化するって言いたいのか、お前……千理ストップ!」
 咄嗟に出口へと走ろうとする千理が、一気に微動だにしなくなる。ほっとした隻は千理が苛立って振り返ったのを見、睨みつけた。
「なんでなんすか! 天兄生きてるんでしょ、なら」
「お前が敵に捕まったらまずいんだよ! 今京都で暴れてる奴はお前そっくりなんだろ。お前が捕まって完全に行方くらまされてみろ。下手したら俺らもどれが本物のお前かわからないかもしれねえんだよ。なんで多生さんがお前に連絡しなかったか考えろ!」
「なんでってそりゃあオレ携帯不携帯っすから――あだっ!?」
「違うでしょうぼくでもわかりますよ! 電波の逆探知をやられたらまずいってことですよね。元々亜人の姿の幻生や、人に化ける幻生なら、どこにどう潜んでいても不思議じゃありませんから。これだけの規模を展開する敵です。用心に越したことはありませんよね」
 そこまで考えてはいなかったが、悟子の指摘は尤もだ。隻はまず自分から落ち着こうと一度深く呼吸して、天理の姿をとっているスライムに視線を向けた。
「今ならお前は自由なんだろ。こいつの兄貴の居場所、教えられるか?」
『……知らない。言えない』
 怯えた様子だ。響基が気づいたのか、スライムをじっと見ている。
「脅されてるんだな……」
「……作楽呑には京都に向かってもらうか。千理はしばらくここで待機。俺と翅で東京から新幹線で、京都に入るぞ」
「陽動!? ……電話取ったから翅は仕方ないとして、なんで隻さんまで」
「俺だけ、戦闘の時に参加してなかったら納得行くだろ。他は行方知れず。翅は俺の家族の保護で立ち回ってたら文句はないだろ」
 そこまで言って、内心感動する隻の心情は、それこそ響基だけに伝わったらしい。視線をそらされ、サムズアップまでされた。
 よかったな、今頭回ってて……ってか。
「つまり何? 俺行っちゃうの? 別行動とか淋しくて死にそうなんだけど」
「諦めろ。響基は外の音聞こえるんだよな。ここで待機で頼む。結李羽はできるだけ座敷童ざしきわらしやスライムかくまってくれたほうが助かる。有川さんも買い出し関連で必要だろ。悟子は作楽呑の中から鳥飛ばして情報収集頼む。文句あるか」
「いや……伝達網は? オレ想耀出しましょっか?」
「じゃあ想耀で」
 全員の生暖かい顔が腹立つと思わなくもないが、落ち着くよう自分に言い聞かせる。
「わかりました。それならまず翅様は仕度を。響基さんは悟子くんと一緒にいてください。目隠しは後で渡します」
 いつ戻ってきたのか、未來が真剣な顔で状況と各自への要望を整理してくれた。スライムは未來に怯えているのか、天理の姿のまま、隻の後ろに素早く隠れた。
 千理がなぜかむっとし、隻はげんなり顔だ。
「……ちょいと、なんで隻さんとこに隠れてるんすか」
「言っとくけどお前の兄貴じゃないからなこいつ!」
「知ってるんすよでもなんか腹立つ!!」
「まあまあ二人とも落ち着けって。隻さんのは体質だから気にしてもしょうがないだろ。ほらいるじゃん、何もしてないのに動物にやたら好かれる人」
 思わずスライムを見下ろして、千理と目が合った。
 これ、動物だっけ……?
「……行ってくる」
「いってらーっす」
「え、流すか!? いだだだだだだっ!?」
「ほら行くぞーバナナ買ってくんだろ!」
 引っ張った。腕を鷲掴わしづかみにして力いっぱい引きって。作楽呑がスムーズに扉を開けてくれたのは、実は今回が初めてだったとかそうでなかったとか。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/07


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