Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第20話「知らぬ花、秘密の地」01
*前しおり次#

「予想してた通り――っと」
「いや予想超えてるだろ! うわっ!?」
 頭を一気に屈めた途端、頭上を何かが過ぎ去り、前方の地面に線を引いて倒れていった。隣で素早く剣を振るい、血を払う翅は苦い顔だ。
「千理倒しても実力そんなに高くないのになー……って、前なら言ってたけど」
「レーデン家ってだけで、この辺なら恨みつらみってことか」
 既に両手に余る数を倒して走って、いい加減生身の体では休みたいと思うほどだ。落ち着いて召喚に意識を向ける場所もなく、雷駆を呼び出すこともままならない。
 雷駆に先に聞いていなければ間違いなく、隻も大概切れていただろう。よくもまあ千理たちの祖先と雷駆は、過去ここで大乱闘した後凱旋できたものだ。
 おかげで『親戚の恨み』だの、『兄弟の仇』だの、レーデンの名を一言でも発せばこの有様だ。雷駆がいないこと、ついで千理が京都にて暴れているという情報が幻生の間にも知れ渡ったのか、こちらには弱い連中しか来ていないと思われているらしい。
 東京だけで既にこの有様だ。考えたくもないが、京都では今どうなっているか、嫌でも頭をよぎる。衣がきちんと出たままか確認しつつ、光の糸となり始めているモンスターの屍骸を、翅と共に跳び越えた。
「あいつ、色々実力隠してたのか?」
「まあ一人で、天狗の上から二番目の位になる小天狗こてんぐ倒すぐらいには。だから鴉天狗からすてんぐ倒せなかったって聞いて、最初は耳疑ったなー。あれ、本当は三番目なんだよな」
 それだけで隻にとっては天と地の差だ。翅も追りくる敵を切り伏せて、苦い顔になる。
「俺、想像力には恵まれたけど、精神力じゃああいつに負けるな。召喚できるのって一、二体が限度だし。隻さんも、他人の幻獣呼び出せるようになる早さ相当だと思うよ」
「そりゃどうも……集中力ないとこの様だけどなっ」
 雷撃。
 雷を纏ったバスケットボールを当てずっぽうに背後に飛ばした。それを切り裂いたのだろうモンスターが、悲鳴も上げず撃墜したようだ。いいましちになった代わりに、多くの敵から距離をとられた。
 ボールの攻撃が通じるのは初撃ぐらいだ。次は狙いをきちんと定めねば。
 息がまだ上がらない代わりに、敵との距離が詰められつつある。このまま衣を維持して東京駅まで走るだなんて、自分でも無謀とわかってはいるのだ。
 それでもやるしかない。地方線に乗るまでに乱闘を起こしてしまっては埒が明かない。人が自分たちを認識しないうちに新幹線に飛び乗らなければ、周りを巻き込んでしまう。
 瞬時に思い描ける生き物を、隻は衣から呼び出した。
立標たひょう!」
 豹とも猫ともつかない小さな幻生が、翼を背負って飛び出してきた。隻と翅に合わせて大きさが変わり、二人揃って飛び乗る。
「頼む!」
 可愛らしい鳴き声と共に猫が疾走しっそうする。あまりの速さに、体を立標に押し付けて風を防がなければ飛ばされてしまいそうだ。
 翅の声が上手く聞こえない代わり、あっという間に電車を追い抜いた。
 そういえばこいつの速さ、考えて創ってなかったよな……。
 隻は苦い顔になった。なんだか嫌な予感がする。
 目も開けられない。翅が必死に隻と立標にしがみついているのがわかる以外はもう、風が痛くて考えが纏まらない。
 頭上から凄まじい音が聞こえた気がするも、それ以前に体に限界が来そうで、立標に命令しようと口を開けた瞬間毛と空気に襲われてむせた。
「たっ……止まれ!」
 ぎゅんっ。
 一気に失速する猫は、鞭打ち気味に隻へとぶつかった翅のことも、隻が弾き飛ばされかけることもわからなかったらしい。うめく間もむせる間もなく、頭上の音が近づいてきて顔が強張る。後ろを振り返れば、翅の顔が青いまま撃沈している。
「気絶――!?」
「してない……うぇっぷ……っ!」
「乗り物酔いか!」
 目の前に降り立った男は首がない。頭上の鳥から飛び降りたのだろうが、首がない。
 翅が泡を吹きかけているのを見て思わず殴った。
「く、首なし=c…!? でも、あいつって戦闘能力あるのか……?」
「首との連携が怖いんだようわああああああああああああっ!!」
 そんな、泣き叫ぶように絶叫しなくても。
 そのままの名前がつけられた、首がない男は刃物をチラつかせている。見た限り日本刀で、身にまとう服は武士そのものだ。
 顔が引きつる。後ろからの足音に一瞬目を向けて悲鳴を上げそうになった。
 後ろは後ろででかい壁――塗り壁≠ニ、ゆらゆら揺れる丸いボールがその上に。ボールには人の顔が描いてあって……明らかに新種の妖怪の姿。
「つっ……翅、起きてるか!?」
「起きてるでも気絶したい!」
「っ、この根性なし!! くそっ」
 瞬時にボールを四つ。勢いよく出したダイヤモンド製は首なしに一つ投げ飛ばし、塗り壁には二個、ボール顔には一つ飛ばす。
 が、首なしにはボールをあっさり受け止められ、頭に乗せられた。塗り壁には跳ね返されるし、ボール顔はぶつかるどころか自ら転がってかわしてしまう。悔しい。
 後ろで何か音が聞こえた気がして振り返った。翅ではないが倒れたいとすら思うものが見え、顔が引きつる。
 無精ぶしょうひげを蓄えた蒼白な顔の男の首が、刀を口にくわえて浮遊している。
 首なしの首来たああああああああああああああああああああっ!!
 焦っている暇もなく、首が突撃してきたではないか。咄嗟とっさに翅の刀を奪い取る。翅が歓喜の声を上げる。
「サンキューッ!」
「戦え!!」
 叫んで、振り上げられた刀を刀で防ぐ。見よう見真似にどうにかつばり合いに持ち込む。
 扱い慣れていない武器で戦うなど、自分でも無謀とはわかっているのだ。翅が怯えている以上仕方がないが、背後でまた刀が動く音が聞こえてぞっとする。
「アヤカリたっけて!」
 けたたましい笑い声がターザンさながらに響いた。金属音がぶつかり合い、真後ろで腰の引けた悲鳴が上がっている。目の前で生首と鍔迫り合いしているこっちのほうがよほど怖いはずなのに。
『その気配レーデンの血と見る……何故なにゆえまた我らを滅しにかかった!』
「いやぎぬです!!」
「襲われなきゃ誰も応戦なんぞせんわ!!」
 ほざけとこちらの言い分を切り捨てられた。蒼白な顔で幻生相手に拮抗を保つ青年二人へと、ボール顔も塗り壁も近づいてくる。
『汝らが京で滅した我らが同志の恨み、ここ東の京でも響いておった! ついに正僧坊しょうぞうぼう大天狗おおてんぐまで手にかけるほど落ちぶれたか!』
 思わず助けを求めようと振り返ったが、翅もなんのことか困惑している。
「正僧坊大天狗って……京都の鞍馬山くらまやまの大天狗!?」
「他に誰がいるんだよ! 清水の時の天狗も言ってたぞ――!」
 ボール顔が踏ん反り返ったように塗り壁の上で転がった。
『構わん首なし。はよう殺せ。均衡を忘れた連中など生かす価値もない』
「ちょっと待った誰が正僧坊大天狗を殺したって!?」
『千理・N・レーデン以外に誰がいる!』
 ないわ――――――――――っ!
 へそで茶を沸かせるとはこのことだ。ほとほとあり得ない話に笑い飛ばしたくなった。囲まれた状況でそこまでやる肝はないが、隻も翅も目の端を吊り上げる。
「なんだよそのデマ! いくらあいつでもそこまで無謀なことやらねえだろバカだけど!」
「小天狗と渡り合っても大天狗!? ないわーバカだけど!」
『なさすぎて笑えるよ! 何、つまりそんなデマに踊らされるほど今時の奴らは落ちぶれてんの!? これは傑作けっさくだねあいつバカだから!!』
『事実、レーデンがその首を我らに見せつけてきたのだぞ。貴様ら幻術使いを殺せるものなら殺してみよとまでほざいてな!』
 あおられている。誰にでも見て取れる内容なのに、どうしてここまで。
 思いかけて、翅がうあちゃあと言いたげな顔で渋面を作ったのが見えた。
「そっか、東京で大暴れしたことあったしなぁ……千理の顔知られてて当然か」
「……いやでも、あいつのあの性格じゃ、挑発までは……」
「いや、幻獣たちはほとんどそのことは知らない。赤の他人が起こした殺人に経緯見ないで極悪人って言うのと一緒。それに幻術使いがって時点で……ね」
 人種差別みたいな話だ。だが殺人者なんてみんな悪党だろうと言いかけた隻は口をつぐんだ。
 ――幻生を、襲ってきたからという理由だけで駆逐していたのは、自分もだ。
 翅は合点がいった様子で、そろりそろりと立ち上がっている。
「なるほどなー。千理、東京じゃ片っ端から依頼で幻生を駆逐してたしな。京都で暴れてた幻生、先にこっちで派手に事起こしてたな……」
 アヤカリが自身を構成する水を持ち上げ、拳のように振っている。
『まあ話は飲み込めなくもないけどさあ、均衡云々うんぬん語るぐらいなら、判断がちと早すぎない? あんたら顔知ってるならわかるでしょうが、あいつのバカさ加減を!!』
『これは永久とこしえ真水しんすいを守り続けてきたお方からも下された命』
 ボール顔の口が、顔全てをべろりとき上げたように大きく開いている。塗り壁が憤怒ふんぬの形相をその体の中央に描いた。
『我らの雪辱も限界であること、かの方も理解を示してくださった。貴様らの後ろ盾は何一つありなどせん!』
 後ろ盾?
 なんだよそれ……
たわけが」


ルビ対応・加筆修正 2020/11/08


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