Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第20話 03
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 桜……俺、持ってたか? いや、それよりも。
 敵に教え子がいる。未練を持った乙女。つまりは女性。
 背筋に走る悪寒を気のせいと思いたい。そもそも彼女が幻生なはずがない。
 人にしか見えなかったのだ。
 千理の元師匠の言葉が、なぜか今になって蘇る。
 
 相手は巧妙にしもべたちに紛れ、チェスの番を狂わせ、配置すら君たちの目をあざむくだろう。なんならこちらの駒をり替えてしまうかもしれないね
 
 余計なものは切り捨てなければ、やられてしまうのは君たちだよ
 
 ――切り捨てる?
 そんな必要、ない。余計なものなど今、ここにあるはずもない。
 自分が弱点なのは、弱いのはもうわかっている。当然だ。
 それでも動かなければ、強くなどなれない。
 走り、境内を出る手前。浄香が猫の姿に戻っているのを見て、翅と顔を見合わせ、彼女を抱き上げた。特に抵抗もなく、三毛猫は自分から肩に乗ってくる。
「あんた、無茶するまで幻術保ってたんだろ」
『フンッ、少しはねぎらえ。収穫がなかった以上、時間の無駄で終わってしまったがな。東京駅はこの境内を出ればすぐに着く。きちんと思い描け』
 つまりはここも神隠し。忘れられた空間は、ひょんなことでよその土地と繋がれる。
 隻は頷きつつ、口から出そうになった言葉を渋面と共にふたをした。
 どうしてここまで、皆隠したがるのだろう。
 隠して隠して、あばかれて。あらわにしたものは、野心で。
 隠すだけのものを持たなかった隻にとって、ただ疑問でしかない。なんとか思考を振り払い、翅と初めて会ったその場所を心にしっかりと思い描いた。
 
 
永久とこしえ真水しんすい……私が求めていたものの一つ。いわゆる不老不死の霊薬のようなものだな』
「まだ若作りしたか――ご、ごめんなさい!!」
『違うわたわけ!!』
 頼むから、頭の上で喧嘩しないでほしい。ただでさえ一般人には見えないはずの猫なのに。
 新幹線に飛び乗って、今のところは変な幻生とも出くわさずに済んではいるものの。入り口付近で座り込んでいるためか、他の自由席は開いているためか。すれ違う車掌しゃしょうに席を勧められ、その度に翅が笑いかけているのには腹が立つ。
 三年前もそうだったのだ。「席、空いていますよ」という親切な言葉を、「隻さん空いてるんだ」と笑いを堪えたのは、ほかでもないこの翅と、今ここにいない千理だった。
 猫が爪を立てかけ、隻は尻尾を引っ張って気づかせた。座り直した猫は耳から不機嫌だ。
『不老不死、治癒。二つの要素を持ち合わせたものだ。有事にはかなり有益なものとなりうる。幻術では治せない傷も、その水は可能としているのだぞ。狙って何がおかしい』
「でも幻術じゃ傷を治せないんだろ。霊水って言っても、結局は幻術でできて――」
「あー……隻さんストップ。幻術そのものと幻生や幻想郷は一緒にしちゃだめ」
 翅が困り顔で止めてきた。どういう意味かと怪訝な顔になったそば、浄香は翅の肩に飛び移ってこちらを見てくる。
 慣れていない翅がよろけて、尻尾にビンタされた。
『お前の理屈で言うならだ、隻よ。賢者の石が現実に存在するならば、どうする?』
「どうって、不思議に思わないけど」
『不老不死の霊薬をそれで創り上げられてもか?』
「ああ……あ、そっか」
 意味がわかった。翅も肩が痛そうにしつつ、「そういうこと」と伝えてくる。
「原理はわからなくても伝わって、信憑性で実体を得ている物質は沢山ある。本来はないものでも、それがあると百人が信じれば百人にはそれが現実のものになるんだよ」
『完結に言うならばな。だから賢者の石の理屈を誰も証明できずともその力は至極当然に振るわれる。永久の真水を初め、霊薬もそうして力を得たのだ』
 ただ、と浄香は顔を逸らしている。
『この霊薬には守護者が存在していてな。その者は先刻留華蘇陽が話した通りだ。――守護者たるものがその領域を超え、私たちを滅ぼしにかかるのも解せん』
「解せないって、なんでだよ」
『当然だ。その霊水は未だ信じ、語り継がれているにもかかわらず、人間は誰も目にしていないのだぞ。守護者が存在する前提は満たされている。我らに牙を剥く理由が、どこにある?』
 耳を疑う隻の目の前、翅も唸っている。浄香は尻尾をゆったりと揺らしながら、考え込むように天井を見上げている。
『それほど幻術使いに怒り狂うにしては、妙に影に身を潜める。今回企てる規模を見据えるならば、その怒りが一朝一夕のものなはずがあるか』
 確かにと、隻は窓の外を見やって固まった。
 なんだろう、家々の向こうに見える、桜色のドームは。
 しかも何故だろう。そのドームはこちらの視界から外れまいとしているように、見える場所がなんとか一定なのだけれど。
 速いよぉぉぉぉぉ主ぃぃ、間に合いませんんんんんん……
 ……なんだろう、今聞こえたくないものが聞こえた気がする。
「バカだろ……新幹線時速何キロと思ってんだ……」
「日本のは最高百三十キロぐらい? 確か口裂け女にギリギリ勝ってたぐらい。って未來が言ってた。んで人面犬はどうなのか実験したいどうのも言ってた」
「有川さん……強いよもう……」
 なんというか。京都に来てからやたらと強い女性にしか会わないのは、これはもうさがなのだろうか。いや、考えまい。
「とりあえず、最初に行くのは――レーデン家のほうがいいよな」
「手が伸びてるかどうか確かめるなら、俺もそっちが利口だと思う」
 頷きつつ返し、一度呼吸を整えるよう深呼吸する。
 肩を叩かれ、驚いて振り返った隻は顔を引きつらせた。
 人――じゃない
 車掌のなりをしてはいるが、サングラスにマスク。目の縁に鱗がある。翅が構えないところを見ると、恐らく味方なのではとも思うが――
『主人より連絡を。京には近づくな』
「え? わっ!?」
 相手の体に火が灯り、車掌に変装していた幻生が消えた。焦げ跡もないのは、自分たちにしか見えないからだろうか。
「サラマンダーに伝言って……ことは、当主からの伝言? 帰ってくるなってこと?」
「帰ってくるなって言ったって、じゃあこの『バナナ』どうするんだよ」
「本当だね!! ま、となるとだ。あの当主が遠回しにバナナいらない宣言したってことは、恐らく向こうで何か起こってる……言ってて嫌だな。バナナで判断するの」
 本当だ。土産袋を持ち上げた隻は苦い顔。頑張って奮発して三箱購入しただけに。
 それに今さら戻るなんて無理だ。既に千理たち――もとい彼らを運んでいる作楽呑は鏡とに向かっている。今さら変更だなんて、悟子の鳥と神社に入る際はぐれた以上伝えようがない。
 それを今から千理に伝えたとして、どうなる?
 あいつが飛び出さないはずがない。ストッパーになるはずの自分たちがここにいては止められないのだ。
「隻さん、この場合はさ……もう面倒だから突っ込もう」
「バカだよな……俺も同じこと考えてた」
 自覚はしている。今はそうしなければやっていられない。
 翅ににやりと笑って見せ、笑みが返ってくると同時に窓を見て――遠い顔になった。
 結局作楽呑は、ばてたようだ。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/08


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