Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第21話「戦線へ」01
*前しおり次#

 到着した京都駅は見た限り普通だった。夜勤だっただろう会社員が、欠伸をしながら帰宅していって、遅出だろうどこかの職員が急いで改札口へ飛び込む。学生が体調悪そうに、またはのんびりと歩いて出てくる。
 なんて平和だろう。
 改札口に切符を通しても、連絡で幻想の世界を走ってくれた想耀に確認をとっても問題は全くなかった。何も知らない人々は誰一人気づかなかった。
 京都駅からは羽が生えた猫もどき、立標に突っ走ってもらう。翅はアヤカリを呼び出して風除けと化してもらい、いざとなれば戦闘できる体勢だ。
 隻は立標の背を撫でつつ、手が汗ばんでいることに気づいて苦い顔になる。
 交差点に差し掛かった。信号がないその十字路に、ふと人影が立ちはだかったのを見て立標に跳び越えさせる。
 空中で、激突した。
 まず立標が首を横にいきなり振り、それを見届けることも叶わず隻も透明な何かと、風よけになってくれていたアヤカリに激突。後ろでトランプをしていた翅が突っ込んできて、見事なサンドイッチとなって交差点に落ちた。
「……ぃ……っ……な……いっだぁぁぁぁぁっ!」
「すまんきょうだ……違う今のアヤカリじゃないよね!? え、なんで!? 今何があったの、トランプどこ!?」
『オレは!?』
「あ、うんアヤカリ大丈夫ー」
「お兄さんたち、何人を無視して進もうとしてはるの」
 剣呑けんのんな京言葉。はっとした隻は顔を上げかけて――呻いて地面にうずくまった。
「いってぇ……! お前かさっきの……!」
「おいおーい。逆ナンするなら街でしてくれよ」
「はぁ? むっさい男らに興味なんてあらへんわ。あたしに触れるんやったら、全身骨折ぐらいは覚悟せえ」
 気丈に……なりすぎているような。なんとか顔を上げれば、やはり巫女服姿のあの少女。小堺こざかい志乃しのが呆れたように見下ろしている。
「なんや。お兄さんちょっとはかつ入れよう思ってたんに、随分吹っ切れた顔してはるやん。つまらんわぁ」
「……それであの結界かよ……」
「結界は不可抗力やねんで。あんたらんところの当主から頼まれてるんや」
 大の字に転がっていた翅が素早く起き上がる。手に握られていたトランプは、ご丁寧に十枚区切りで縦横を互い違いにしてあった。
「当主、どうしたんだ?」
 それには答えず、志乃がジョーカーを一枚、華麗に投げ飛ばしてきた。不機嫌に着地していた浄香の足元に落ちる。
「ともかくや。今回あんたが動く気あるかないかで、行動違うねんけど、どないしはるの?」
『フンッ。随分と口の悪い小娘に助力する猫がどこにいる』
 ついに自分を猫と認めたのか。翅を跳び越えて隻の傍に座り、尻尾を丸めた猫は不機嫌そうに志乃を見上げている。
『私はあくまで五神。この牙に見合うだけの者が現れるなら手を貸してやらなくもない。時に小娘、クソガキの質問に答えろ。レーデン当主はどうした』
 浄香のことが気に入らないのだろう。志乃は不服そうな顔のまま、レーデン家のある方角へと目を向ける。
「自分らで片付ける言うて、な。あたしらの参戦は見送り。若いのは全員この結果の中で待機や。阿苑あぞのの当主とレンで結界張ってあって――なんや、お兄さん知り合いなん」
 翅の生温かい顔を見たのだろう。その翅の向こうで仁王立ちしている、袴姿の青年がやたら苛立ちを隠していない。隻は青年が翅を見る目に生暖かい笑いが漏れそうになる。
「よお。レーデンは相変わらず厄介事が好きだな」
「わーい。やっぱしいつきか。お前らしいえげつない結界だよ。とこの間に伏せとけばいいものを」
生憎あいにく様。阿苑の当主めんな――お」
 隻は頭を下げたからか、当主の口車がぴたりと止まった。翅の背中にバスケボールを叩きつけたからかもしれないが。
「レーデン家で預かってもらっている隻です。すいません、こいつ後で潰しておきますんで!」
「……あー、なんだ。つまり、あれか。もしかしてこいつ、俺のことを何も言ってないのか?」
「……え?」
 驚いて顔を上げると同時、気まずそうな顔が見えた。焦げ茶色の髪に茶色の目。日本男児な姿は、恐らく結李羽を預かってもらっていた家の当主で間違いないと思うのだけれど。
 あと……きっとこの人ではなかろうか。リア充爆発と叫んだ男性って。
「一応言っとく。阿苑家当主のいつきだ。翅とはダチ」
「……え……あ、え!?」
 翅からはいじけたような顔をされたが、立ち上がって念のため頭は下げ直す。
「それでも、結李羽がお世話になったのは変わらないし。三年間もあいつを置いてくれて、ありがとうございました」
「お前かリア充片割れ!!」
 ああ、やっぱり合ってた。
 翅が腰を押さえて呻きながら、バスケットボールを隻に返してきた。
「いつき。恨めしいのはわかるけど話は後でな。今緊急事態なんだろ」
「ったり前だ。阿苑は親戚そこらで逃げる云々の話まで出やがるし……他の家と協力体勢なんて最悪だ」
「けど協力しなきゃ自分らだって――!」
「せやから、あたしらここにおるんやないの」
 苛立たしげな志乃。いつきも呆れたように隻を見上げている。
「阿苑には誇りがある。けど、レーデンには貸しがある。俺だってわかってんだよ」
「千理いうお兄さんはおらへんようやね。――どう? あたしらで前線行ってみいひん? 煉はここであたしに連身せなあかへんから、ついて行くんはあたしだけやけど。あと、阿苑家ご当主は……ここの結界維持、頼まなあかんねんけど、どないしはるん?」
「……どっちにいたって変わらない、か。翅は」
「お前居残り」
「よし後でほふる。残るか」
「……いや残ってください、俺たちの首まで持ってかれる……」
 当主を連れ回して何かあったら溜まったものじゃない。いつきはからからと笑っている。
 とりあえず奇跡的に無事だった紙袋をいつきに渡し、いつの間にか幻想世界に還っていた立標を呼び出し直す。
 三人と一匹が飛び乗った。いつきがそわそわとしているのを見て、翅が何やら釘を刺したようだ。凝視してやっと見えるほどの、薄い絹のような結界が、緩やかに一部だけ解けていく。
立標たひょう、頼む!」
 速やかに駆ける猫もどきは、結界に空いた穴を目がけ突撃してきた幻生たちを一気に蹴散らした。アヤカリがまたも風除けになってくれる。おかげで目が乾くことはないが、隻は目の前でこんにゃくの化け物がべちゃりと砕けたのを目の当たりにした。
 ……しばらくおでんを食べる時期じゃなくてよかったかもしれない。
「そうや、まだ話はあるんやけど聞こえる!?」
「ああ!」
 結界はすぐに修復されたようだ。声を張り上げられ、同じ音量で返した。翅は平然と「何?」と、余裕の声で聞き返している。アヤカリ以外の召喚武具で戦っているのだろう。斬り合う音が後ろで絶えない。
「あんたらのところの嫡子ちゃくしの、万理くんのことや!」
「は!? 万理がどうしたって!?」
「まだ京都駅に来いひんのよ」
 耳を疑う。翅が一度、手を休めたのだろう。金属音がなくなった。
「他の養子や分家の嫡子は!?」
「レーデン家は半数前線。成人組が主やね。未成年やったり、成人間もない養子は全員京都駅や。あと腰引けてはる阿呆も京都駅! 気の早い奴は今頃新幹線で分家に急いでるんとちがうの」
「ばっ、新幹線の中は逆だろ、危ないぞ!」
 新幹線の中で戦いになれば一般人まで危険に晒す。何より、速度上脱出は不可、駅に停まる度幻生に乗り込まれ危険性がある。乱戦に向かなさすぎる上、人目が多くあり衣を纏えないのだ。歴戦の術師ならなおさら考えつくはずだろうに。
 志乃も苦々しい様子で「そこまで考えられる連中おるかい」と毒づいているではないか。
「あたしと阿苑家当主が知ってる現状はここまでや。前線がどないなってるかはあたしらも詳しゅうはない。こっちで暴れてるあのアホヅラが偽もんや言うのまでは、あたしと阿苑当主でも意見は一致してるんやけどね」
「ああ、今は隠れてる。今は翅の仲間と一緒だ。俺たちが先行して――うおっ!?」
 正面から覆いかぶさるように布とかさが広がる。風除けに変身していたアヤカリが見事弾き返し、上に流れた二つを志乃が蹴り飛ばす。
 ……女の技じゃない。なんでそこまで無情なのか、前回見たとはいえひどすぎる。
「で? 続きはよ」
「あー」と、翅が後方を流れる布から志乃へと目を向け直した。
「それでまあ、先に俺たちで京都の異変が増えてないか調べる気だったんだ。ところが予想以上で……あのバカが飛び出してきたら厄介な状況だよなぁ」
 ご尤もと頷く。左右から迫る二匹の獣の姿に目を走らせてボールを出すと、志乃に背を叩かれた。
「お兄さんがこの子動かしてんのやろ。きちんと進路と死角をカバーしてあげへんと。戦いに集中するんはあたしとこっちのお兄さんで十分や」
「あ、ああ」
「おー任せろー」
 とは言われても、立標の肩の上下が妙だ。隻は後ろの二人に伝え、立標に速度を落とさせた。歩くスピードになった辺りで周辺から一気に取り囲まれたが、猫もどきを還した隻は代わりにバスケットボールを複数個出す。
 一部のモンスターや妖怪が身を退きかけたが、隻の青い顔を見て襲ってくる。
 アヤカリが刀に変わり、翅と志乃が一掃した。奥に見えた河童へと隻がボールを投げつけた。たわむれるように掴んだ河童カッパへは、ボール目がけて落ちた落雷が黒焦げにする。
 倒された妖怪たちは闇と光それぞれへと変化し、消えていった。
「お兄さん、その体力で持つん?」
「持たせる」
「序盤がひどかったからなぁ。よし走るぞー……あ」


ルビ対応・加筆修正 2020/11/08


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