ずしん
重たい足音に、隻の肩へと飛び乗った浄香が
『あの足音はやり過ごすぞ。本家からは遠くなるが、鴨川を一度渡れ。確か三条方面に
「日瀬――!? わ、わかった。翅、小堺!」
本当にそこの結界が機能してくれていれば。言葉が出ないほど焦りが先に出る。走りつつ、東海道新幹線の上り線方面だろう方角を見やっても落ち着かない。
巨大な桜貝は、まだ見えてこなかった。
交差点に「日瀬高校前」の案内標識が見えた。信号を右手に折れ、目の前に見えた校門を走り切る。
チャイムが鳴り響いた。
もうすっかり忘れていた、懐かしいメロディが校門までよく響く。ぎょっとして見上げたのは志乃だ。
「うそやぁ、まだ生徒おるんやん……見えへんいうんはわかるんやけど、ずるいわぁ」
「そういえばあんた、何歳だよ」
「十七。一応高校は通ってんねんで。先生に怒られそうやぁ、最近まで感染症言うて休んでたことなってんのに……」
隻も翅も生温かい顔で同情した。門を潜った途端、追撃を仕掛けていた妖怪は散り散りに去っていく。結界の効力のお蔭だろうと、隻たちはやっと一心地つけた。
三人はそれぞれ衣を取り払い、校舎へと歩いて向かうが、今度は教師に寄られる羽目になるとは。
「君たちどこから来てんの? 誰かに用事?」
「あ……お、弟に連絡があって」
近づいてきた京言葉の強い男性に、なんとか愛想笑いで答えつつ。教師らしい男性は、「へぇ」と信用の薄い顔。
「弟なぁ。名前は?」
「レーデンです。万理・N・レーデン」
思い出したように翅が高校名を見ている。呆れつつ、先生がぎょっとして固まったのに気づいて疲れが湧き出してきた。
「れ、れー……ああ、わかった今から伝えるさかいに! ちいと――せやな、PTA会議室なら開いてはるやろ。今から案内しましょか」
いきなりの丁寧語に、頭を抱えたくなった。いくら養子とはいえ、万理が義理の弟であることに変わりはないのだけれど、色々と間違えてしまった気になる。
PTA会議室に案内してもらい、教師が去った直後、隻は早速苦い顔だ。
「なぁ。もしかしてこの辺じゃレーデン家って……」
「一般人から見たら『奇人変人』に見られてんねんで。表向き弁当屋やからとやかく言われんだけで、全員個性めちゃくちゃやないの」
それについては隣を見る限りぐうの音も出ない隻である。
「万理くんは兄ちゃんより断然ええ子に見られてはおるんやけど、嫌う奴はとことん変な話信じてるんや。あたし一応、中学は万理くんの一個上やったから、よう噂聞いたわぁ」
「そうなの!?」
悪いん? と問われ、首を振る翅。道理でと、遠い顔で天井を見上げる隻は、肩に乗っていた猫が不服そうに下りたことで謝りはした。
『ちなみに言うが、
「……万理、確か登下校中にもこっそり依頼をこなしてたりしてたよな」
「十中八九空想と戦う異常者扱い受けてそうだなぁ……した奴から潰しにかかるか」
「学校に怪談振り
本当に刃物を取り出す姿はなるほど、ただの狂人だ。ポケットに至極当然に入っていたらしい折り畳みナイフをしまっている。
「ちなみに防犯用――ボールごめんなさい!!」
バレーボールの審判さながらにタイムのポーズを取る翅。廊下から走ってくる音が響き、驚いて振り返った刹那、数人が扉を勢いよく開けて一気に崩れるように中に入ってきた。
「うわっ、何するんや邪魔やろ!」
「あんたが押すからやろ。わたしと違うわっ、いたっ、誰やのん髪引っ張ったんは」
「……重い。見えへん。邪魔。どけや」
隻も翅も、志乃まで固まってしまった。
猫は自分が見えないことをいいことに、フンと鼻を鳴らしている。
『ガキ共が』
「あっ、なあなあ! 万理の兄さん来てはるんやろ、どっち!?」
崩れた中で一番下敷きになっていた少年が、勢いよく手だけを出して質問してきた。その前に皆
どちらも。相手に。
「こっち――あれ!?」
「お前だろ!?」
「だって俺兄ちゃんになった覚えないもん!」
「養子って時点で義理の兄弟だからな!?」
「いやそれ隻もじゃん。姓そのまんまなだけで養子じゃん」
「っ、すっげー! 義理とかかっこええわ!」
「……ええわぁ……ねえねえお兄さんたち彼女おりはるん?」
どこから突っ込もうか悩むも、それも一瞬の話。すぐに指を指した。
どちらも。互いに。
「こっちなら――おい!?」
「あーあー残念やなぁ
「外れ? 誰が? へぇーえ?」
低い声音でゆるやかに喋られると迫力がある。茶髪の少女が、一番下の少年をぎりぎりと肘で扱いている。当の少年は慣れた様子だ。やっと上が退き始めて見えた顔は、見事に顎をすりむいていた。
「オレら万理の友達なんや。よろしゅうたのんます。それでな、あいつ今日はさっき早退したんや。そのこと伝えよう思って」
「まーじかーい……いつ?」
「せやからさっき」
「……
片言だけの少年が、珍しく長く声を出したかと思いきや短い敬語。驚きつつも「ありがとうな」と返せば、女子たちから不思議そうな顔をされる。
「万理は京言葉やねんのに、お兄さんたちよそさんから来てはるんやなぁ」
「えっ!? ……あー、俺東京から来てるんだ」
「ええっ、東京!? スカイツリーもうできた!?」
「いや俺の住んでる地区からは……と、とりあえずありがとうな。どうすっか――周辺探してみるな。先生に会ったら、悪いけど伝えておいてもらえるか?」
個性的な返事ばかりが返ってくる。部屋を出るため道を開けてくれた高校生たちは、本当に何も知らないかのように輝いている。
ありがとうなと、挨拶も交えつつ学校の校舎を出て。ふっと翅が笑っている。
「若いなーいいなー」
「……もう四年も前か……」
高校生活最後の夏。思えば部活以外で充実していたのは――
……よそう。今思い出しても顔が赤くなる。
志乃が考え込んでいるのを見やれば、彼女は肩を竦めてきた。
「今
「いやー今の事態考えたら何かあったのが妥当だろ。急いでんだから」
連絡も行き違う。今は昼休みで、万理が学校を出たことはあの教師が知らなくても無理はない。無理はないのだけれど――。
「だよな……今レーデン家に知らずに向かうなんてことはない、よな。
「まず千理大嫌いだしなー。あいつに関わることならスルーじゃね? 学校に来たならちゃんと最後までいるよな。途中で帰る理由かぁ……腹痛?」
「ない一番ないっ!」
唸る。唸って唸って、志乃がぼんやりと「ふうん」とぼやいている。
「周りはええね、彼氏彼女言うて引っついて」
「ってお前もか独り身! 関係ねえだろ今は――わ、悪かった蹴るな!!」
「あ、なんならいつきやろうか?」
「いらへんわあんな堅物」
世界が一分止まった気がした。翅は笑いこけているけれど。
隻は目を逸らした。
「よくわかった、お前にできない理由」
「はあ? 何言うてんの。世の中の男が弱いだけやろ」
ぐさりと来る。もの凄く。
「あたし任せられるぐらいの力と度量持ってるんがおるんやったら考えたるけど、今時みんな軟弱やないの。はっきり言うて呆れるわ、背中も任せたくない」
翅は地面に手を突いて「ごめんなさい」と言うほどだ。本気で折れるほどだ。
隻も自分が弱くないと思えるほど
なんで胸張らへんねん……真美姉ちゃんはそないな顔っ、お兄さんにさせるために命捨てたんと違う! 足手纏いみたいな顔せんでぇ……っ!
……あれで余計、火をつけたのだろうか。
顔を
「
「……ソウデスネ」
……ダメージは相当だったようだ。