学校の門の向こうを見やり、幻生がうろついている姿にげんなりした。学校の外に出てすぐ、衣を使って姿を隠すわけにもいかないし、どうしたものか。
学校にいる生徒たちの中には間違いなく、隻たちを見つけてまだ見ている子供たちも少なくないだろう。休憩に入った部活動生がいい例だ。
入ってきた時と別の門から出ると、妖怪たちに襲われることはなかった。
衣がなければそうそう襲う真似もしないようだ。そもそも目を合わせないよう、気づいていないふりをしているからだろうが。
それなのに走っていこうとする志乃へは猛犬の手綱を引く気分で「待て!」と叫ぶしかなく、ある程度進んで誰もいない橋の下まで来て――
衣を全員纏った。同時に反応したのか、妖怪もモンスターも突撃してくる。
嬉々として蹴り飛ばし殴りかかる志乃に大半がやられ、隻は目も当てられずに手で目を覆う。
「霊視能力しかないのに……千理以上だろ、あれ……」
「我 闇に沈み 闇に生き 夜の住人たる者を
「緊張感持てよ……ああったくもう……」
「夜の住人 名は想耀 闇を闇に還す象形とし 我が意に応えてー」
『あーい』
「想耀ー頼むから緊張感……」
隻の頼みも虚しく、翅に呼び出された想耀は顔洗いをするとすぐさま翅の肩を駆け上がり、首を傾げる。
『バンちゃん一緒じゃないんだね? さっきはおじちゃんに伝えてくれって頼まれてたんだけどー』
「多生さんが? ――ちょっと待った話聞かせろ!」
慌てて食ってかかる隻。翅も苦い顔になり、志乃は暴れているため聞こえないのか二人とも放置した。
「次は万理か……回りくどいな」
『バンちゃん学校にいる時携帯の電源切ってるからねー。おいらなら今正式な従属――主従関係だから、いつでも呼び出せるからねー、学校帰りかトイレにいる時によく呼び出されてるよー。パンの日やナッツがある時はもらえるんだー』
「いやそこの話じゃなくて! それはわかるから!!」
『せっかちだねセッキー。バンちゃんだねぇ。ちょっと待って。んー……』
顔洗いをし、上空の臭いを嗅ぐように鼻を動かしてみせる。地面に降り立つと辺りの臭いを嗅いで回り、また隻の肩へと駆け上ってきた。
『土の上には立ってなさそうだねぇ。風がよく通る場所にもいないよー。建物の中かなぁ』
「あっ、
『多分ー、あっちー』
小さな指の先で示された方角へと目を向ける。山を仰ぐ。山並みに見覚えが――。
「あっち……は……ちょっと待て家の方角じゃねえか!!」
「さーいぜーんせーん……万理に限ってないと思ってたんだけどなぁ」
『ううん、家より近いよー多分?』
「当てにならねえよ!!」
『頭に血が上ってるねー』と、頭に駆け上がるなり弱い力で撫でられてしまう。苛立っている中それをやられても落ち着けるはずもなく、隻は翅へと振り向き、苦い顔になった。
「……家向かいながら探すか」
ひとまずは志乃を回収すべく、橋の上へと駆け上がって――顎を外しそうになった。
桜色のドームが、家に当たってもすり抜けながら走ってくる。
やっと見つけましたぁぁぁ主ぃぃぃ、いましたよぉぉぉぎゃああああっ!?
……桜貝が、結界に引っかかった。翅が隣で、橋の
「どないしはったん?」
「仲間が……あいつも幻生だもんな。南無」
「殺すな! ってまずいぞ、あいつら着いたのか……!」
新幹線に追いつかず休憩しているものと思っていた。口裂け女並みの速度をずっと出し続けていたのだろうか。後で褒め称えたい。
ただ、千理だけはどこかに縛りつけておいてほしかった。
「優先順位、どうする?」
「……先に向かいたいけど……あ」
ずどぉん!
今見えた光の軌跡が、遠くからでもわかるジャージ姿を勢いよく宙に放り投げて、叩き落したような。
……烏丸通のでかいホテルを振り返りたくなる高さだった気がする。ここからはっきり見えるほどの高さまで人を打ち上げる必要がどこにあったのかとぞっとする。
「……先に万理探すか」
「おー。いつき派手にやったなー」
……あのジャージ、今の短時間でいったいどんなバカなことを言ったのだろう。
山手に近づくにつれ、幻生の襲撃が減ってきた。前線は確かにその方角のはずなのに、どういうことだろう。
それに、今まで散々現れていた天狗の姿も――千理の偽者が正僧坊大天狗を殺したのなら、今頃レーデン家に押し寄せていても不思議ではないはずなのに。
前線が移動したのだろうか。それとも――
嫌な想像が頭をよぎったその時、誰かに名前を呼ばれたような気がして振り向き、隻は目を見張る。前方を走っていた翅と志乃も、足を止めた隻に気づいたのか戻ってきた。
「どうし――あ」
鴨川に沿って北上していた三人の、右手。
閉鎖された小さなホテルの入り口に、少年が独りでいる。こんな時間に、先ほど駆け込んだ高校で見かけた制服を着て、中を睨みつけるようにして立っている。
なんで、こんなところに。彼が。
千理と似ているのは髪と目の色だけ。癖があまりない髪に、双葉のようになかなか治らないアホ毛が見えるだけ。三年も一緒に過ごして見間違えるはずがない。
少年は一度だけ隣を見やり、
衣を、
「万理!!」
同時に叫び、走り出したその時だった。
目の前の景色が歪んでけたたましく笑い飛ばしてくる。透明化していた布切れが覆い被さってきて、翅が間髪置かず斬り捨てた。
切り開かれた布の隙間を潜り抜けると、鋭い歯の真黒な犬たちが周囲を取り囲む。隻は怒り任せに舌打ちした。
「お前らに構ってられ――なっ!?」
翅の手の中のアヤカリが変形し、三人の周囲を膜となって守った。
突風が吹き荒れる。
犬たちは勢いよく宙に舞い上げられ吹っ飛ばされていく。呆気にとられる隻の目の前、悠々と空から降りてきた
して、何用かね? 力弱き術者らよ
『
「あんた――!?」
「え、知り合い? あ、そうか。清水の時、隻さんに声をかけた天狗ってあんたか」
『翅・N・レーデンか』
翅が「有名人だなー俺」などとぼやいているそば、志乃が目の色を警戒に染め上げて天狗を睨んでいる。
「あんた、なんで今来たんや」
『正僧坊様を殺めた者は異国の血の末裔そのもの。だが私にはあれが真実には見えなかった。今一度問おうと思っただけだ、弱き者よ』
志乃が苛立ちに顔を真っ赤にする。隻は感情を抑えるよう手で注意を促して、天狗を見上げる。
「あんたらの
『――その目、
頷く。天狗は廃ホテルを見据え、目を細めている。
『あの気配、お前の同志と見たが』
「――止めるなよ」
『
関わる気は毛頭ないということだろうか。隻は慎重に天狗を見上げていたも、短く顎をしゃくられ、廃ホテルを見上げ直した。
――万理の姿は、見当たらない。ホテルの窓のどこにも姿がない。
『もう一つの気配に気をつけよ。正僧坊様を滅したものは私が討ち取る。そなたらこそ邪魔立てなきよう、忠告しておこう』
「それは約束しない」
天狗の眉がわずかに持ち上がった。睨み上げる隻に、鼻で笑っている。
『人間
「思い上がって言ってるわけじゃねえよ」
どいつもこいつも。
苛立ちが強まったのを見、翅がそろそろと身を退こうとし始めている。それを見た志乃が「
『それがエキドナを手にかけた男の姿とは。
「本当だよ――はあ!?」
「あ、ばーれちゃったぁうあああっ!? 痛い痛い痛いたんまたんまあああああっ!!」
志乃に激しく揺すられ、翅が目を回して悲鳴を上げる。顎を外す隻は
「いや、ないわ」
「えっ!?」
『私も目を疑った』
「ちょっ!? あだっ」
「ほんまやで。こないな軟弱な男に倒されるなんて、エキドナも随分と年
心を粉砕されたらしい翅を見下ろした。隻はまあいいやと、天狗を見上げる。
「正僧坊を殺したのが千理の偽者なら、俺らが片付ける。って言うより、自分で片付けないと気が済まなさそうな奴がさっき到着したんだよ。これであんたとやりあう羽目になるなんてごめんだぞ」
「……誰も優しくない……あだっ!?」
「さっさと行くで、邪魔!」
踏み台にされた翅の姿に、隻は苦い顔。天狗が周囲を見てこようと言ってくれたのには感謝し、廃ホテルへと飛び込んだ。