千理がのんびり歩けるほど、
「
「は? 言祝ぐ……? 呪うって言ってた奴が?」
「あーうん、そりゃ、オレが殺したかんね。再戦する日が楽しみっすよ」
千理がにししと笑っている。万理に目を向けたも、彼も困惑したようだった。
ただ、隻へと振り返った彼は、「僕でもわからないです」とはっきり言っているようなものだったので、隻は首を捻りそうになる。
「言祝ぐってどういう意味だ?」
「簡単に言うと、長寿や
呪いが祝福ってどういうことだ。どこにそんな字がある。呪いと祝いの漢字右半分しか合致していない。そもそも『死の呪いを送ってやる』みたいなことを言われたのに、どうしてそう受け取れるのだ。
絶句する隻の足元で猫が短い溜息を溢していた。万理は何度も視線をさまよわせて、兄を見下ろしていた。
「あ、の、兄さん……清羽を呼び出せるなら、兄さんが次期当主でしょう? どうして」
「いんや、オレが清羽呼び出せるのは、元々そういう風に約束してもらってたからね。実力じゃないんすよ」
「ですけど!」
「あーあーオレ当主向きの性格じゃねえのにギャースカ言うなっつーのー。話は後。翅と志乃ちゃんと合流して本家向かったオレの偽もん守護者も退治して飯食って寝る! くそう
話がまるで見えない。万理の肩の上で、不死鳥が清らかな声で鳴いて彼の頬に擦り寄った。隻へも片目だけ閉じて来て、隻は面食らった。幻想の世界に還っていった鳥に困惑していると、隻の肩を占領している猫が、フンと鼻を鳴らした。
『好かれたか』
「また……?」
これで何体目だろう。幻生に好かれたのは。
万理が歩く速度を落とし、並んできた。申し訳なさそうにする彼の頭を軽く叩くと、くすぐったそうに「子供じゃありませんよ」と、やんわり断られて笑う。万理は複雑そうに笑って、実の兄を見やっていた。
「……さっきの、清羽だっけ。あいつを呼べることって特別なことなのか?」
「はい。清羽を正式に呼び出して使役できる者が、本来ならレーデン家の次期当主となります。過去――
一瞬だけためらうように口にした幻生の名前に、隻は黙って聞いていた。
兄の背を見つめる万理は、今までのような憎悪が随分と薄れたような目をしていた。
「雷駆は子孫であれば誰にでも協力的ですが、清羽は勇気ある者以外には、結構厳しいんです。……兄に相応の資格があるようには見えなかったんですけど」
「同感。まあ……なんでもない。道理で次期当主で担がれる話もあったわけだ」
弟に
扉の前に着きつつ、千理が面倒くさそうに隻を見上げてくる。
「だから当主嫌っつってるんすよこっちは。肩
誰もそこまで言っていない。今も兄の無事を確信している千理に、弟は呆気にとられたらしい。
「……根拠がなさすぎる……」
「そうか? あると思うぞ」
「え、ええ……」
「伏見稲荷神社の新池の伝承。たぶんあいつ、それで天理さんがどこにいるか、確かめたんじゃないか」
万理が目を丸くしていた。申し訳なさそうにうつむく頭を、またそっと撫でて、背中を軽く叩いた。
もう、神隠しを終える扉は目の前だった。
扉が開いた瞬間、志乃が青い顔で万理に飛びつき、怪我がないかどうかを一生懸命見ているではないか。
「万理くん無事!? どこも怪我とかあらへんの? っもう、急に扉閉まってしまうんやから驚いたわ。本当に大丈夫やねんの?」
「は……はい……お久しぶりです、
目を丸くする万理。翅も何に勘付いたのか、生温かい顔をしている。後ろには
「……とりあえずお疲れさん」
「……どうも」
「ちょっと、なんすかこの扱いの差。オレの時は顔見たくない宣言されちゃったんすけど何この差。ひっでーちょーひでぇー」
千理から万理を離すように、そそくさと移動する志乃はむかっ腹が立っているようだ。千理が余計むっとしようが、万理が戸惑おうが構わないらしい。
「当たり前やないの。家があれだけ忙しいはずやねんのに、生徒会長の手伝いを影でやってた子やで? 生徒会入ってないのに偉いやん、兄と大違いやわ」
「せ、先輩……お気持ちは有り難いのですが、今回僕を助けてくれたのは、主に兄なんです……」
「かばわんでええよ。こっちのお兄さんのほうしか思い当たらへんわ。もし助けれてもね」
それで自分を見られるのも複雑だ。隻は千理のいじけた声に少し同情を寄せた。
日頃の行いをそろそろ自覚するだろうか。
天狗が何やら差し出してきたのを見、特に何を考えたわけでもなく受け取る。
『塗り薬だ。少々使えば十分効くだろう。雅殺之朱鬼が暴れたと見える』
「……知ってるのか、あんたも」
『無論。直に正僧坊大天狗様が再び目覚められよう。正僧坊様の仇、先に見つけた者が討つ。それで手を打とう』
「分かったよ……薬ありがとな」
何がおかしかったのだろう。ほんの少し笑い声を面の裏に響かせた天狗は、『我は
そのまま風を呼んで去っていく天狗の後姿を見て、翅が意外そうな顔。
「天狗って、大天狗でもなかったら名前ないんじゃ……」
「……現代化したんじゃないか? 日本でも明治に入ってからは苗字名乗れてるだろ、平民でも」
納得と一同は笑う。早速塗り薬を塗ろうとして、志乃が急いでそっぽを向いたのには、多少申し訳なく思った隻だった。
「倒した奴も復活するんだな……」
廃ホテルを去りつつ、隻は正僧坊大天狗の話を思い出していた。万理がほんの少し顔に影を落とした気がして慌てて口を塞いだが、その時にはもう、彼はいつもと同じように平然を装っていて。
――本当に、本質が同じ兄弟だ。兄が
「そりゃあ復活しますよ。死んだ時に、その幻生を知ってる全員が全員、そいつの死を知るわけじゃないっしょ。その時点で死亡を知らない奴にとっては、その幻生が生きてることになっちまうわけです。その後は自然発生した幻生と同じように、また人の想像力で力つけて生み出されちまうんすよ」
道理で、あの雅殺之朱鬼も。
納得して「へぇ」とこぼせば、翅が遠い顔。
「だから俺たちが倒したエキドナも、そろそろ復活してるんだよなぁー……家以外には言ってないから」
「そりゃ、殺された次の日には起き上がってそうだな……」
「エキドナそのものは一応神様なんで、死んでも生きてても代わり映えしないんすけどね」
ひらひらと振られた千理の左手に空いた穴を見て、隻は彼の頭を小突いた。青年が思い出したように幻術に空いた傷跡を修繕し、翅が笑顔で千理の頭に手刀を打ち込んだ。
何も知らない通行人が見たら洒落にならない。
「しっかしまあ、オレの偽者ってガセだったんじゃないんすか? 凄い平和なんすけど」
「お前のガセ流して誰が楽しいか?」
「え、じーちゃんとか……さーせん殴らないで!?」
ついに万理の拳が持ち上がったではないか。本気の目に青ざめる千理と、やってしまえと
翅が笑いを堪えて隻に歩調を合わせてくる。肩を竦めた隻は疲れた溜息が出た。
「……早く治るといいけど」
「あー、やっぱりそうだったか」
翅も翅なりに、今回の騒動の理由に勘付いていたようだ。万理が志乃に構われすぎておろおろとしているのを尻目に、苦笑いして頷く。
「あいつなりに考えて、だったみたいだから、変に言ってやるなよ」
「千理ならまだしも、俺が言う必要がないだろ。わかってるって。恋愛は簡単じゃないよなあ」
「さすが。……って伏せろよ少しは」
「翅兄? 隻さん、どうしたんです?」
「いやいや、千理のバカさ加減について」
「誰をバカっつってるんすかあんさんら! オレの活躍見てない翅はともかくもー!」
回復が早いもので、さっさと立ち上がってくる千理には化け物としか思えない体力だ。ふと顔を上げて、隻は苦い顔になった。
このまま万理を一緒にいさせていいのだろうか。今から向かうのは、最終的に万理が捨てようとしたその場所だ。そうしてまで守りたかったものを失った万理にとっては、今向かわせるのはただ苦痛になるはずなのに。
もし本当に隻の勘が正しくて、普段から表に自分を出さない万理が隠しているとしたら。
「万理――うおっ!?」
急に圧力がかかった。一人だけしゃがんでいる翅が手に何かを持っている様子に、ようやっとアヤカリが何かを防いでくれたと気づく。
同時に、上空に留まる影が舌打ちし、笑んでいる。
肝を抜かれたような顔をする千理を筆頭に、全員が目を疑って――
拍手
「すっげー、確かにそっくり」
「兄さんいつから双子になったんですか」
「何この珍獣扱いパート
「ははっ、本当にオレと一緒になってるのか!」
低い声が、笑っている。
普段あまり出さない千理の地声を聞き、さすがに本人は嫌そうな顔。
「うっわ、これオレの声とガチで一緒なんすか? 引くわー」
「うん一緒」
「否定して!?」
「否定したいのはこっちだ。こんなチビがオレかよ。笑わせやがる」
上から目線な、一応偽者……らしい、千理。本物な、アヤカリに助けられたほうの千理は苛立たしげに睨み上げている。
「もう
声のトーンが一緒になった。
万理が溜息をついている。翅はニヤニヤと笑い、志乃は呆れ果てている。
「人のこと言うんやったらまず自分の態度改めるもんと違うの」
「い、いいでしょーよ、オレが本物なんすから!」
明らかに地雷だとわかるのにこのバカ。
苛立たしげに眉を吊り上げた、千理そっくりの青年は目を据わらせている。
――確かに、本来の千理なら有り得ない仕草だ。これなら大天狗を倒したり挑発したりしても、納得行く。
「偽者はそっちだろ。体多く残してるからって」
――え?
耳を疑う隻と千理、そして万理。アヤカリがぎょっとしたように慌て始めた。
『いっ、いたたたたた!』
「アヤカリ!?」
「そんななよなよした奴が本物だ? 認めねえ!!」
「
『あーい』
「
『
万理が素早く想耀を呼び出し、千理も無月を呼び出す。と同時、アヤカリを貫いた偽千理の腕が、千理が構えた無月と勢いよくぶつかった。刃を向けず刀の腹で押さえた千理はぎょっとしている。
「ちょっ……! ちょい無月、平気!?」
『横暴
「さ、さーせん!」
「アヤカリ! 初めてだな破られたの」
『いったいよぉぉぉぉぉ……!』
一度踏ん張る足を後ろにずらし、相手の勢いに任せて下がり始めた千理は即座に地面を蹴り、さらに後ろへと跳ぶ。勢いに任せていた偽の千理のほうはそのまま、千理がいなすと同時に転がったかと思うと、受身を取って立ち上がっている。
苛立った顔が、二つ。目の高さは違えど、確かに同じ顔で。
「しゃあしゃあ吠えやがって……本物はオレだっつーの!」
あ、こっちか本物。
「は? 偉そうに抜かしてんじゃねえっての
うん……きっとこっちが偽者。
「うっせえ! どっちが屑かわからせる!!」
……ほん……。
「はっ、ゴミはゴミらしく落とす! 沈んでろ!!」
……。