Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第23話 02
*前しおり次#

 沈黙する隻。刀を持っているほうが本物と思っていたが、攻防戦になった途端相手も似たような刀を出しているのだ。
 何度位置を入れ替わっただろう。何度互いに投げ飛ばしただろう。
 ……あれ、どっち?
「さてどっちでしょー」
「……聞くな」
 加勢できない。どうしよう、本気でわからない。万理へと助けを求めて視線を向けたが、見事に真顔で逸らされた。
「……おい、弟?」
「いえ……十年前まで、兄は荒い性格だったので……六年前翅兄を矢文で軽くおどす程度には」
「あーやられたやられた。あれ今思い出したら無茶苦茶腹立つなあ、いっそ今潰す? そういえばあのスライム――えっと、スマンじゃなかったいぶし? あれにも火を持って行ってたんだろ? 納得納得」
 沈黙する隻の両隣で、翅と万理が深々と頷いている。
「……むしろ、今まで一緒にいたほうの兄が偽者と言われても、頷けるんですが」
「頷くなっつーの万理!!」
「ああすみませんそうでしたねごめんなさい」
 ……今怒ったほうが、本物……一応仮定、か。
 万理の冷めた声も声だ。先ほど確かに兄の威厳を垣間見て思い留まったはずの弟の声は、今や完全に、前以上に冷めきっている。
 殴って転がして、蹴っ飛ばされて吹っ飛んで。鍔迫つばぜり合いから離れたかと思うと、同時に刀から真空波もどきを出そうとして、飛び出した闇がぶつかり合う。
 いなしていなされて、背負い投げされて、足払いして……。
 格闘ゲームで同じキャラクターを選んだ状態を、現実で表現したような酷い有様だ。翅に至ってはうずうずしているし、「コントローラーくれ」などと冗談まで言う始末。
 ……ただ。コントローラーがあったらどれほど簡単に決着がつくかとは思わなくもない。
 黙考していた万理は、想耀が顔洗いして首を傾げたところで見やっている。
「どう?」
『うーん、どっちもセンちゃんだねぇ。間違いないよ』
「やっぱり……」
 万理は結局、現状把握はするもののどちらも庇う気がないようだ。想耀はさらに顔洗いして、困ったように毛づくろいしている。
『どっちもセンちゃんなんて、本当はあっちゃいけないんだよぉ。一番センちゃんだって思うのは、無月持ってるほうー』
「あっちゃいけないって? ――あ、そうか。コピー人間みたいにな……」
 言いながら固まってしまった隻へと、万理も想耀も頷いている。
「そうなんです。もし本当にどちらも兄だった場合、片方は確実にそう創り出されている。千理・N・レーデンをコピーしていなければ説明がつかないんですよ」
『幻術でその手の呪術は禁止されたのー。今は他人でも自分でも、作っちゃいけないんだよぉ。確か二百年以上前にぃー、そう決められた気がするー』
「けど本当にコピーなら、さっきのあれ、なんだったんだ?」
 
 偽者はそっちだろ。体多く残してるからってそんななよなよした奴が本物だ? 認めねえ!!
 
 翅も眉をひそめている。隻も頭を掻きつつ、苦い顔になる。万理と想耀は冷静に戦いを見つめていた。
「早い話、兄の切り飛ばされた左腕を元にコピーされたんでしょうね」
『つまりー、センちゃんの腕を持ってっちゃって、テンちゃんさらって、カイちゃんとマサちゃんを殺した人じゃないと、できないはずだよぉ――あ』
 千理の片方、丁度隻たちから見て右側のほうが動きを止めた。間違いでないなら本物の彼は無月を握り締め、明らかに目つきを変えている。
 隻も万理も顔を引きつらせた。志乃が困惑したようにこちらを見てきた。
「ど、どういうことやの?」
「……想耀のおばか……」
『あーぅー、おしゃべりしすぎちゃったー』
「ちょい、偽もん。天兄の居場所吐くまでやすく死ねると思うな!!」
 瞬時に速度を増し、千理は無月を振るう。
 偽者呼ばわりされてさらに苛立ったのだろう。もう一方の千理はひび割れた小太刀を手に苛立ち、やはり速度を上げて応戦している。
 刀を見た千理がぎょっと目を見開いていた。
「そいつ――!? ちょい、なんでてめーが」
だからてめえが偽物なんだ!!」
 刀の刃が分離して千理に襲いかかる。全て無月で弾いた千理が初めて苦渋の色を見せた。
 万理が困ったように肩の上の想耀を見下ろす。高校生の少年は、一つ上の志乃へと自嘲するように、苦しげに笑っていた。
「僕と兄が、仲違いを起こしてきた原因ですよ。――隻さんにもあまり話していませんでしたね。おじさんから聞いているかもしれませんけど」
「聞きはしたけど……悠長に話してていいのか?」
 攻防は今のところ互角。けれど隻らにとっての本物である千理のほうはやや焦りが出ているのか、偽者に余裕の表情をされていて苛立っているのか、いつもより隙が大きい。
「兄は平気ですよ。自分自身に遅れを取るようなら、レーデン家次期当主に一度でも数えられることはありませんから」
 翅自身も加勢に行くべきか悩んでいたのだろうが、少しして結局「俺が来る前色々あったもんなぁー」と肩を竦めている。
 万理は翅へと苦笑いを浮かべながら頷いていた。
 志乃は、後輩から聞く彼の過去に、口を覆っていた。
 父と兄が死んだこと。その時初めて二人と対面したこと。幻術の世界を知らされたこと。
 もう一人いる兄を探しに出た千理が、兄が生きていると確信し続けて、母も自分も見なかったこと。
「その時左腕を誰も拾ってなかった、ってことだよな……」
「そうだと思います。当時のことは、僕も詳しくないんですが……兄が永咲師匠に止術しじゅつを施されて出血を押さえられたことは聞いています。それがなかったら、死んでいてもおかしくなかったと聞きました」
 腕を斬り飛ばされたのだ。すぐに止血しなければ危険な状態だったのは当然だろう。渋面を浮かべつつ納得した隻は、微かに眉をしかめた。
 ……千理の記憶、永咲師匠いたっけ。
 いや、今はそんな話ではない。あの偽物を放った犯人の目星もつけなければ。
 志乃が小さな声で、「うそ」と呟いていた。
「万理くん、だって、嫡子やろ? ……幻術使いの家の子やろ? ……知らされてないなんて……お父さんとお兄さんにもうたことないなんて……なんで……?」
「――結局、期待されていなかったんですよ」
「それは違う」
 隻はきっぱりと遮った。万理が首を振る様に、隻は拳を固める。
「……海理さんと天理さんが頼んだんだ。多生さんが言ってた。千理みたいに早くから首突っ込んで、危ない目にあってほしくなかったって」
「それは結局、僕の呪力が弱かったからなんですよ」
「それが一番違うんだよ」
「隻さん、隻さん――海理さんと天理さんを知らないでしょう?」
 返す言葉がなかった。
 あまりにも深かった溝を突きつけられて、隻は閉口した。万理の悔しそうな目を、直視するのでやっとだった。
 千理たちが戦う音が、遠くから響くようだった。
「……そんなに、他人に思ってたのか」
 実の兄まで、他人行儀に呼ぶほどに。やるせないような、皮肉をわらうような目を、するぐらいに。
「――翅兄が来て、僕は兄との相部屋から外されて、翅兄が兄と相部屋になりました。その数ヶ月後には一人で東京に繰り出していったんです。天理兄さんの姿を見かけたという噂を聞いたっていう、その日にですよ」
 翅が苦い顔でうつむいても、万理は誰の目も見ずに口を開いている。
「ずっと家をないがしろにしてきたわけじゃないというのは、今はわかってはいるつもりです。けど、あの時は、みんなで助け合わないといけない時だった――それが、僕にはどうしても許せなかった」
 千理はずっと、兄たちに見てもらっていた。幼かった万理は別の意味で甘やかされていた。
「理不尽でしたよ、はっきり言うなら」
 だから、なのか。
「顔も知らない、家族をずっと放っておいた人たちがいなくなって、なんで、みんな悲しむんだろうって。生きてるかも怪しい人を探しに飛び出すんだろうって。それだけしか考えられなかった」
 もらえるはずだった愛情を、母からしかもらえなかった万理と。
 常に父からも兄からももらい続けていた千理が、こんなにも溝を刻んでしまったのは。
「兄も――千理兄さんも、僕のことは、弱い弟とだけ見ていましたから、風当たりが強かったんです。僕が周りから教えられていないなんて、考えつかなかったんでしょうね」
「……本気で、今でもそうだと思ってるか?」
 万理の口がきゅっと結ばれた。
 隻はじっと、万理の前髪に隠された目を見据える。
「あいつがお前の過程≠今も見てないって、本気で思ってるか?」
「……今日まで、思ってましたよ」
 ぽつりとこぼした言葉に、隻は目を細めた。
「……見てくれてない、って……思ってた。なのに……」
 歪んだ口が、堪えていたのが何かなんて。すぐにわかった。
「……バカ、ですよ。僕も、兄さんも……もっと、ちゃんと……言葉にすればよかったんだ……」
「――そうだな。バカだよ。みんな。叱られなきゃ見えないもんも、バカやらなきゃ見えないもんもあるんだから」
 ――不器用だ。器用さなんて欠片もない。ほんの少しでも話し合えば違ったはずの些細ささいなずれを、大きな溝にして掘り進めてしまっていったのだから。
 隻は、静かに千理を見やった。
「――っそ、なろおっ!!」
 軽々と避けられ、焦りが完全に顔に出ている。千理自身にはかすり傷がいくつも見られるのに、彼の偽者はといえば随分と涼しい顔だ。
「……帰って来た時、あれだけ飄々ひょうひょうとされて……はっきり言って『どのつら下げて帰ってきた』って、キレたくなりましたよ」
「おまけに俺に、血飲ませたしな」
 反抗期を超えて拒絶したくもなる。その気持ちは痛いほどわかる。
 それでも、万理は千理を兄と呼び続けたのだ。
 力なく笑う万理は、兄を見やってまたさらに複雑そうに笑んでいる。
「……お前、今現れたほうの千理が本物だったら、どうするんだ?」
 問いかけに、万理は笑っていた。隻もつられて笑いつつ、背中を軽く叩く。
 もうわかっている。万理は曲がってなどいない。自覚しているほどにバカ正直だ。
 想耀を翅に任せて、少年は衣を確認して手を突き出す。
「夜の住人 名は誓陽セイヒ
 白い光が、闇の輪郭りんかくから放たれる。
「闇を闇に還す象形しょうけいとし 我が意に応えよ」
 闇から生まれる光。
 翅が微笑む気持ちがわかるほど真っ直ぐな色を、傷だらけの手がしっかり掴む。
 両刃の長剣を握り、兄とそっくりに鋭くなった目に、翅がけらけらと笑うのはそう遅くなかった。
「無理するなよー」
「はい、そうします。兄や翅兄ほど無理できる体力もないので」
「……え」
「はははっ、そりゃそうだ!」
 翅が固まった代わりに隻が笑い飛ばした。すぐさま戦線に飛び込んだ万理に、無月を持っていたほうの千理がぎょっとした。
「おわっ、ちょま!?」
「はっ、弟久し振り。そこ退け」
「冗談きついですね。僕はこれ以上兄さんが増えても大迷惑ですよ」
「え、ちょ万理!?」
 本物偽者問わず異口同音に叫ばせる爆弾発言には肝が冷える。軽々と針のような鋭い言葉を操る万理に、隻は苦笑いしつつ、落ち込んでいる翅の肩を叩く。
「……そんな体力ない……ないんですけどー俺……」
「あるから言われたんだろ。――でもま、ある意味これで決着は着いたか」
「だなぁ……」
 ほっとした顔に、思わず隻もつられてしまう。志乃が溜息をついてきて、どうしたのかと振り返った傍疲れた顔をされる。
「事情はある程度わかったんやけど……ね。万理くん、それじゃどっち庇ってるか分からへんやないの!」
「そうですね――」
 声をかけられて考える仕草をするだけの万理。見抜いた隻が生温かい顔をしているのに、翅は笑い飛ばしている。笑んだ万理が剣を構えた。
 ボロボロに砕けた刀を持つほうへと。
「僕が知っている兄は、あなたほど出来がよくも、自信に凝り固まってもいませんよ」
 ……。どちらの肩を持っているのだろう。
「僕の知っているバカ兄は、後ろにいるほうだ。あなたが兄の切り飛ばされた左腕であっても譲りませんよ。最っ低最悪の不出来な愚兄が僕の兄の千理ですから」
「……言いたい放題……言ってくれちゃって……! 終わったら覚悟しとけっつの!」
「はいはい相変わらずうるさい」
「流すんかい!!」
 随分な罵詈ばり雑言ぞうごんなのに、二人ともどこか楽しそうだ。
「――んで……」
 千理の左腕から作り出されたのだろう少年は、古びた刀をきつく握り締めていく。握る手が震えている。怒りに開かれた目が、万理に噛みつくように向けられた。
「出来が悪いならオレが本物でどこが悪いんだよ!! そいつを嫌ってるくせにそいつがいいだ!? ふざけんな!!」
「ふざけてる? それ誰に言ってるんだろうなー」
 翅の据わった目のせいか。想耀が隻の頭へと飛び乗ってきた。顔洗いをする想耀に途方にくれそうになる。
なだめないのか?」
『宥めなくてもよさそうだからねぇ。ツッキーが怒るのは当然ー』
「誰かが誰かになることなんてできないし、出来がいい悪いで千理が決まる訳でもない。千理は千理。それ以外に選ぶ理由はないだろ。更紗さらさみたいな駄々ねる気なら手前てめえ吹っ飛ばして新しい名前でもつけてやろうか?」
 言われた少年は、目を見開いている。完全に怒った顔で千理を睨もうとして、目を見開いた。
 彼の目の前に飛び出した隻は、バスケットボールを手に偽者を見据える。
「本気で千理を名乗りたいって思ってるなら、あいつ以上のバカ正直さで人大事にしやがれ」
「――なっ」
「自分しか見てねえ愚図ぐずさで本物偽者言ってんじゃねえっつってんだよ!!」


ルビ対応・加筆修正 2020/11/08


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