Under Darker

 第1章白夜の夜想曲

第23話 03
*前しおり次#

 刀でボールを防がれるも、その刀目がけて走った雷が少年の体を貫く。
 一瞬、偽者の千理の体が、左腕以外がぶれた。
 その真後ろ、千理が刀をピタリと、自分の偽者の首筋に当てている。
「――そんなにオレと位置変わって、あんさん何したかったんすか」
 体が痺れて上手く動かせないのだろう。痙攣けいれんする左腕を抱え、苦しげに歯をきしませる姿を全員で囲む。
「……斬り飛ばされて、死ぬって知って、もがいてたら……助けられた」
 ――自分を、斬り飛ばした者にだろうか。
「助けた奴が言ってきやがったんだ……『お前は出来損ないの偽者だ』っつって……本物にもなれない偽者なんて作らなきゃよかったって!」
 目を見開いたのは、隻だけで。
 
 一人っ子なら、どんなによかったか……
 
「お前より出来がいいのに、お前はオレの名前で好き勝手して生きて、周りから甘やかされて! なんでだよ、オレのほうが強いのに、強くなってるのに! なんでオレが偽者になんなきゃいけないんだよ!!」
「――アホかてめえ」
 苛々する。
 するだけなら、いいのに。頭の中で何かがチリチリとして鬱陶うっとうしい。
「それなら翅の言うとおり自分で新しい名前でもなんでも考えて、名乗ればよかっただろ。自分でこいつになりきって何勝手にもがいてんだ」
 嫌だ。思い出す。
「隼だけ生まれてくれればよかったのに」と言われたこと。何より、恩師の言葉も。
 
 お前の目、世の中の人全員を疑ってる目してるぞ
 
 こんな目を、俺もしていたのか?
 こんな目で、先生を睨んでたのかよ――!
「他人にどう言われようが自分が本物だって思ってるんなら、こいつ蹴落としに来る必要からねえよ。お前自分でわかってるから本物こいつを消そうって躍起やっきになってんだろ」
 自分の名前をバカにせず、子供がいたらつけたいと言ってくれた先生を。
 その意味を教えてくれた先生を。
 こんな――拒絶と自己顕示に塗れた目で……!
「自分を偽者だって理解してなきゃそんな行動起こすわけねえだろ。お前が本物なら本物だって胸張って生きてろ。こいつに何言われようが本物だって、他人に何言われようが蹴落とされようが意地でもい上がってきやがれ!」

 例え一人を知っても、その強さも弱さも知ることができるように
 一人で苦しむ人を支えられるように。一人でもがく人に道を示せるように
 先生がご両親と同じように名付けるんだったら、そう託すよ

 ああ言ってくれた先生を。最初から自分しか知らなかった結李羽を。
 手を差し伸べてくれた人へ、こんな目で、言葉の凶器を振り回してたのか。
「誰も見てくれなくてもずっともがいてれば一万人の中の一人でだって気づいてくれるんだよ。曲がるだけ曲がって人のせいにして逃げるぐらいなら最初から偽者だって諦めてのたれてろ!」

 あたし、バスケ部のマネージャーになりました! 中学ではバレー部だったので、ちょっとはお手伝いできるよう頑張ります。今日からよろしくお願いしまーす!

「それが嫌なら、誰か一人にでもお前がいてくれてよかったって言ってもらえるまで諦めてんじゃねえよ」
 ムカつく。唾棄だきしたくなる。
 傷ついた側になりきって、他人を傷つけた自分自身に。

 あたしに選択肢を増やしてくれた隻先輩は──あたしが知ってる沙谷見先輩は、先輩だけです

「一人にでも本物だって思わせられるぐらいねばって粘って粘りまくって、死ぬ気で叫んでろ!」
 唇が戦慄わななく。すっかり気圧されたように言葉を失くす少年は、苦しげに目をらした。
 腹立たしさが拭えず力いっぱい彼の頭を殴り飛ばし、隻はやっと少年の傍を離れて、隻はやっと気づく。
 千理や志乃まで思わず腰が引けたような顔をしているのだ。居心地悪く感じて見下ろした途端、万理が気まずそうに近づいてきた。
「せ、隻さん……あの……」
「……なんだよ」
「い、いえ。……ご高談、ありがとうございます」
「は?」
 思わず目を瞬かせた。翅に肩を叩かれ、困惑して見やったその時。
 偽者と呼ばれ続けたその少年は、自ら名乗る名前をつけろと、隻にせがんでまた殴られたという。
 
 
「――なんで懐かれるんでしょうね、隻さん」
「会う幻生やつ全部に懐かれるって相当だよなぁーボールごめんなさい!!」
 一応幻生になるという千理のコピー少年は、現在おとなしくついてきてくれている。
 隻の怒りをまた見たくないのか逆らえないらしい彼は、志乃の手を抜く気配のない見張りにほとほと疲れているようだ。
 千理はといえば既に万理へと矛先を変えている。兄と認められて嬉しいくせに、弟の余計な言葉について抗議三昧ざんまいだ。万理は慣れた様子で流して話を聞いていない……ようで、一応聞いてはいるらしい。
「それにしてもさっきの説教は凄かったなー、いいなー隻さん」
「説教っていうか、勝手に怒鳴り散らしただけだけどな。ムカついただけだよ」
 あっさりと言いすぎたのか、本音を吐露とろしすぎたのか。翅が少し驚いた顔をしている。
「ムカついた結果で、あれ?」
「……説教癖、お袋譲りかもな。気絶するまで殴ってもよかったけど、そこまでやったら引くだろ、万理と小堺が」
 それなりに場の空気を読んだのと、中学である程度治めた暴力癖を抑えたからこその説教だったのに。そこまで驚かれるのは逆に心外だ。
 けれど翅は「そっか」と、殴る云々を流して感慨にふけっているようで。
「俺もそういう風にしとけばよかったかなー」
「後悔して前に進めるならやってろ」
「振り返って後悔してみたい時もあるんだよ」
 心ここにあらずなのに、ぽつりと呟いた言葉は本心にさえ聞こえた。
「今しか前見れないように、今しか後悔できないこともあるだろうし。これ教訓」
「ならそれでいいんじゃないのか。……もう後悔してばっかりで、前向く気力なくすのも疲れたよ――な、なんだよ」
 うっかり余計なことまで言ってしまい、舌打ちしかけたその傍。じっと見られて思わず戸惑う。翅は特に何を言うでもなく、ぼやくような相槌を打って、やっと口を開いた。
「うん、隻さんが隻さんでよかった」
「……そいつはどうも。お前も変に溜め込むなよ。言える話だったらいくらでも聞く」
 本気で驚いたような顔をされ、思わず笑う。
 後悔だらけで進めないままでは、変われない。あの少年のように、あの時の自分のように。だからこそ、今言ってもらえるものがあるなら。
 それを返したかっただけだ。翅にも。
 想耀が翅の頭に移っていく。浄香は自分の足で歩く気力が湧いたのか、尻尾で人の頬を叩くなり降りていく。少し驚いたが、彼女が今度は万理の肩に乗ったのには、思わず目を平たくして見ていた。
 それにしてもどうしよう。コピー少年はずっと、こちらをチラチラと見てきている。本人曰く名前をそんなに知らないらしいから、つけてほしいのはわからなくもないけれど。
 千理たちと同じようにつけていいのだろうか。それなら……理という字は絶対いるはず。
 なら、理に登るで、登理とうり……? さすがに変だ。左腕……スマホで検索してみよう。
 左には陽や、東、助けるって意味もあるのか……うん、後で考えよう。
 ついでのように、ずっと見ないふりをしていたことも目の前をよぎって苦い顔になる。
「……千理の左腕で作られたあいつ、千理より……その……」
「やっぱり気づいてたか。うん、でかかったよなぁ」
「……俺だけじゃなかったか……」
 あからさまに大きかった。身長が。
 もしかすれば、隻や翅より若干高い万理とさえも肩を並べられそうだ。ずっと緊張する場面だったから突っ込めなかったものの――
「……十センチ違うと、あんなに違うもんなんだな」
「身長で見分けられたのになぁー。なんであんなに見分けづらかったんだろうなぁ」
 当然だろうと、隻は首を振った。隣に並ばないよう気をつけているコピー少年と千理を改めて見比べて、遠い顔になる。
 あんなに随所の反応が似ていた上に、万理が言う荒い性格の一面も垣間見えていたのだ。刀で見分けた自分たちは賢かったかもしれない。
「ところで、正僧坊大天狗を倒したのって、本当にあいつかなぁ」
「……あ、そうだった。おい、どうなんだ?」
 声をかけたのが自分だったせいなのか、本気でびくりと怯えたコピー少年。気まずくなった隻へと恐る恐る振り返り、急いで首を振っている。
「オ、オレじゃねえ。そこらの連中が仇だなんだって寄ってきた分はのしたけど」
「そっかー。じゃあそれはNo countノーカンだと覚えはないわけだ」
「ほかにレーデンの人間を狙って攻撃したりは?」
 コピー少年はまたも急いで首を振っている。嘘をついているようには見えない。それなら、千理をかたって京都を襲撃した犯人像が不明確になってきた。
 皆千理の姿を知っていたはずだ。コピー少年が知らないと言うなら、犯人自身か、スライムに化けさせて操ったということになる。
 それに、正僧坊大天狗を倒したその本人がこのコピー少年でないとするならば。右武僧と名乗っていたあの天狗と、今再び出会った際が洒落にならないような。
 いったいどうして、千理の左腕から復元された少年を、今放つ必要があったのだろう。
 考え唸っていると、少年が恐る恐るこちらを伺っていることに気づいた。
「なんだ?」
「……オレが嘘ついてるって、思わねえの?」
「何言ってるんだよ。嘘つけないだろ、お前」
 ぎょっとして目を見開くその顔に、逆に千理が嫌そうな顔。
「おーおー、そんなにオレの行動パターン熟知されてるなんて思わなかったっすよーだ」
「どこのガキだよ、ったく。お前らどっちも、自分の味方には絶対嘘つきたくないタイプだろ。行動見てれば誰でも気づけるよ」
 途端に黙り込む同じ顔の二人。翅が隻の隣で笑いを堪えている姿に、万理が同意するように頷いてぼそりと呟く。
「兄さんのほうが小さいのは意外でした」
「万理!!」
 一番の地雷を、この弟は。兄が多生とそっくりな怒り方をしたにもかかわらず、迫力を欠片ほどにも感じていないのか、万理は涼しい顔だ。
 コピー少年がげらげらと笑い飛ばす。翅は置いていかようが地面を叩いてまで笑い転げている。――まだ衣を纏っているから他人にばれないけれど、ここは歩道だ。家じゃない。
 やっと笑いが治まったのだろう。千理に飛び蹴りを食らいかけて、見事いなしたコピー少年は、隻に不思議そうな顔を向けてきた。
海兄かいにい天兄てんにいみたいだな、あんた」
「……は? 会ったことないぞ」
 それでもどこか似ていると、少年は口の中から漏れる呟きを隠す気もないようだ。
「いんや、海兄ばりの横暴さはねーっすよ。あんさん限定じゃねーの」
「うっせー黙れ」
「口悪!! お育ち悪すぎっすよあんさん!! ってか、もう家見えてくるはずなんすから、反省はちゃんとするんすよ!!」
 ……人の口が悪いなど、どの口が言う。
 呆れて目を据わらせる隻の隣、コピー少年が身を強張らせた。
 最後尾の翅がいぶかししげに追いついてきた。
「どうした?」
「……千理! 逃げ――」
 パンッ
 空砲のような音が、目の前で弾けた。


ルビ対応・加筆修正 2020/11/08


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